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佐藤延夫(事務局)

佐藤延夫 17年4月1日放送

170401-01
名もなき人たち 名無しの権兵衛

その男、いつ生まれたかはわからないが、
かなりの有名人である。
実は、夏目漱石の「我輩は猫である」にも登場している。
彼の名は、名無しの権兵衛。
名前はあるのに、なぜか名無しの権兵衛と呼ばれる男だ。
ひとつわかっているのは、
その昔、地方出身者に多い平凡な名前だった、ということ。
それが悪かったのか、江戸時代の遊郭には、
たくさんの名無しの権兵衛がいた。
政府の目を逃れるため、遊女に男性の名前をデタラメにつけたからだ。
ちなみにこの男、英語の国では、John Doeと名乗るらしい。

今日は4月1日。名無しの花子がお伝えしました。



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佐藤延夫 17年4月1日放送

170401-02
名もなき人たち 与次郎兵衞

与次郎兵衞。別名、弥次郎兵衛とも言う。
もともとは京都で、人形を見せて歩く人のことを
与次郎兵衞といったそうだ。
人形とは、指先にちょこんとのせると、
重りでバランスを取る、あれのことである。
いつの間にか、人形の名前として市民権を得るようになった。
小林一茶に、こんな句がある。

 蝶々や 菜の葉にとまる 与次郎兵衞

ところで、なぜ与次郎兵衞が、弥次郎兵衛になったのか。
それは、東海道中膝栗毛の登場人物、弥次さんが影響している、
とも言われる。

今日は4月1日。名無しの花子がお伝えしました。



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佐藤延夫 17年4月1日放送

170401-03
名もなき人たち 与太郎

江戸落語でおなじみの人物、といえば与太郎である。
どことなく のんびりした性格で、
親孝行の息子であったり、大工であったり、
さまざまな役を演じ分けている。
与太郎のすごいところは、
活躍の場が落語の世界だけではなかったことにある。
島崎藤村の小説「破壊」には、与太が登場する。
残念ながら、愚か者のたとえとして。
落語ではない与太郎は、
嘘つき、でまかせ、いい加減、など
あまり素行の良い人物とは言えないようだ。

今日は4月1日。名無しの花子がお伝えしました。




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佐藤延夫 17年4月1日放送

170401-05 P199
名もなき人たち 坂東太郎

関東平野を流れる利根川の別名として
多くの人に知られている名前が、
坂東太郎だ。
坂東とは、関東地方のこと。
その地域を流れる一番大きな川で、
長男を意味する太郎という名前がつき、
坂東太郎と呼ばれるようになった。
ちなみに、四国二郎は吉野川、
筑紫三郎は筑後川。
信濃川も石狩川もランクインしていないところが、
いかにも江戸時代らしい。

今日は4月1日。名無しの花子がお伝えしました。



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佐藤延夫 17年4月1日放送

170401-04 ドラ猫
名もなき人たち 侘助

ちょうど今の時期に咲く椿の一種、侘助椿。
ここに登場する侘助という人物、
来歴にはいくつかの説がある。
ひとつは、千利休の下僕の名前。
また、文禄・慶長の役の際に
朝鮮半島からこの花を持ち帰った人物が侘助、という説もある。
そしてもうひとつの説も、茶人にまつわるものだ。
利休と同じ時代を生きた、笠原七郎兵衛。
のちに還俗して「侘助」と名乗るのだが、
その彼が愛でてやまなかったのが紅白の小ぶりの椿で、
それがいつしか、侘助椿という名前になった。
侘しさを楽しむ。
そんな意味を考えると、
やはり侘助は、茶人の名前であってほしいと思う。

今日は4月1日。名無しの花子がお伝えしました。



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佐藤延夫 17年3月4日放送

170304-01
スピーチの達人 チャーチル

 我々は、海岸で戦う。
 敵の上陸地点で戦う。
 野原や市街地で戦う。
 丘陵で戦う。
 我々は、断じて降伏しない。


これは1940年6月4日、
当時のイギリスの首相チャーチルによる、
下院演説での一説だ。
イギリス軍が、ナチスドイツと攻防を繰り広げていた時期であり、
国民の意識を高める必要があった。

チャーチルの演説は、短いセンテンスを繰り返すなど、
聞き手に強い印象を残す技法が多いという。
さすがノーベル文学賞を受賞するだけに、
スピーチのコツを心得ている。


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佐藤延夫 17年3月4日放送

170304-02 manhhai
スピーチの達人 ホー・チ・ミン

 地上のあらゆる民族は、
 生まれながらにして平等です。
 すべての民族に、生きる権利があります。
 幸福で自由になる権利があります。


これは1945年9月2日、
ベトナム民主共和国の独立を宣言するスピーチだ。
ベトナムの革命家、ホー・チ・ミンは、
アメリカ独立宣言やフランス人権宣言など
歴史上の有名な言葉を引用し、
聴衆の心を奪うことに成功した。
このスピーチが終わるころ、
広場は人々の歓声に包まれたそうだ。


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佐藤延夫 17年3月4日放送

170304-03
スピーチの達人 マルコムX

 投票は弾丸に似ている。
 標的が目に見えるまで、票を投じてはいけない。
 標的が届かないところにあれば、
 投票権はポケットの中にしまっておくことだ。


これは1964年4月3日、
オハイオ州の教会で行われたスピーチの一説だ。
アメリカの指導者マルコムXは、美辞麗句を並べない。
挑発的、好戦的な言葉で語りかける。
迫害されてきたアフリカ系アメリカ人に、
選挙の大切さを訴え、聴衆の意識を変えた。
ストレートな表現は、凶器のように心に突き刺さる。


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佐藤延夫 17年3月4日放送

170304-04
スピーチの達人 シャルル・ドゴール

 もはやこれまでなのか?
 いっさいの希望を捨てるしかないのか?
 敗北は挽回できないのか?
 私の答えは「ノン!」
 なにがあろうとも、フランスの抵抗の炎は消えない。
 消してはならない。


これは1940年6月14日、
フランスの軍人、シャルル・ドゴールによるスピーチだ。
ドイツ軍がパリを陥落させたとき、
ドゴールは訪問中のロンドンから、
ドイツとの戦いを呼びかけた。
軍人らしく、熱を帯び、迷いなど微塵も感じさせない言い方は、
すべてのフランス国民を勇気付けた。

このスピーチの中で、のちに評価されたのは、
「フランスの抵抗の炎」という一説。
聴く人の愛国心を高め、勇気を与える、
見事な比喩表現だと言える。


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佐藤延夫 17年3月4日放送

170304-05
スピーチの達人 セヴァン・カリス=スズキ

 どうやって修理すればいいかわからないなら、
 壊すのは、もうやめてください。


この有名な言葉は、1992年6月11日、
地球サミット総会でのスピーチだ。
カナダの環境保護活動家、セヴァン・カリス=スズキは、
9歳のときに環境学習グループを設立し、
12歳で地球サミット総会の壇上に立っていた。
スピーチは、およそ6分間。
情熱的に、シンプルに、
自分の言葉で堂々と語る。
それだけで、すべての人が魅了された。
スピーチの巧さに年齢など関係ないことを
彼女は教えてくれる。


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