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中村直史

三島邦彦 17年3月25日放送

170325-01
花ひらく 岡潔

明治生まれの数学者・岡潔。
多くの知識人から尊敬を集め、
数学の世界を超えて大きな影響を与えた。
そんな岡が数学を選んだ理由は、
十代の頃の感激にあるという。

 だいたい、中学校の三年、高等学校の一年というころ、
 感激するということをやってみることによって、
 感激するということのできる人になるということがあります。
 このとき受けた感激は、 種として心の奥深くまかれます。


 わたしはその時期に数学をやり、クリフォードの定理の神秘さに感激して、
 けっきょく、数学をやらなければ気がすまなくなった。

 

十代の頃にまかれた数学者の種は、
やがて大きく花ひらいた。
花がひらくには種がいる。
そしてその種はきっと、
あなたの中にもすでにある。



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三島邦彦 17年3月25日放送

170325-02
花ひらく 胡桃沢耕史(くるみざわこうし)

作家の胡桃沢耕史が
直木賞を受けたのは彼が58歳の年。
9歳の時に作家を目指し始め、
既に20年以上文筆で身を立ててきたが、
そのすべては出版社への持ち込み原稿で、
編集者から依頼受けたことは一度もなかったという。

賞さえとればこんなみじめな境遇から抜け出せる。
 五十八歳で、先輩諸氏の中にはかなり不愉快に思われる方のいる、
 必ずしも全面的に祝福されない状態の中でやっと取った。
 それでも運命は一転した。


一晩で、編集者からの扱いががらりと変わる。
遅咲きだからこその深い喜びが
そこにあったに違いない。



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中村直史 17年3月25日放送

170325-03 DesEquiLIBROS
花ひらく グランマ・モーゼス

アメリカの国民的画家、グランマ・モーゼス。
「モーゼスおばあちゃん」と親しみをこめて愛されたこの画家は、
75歳にしてはじめて絵筆をとった。

貧しい農家に生まれ、働きづめの人生。
絵を描き始めた理由も、年老いてリウマチを患い
その「リハビリ」を兼ねてのことだったという。

「屋根つき橋」「冬景色」「散歩道」

彼女の絵には、日々の労働の中で目にした景色が、
生き生きと描かれている。
色のひとつひとつに、生き様が立ち現れるようだ。

晩年、どうやれば画家になれますか?
と質問されたモーゼスおばあちゃんは、
一言こう答えている。

「はじめればいいのよ」



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三國菜恵 17年3月25日放送

170325-04
花ひらく 青島幸男と植木等

サラリーマンになりそこねた男、青島幸男。
同級生が就職していく中、病床で寝ているしかなく、
ルサンチマンがたまっていった。

そしてこんな詞を書く。
「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」

『スーダラ節』と名付けられた
その歌を歌うことになったのは、
サラリーマンと無縁の、住職の息子、植木等。
こんな下劣なことばは歌えないと悩み、父親のもとへ。

すると父はこう言った。

 この、「判っちゃいるけど止められない」って歌詞は素晴らしい。
 人間てものはな、皆判っちゃいるけど止められないものなんだ。


こうなるはずじゃなかった。
そんな二人が出会い、昭和のテレビスターとして花開いた。



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三國菜恵 17年3月25日放送

170325-05
花ひらく 井上陽水

東京に来たのは、
グループサウンズの終わりの頃だった。
「ACB」というジャズ喫茶によく行っていた。

そこは自分のステージではなかったけれど、
時折、楽屋にいるメンバーから「歌っていいんだよ」と
声がかかることがあった。

客席はまばらで空いていたけれど、
気持ちは歌いたい盛りだった。
当時珍しかったリバーブのかかったマイクで歌うのがうれしかった。

そう語ったのは、シンガーソングライター井上陽水。
グループサウンズブームの終わりに、ひとりでステージに立った日から、
新しい歴史が動き出していた。



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三國菜恵 17年1月14日放送

170114-05 Vincent_AF
ひとりとひとり 久世光彦と向田邦子

1960年代から80年代にかけて、
数々のヒットドラマをうみだした二人がいる。

演出家・久世光彦と
脚本家・向田邦子。
二人は何でも一緒につくった。
そして、よく電話を掛け合った。

久世は、大事な資料を無くした時に、
まず向田に電話を掛ける。

向田は、何かを思いついた時、
必ず久世に電話を掛ける。

久世は、向田が遅刻する時、
言い訳のバリエーションが少ないことを知っていた。

向田は、乳がんが見つかった時の不安を、
電話先の沈黙で久世に伝えた。

替えのきかないその関係を、久世はこんな言葉で表している。

 もし、あなたのまわりに、長いこと親しくしているくせに、
 指一本触ったことがない人がいたら、
 その人を大切にしなさい



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中村直史 17年1月14日放送

170114-01 sympathy
ひとりとひとり 宮本常一と渋沢敬三

旅する巨人と言われた民俗学者、宮本常一(みやもと つねいち)。
彼を偉大な民俗学者にしたのは、
才能と努力だけではなかった。

「パトロン」がいた。

渋沢敬三(しぶさわけいぞう)。
第16代日本銀行総裁。のちの大蔵大臣。
日本の辺境に残る文化をつぶさに記録した宮本を、導き、援助しつづけた。

渋沢は、日本の経済の中心にいながら、
つねに日本の「すみずみ」のことを考えていた。
その思いを、宮本常一に託したのかもしれない。
渋沢のこんな言葉が残っている。

 舞台で主役をつとめていると、多くのものを見落としてしまう。
 その見落とされたものの中にこそ大切なものがある。
 それを見つけてゆくことだ。
 人の喜びを自分が本当に喜べるようになることだ。



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三島邦彦 17年1月14日放送

170114-02 The Dayton/Montgomery County CVB
ひとりとひとり 大森荘蔵と坂本龍一

哲学者・大森荘蔵。
日常の言葉で自らの哲学を語る彼には
一般の読者も多かった。
音楽家の坂本龍一もまた、
そんな大森哲学の愛読者の一人だった。

 哲学とは理解するものと思っていたのが、
 芸術を楽しむように享受することもできるのを
 知らしめていただいた大森先生に感謝。


そう語る坂本は、ある日、
大森から直接哲学講義を受ける機会を得る。

坂本龍一の専門である「音」を巡りふたりは対話する。
大森は語る。

音は生まれた時に消えている。

 時計のコチコチはまさに過ぎゆく時の足音であり、
 音は時の流れる響きなのである。


時間とは何か、音とは何か。
大森の考察を、坂本の実感が裏付けていく。
哲学する音楽家と芸術的な哲学者が
対話を通じて響き合った。


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三島邦彦 17年1月14日放送

170114-03
ひとりとひとり 小津安二郎と原節子

世界最古の映画協会、
英国映画協会は10年に一度、
「映画監督が選ぶベスト映画」を発表している。
最新のランキングで1位に選ばれたのが、
小津安二郎監督の「東京物語」。

その「東京物語」に加え、
「晩春」「秋刀魚の味」など、
小津の代表作で主演を演じたのが
女優・原節子。

役者への厳しい演技指導で知られる小津だが、
原節子に対しては賛辞を惜しまなかった。

映画が人間を描く以上、
 知性とか教養とかいうものも現れてこなければならない、
 実際、お世辞ぬきにして、
 日本の映画女優としては最高だと私は思っている。


名監督と大女優との強い絆が、
映画史に残る傑作を支えた。


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三國菜恵 17年1月14日放送

170114-04
ひとりとひとり 坂本龍一とNIGO

テレビの中で、雑誌の中で、
「この人、なんかいいな」と感じる人がいる。
そう思うのは芸能人同士であっても同じである。

作曲家・坂本龍一はある人のことが気になっていた。
アパレルブランド、A BATHING APEの
クリエイティブディレクターして知られるNIGO。

坂本は自身のトークショーのゲストにNIGOを招いた。
ほぼ初対面だったけれど、ある話題をきっかけに、
ふたりの会話の距離はぐっと縮まる。

 子どものころ、家に百科事典があって、
 読んではいないけれどあの存在感が好きだった


狭いツボを共有できて「やっぱり」と思った坂本は、
そのあとすぐ、連絡先を教えてと言った。


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