薄組・薄景子

小野麻利江 19年11月24日放送


紅葉のはなし 紅葉狩りの由来

秋の終わり。
紅葉(こうよう)を見に出かけることを
「紅葉(もみじ)狩り」と言うのを、
聞いたことはありませんか。

これは、平安貴族が紅葉(こうよう)を見に行く時、
「狩りに行く」と、
同じく”山に入る行為”と掛けて
洒落で言ったのが、由来の一つだそう。

かつては、春のお花見を
「桜狩り」と言うこともあったそう。
でも今ではあまり使われず、
秋の風物詩だけに残る、
「狩り」という言葉。

秋の終わり。
落ちた紅葉(もみじ)を手にとって
狩りの成果を自慢し合ってみるのも、
乙なものかもしれません。



topへ

薄景子 19年11月24日放送

©︎ Catarina Sousa
紅葉のはなし もみじの由来

秋の紅葉を代表するのが「もみじ」。
その語源は「もみつ」という言葉に由来するという。

「もみつ」には、「揉む」「揉みだす」といった意味がある。
木々が色づくということは、秋の寒さや霜によって
緑の葉が、赤や黄色の色を「揉みだす」と考えられていた。

「揉みだす」という感覚は、
古来から伝わる「草木染」に通ずる。
自然の草木の染料を浸した桶の中で
白い布を揉んで色を定着させるのが草木染。
この布にあたるのが木々の葉で、
赤や黄色の染物として仕上がったのが紅葉、
揉み出したのは山の神々だろうか。

令和初の紅葉も、そろそろ見納め。
一面に色づいたもみじが
山の神々の芸術作品だと考えると
美しい紅葉がますます神々しく思えてくる。



topへ

熊埜御堂由香 19年11月24日放送


紅葉のはなし 日野原先生と葉っぱのフレディ

1982年にアメリカの哲学者、
レオ・バスカーリアが書いた童話、葉っぱのフレディ。
春に生まれた葉が、冬に枯れゆき、土に還り、
また新しい葉っぱを生むというストーリーだ。
日本では、2000年に医学博士の日野原重明さんが、
ミュージカルにしたことで、絵本を越えて親しまれるようになった。

日野原先生が、編集者に絵本の舞台化を提案すると、
「では、先生が脚本を書いてください」と言われた。
その言葉を受けて、ご自身が脚本を書いた。
89歳の時のことだ。

秋になって、色どりどりに紅葉した自分や、
仲間をみて、葉っぱのフレディは問う。
いっしょに生まれた同じ木の同じ枝の同じ葉っぱなのに、
どうして違う色になるの?
親友のダニエルが答える。
今まで受けてきた太陽、風、月の光、星明かり、
なにひとつ同じ経験はないからさ。

医師として数々の命を見つめてきた日野原先生が紡ぎ直した
ミュージカル版は、多くの感動を呼びブロードウェイでも上演された。
日野原先生は、その後、105歳で亡くなるまで、命について発信を続けた。
はらりと地に落ちた紅葉する葉を、手にする。
その色に、心を奪われるのは、命の輝きが込められているからだ。



topへ

若杉茜 19年11月24日放送


紅葉のはなし 尾崎紅葉

紅葉は世界中で愛される美しい風景だが、
紅葉やその地を愛するあまり自分の名前も紅葉にしてしまおう−−−−
という人はそういないだろう。

明治期に活躍した文豪・尾崎紅葉は、その奇特な人物だ。
東京・港区の芝に生まれ、
生まれ故郷にある増上寺の紅葉山にちなんで
ペンネームを紅葉とした。当時そこには紅葉館という料亭があり、
そこで紅葉は他の文豪たちとの親交を深めたという。
紅葉館は東京大空襲で焼失し、
その跡地には、赤い東京タワーが建っている。



topへ

石橋涼子 19年11月24日放送


紅葉のはなし 石橋涼子

フランスの作家で哲学家でもある
アルベール・カミュ。

読後感が決して明るくはない不条理文学と、
トレンチコートにくわえタバコで気難しい顔をしたイメージだが、
彼自身の言葉には、生きることに前向きな輝きがある。

カミュが生まれ育ったのは、
地中海に面し、自然に恵まれたアルジェリアだ。
家は貧しかったが、たっぷりの太陽と海に育まれたことが
彼の根底にある。

今は11月も末、
木々の葉も黄色やオレンジを経てすっかり赤くなり
本格的な寒さが身に沁みる季節に
美しくも温かい、カミュの言葉を贈ります。

 “L’automne est un deuxième printemps 
où chaque feuille est une fleur.”

秋は、すべての葉が花になる、二番目の春である。



topへ

石橋涼子 19年11月24日放送

Steppschuh
紅葉のはなし 落ち葉

昔むかし、英語を話す国々には
秋という単語が存在しなかった。

日本ほど四季がはっきりしていないため、
暑い「夏」と寒い「冬」を表す言葉しかなかったのだ。

それでも木々は芽吹き、葉っぱは色づき、枯れれば散っていく。
当たり前のように繰り返される自然のサイクルに
16世紀の人々は、そろそろ名前をつけたいと考えた。

こうして
春は「葉っぱが生える」Spring of the leafを略してSpringに、
秋は「葉っぱが落ちる」Fall of the leaf を略してFall
になったという。

そう、Fall、秋は落ち葉の季節だ。



topへ

小野麻利江 19年11月24日放送


紅葉のはなし もみじの天ぷら

「もみじの天ぷら」

それは、紅葉と滝で有名な、
大阪府箕面(みのお)市に古くから伝わる
お菓子のこと。

箕面市にある箕面山には
古くから修験道の道場がある。
1300年前、修行をしていた行者が
滝に映えるもみじの美しさに心打たれ、
持っていた灯明の菜種油をつかって
天ぷらを作り、旅人に振舞った。

それが、「もみじの天ぷら」の
発祥と言われている。

長い時を経て、つくり方や味に
改良が加えられているが、
原材料は、いたってシンプル。

小麦粉、砂糖、ゴマ、
そして、もみじの葉。



topへ

茂木彩海 19年11月24日放送

篁(たかむら)
紅葉のはなし 秋の女神

秋を表す季語の中に、
お姫様の名前があるのはご存知だろうか。

その名を「龍田姫」。

秋の紅葉を司る女神と言われ、
はるか昔の奈良時代、五行思想にもとづいて
東西南北にそれぞれ女神を配したことに由来する。

秋は西にあたり、西に位置する竜田山が紅葉の名所であったことから
龍田姫は秋に紅葉をもたらす女神とされた。

緑の葉を真っ赤に染め上げる
龍田姫の仕事ぶりには今も昔も目を見張るものがあるようで。
古今和歌集で、在原業平はその見事さをこう詠んでいる。

 ちはやぶる神世も聞かず竜田川
   からくれなゐに水くくるとは




topへ

石橋涼子 19年10月27日放送


銀座のはなし  銀座の始まり

文化とモノが集まる華やかな街、銀座。
その始まりは、徳川家康が江戸幕府を開いた時代に
さかのぼる。

幕府のために銀貨を造り、管理する組織である
「銀座役所」が、この地につくられたのだ。
さらには、幕府から特権を受けて金貨をつくる「大判座」や
金銀の計量に欠かせない分銅をつくる「分銅座」も集められた。

当時の地名は新両替町だったが、
通称である「銀座」が親しまれ、今に残っている。

華やかな街の始まりは、すこし意外だが、
幕府御用達のお役所だった。



topへ

石橋涼子 19年10月27日放送

松岡明芳
銀座のはなし  銀座と能

銀座の楽しみと言えば、ショッピングやグルメに加えて
伝統芸能ではないだろうか。
特に古典芸能のひとつである能は、銀座に縁が深い。

能は、室町時代から武士の嗜みとして保護されたが、
徳川家康が特に好んだことでも知られている。

家康は、人質として今川家に預けられていた幼少時に
観世流の稽古を受け、親しんでいたという。
足軽から出世すると共に能を学んだ秀吉とは、
思い入れの性質が異なったかもしれない。

江戸幕府を開くとすぐに
駿府にいた能役者たちを大勢呼び寄せ、
銀座に屋敷を与えて住まわせた。

観世流の屋敷は銀座2丁目付近にあったと言い、
金春(こんぱる)流の屋敷は8丁目付近に位置した。
観世能楽堂は長らく渋谷に移転していたが、
2017年、150年ぶりに銀座へ戻った。



topへ


login