薄組・熊埜御堂由香

熊埜御堂由香 20年3月29日放送


春野菜のはなし  アスパラガスの由来

春の食卓に彩りを添えるアスパラガス。
江戸時代にオランダ船から、
鑑賞用の植物として日本にもたらされた。

明治時代に北海道の開拓のため
食用の種子が持ち込まれて
日本人にも馴染みの深い野菜となっていく。

新芽、を意味するラテン語の「asparagus―アスパラガス」
がその名の語源だ。
ヨーロッパでは、その個性的な姿から、
マドモワゼルの指先と呼ばれたり、野菜の女王とも呼ばれる。
この春は、茹でたてをほおばる前に
その美しい姿を拝んで、口にしたい。


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熊埜御堂 由香 20年2月23日放送


3. 富士山のはなし 文化遺産としての富士山 


富士山を、世界遺産に。
1992年に日本が世界遺産条約に加盟してから、
自然遺産として登録を目指してきた。
しかし、登山者によるごみ問題など環境への配慮が
改善されずに、文化遺産として登録する方針に切り替えられる。
そして、2007年にはユネスコの暫定リストに登録。
2013年に、やっと登録された。

信仰の対象と芸術の源泉というタイトルで登録を受けた富士山。
山体はもちろん、周辺の神社、風穴、溶岩、河口湖などの湖や沼など
全部で25ヶ所の複合遺産だ。
富士山から最も離れたところにある三保の松原。
歌川広重の浮世絵を始め数々の芸術作品のモチーフとなってきた。
距離が離れすぎていて、対象から外れそうになったが
日本の説得で、一緒に登録されることになった。

現在、海外からの登山客も増える中で、
環境への取り組みも進んでいる。
富士山に魅了されてきたすべての人の願いを乗せて。
その美しい姿を、いつまでも。
今日は富士山の日。

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熊埜御堂由香 20年1月26日放送


白のはなし  白衣の天使

白衣の天使と呼ばれたナイチンゲール。
当時、看護師の仕事は、病人の召使いで、
専門知識の必要がない女性の職業と捉えられていた。

裕福な家庭に生まれた彼女は、
両親の反対を押し切り、看護師の仕事に従事し、
1854年のクリミア戦争で活躍した。

その後、様々な医療現場の改革を提言し、看護学校を設立。
この職業の地位向上のために90歳まで力を尽くした。

ナイチンゲールが残した言葉がある。

 女性よ、自立しなさい。
 自分の足で立ちなさい。


白衣の天使は、潔白な強さで
たくさんの女性たちの背中に
勇気の羽を与えたのだ。


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熊埜御堂由香 20年1月26日放送

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白のはなし  ポルボロン

スペインのアンダルシア地方の修道院で、
7世紀ごろ生まれた伝統菓子、ポルボロン。
口に入れた途端、粉雪のようにホロリととける食感から
塵や埃を意味する、Polvo (ポルボ)
という言葉から名付けられた。

小麦粉にたっぷりバターを混ぜ込んだクッキーで、
表面を白い粉雪のようなお砂糖が包み込む。
食べ終わるまでに「ポルボロン、ポルボロン、ポルボロン」
と3回唱えることができたら幸せになれると言われている。

白くてコロンとしたお菓子は、
数えきれない人々を幸せな気持ちにして、
今も世界中で愛され続けている。


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熊埜御堂由香 20年1月26日放送

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白のはなし  白の慣用句

真っ赤な嘘、白黒つける、黄色い歓声…。
日本語には、目に見えないものを色にたとえて
表現する言い回しが多数ある。

中でも「白」を使った慣用句や熟語は多い。
白を切る、白紙に返す、白い目で見る。
清廉潔白もあれば、顔面蒼白もある。
明るくピュアなイメージの「白」でも
その意味はただ明るいものばかりではない。

英語でもwhiteを使った慣用句がある。

たとえば、“white lie”は「白い嘘」。
誰も傷つけることのない小さな嘘は
嘘だというのに罪がなく、むしろ愛とか優しさを秘めている。

白は、前後の言葉との組み合わせで
変幻自在に意味を変えていく。
それこそが、何色にも染まらない、
白だからこそのなせる業、なのかもしれない。


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熊埜御堂由香 19年12月29日放送


年の瀬のはなし  年の瀬の元号チェック

5月1日に始まった令和元年。
元号で有効期限が示される運転免許証は、
少し時差があり5月5日から反映されるようになった。

きっと、いま手元にある運転免許証には
あるはずのない、平成31年以降の平成年度が
有効期限に記されている人も多いはず。

さて、令和元年も、そろそろ終わり。
ゆっくりできる年の瀬こそ、
令和を数えて、うっかりしないように
免許の更新期限をチェックしていただきたいものです。


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熊埜御堂由香 19年11月24日放送


紅葉のはなし 日野原先生と葉っぱのフレディ

1982年にアメリカの哲学者、
レオ・バスカーリアが書いた童話、葉っぱのフレディ。
春に生まれた葉が、冬に枯れゆき、土に還り、
また新しい葉っぱを生むというストーリーだ。
日本では、2000年に医学博士の日野原重明さんが、
ミュージカルにしたことで、絵本を越えて親しまれるようになった。

日野原先生が、編集者に絵本の舞台化を提案すると、
「では、先生が脚本を書いてください」と言われた。
その言葉を受けて、ご自身が脚本を書いた。
89歳の時のことだ。

秋になって、色どりどりに紅葉した自分や、
仲間をみて、葉っぱのフレディは問う。
いっしょに生まれた同じ木の同じ枝の同じ葉っぱなのに、
どうして違う色になるの?
親友のダニエルが答える。
今まで受けてきた太陽、風、月の光、星明かり、
なにひとつ同じ経験はないからさ。

医師として数々の命を見つめてきた日野原先生が紡ぎ直した
ミュージカル版は、多くの感動を呼びブロードウェイでも上演された。
日野原先生は、その後、105歳で亡くなるまで、命について発信を続けた。
はらりと地に落ちた紅葉する葉を、手にする。
その色に、心を奪われるのは、命の輝きが込められているからだ。



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熊埜御堂由香 19年10月27日放送


銀座のはなし  Barルパンと太宰治

1928年に創業した銀座5丁目の老舗バー「ルパン」。
様々な文学者に愛された文壇バーだ。

苦悩する顔で知られる太宰治も、
ここでは違う顔を見せた。
当時、太宰と並び、無頼派と言われた、
坂口安吾や織田作之助もよくルパンに集まった。

ある日、ルパンで飲んでいたら、
写真家、林忠彦が織田の様子を写真に収めていた。
すると、「オレも撮れよ」と絡んだ太宰。
大作家とは知らずに、ムッとした林に隣の客が
あれが、今売り出し中の太宰だよ、と囁いた。

残り一枚で、慌てて撮られた写真が今も残る。
太宰は、イスに足を上げて陽気な笑顔でくつろいでいる。
そこには、同世代の仲間と語らう、心解けたひとりの男がいる。

太宰が座っていた席は今でも健在だ。
世界で一番バーが多い街とも言われる銀座で、
ルパンは変わらず人々に暖かな灯りをともし続けている。



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熊埜御堂由香 19年10月27日放送


銀座のはなし  銀座9丁目

東京の一等地に、1丁目から8丁目まで広がる銀座の街。
実は、銀座9丁目と呼ばれる地域がある。
江戸城の外堀を埋め立てた高速道路の高架下のあたり。
新橋1丁目と、銀座8丁目の境目の俗称だ。

その場所は、新橋の雑然とした魅力と、
銀座の洗練さがミックスされた
どこか独特の雰囲気を放っている。
街の夢がつまった、地図にない銀座だ。



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熊埜御堂由香 19年9月29日放送

NASA Goddard
月のはなし 売りに出された月の砂

月面は「レゴリス」と呼ばれる砂に覆われている。
1969年に初めて月面歩行を果たしたニール・アームストロング。
彼がその砂を小さなバッグに入れて持ち帰った。
そのバッグは「LUNAR SAMPLE RETURN」、
とラベルが貼られ、数奇な運命をたどることになる。

1980年代にある博物館に貸し出された月の砂のバッグ。
展示品を、秘密裏に売却し続けていたその博物館の館長の
賠償金として、誤ってネットで売りに出されてしまう。

2015年には、
「月の砂入り。ミッション不明」という、いわくつきのタイトルで、
たった995ドルで、イリノイ州の女性の手に渡る。

落札後、NASAの鑑定で貴重品と判明。
取り返そうとしたNASAは女性との訴訟に負けてしまう。

そして、2017年、月面着陸48周年に
公の競売にかけられたそのバッグは180万ドル、
約2億円で落札された。

人の手から、手へと、流転した月の砂。
穏やかに地球を照らす月は、
その様子を微笑んで見ていたかもしれない。



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