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薄組・石橋涼子

石橋涼子 18年11月25日放送

181125-02 Photo by Nick Harris1
靴のはなし 靴にまつわるジンクス

幸運を呼ぶアイテムは、世界中の国ごとで様々にある。
ヨーロッパでは、靴が幸運の象徴になることが多い。

玄関にベビーシューズを飾ると
幸運が訪れるという言い伝えがあったり。

マザーグースに由来すると言われているジンクスで、
花嫁の左の靴に6ペンスコインを忍ばせると、
その花嫁はお金に困ることなく結婚生活を送れる
というものもある。

日本にも地方によって様々だが、
新しい靴は3回靴底を合わせて叩くと幸運がやってくる、
などのおまじないがあるという。

幸運も大事だが、靴は身だしなみの一部、という
大人のたしなみも広く知られているところ。
とはいえ休み明けの朝など、慌ただしさのなかで
足先まで気が回らない日もある。

そんなときは、フランスに古くからあるジンクスを思い出そう。

 素敵な靴は、あなたを素敵な場所へと導いてくれる。


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石橋涼子 18年11月25日放送

181125-03
靴のはなし 

 It isn’t the mountain ahead that wears you out;
 it’s the grain of sand in your shoe.


 人の気力を奪うのは、行く先に横たわる山々ではなく、
 靴の中の砂粒である。


これは、イギリス生まれの詩人、
ロバート・W・サーヴィスの言葉。

意気揚々と踏み出した最初の一歩に違和感があると、
あとはもう気になってしようがないのが、人情というものだ。

しかし、そういった小さなトゲのような悩みは
意外と他人にはわかってもらえないもの。

英語のことわざに、こんな言葉がある。

 Only the wearer knows where the shoe pinches.

 靴のどの場所が痛むかは、履いているものしかわからない。


苦労は他人にはわからない。
靴の中の小石を取り除き、再び歩き出すことは、
自分にしかできないことなのだ。

だからだろうか。
良い表情で歩いている人は、良い見栄えの靴を履いている。
しょんぼり歩く人は、しょんぼりした靴を履いている。

オシャレな人が多いイタリアのことわざでは、
靴は、その人の人格を表す。
という。


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石橋涼子 18年10月28日放送

181028-01
パンダのはなし パンダの来日

46年前の今日は、何の日だかご存知だろうか。
それは、あの人気者が初来日をした日。

昭和47年10月28日夕方。
羽田空港に到着したのは、日中友好の動物親善大使である
ジャイアントパンダのカンカンとランラン。

当時、野生も含めて1000頭に満たないと言われた
希少動物である二匹に、日本中が夢中になった。
空港からはパトカーの先導で上野動物園へ向かい、
200人以上の報道陣が集まった。
11月の一般公開では長蛇の列が2キロも続いたと言う。

まだ2歳で、こどもっぽさの残る雄のカンカンは、
来日当時、体重たったの55キロ。
一方、雌のランランは4歳、体重は88キロ。

二頭は、日本の熱烈なパンダブームに圧倒され、
食事も進まず、すっかり疲弊してしまったという。
体調優先ということで公開時間は一日2時間に。
月曜と金曜はお休みの完全週休二日制となった。

平和の象徴であるパンダは、
40年以上前の日本でひっそりと
働き方改革の波も起こしていたのかも、とは言いすぎだろうか。


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石橋涼子 18年10月28日放送

181028-02 Photo by Blue Pylons
パンダのはなし パンダのごはん

パンダは中国の古い文献に存在を記されているが、
発見されたのは意外と最近、19世紀後半だ。
本格的な飼育が始まったのは1936年だと言われている。

謎に包まれながらひっそり生きていたパンダの
生物学的な研究が始まったのもその頃。
つまり、飼育法もこの数十年間の試行錯誤の
たまものだということ。

例えばパンダは竹や笹の葉を好んで食べる。
しかし、それ以外のものも食べるのか、
栄養にできるのか、逆に体に害を及ぼすのか。
研究とともに食事のメニューも変化している。

初めて来日したパンダの食事は、竹の他に
お粥やサトウキビ、サツマイモ、ナツメなどがあったが、
現在では竹を重視したメニューになっているという。

初代のカンカン・ランランの糞は
健康な状態で一日10キロ前後。
一方、竹をメインに食べるリーリーは
その倍、20キロ以上の糞をするそうだ。

パンダの語源は、「竹を食べるもの」を意味する
ネパール語だという説があるが、
たくさん食べてたくさん出して、すくすく育ってくれるなら
すこしくらい偏食でも、まあいいか。


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石橋涼子 18年9月30日放送

180930-01 Photo by Rob Bye
大地のはなし 母なる大地の土

「母なる大地」という言葉があるように
人は自分を育ててくれた大地に愛情を持つ。

ロシアでは古代、長旅に出る際に
故郷の土を一握り持って行ったという。

江戸時代の旅人の心得として書かれた本には
船旅の不安を防ぐ方法として
陸の土を包んで持つように書かれていた。

さて、あなたがホッとする大地はどの辺りでしょう。


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石橋涼子 18年9月30日放送

180930-02
大地のはなし ネイティブアメリカンの教え

私たちは大地に育まれている。
水や空気や栄養を、そこに実る植物を、
惜しみなく与えられていることに
私たちはあまり気づかない。

私たちは大地に支えられている。
高いところが大好きな人間や建築物やあれこれを、
大地は重いとも言わずに支えている。

私たちは足元に大地があることに何の疑問も抱かない。

ネイティブ・アメリカンに古くから伝わる
こんな教えがある。

 大地は先祖からの授かりものではなく、
 こどもたちからの預かりものである。


大事な預かりものだと考える緊張感は、
現代の私たちにこそ丁度いいのかも。


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石橋涼子 18年8月26日放送

180826-05 kazutan3@YCC
宿題のはなし 自由研究のはじまり

夏休みの宿題の定番でもある、自由研究。
それは、大正デモクラシーと同時期に起こった
大正自由教育運動から生まれたという。
それまでの一方的な教育ではなく、
こどもが主体の学びを目指そうという
現代に於いても斬新な思想を持った教育運動だ。

その時代に、特に多くの新教育を実践したのが、
東京府立第五中学校の初代校長をつとめた伊藤長七だ。

当時では珍しい課外活動や実験を重視し、
学生の自由な発明工夫を集めて展示する
創作展も開催した。
それまでの権威主義的な教育や教師を嫌い、
学生の意見をつねに聞く姿勢を崩さなかった。
先生は偉い、教育は権威だ、という時代に
伊藤長七の学校には自由と活力が溢れていたという。

夏休みの最後に残りがちな自由研究。
肩の力を抜いて向き合ってみると、
自由なひらめきも沸いてくるかもしれません。


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石橋涼子 18年8月26日放送

180826-06
宿題のはなし 遊牧民の進み方

8月最後の日曜日。
夏休みの宿題とにらめっこをしている人も
多いかもしれない。

厳しい自然や天候と常に向き合いながら生きる
遊牧の国モンゴルにはこんなことわざがあるらしい。

 山が高いからといって戻ってはならない。
 進めば越えられる。

 仕事が多いからといってひるんではならない。
 行えば必ず終わる。


宿題だって、一問ずつ、1ページずつ。
ゆっくり進んで行けば必ず終わるもの。
焦りも、その後の解放感も、この夏の思い出です。


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石橋涼子 18年6月24日放送

180624-05 Bundesarchiv Bild 183-H28795
空のはなし トーマス・マンと夜空

ドイツのノーベル賞作家、トーマス・マン。

自分に厳しく、小説を書くにあたっても
周到な下調べや、細かな根拠づけを欠かさなかった。
文章を書くときは書斎にこもり神経を研ぎ澄ます。
家にいる子供たちにも静寂を求めたという。

なんだか堅物な印象のトーマス・マンだが、
こんな言葉も残している。

 いま、私が一番好きな仕事は
 夜に星空を眺めることです。
 なぜと言って、
 この地上から、
 この人生から眼を逸らすのに
 これほど良い方法があるでしょうか。


偉大な父も時には、やれやれ、と息をつきながら
星空を眺めたものか。
もしくは、もっと視野を広げなければなどと、
堅苦しいことを考えたりしたものか。


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石橋涼子 18年6月24日放送

180624-06 National Museum of the USAF
空のはなし ライト兄弟の飛んだ空

1903年と言えば、
機械が空を飛ぶことは不可能、と考えられていた時代。
そして、ライト兄弟が世界で初めて飛行機に乗って空を飛んだ年。

今、何かに限界を感じている人に、彼らの言葉を贈ります。

 いま正しい事も、
 数年後 間違っていることもある。
 逆にいま間違っていることも、
 数年後 正しいこともある。
 そして我々は、飛行機はきっと空を飛ぶと確信していた。


さあ、広い空を見上げて、まずは一歩、踏み出そう。


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