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藤本組・阿部広太郎

阿部広太郎 14年6月29日放送

140629-06 stridzio
A lover of dogs – チャールズ・M・シュルツ

13才の時に飼った一匹の雑種犬が、
ひとりの少年の人生を大きく変えた。
あの有名なスヌーピーの生みの親、
チャールズ・M・シュルツ。

人間の言葉を理解しているとしか思えない。
愛犬との友情が創作意欲をかきたて、
後に50年も連載がつづく、
チャーリー・ブラウンと
スヌーピーの物語が生まれた。

チャールズ・シュルツはこんな言葉を残している。

 幸せというのは、あたたかい子犬のことである

少年が抱いた子犬が、世界中を笑顔にしている。


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阿部広太郎 14年6月29日放送

140629-07
A lover of dogs – 西郷隆盛

江戸時代、京都祇園の料亭。
朝まで芸者と大騒ぎとなる所が、
西郷隆盛は違かったそうだ。

お昼に愛犬「寅」とやってきて、
鰻を食べてすぐに帰ったという。

どこへ行くのも愛犬と一緒だった西郷。
今は、上野からどこを旅してるのだろう。


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阿部広太郎 14年6月29日放送

140629-08
A lover of dogs – ジークムント・フロイト

 犬は、
 純粋に愛することが出来ず常に愛と憎しみを
 対象関係に抱いてしまう人間とは全く違い、
 友達を愛し敵に噛み付く。


愛犬ジョフィに対する思いをこう語ったのは、
オーストリアの精神科医であるフロイト。
実はジョフィと出会ったのは70才近くになってから。
それも妹が犬を飼い始めたのに惹かれて、という理由で。

毎回の診察に同席したジョフィ。
患者の心を感じ取るかのように近づき離れ、
リラックスさせていることに気づく。
ドッグセラピーを初めて導入したのはフロイトである。

フロイトといえば厳しい顔つきの写真のイメージが強いが、
ジョフィといる時はよく微笑み、暖かい眼をしていたという。
誰よりも癒されていたのはフロイトにちがいない。


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阿部広太郎 14年5月25日放送

140525-04
イマヌエル・カントの勤勉な健康法

ドイツの哲学者、イマヌエル・カント。
彼は自分にルールを課していた。

朝は必ず5時に起床。
同じ時間に同じ道を散歩。
その正確さは絶対。道行くカントを見て
人々は時計の針を合わせたという。

80歳まで生きたカント。
きつそうなこの生活を、
カントは楽しんでいたようだ。

 疑う余地のない純粋の歓びの一つは、
 勤勉の後の休息である。



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阿部広太郎 14年5月25日放送

140525-05 Alan Vernon.
徳川光圀の食べる健康法

 無病延命の術は、鳥獣に習うしかない。
 鳥獣は腹が減ったら食い、空腹が収まったらもう食わない。


健康維持の秘訣をこう語ったのは、
水戸黄門として知られる徳川光圀。
ほどほどの食生活を心掛けながらも、
食に対しての好奇心は旺盛だった。

生類憐みの令が出ていても
お構いなしに牛肉や豚肉を食べたり。
また、無類の麺好きだったこともあり、
中国から亡命していた儒学者を呼び寄せ、
麺の作り方を調べ、ラーメンを食べたりも。
ちなみに、ラーメンも、餃子も、チーズも、牛乳も、
日本で最初に食べたのは光圀とされている。

光圀の食への探求は、ついに薬まで行きついてしまった。
中国、朝鮮、オランダから草木を取り寄せて漢方に。
大変貴重な薬だったとしても、
領内で薬を必要とする者がいたら惜しげなく与えたという。

 庶民が住んでいる所には、医者もいないし、薬もない。
 庶民は病気になったら自然に治るのを期待するしかない。
 求めやすい漢方薬の処方を編纂し彼らに与え、彼らを救え。


光圀は水戸藩の医師に命じ、
いまで言う家庭の医学書「救民妙薬」を発行させる。
食べることが好きだった光圀だったからこそ、
誰よりも薬の大切さに気づいたのかもしれない。

73歳まで生きた光圀。
 「この紋どころが目に入らぬか」
肌身離さず持っていた印籠は薬箱である。


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阿部広太郎 14年4月13日放送

140413-07
ジョセフ・ケネディと靴磨きの少年

ケネディ大統領の父、
ジョセフ・ケネディは投資家だった。

ある日、靴磨きの少年から
株の話をされたジョセフ。
こんな少年まで相場を語るのが
異常だと感じた彼は、
株から手を引き大恐慌を切り抜けたという。

最高の投資とは、
自分の感覚を磨くことだ。


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阿部広太郎 14年4月13日放送

140413-08
大塚岩次郎と明治天皇の革靴

明治維新後、14歳にして上京。
日本人に合う西洋靴をつくりたい。
その一心で大塚商会を興した大塚岩次郎。

ある日、紳士が岩次郎に靴の修繕を依頼。
イギリス製の靴を見るなり岩次郎は紳士に懇願する。

 同じ靴を新たに作って納めるからその靴を分解させて欲しい。

西洋の靴を知るなら今しかない。
常識外れの申し出を拒否する紳士。
それでも諦めずに懇願した結果、
紳士は渋々承諾せざるを得なかった。

靴を分解し、調べ上げ、新品を届けた所、
紳士はイギリス製にも優ると絶賛する。

実はこの人、宮内省の長崎省吾氏であった。
これが縁となり岩次郎は日本人として初めて
明治天皇の革靴製作を拝命する。

若き青年の靴作りへの情熱を、
日本中が知ることになったのだ。


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阿部広太郎 14年2月23日放送


かぐや姫

月に帰らないかぐや姫がいた。

静岡県富士市に伝わる伝説。
帝に求婚されるも拒否し、
かぐや姫が帰ったのは富士山。

後を追う帝。
頂上でかぐや姫と再会し、
ふたりは池の中に消えたという。

それはそれは富士山らしい
神秘的なエピソード。


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阿部広太郎 14年2月23日放送


ラザフォード・オールコック

江戸時代、
富士山にはじめて登った、
外国人がいた。

イギリス外交官、
ラザフォード・オールコック。

私は富士山に登るつもりだ。

日本に着くなり幕府に申し出るオールコック。
しかし幕府は、日本人の神聖な山だからと猛反対。
その反対を押し切り出発するオールコック。

直前に交わされた日英修好通商条約。
「外国人が日本国内を許可無しに自由に旅行できる」
この項目をアピールするデモンストレーションだったのだ。

麓から8時間。
空気の薄さや足場の悪さに苦しみながら
山頂にたどりつくオールコック一行。

すばらしい眺めを前に、
山頂の万年雪で冷やした
シャンパンで乾杯をしたという。

オールコックはきっと、
条約のことなんて
忘れていたに違いない。


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阿部広太郎 13年12月29日放送

BONGURI
鬼が笑った話 内海藤太郎

日本のフランス料理の礎を築いた、
料理人、内海藤太郎。

「厨房では鬼のように怖かった」
弟子たちはそう語る。
ミスをしたらビンタが飛び、
遅刻した者は外に放り出した。

帝国ホテルの総料理長もつとめた内海が、
海外から来た若い料理長の下につき、
周囲を驚かせた。

「日本の西洋料理は知り尽くしている
 新しい料理を知るためここに来た」


美味しい料理に出会う料理の鬼。
嬉しそうな笑顔が目に浮かぶ。


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