薄組・茂木彩海

茂木彩海 19年8月11日放送


太陽のはなし 太陽と芸術家の関係

あらゆる芸術家と親交があったと言われている、
19世紀を生きたフランスの作家、ロマン・ロラン。

学生時代には文学を学ぶ傍ら、美術や音楽などアート活動に没頭。
その後文学作家となってノーベル文学賞を授与した
「ジャン・クリストフ」ではその知識と情熱から、全10巻に渡り
ベートーヴェンを主人公にした物語が紡がれている。

彼が遺した言葉に、太陽と芸術家にまつわるこんな一文がある。

 太陽がないときには、それを創造することが芸術家の役割である。

美術館の細い廊下を抜けた途端、素晴らしい絵画を目の当たりにした瞬間。
コンサートホールで鳥肌が立つほど美しい旋律を聴いた瞬間。

曇った心は晴れやかに、気持ちを一変させてくれる。

芸術家が生み出しているのは、
誰かの心を照らす小さな太陽、なのかもしれない。


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茂木彩海 19年6月30日放送


半分のはなし シラーの友達

ドイツを代表する詩人、シラー。
日本人には馴染みのない名前かもしれないが、
ベートーヴェンの交響曲第9番「歓喜の歌」の
大元となる「自由讃歌」の作詞を行った人物である。

22歳の時に匿名で発表した処女作では
権力に抗う犯罪者を主人公にした物語に多くの若者が熱狂。
このことがきっかけで貴族から追われる身となり、亡命生活へ突入する。

困窮する生活を支えたのが、大親友、ケルナー。
彼を想ってか、シラーはこんな言葉を残している。

 友情は、喜びを二倍にし、悲しみを半分にしてくれる。

素敵な半分こが、彼の人生を支えていた。


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茂木彩海 19年6月30日放送


半分のはなし 1年の半分

1年もすでに半分が過ぎようとしている6月。
毎日忙しく過ごしているうちに、
気づいたらあっという間に終わってしまったという方も多いはず。

そんなみなさんに、希望を持って
イギリスの元首相であるスタンリー・ボールドウィンの言葉を捧げたい。

 人間、志を立てるのに遅すぎるということはない。

伊能忠敬も50歳から測量を学び始め、測量の旅に出たのは56歳。
徳川家康も豊臣秀吉からその座を奪ったのは62歳になってから。

1年のもう半分をどう過ごそうか。
今から今年の抱負を考え直すのも、悪くない。


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茂木彩海 19年5月26日放送


Beautiful Harmony 君が代の音階

「君が代」を聴く機会があると
他の国にはない、独創的な国歌だと改めて気づかされる。

最大の特長は、なんといっても
手拍子が打てない流れるようなメロディーと、独特な音運び。

日本独自の音階は、「四七(ヨナ)抜き音階」呼ばれ、
ハ長調である「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ」の場合で考えて
4番目の「ファ」と7番目の「シ」を抜いた音階、ということになる。

なじみが無いようにも感じるが、
演歌やJ-POPにも広く使われており、
古くから日本人の耳になじみやすい音階と言える。

令和は英語でBeautiful Harmony。
日本ならではの美しい音使いに耳を傾ける。
そんな年にしてみるのも良いかもしれない。


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茂木彩海 19年5月26日放送

Nam2@7676
Beautiful Harmony 生け花のバランス

日本発祥でありながら、世界的にファンも多い生け花。

欧米のフラワーデザインでは
統一されたフォルムであることが評価されるが、
生け花は、花だけでなく、時に枯葉を使ったり、
木の枝をあえて曲げたりしながら
全体のバランスを見て、空間を美しく見せることに評価が置かれる。

令和は英語でBeautiful Harmony。
生け花に限らず、アンバランスな調和に美を見出す日本人。

時代の変わり目に、日本ならではの美意識をあらためて意識する。


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茂木彩海 19年4月28日放送

kamome
平成よ、ありがとう。 「平成17年-2005年」

平成17年、3月に開催された愛知万博。

「愛・地球博」とも呼ばれたこの万博のテーマは「自然の叡智」。
人類と自然がいかに共存していくかをみんなで考えようという
「理念」を提唱した、はじめての万博となった。

このテーマを受けて、当初予定されていた
森を切り開いて会場をつくる計画に市民団体が抗議。

結果的に環境を破壊することなく移動できる空中回路の開発や
建物ではなくモジュールを展示するなど
様々な工夫で、環境にやさしい万博として各国から評価を受けた。

2025年には大阪万博が控えている。
次の日本は、世界になにを提唱することができるだろう。

平成よ、ありがとう。
いよいよ、令和へ。


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茂木彩海 19年4月28日放送

©️takou saito
平成よ、ありがとう。 「平成23年–2011年」

平成最大の災害として記憶に新しい、東日本大震災。

各国が被害状況をレポートするなか、
日本人の土壇場力に驚く声も数多く報道された。

指示が無くても並んで救援物資をもらう。
外食していても揺れが収まったらお金を払いに戻ってくる。
炊きだしは少な目にもらって行きわたるように遠慮する。

絆と呼ぶには少し軽く、使命と呼ぶには少し重い。
あくまで当たり前のこととして正しい行いができる日本人を
誇りに感じた。

平成には「平和の達成」が願いとして込められている。
災害こそ多かったが、日本人の心には、これからも平成が根付き続けるはずだ。

平成よ、ありがとう。
いよいよ、令和へ。


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茂木彩海 19年3月31日放送


畑のはなし 美味しい土の作り方

良い畑は、良い土から作られる。
ならばその土は、一体どこから来たんだろう?

土の始まりはそのほとんどが溶岩。
長い年月を経て風に飛ぶくらい粉々になったところに
運が良ければ微生物が住みつき、それらが死ぬと
またその上に微生物が住みつき、また死ぬ。
土はそのサイクルを繰り返し、何万年もかけてようやく出来上がる。

だから、使う土に微生物がたくさん含まれているかどうかも
良い畑を作る上で欠かせない条件の一つ。

おにぎりのように丸く握り、
軽くつつくとホロホロ崩れていくのが、良い土の証拠なんだとか。

良い土がなければ、良い畑も作れない。
良い畑がなければ、美味しい野菜とは出会えない。

春野菜を頬張りながら、母なる大地に感謝する。


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茂木彩海 19年2月24日放送

justmakeit
雪のはなし 雪をたとえる

雪のように儚い恋。
雪化粧した富士山、などなど。

雪をたとえる言葉はたくさんあるが、
イギリスの詩人、コールリッジはこんな言葉で雪をたとえている。

 忠告とは雪のようなものだ。
 穏やかに降るほど長く消えずに残り、
 心に沁み込んでいく。


たしかに、手のひらに雪を乗せてじっと見ていると
体温で輪郭が消え、徐々に水滴に変わっていき
水滴に変わった雪はいずれ肌に沁み込んでいく。

雪の降る日は、温かい家でお茶を飲みながら
いつか誰かから言われた
アドバイスを思い出してみるのも、良いかもしれない。


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茂木彩海 19年2月24日放送

KYR
雪のはなし かまくらの歴史

いまではそのほとんどが雪遊びとして作られるかまくらだが、
もともとは東北地方に伝わる五穀豊穣を祈る伝統行事。
四角い雪の家をつくり、そのなかに祭壇を用意して、
水神様をお祀りしていたのだという。

そんなかまくらが、
四角い屋根だと雪が積もった時に危険という理由から
丸い屋根になったのは昭和34年ころ。

ドイツ人の建築家ブルーノタウトは、この時はじめてかまくらを目にし
小さい子供たちがかまくらから出たり入ったりしながら遊ぶ様子を
まるで夢の国のようだと絶賛し、
それから世界中の観光客が、この不思議なかまくらを見に
日本を訪れたのだという。

湿気が多い日本の空気だからこそ作れるかまくら。

偶然と歴史が生んだ贅沢な遊びを
いまの子供たちも、楽しんでくれるだろうか。


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