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2010 年 3 月 のアーカイブ

「五島のはなし」継続願い

中村直史の「五島のはなし」がついに90回を越えました。
もともと108回をめざした連載ですが
本当に108回だとすると、間もなく終焉を迎えます。

が、もはや我々の日常は「五島のはなし」と共にあります。
「五島のはなし」がなくなることは
たとえば、朝、歯ブラシがなくなっていたりすることと同じです。

「五島のはなし」を愛読してくださっているみなさん、
ぜひ中村直史に激励と嘆願のお言葉をお願いいたします(玉子)

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五島のはなし(91)

91回目です。
ここまで五島の良さを書いても
まだ行ってみようと思えませんか?

僕は根が控え目です。
だから僕が「五島はいいよ」と書いたら
それは「五島はすばらしい」ということであり、
「五島の食べ物がおいしい」と書いたら
それは「五島の食べ物は信じられないくらいうまい」
ということなのですよ。
客観的にはそうなのですよ。

さらに僕の文章力のなさも勘定に入れると、
この五島のはなしで書かれている「五島の良さ」は
2倍くらいに見積もって読んでいただいた方が良いかと思います。

ただし、五島が「行きにくい場所」であることは否めません。
でもねでもね。
飛行機ならあっという間です。

たとえば東京からなら2時間半(乗り継ぎがスムーズなら)。
通勤圏、といえる近さ。

ちなみに福岡空港から島へ向かう飛行機の名は、
ボーイング737・スーパードルフィン。(←数字のとこはうろ覚え)
「すごいイルカ」に乗って、島へ飛ぶのです。
素敵でしょ?つまり、すんごい素敵でしょ?

スーパードルフィン

スーパードルフィン



五島福江空港

五島福江空港

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五島のはなし(90)

ひとつ前の話で
三國さんが書いてくれた、五島うどんの「ふしめん」。

写真を見ると麺が曲がっててちょっと不思議。
五島うどんって曲がってるの?
と思った人へ、補足説明です。

※ちなみに五島うどんは「日本3大うどんの一つ」と
 言われたり、「幻のうどん」と言われたり、
 「あのミシュランさえも認めた美味」と言われなかったり、
 の「知る人ぞ知るナイスなうどん」です。

世の中で五島うどんとして売られているものは
まっすぐの麺です。
が近ごろ麺の製造過程でカットした端っこの部分を
お味噌汁やサラダの具にどーぞ、ということで売り出した。

もともと歯ごたえが良く、伸びにくい麺だったこともあり、
この端っこ部分が意外にも重宝され、いま人気となっています。
それがこの「ふしめん」(・・・のはず)。
ちなみに「ふしめん」は商品名であって、一般名ではない(・・・はず)。
だから他の製麺所からは別の名前で売り出されている(はず)です。

「はず」がやたらと多い文になってしまった。
なにはともあれ、このふしめんが美味しいのは
そもそも五島うどんがおいしいから、なのです。
インターネットでも手に入りますよ。
詳しくは「五島うどん」で検索を。

ふしめん

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小宮由美子

小宮由美子 参戦決定

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名雪祐平 10年03月28日放送



良寛 1


 散る桜 残る桜も 散る桜


良寛和尚の句はいつも、
せつない。

せつない、とはもともと
人や物を大切に思うことだという。

人は弱い。人は寂しい。
それが当然で
せつない、大切、と思えるかどうか。

おまえ、威張ったりしていないか。
良寛和尚の声が
聴こえる気がする。







良寛 2


あっけらかんと
良寛和尚は生きた。

酒も、煙草もたしなみ、
70歳になって、30歳の尼僧と
相思相愛にもなった。

本音で生きた良寛。
その辞世の句。


うらをみせおもてをみせて 散るもみじ


ただ無心に、
物事の表も裏もなく、自然に任せきる境地。

素朴かつ劇的。
まさしく良寛の真骨頂。





淀川長治


映画館で映画が終わったのに、
まだ座っている老人がいる。
終わりましたよと
声をかけると、死んでいた。

それが理想の死だと
映画評論家・淀川長治は語ったという。

淀川が32年間、解説をつづけた
『日曜洋画劇場』。
その収録直後に倒れたことは、
理想に近かったのだろうか。

すくなくとも。

交流があった
日本や世界の映画人が
一人の映画評論家の人生を讃えた。
ベルナルド・ベルトルッチ
アラン・ドロン
ブラッド・ピット
アーノルド・シュワルツェネッガー
・・・。

89歳まで、映画に没頭した
素晴らしい人生だった。





マルセル・デュシャン 1


芸術を疑え。

マルセル・デュシャンが、
発表したのは、
何でもない日用品のオブジェだった。

自転車の車輪
雪かきシャベル

タイプライターのカバー

まったく新しい衝撃が走った。
これは芸術なのか。

人々は何もわからず、
ただデュシャンだけが
スキャンダラスになっていく。





マルセル・デュシャン 2


20世紀の美術界を
ひっくり返してしまった男。
マルセル・デュシャン

1917年、決定的な事件を仕掛ける。

男性用小便器に
『泉』というタイトルをつけ、
別の署名で出品したのだ。

もはや、作ったのが誰だろうと
問題ではないのだ。
ひとつの日用品を選び、
その物体のための新しい考えを作り出したことが
重要なのだと。

……だれにも、理解されなかった。

けれど、デュシャンは
人間の生き方を見分ける目をもとうとした。
ステレオタイプな評判を拒否しようとした。

芸術を疑ったデュシャンこそ、
芸術の本質を生きたのかもしれない。



6.ダイアナ・ロス

ダイアナ・ロス


1997年7月、
NHKホールでライブ直前だった
ダイアナ・ロスに、
最悪の知らせがあった。

弟夫婦が殺された。

でも、彼女は観客には何も明かさず
プロとしてステージに立った。

さすがに途中、涙で歌声を詰まらせた。

その時、事情を知らない観客から
静かな合唱が始まったのだ。

『イフ・ホールド・オン・トゥゲザー』

その温かさに励まされて、また涙が出てしまった。



7.高杉晋作

高杉晋作


長州の志士、高杉晋作。

幕末に
こんな句を詠んだ。

おもしろきこともなき世を おもしろく

物事がうまくいかなくても
他人のせいにせず、
まず自分からおもしろく。

さあ、春です。
こんな、
おもしろきこともなき世を おもしろく!


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五島のはなし(89):三國菜恵版

会社の後輩、三國さんが書いてくれました。
僕が書くものと違って描写がきめ細やかです。
人間の差が出てます。いいぞ、三國!いいぞ、五島うどん!
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みくにさん、ハムカツ食べたい。ハムカツ。
と、ある日友人が突然言うので
なにかと思えば戸越の商店街にある
精肉屋さんのことを知ったらしく
当時引越して間もなかった私は
彼女らを連れて初めて商店街の奥まで歩きました。

お店の名前は「かたばみ精肉店」。
戸越銀座商店街の中でも比較的静かな
豊町(ゆたかちょう)というところにあります。

でも、ここ不思議な精肉店で
お肉だけじゃないんです。
ちょっと凝った調味料や、
地方から取り寄せたのかなあと思うお漬物なんかも売っている。
中でも気になったのは、お店の一番目立つ籠の中
「五島」と書かれたうどん。
以来ずっと気になっていたのでもう一度、行ってみました。

うどんの名前は
長崎県五島手延うどん 有川そだち 『ふしめん』
(五島灘の塩『いそしお』使用)

五島生まれの方がいらっしゃるんですか?と聞くと
お店の方が「私です」と。
私はナカドオリシマの出身で、今は合併してカミ五島というところになったのですが
おうどんのパッケージに書いてある有川というところが故郷で
ある日この有川のうどんをこちら(東京)でふるまったところ、
みなさんがおいしいと言ってくださるものだから、
じゃあ取り寄せて置いてみようかしらということになったんです。
以前は五島の中だけで食べられていたんですけれどね、
でも最近ではだんだんと広まって、こちらにも出ているんですよ

とのこと。

とっても興味が出てしまったので、ひとつ買って帰りました。

パッケージの後ろに「おいしいゆで方」が書いてあって、
この文章がちょっとかわいかったので引用しますね。

 手延うどん“有川そだち”ふし麺のおいしいゆで方
 たっぷりのお湯を沸かしふしめんを少しずつ入れ、箸で軽くまぜ煮立ったら、
 一度差し水をし、火加減を見ながら10分位煮て下さい。
 麺にやや透明感がでてきたら火を止め、フタをし、2~3分蒸らすとおい
 しくゆで上がります。ザルに移し水洗いをしてから調理して下さい。
 ゆであがったふしをお味噌汁の具、煮込みうどん、サラダ等お好みの料理
 でお楽しみ下さい。

へえ~ お味噌汁の具にしてもいいんだ。サラダにも使えるんだ。

書かれたとおりにゆでたら、ほんとうにちょっと透明感が出て
ふっくらした麺がお湯のなかから出てきて、ちょっと感動ものでした。
専用のあごダシもかなりの美味。
とってもおいしかったです。



「かたばみ精肉店」は
浅草線戸越駅A2出口下車
ブックオフがあるほうの入り口の、右側の軒を、奥の奥にたどったとこにあります。
途中に和菓子屋さんやら焼き鳥屋さんやらパン屋さんやら誘惑が多いので
おなかいっぱいにならないように、いらしてくださいね。

ゆでちゅう

ゆでちゅう



できあがり

できあがり

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厚焼玉子 10年03月27日放送

01-makino
牧野富太郎とキツネノボタン

牧野富太郎先生は植物学者であると同時に
植物の名付け親でもありました。
日本の植物で牧野博士に名前をもらったのは
2500種以上にのぼります。

たとえば、春の川辺に咲くキツネノボタン。
牧野先生が名前をつけてくれるまで
この小さな黄色い花は
なんと呼ばれていたのでしょう。

気がつけば、風が暖かく
いままで何もなかった道端に
あっという間に花が咲きます。

春は草花の名前を覚えるチャンスです。
植物事典を一冊、身近に置いてみませんか。

02-gekko
牧野富太郎と月光桜

月光桜と呼ばれる桜があります。
日本にほんの数本しかないといわれる貴重な山桜です。

植物学者牧野富太郎先生は
ふるさとの高知県でこの桜を発見し
アシズリザクラと名づけようとしました。
けれども、その名前が登録される前に
先生はお亡くなりになって
結局、正式な名前はまだありません。

月光桜はその名の通り満月の夜に満開になり
白い光沢のある花びらが月の光に輝くそうです。
正式な名前でなくても
見る人に月光桜と呼ばれる桜の美しさは
誰にだって想像できますね。



03-fuji
牧野富太郎とフジツツジ

フジツツジの「フジ」は富士山ではなく
藤の花に色が似ているからだそうです。
フジツツジも牧野富太郎博士に名前をもらいました。

フジツツジの花は小柄でやさしいけれど
ツツジのなかではいちばん早く咲きます。
冷たい風に負けないしっかりものです。

フジツツジは
牧野博士のふるさと高知県の
海を見下ろす高台にたくさん咲いているそうです。
本州では紀伊半島より西でないと見ることができません。

いっぺん会いに行きたい花のひとつです。

04-waru
牧野富太郎とワルナスビ

白と薄紫の花は小さくて可憐だし
葉っぱと茎に小さなトゲはあるけれど
気をつけていれば問題ないだろう.,,

牧野富太郎先生は、きっとそう思って
ご自分の植物園に植えたのだと思います。

すると、その可憐な花はたちまち侵略者に早変わり。
好き放題にはびこって、
抜こうとすると根っこが切れる。
その切れた根の破片がまた一人前に育ってしまう。
まるで細胞分裂のような増殖をして
ついにお隣の畑にまで侵入してしまいます。

牧野先生はついに音を上げて
「こんな草を背負い込んだら災難だ」
と、ものの本にもお書きになり
その災いの植物につけた名前がワルナスビ。

牧野先生のお腹立ちの様子が
ワルナスビという名前から伝わってきます。

05-uba
牧野富太郎と姥百合

ハート形の葉っぱを持つ百合は姥百合。
姥百合も牧野富太郎先生が名付け親です。

姥はおばあさんという意味の姥。
百合なのに、どうしておばあさんなんでしょうか。

姥百合のせっかくみずみずしく繁った葉は
ツボミがふくらむ頃になると枯れてしまい
花が咲く初夏には
一枚もなくなっていることもあるそうです。

姥百合が咲いたとかけておばあさんと解く。
その心は「葉(歯)がない」

姥百合の名前は
牧野富太郎先生の謎かけになっていました。

06-yamato
牧野富太郎とヤマトグサ

日本植物学の父と呼ばれる牧野富太郎先生が発見した
記念すべき植物の第一号はヤマトグサ。
そして、牧野先生が名付け親になった最初の植物でもあります。

ヤマトグサは、私たちが見ると
ハコベに似た普通の草ですが
実はたいへん珍しい植物なのだそうです。

植物事典をめくる理由が
またひとつできました。

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五島のはなし(88)

昨夜BSで五島が
とりあげられていたみたいですね。

なんでも、
「椿祭り」をやっていて
そこで高橋ジョージが自作の
「五島列島の唄」という歌を歌っていたらしい。

気になるなあ、五島列島の唄。
高橋ジョージが五島のことを理解しているならば、
その歌詞の中に「あらかぶ」「水イカ」「クロヨウ」
この3つの単語は入れたはずだ。

いやまてよ、でも、魚たちだけでなく
「カッパ」「とんとまり」「磯男」「あぶんぜ」「大瀬崎」・・・
ここでとりあげてきた五島の良さを盛り込もうと思ったら
なかなかタイヘンだ。

高橋ジョージの名曲
「ロード」(でしたよね?・・・不安)みたいに、
五島列島の唄~第5章~
とかね、どんどんつくってほしい。

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蛭田瑞穂 10年03月21日放送



サン・ジェルマン・デ・プレの人々


第二次世界大戦直後の
パリ、サン・ジェルマン・デ・プレ。

サルトル、ボーヴォワール、カミュ、
コクトー、ボリス・ヴィアンといった人たちが
夜な夜な狂騒を繰り広げた。

輝くような才能が
同じ時代の、同じ場所に集まったことを、
わたしたちは「奇跡」という言葉以外に
表現することができない。







ボリス・ヴィアン  日々の泡①


ボリス・ヴィアンはつかみどころのない男。
小説も書けば、トランペットも吹く。
歌も歌うし、俳優もこなす。
劇作家、ジャズ評論、エンジニア、
挙げればきりがない。

つかみどころのなさは彼の作品にもあてはまる。

「最も悲痛な恋愛小説」と評される、
代表作『日々の泡』。このタイトルは原題の
「L’Ecume des Jours」を訳したもの。

しかし、この「L’Ecume des Jours」という言葉、
読みようによってはこんな意味にも受け取れるという。

奇妙で不自然なつくり話

ボリス・ヴィアンという男、やはりつかみどころがない。





レーモン・クノー  ドゥ・マゴ賞


フランスの文学賞「ドゥ・マゴ賞」は
若者たちの反抗心から生まれた。

1933年、作家レーモン・クノーは
小説『はまむぎ』を発表する。
のちのヌーヴォー・ロマンの先がけとなる
前衛的な作品であったが、
フランスの文壇からは黙殺された。

クノーの友人たちはこれに憤り、
フランスでもっとも権威のある
「ゴングール賞」の発表と同じ日に
クノーただひとりに与える文学賞を新設した。
賞の名前は、そのとき集まったカフェの名前から。
1300フランの賞金は、
13人の友人たちがひとり100フランずつ
ポケットマネーを出し合った。

こうして設立された「ドゥ・マゴ賞」は
その後数々の若い才能を発掘し、
現在ではゴングール賞と並んで、
フランス文学の最高峰と讃えられている。

若者たちよ、反抗しよう。何かを創り出すために。





ボリス・ヴィアン  日々の泡②


最愛の恋人と結婚したばかりの少女。
その少女の肺に、ある日睡蓮の蕾が宿る。
その蕾が膨らみ、花を開かせるにつれて、
少女に死期が近づいてくる。

ボリス・ヴィアンは小説『日々の泡』で、
ヒロインにこんな悲しい運命を背負わせている。

彼は言う。


 人生で大事なのはたった2つしかない。
 ひとつはかわいい少女との恋愛。
 もうひとつはデューク・エリントンの音楽。


彼が描く愛は、儚く、そして美しい。





ジャン・ポール・サルトル  カフェ・フロール


時は1942年。
サン・ジェルマン・デ・プレのカフェ
「フロール」で黙々と原稿を書き続ける男。

その男こそが20世紀を代表する哲学者、
ジャン・ポール・サルトル。

そんな彼も、しかし、
店にとっては必ずしも上客ではなかったようだ。

1杯のコーヒーで閉店まで粘る。
分厚い資料を広げてテーブルを占拠する。
彼あての電話が店に頻繁にかかってくる。

サルトルは振り返る。


 店の主人はいつもぼやいていたよ。
 「できるだけまずい物を出すようにしているのに、
 それでも毎日やってくる」ってね。


『存在と無』。
世界中に実存主義ブームを巻き起こしたその哲学書が
カフェのテーブルで書かれたのならば、
わたしたちは今、店の主人に感謝しなければならない。





レーモン・クノー  地下鉄のザジ


『地下鉄のザジ』は1960年に制作された
ルイ・マル監督によるコメディ映画。

作家レーモン・クノーが書いた原作小説も
映画に劣らずユニークだった。とくにその文体が。

当時のフランスでは、
正統な文語体で書くのが正しい小説。
しかしクノーは文法に縛られない口語体で
自由に小説を書いた。

「実写化不可能」というキャッチフレーズは、
ハリウッド映画に限ったものではない。

『地下鉄のザジ』の文体を映像化するのも、
ある意味では不可能である。





サルトルとボーヴォワール  契約結婚


ジャン・ポール・サルトルと
シモーヌ・ド・ボーヴォワールは
ソルボンヌ大学を卒業後、
2年間という期限付きの結婚をする。

哲学に一生を捧げたふたりは、
男女関係の在り方についても考え続けた。

そのふたりは今、モンパルナスの墓でともに眠る。
もちろん、期限はなしで。

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五島のはなし(87)

五島から甥っ子がやってきました。
島からひとりで飛行機に乗って。

彼の名はシオンという。
汐の音と書く。
多くをしゃべらず
おだやかで
力が強い。
なるほど五島の海のようではないか。

いま小学一年生。
遊園地というものを知らないという。
知らないままでいてほしい気もするが、
連れてってあげることになっている。

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