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薄組・薄景子

石橋涼子 17年6月25日放送

170625-01
日記のはなし 意外と自由な土佐日記

日本文学史上初の日記文学と言われる「土佐日記」。
その内容は、フィクションありダジャレあり、
人情に歌、旅情もあり、なんとも自由なスタイルの日記であった。

何しろ最初の一文からして、自由だ。

 男もすなる日記といふものを、
 女もしてみむとて、するなり。


作者の紀貫之は男性だが、
女性としてこの日記を書いているのだ。

日記をつけようと思うと、面倒になることもある。
そんなときは、この偉大な日記を思い出して
自由な気持ちになってみよう。


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石橋涼子 17年6月25日放送

170625-02
日記のはなし 斎藤茂太の日記のススメ

モタさんという愛称で親しまれた
精神科医にして随筆家の斎藤茂太(しげた)。

父は斎藤茂吉、弟は北杜夫。
当然のように文才に恵まれたモタさんは、
医者として、人を元気にするために
「言葉の力」を使い続けた。

モタさんは、自分の言葉を伝えるだけではなく、
一人ひとりが自分自身の悩みや考えを
自らの言葉としてカタチにすることを大事にしていた。

そんな彼による、日記のススメ。

 日記は、誰も応援してくれる人がいないときにも、
 自分のための唯一の応援歌になる。


励ますでも諭すでもない、モタさんらしい薦め方。
未来の自分のために、今日、言葉を綴ろう。


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小野麻利江 17年6月25日放送

170625-03
日記のはなし 石川啄木のローマ字日記

1909年の4月7日から6月16日のあいだ。
歌人・石川啄木は、ローマ字で日記を書いた。

そこに書かれているのは、
会社をずる休みしたり、
生活を助けてくれる友人をけなしたり、
友人の物を勝手に質に入れて遊郭に通い、
その様子を赤裸々に描写したりという、
彼の歌からは想像もつかない振る舞いの数々。

妻のことは愛しているが、
妻に読まれたくないからローマ字で日記を書く。
そんな身勝手な感情まで、記されている。

実のところ、妻の節子は
ローマ字を読めたのではないかという説もある。
しかし、啄木の死の直前に
日記をすべて燃やすよう命じられても、

 愛着から燃やすことができませんでした。

と、親友の金田一京助に日記を託した。

読まれた人と、読んだ人。
日記は、様々な人情の機微でできている。


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茂木彩海 17年6月25日放送

170625-04 John-Mark Kuznietsov
日記のはなし 森見登美彦の日記修行

小説家の森見登美彦は、
中学一年生の時から大学を卒業するまで、
1日1ページ日記を書くという習慣を自分に課していたという。

その量、10年間で大学ノート60冊分。

 結局、小説だって、一番最初は自分が読む、自分に読ませる。
 だから自分で読んで満足するようなものを書かないと
 しょうがないと思うんです。


自分の文章がどんな具合か。

森見さんに倣って日記で見直してみるというのも
良い方法かもしれない。


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薄景子 17年6月25日放送

170625-05
日記のはなし 益田ミリの「今日の人生」

日々感じているけれど、
わざわざことばにしない気持ちがある。
ことばにできない気持ちもある。

そんな心の機微をふわりと漫画に描く、
イラストレーター、益田ミリ。

彼女が、何気ない日々のできごとを
日記感覚で描いたのが
コミックエッセー「今日の人生」。

たった2コマの今日もあれば、
8ページにわたる今日もある。
切なかったり、もやもやしたり、
おいしかったり、くすりと笑ったり…。
おなじ今日は一日もなく、
どの日にもちゃあんと人生がある。

そんな「今日の人生」の1頁。

 わたしの、わたしの人生に降りかかってくる面倒なできごと
 すべて作品に昇華してみせる と、改めて思った今日の人生。



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薄景子 17年6月25日放送

170625-06 Aurelio Asiain
日記のはなし ドナルド・キーンの日記文学研究

ニューヨーク出身の日本文学研究者、
ドナルド・キーン。

日本人以上に日本文学をこよなく愛し、
平安時代から近代までの日記文学を読み解き、
千年を超える日本人像を浮き彫りにした。

日記に心を向けた理由を、ドナルド・キーンはこう語る。

 今日私が知る日本人と、いささかでも似通った人間を、
 過去の著作の中に見いだす喜びのためだったのである。


きょう誰かが書くブログの中にも
いにしえの作家たちとの共通点が見いだせるかもしれない。


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茂木彩海 17年6月25日放送

170625-07
日記のはなし せきらら蜻蛉日記

女流日記のさきがけと言われている蜻蛉日記。
作者は藤原道綱の母。

内容はと言うと、夫への不満、愛人への嫉妬…などなど。
彼女の身分では決して口に出せない男女に関する本音だらけ。

 人にもあらぬ身の上まで書き日記にして、めづらしきさまにもありなむ

こんな身の上でも日記として書いてみたら、
なおのこと珍しく思われることだろう。

彼女の狙い通り、
せきららな告白が詰まった蜻蛉日記は
他の日記文学と比較しても珍しく、
いつの世も、人には言えない思いをしたためるのが
日記の醍醐味であることを教えてくれる。


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熊埜御堂由香 17年6月25日放送

170625-08 Markus Spiske raumrot.com
日記のはなし 手帳大賞の言葉

思わず手帳にメモしたくなった身近なひとの名言を、
手帳メーカーの高橋書店が、毎年、公募している。
「手帳大賞」として選ばれた受賞作には、
なにげないのに、かけがえのない言葉が並ぶ。

 病室の夕陽より、やっぱり台所の朝陽ね。

重い病気から退院した妻が、台所に立ちしみじみ言ったひとこと。

 ネギにアイロンあてたのがニラだね。
 
小さな娘がスーパーで父に言った微笑ましいひとこと。

読んでいると、大事なひとの言葉をさっと書きとめる。
そんな日記のつけ方もあるのだと、気づかされる。


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石橋涼子 17年5月28日放送

170528-01 beaufour
ダンスのはなし フランツ中佐のタンゴ論

映画「セント・オブ・ウーマン」は
アル・パチーノ演じる気難し屋のフランツ中佐と
苦学生チャーリーの、心の交流を描いた物語だ。

劇中、フランツ中佐が
女性をダンスに誘う有名なセリフがある。

 タンゴに間違いはない。
 人生と違って。
 足が絡まっても踊り続ければいい。

自分の間違いだらけの人生を嘲笑う気分だったのだろう。
それでも躍ればいいじゃないかと思えるこの台詞は、
物語の終盤、救いの言葉としてフランツ中佐の元に戻ってくる。



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石橋涼子 17年5月28日放送

170528-02
ダンスのはなし 妖精マリ・タリオーニ

バレエの歴史は、
ダンサーでもあった太陽王ルイ14世の時代に
大いに発展したと言われる。

当時、女性ダンサーは一般的なドレスとヒールで
踊るのが一般的だった。
そこに、つま先立ちで踊る技法、ポワント・ワークで
妖精のような軽やかな表現とともに現れたのが、
マリ・タリオーニだ。

詩人ゴーチエは彼女の踊りを
いかにも詩的に賛美した。

 天上の花の上を
 花びらをたわめることなく
 バラ色の爪先で歩く幸福な魂


痩せぎすでひょろりと手足の長い彼女は、
ひとたび踊り始めると
重力をまったく感じさせない優美な動きで
人々を魅了したと言う。



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