薄組・石橋涼子

石橋涼子 19年11月24日放送


紅葉のはなし 石橋涼子

フランスの作家で哲学家でもある
アルベール・カミュ。

読後感が決して明るくはない不条理文学と、
トレンチコートにくわえタバコで気難しい顔をしたイメージだが、
彼自身の言葉には、生きることに前向きな輝きがある。

カミュが生まれ育ったのは、
地中海に面し、自然に恵まれたアルジェリアだ。
家は貧しかったが、たっぷりの太陽と海に育まれたことが
彼の根底にある。

今は11月も末、
木々の葉も黄色やオレンジを経てすっかり赤くなり
本格的な寒さが身に沁みる季節に
美しくも温かい、カミュの言葉を贈ります。

 “L’automne est un deuxième printemps 
où chaque feuille est une fleur.”

秋は、すべての葉が花になる、二番目の春である。



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石橋涼子 19年11月24日放送

Steppschuh
紅葉のはなし 落ち葉

昔むかし、英語を話す国々には
秋という単語が存在しなかった。

日本ほど四季がはっきりしていないため、
暑い「夏」と寒い「冬」を表す言葉しかなかったのだ。

それでも木々は芽吹き、葉っぱは色づき、枯れれば散っていく。
当たり前のように繰り返される自然のサイクルに
16世紀の人々は、そろそろ名前をつけたいと考えた。

こうして
春は「葉っぱが生える」Spring of the leafを略してSpringに、
秋は「葉っぱが落ちる」Fall of the leaf を略してFall
になったという。

そう、Fall、秋は落ち葉の季節だ。



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石橋涼子 19年10月27日放送


銀座のはなし  銀座の始まり

文化とモノが集まる華やかな街、銀座。
その始まりは、徳川家康が江戸幕府を開いた時代に
さかのぼる。

幕府のために銀貨を造り、管理する組織である
「銀座役所」が、この地につくられたのだ。
さらには、幕府から特権を受けて金貨をつくる「大判座」や
金銀の計量に欠かせない分銅をつくる「分銅座」も集められた。

当時の地名は新両替町だったが、
通称である「銀座」が親しまれ、今に残っている。

華やかな街の始まりは、すこし意外だが、
幕府御用達のお役所だった。



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石橋涼子 19年10月27日放送

松岡明芳
銀座のはなし  銀座と能

銀座の楽しみと言えば、ショッピングやグルメに加えて
伝統芸能ではないだろうか。
特に古典芸能のひとつである能は、銀座に縁が深い。

能は、室町時代から武士の嗜みとして保護されたが、
徳川家康が特に好んだことでも知られている。

家康は、人質として今川家に預けられていた幼少時に
観世流の稽古を受け、親しんでいたという。
足軽から出世すると共に能を学んだ秀吉とは、
思い入れの性質が異なったかもしれない。

江戸幕府を開くとすぐに
駿府にいた能役者たちを大勢呼び寄せ、
銀座に屋敷を与えて住まわせた。

観世流の屋敷は銀座2丁目付近にあったと言い、
金春(こんぱる)流の屋敷は8丁目付近に位置した。
観世能楽堂は長らく渋谷に移転していたが、
2017年、150年ぶりに銀座へ戻った。



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若杉茜 19年10月27日放送


銀座のはなし  銀座、夢物語

銀座という街は、歴史とともに変遷しながら、
したたかに、華やかに発展してきた。
明治から昭和にかけて活躍した文豪、永井荷風もまた、
そんな銀座という街を愛した一人である。

彼が明治11年に書いた随筆『銀座』には、
母が昔、豪華なお重を用意して、
芝居を観に行っていた話などを聞かされ、
まるで遠い時代の夢物語のように回想していた、
と綴られている。

それから100年以上が経った今、銀座はなお、
新しい時代とともに発展し続けている。
銀座が変わっていく様子を、
目が痛くなるまで見つめていたい、とまで書いた荷風。

銀座を歩いてみるときは、遠い昔の街の様子に
思いを馳せてみてはいかがだろうか。
荷風の見た夢物語を、
追いかけるようにして。



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石橋涼子 19年9月29日放送

T.Kiya
月のはなし 日本の十三夜

夜空に浮かぶ月は、29.5日の周期で変化する。
そのため、昔は、月の満ち欠けがカレンダーだった。

もちろんそれだけではなく、
見上げるたびに変わるお月様の変化を
人々は愛した。

眉月(まゆづき)、弓張り月、下弦の月、…。
月が変わる様子を愛でる名前も美しい。

まんまるいお月様を楽しむ十五夜の風習は、
平安時代に中国から日本へ伝わった。

そしてなぜか、
満月にはほんの少し足りない、
欠けた月を楽しむ十三夜という風習が
日本で独自に生まれた。

変化するもの、完全ではないものに
美と価値を見出す日本らしい楽しみ方かもしれない。



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石橋涼子 19年9月29日放送

overQ2.0
月のはなし 桂離宮の月見台

電気のなかった時代、月の存在感は大きかった。
貴族たちは、その眩さを愛でるために
池に船を浮かべ、雅楽を奏で、優雅に月見を楽しんだ。

そして17世紀、八条宮智仁親王(はちじょうのみやとしひとしんのう)が
月見のために建てた別荘が、京都の桂離宮だ。

書院と呼ばれる建物に、月見台がある。
これは名前通り、お月見のための特等席。
庭園の池にせり出す月見台に座って見えるものは、
夜空に浮かぶ満月と、真っ黒い池に浮かぶ、もうひとつの月。

古代中国の詩人、白楽天が
水に浮かぶ月を一粒の真珠に見立てたように、
月見を楽しむ人々は、見上げる月とともに
地上に揺らぐ月の影も愛した。

桂離宮の中には、「浮月(うきづき)」と名付けられた
石造りの小ぶりな水鉢がある。
こんな小さな水面にも月を浮かべようとした
貴族の情熱を見習って、今宵、
手元のグラスに月を浮かべてみてはどうだろう。



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石橋涼子 19年8月11日放送


太陽のはなし 太陽は何色か

太陽の絵を描いてください。
と言われたら、何色を使うだろうか。
日本では赤が多いかもしれないが、
海外では黄色やオレンジが主流だ。
朝日や夕陽、シーンによっても違うかもしれない。

宇宙空間で観察すると、太陽は白だと言う。
いくつもの光が混ざり合っており、
全ての光を重ねあわせると白色になるのだ。

それでも私たちが異なる色だと認識するのは、
地球にある空気のせいだったり、
人間の目が感じる色のちがいだったり、
あるいは、単なる思い込みだったりする。

空は青く、雲は白く、太陽は赤い、
というイメージを
一度リセットしてみるのも楽しいかもしれない。


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石橋涼子 19年8月11日放送


太陽のはなし ゲーテと太陽

ドイツの文豪ゲーテは、多くの名言を残したが、
総じて、人の持つ感覚の前向きな部分を
肯定する言葉が多いことでも有名だ。
そんな彼の言葉。

 太陽が素晴らしいのは、すべての塵を輝かせることだ。

午後の昼寝から目覚めると
カーテンの隙間から差し込む太陽の光が
塵をキラキラと照らしている。
そんな風景に覚えはないだろうか。

空気中には塵や埃が意外と多いと驚くこともできるが、
見方を変えれば、
塵のように取るに足らないものだって
光の当て方ひとつで輝いて見える、と思うこともできる。

ここはひとつ、ゲーテの言葉を信じて
明るい方を向いていきませんか。


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石橋涼子 19年6月30日放送


半分のはなし 半分のカタカナで

データ容量の単位に「ギガバイト」「テラバイト」が
当然のように使われている昨今だが、
誰もが知っているRPGゲームの草分け
初代「ドラゴンクエスト」は、その容量、わずか64キロバイトだった。

容量削減のための工夫のひとつとして、
なんと、カタカナの半分を制限したという。
あの独特の呪文やモンスターの名前はすべて、
わずか20個のカタカナで構成されている。

たった半分でできることも、前向きに挑戦すれば
意外とたくさんあるのかもしれない。
さあ、2019年も、残り半分です。


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