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2010 年 2 月 のアーカイブ

名雪祐平 10年02月28日放送

ショパン1

ショパン『帰る心臓』


ショパンは、パリで、死んだ。

彼の希望にそって、
心臓だけは
祖国ポーランドに戻った。

帰ることが
かなわなかった故郷へ。

せめてハートだけ、心臓だけは
帰りたかったのか。

Bon anniversaire!
あす3月1日は、
ショパン200回目の誕生日。


ショパン2

ショパン『祖国の音楽』


ポロネーズ ト短調。

この曲をショパンが作曲したのは、
なんと7歳の時だった。

ポロネーズとは、
祖国ポーランドに伝わる
民族舞曲。

ハタチで祖国を離れた後も
生涯にわたって
ポロネーズを作曲したショパン。

神経質といわれた男が
無条件に愛したポーランド。

祖国とは、親なのかもしれない。


ショパン3

ショパン『天才の初恋』


ワルシャワ音楽院で
10代のショパンは、
音楽の天才と絶賛された。

けれど、
どんな天才にも初恋はせつない。


僕は不幸なことに、
僕の理想を発見したようだ。


発見されたのは、
同じ音楽院で声楽を学ぶ
コンスタンチア・グワトコフスカ。

彼女がショパンに
振り向くことはなかった。

なぜなら、ショパンは
想いを告白するどころか、話しかけることさえ
できなかったのだ。

強烈なナイーヴさが生んだ曲。

♪ピアノ協奏曲 へ短調 第2楽章

片想いは、傑作の素。


ショパン4

ショパン『不幸な幸福』


25歳のショパンは、
16歳の貴族の娘マリアに
心を奪われた。

彼はプロポーズし、
彼女は受け入れたが。

この婚約を、
両親、胸の病、身分の差が
じゃまをした。

不幸が名作を生むのなら。

芸術家にとって、
不幸は不幸なのだろうか。
幸福は幸福なのだろうか。


ショパン5

ショパン『奔放と純情と』


なんて
感じの悪い女なんだろう。


そう思ったら、もう恋の兆候。

奔放な、小説家ジョルジュ・サンド。
純情な、作曲家ショパン。

正反対のN極とS極が
強烈な磁力で引かれ合うように。

二人は強く結びついた。

関係が破局するまで
8年間も続くなど、だれが予想しただろう。

その8年間に、
音楽史に残る傑作が次々と生まれた。

ピアノ音楽史上の傑作とされる、
ピアノソナタ第3番もそう。

♪ピアノソナタ第3番

こんな曲を男に書かせるなんて、
なんて
いい女なんだろう。







ショパン6



ショパン『最期の美女』


ショパンの最期を
看取った
絶世の美女がいる。

ポーランド貴族出身の
ポトツカ夫人。

ショパンとは、
古くから交友があり、
小犬のワルツを贈られてもいた。

しかし、客観的事実が
ほとんどわかっていないため、
二人が恋人だったかも、謎。

永遠の、二人だけの秘めた恋、
なのかもしれない。


ショパン7

ショパン『登竜門』


5年に1度の
ショパン国際ピアノコンクールが
今年開催される。

どんな天才が世界中から
あつまるだろうか。
日本人初の優勝者は出るだろうか。

Bon anniversaire!
今年3月1日は、
ショパン200回目の誕生日。

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保持壮太郎 10年02月27日放送

01-miyamoto

宮本武蔵


天下無双の剣豪、
宮本武蔵。

勝利を追求しつづけた人生が
そこにはあった。

そんな彼によれば
恋愛にも
必勝法があるという。

師曰く、

恋をせば 文ばしやるな 歌よむな。
一文なりと銭をたしなめ。

恋をしたならば、
ラブレターなんて書くな。
歌なんぞ詠むな。
とにかく一円でも多く
お金をためなさい。

どうやら恋愛も、
勝利のためには、
手段を選んではいられないらしい。






02-mandera

ネルソン・マンデラ


期待をしない。
希望をもたない。
そんな人生も悪くない。

けれども
ネルソン・マンデラの人生は違った。
牢獄の中で27年間。
彼は自らの希望のために闘いつづけた。
そして国を動かした。

のちに彼は、
南アフリカ大統領の就任スピーチでこう語った。

 わたしたちが怖れているもの。
 それは自分が無力だということではない。
 わたしたちが最も怖れているもの。
 それは自分には計り知れない力があるということだ。


そこには不安がある。
失望への恐怖がある。
そんな人生のなんと素晴らしいことよ。



03-lee

リー・ストラスバーグ

リー・ストラスバーグの
名前は知らなくとも
彼の教え子の名前なら
あなたも知っているはずだ。

アル・パチーノ
ロバート・デニーロ
ジェームス・ディーン
ダスティン・ホフマン
ジャック・ニコルソン

数々の名優たちが
ストラスバーグの主催する
アクターズ・スタジオで
その演技を磨いた。

 主役なんてものは存在しない。
 人生には主役なんてない。
 誰もが登場人物にすぎないんだ。


そんな彼の教えは、
幾人もの魅力的な主役を
スクリーンへと送り出していった



04-halle

ハル・ベリー


女優、ハル・ベリー。

2001年、
アフリカ系アメリカ人女性として
初めてアカデミー主演女優賞を受賞。

けれども僕たちが
彼女の本当の偉大さを知ったのは
それから2年後のことだ。

その年、
不幸なことに
彼女の主演作が
最低な作品に贈られる映画賞
ゴールデンラズベリーアワードを
受賞することになった。

なかば冗談として行われたラズベリー賞の授賞式。

なんとそこには、
ハル・ベリー本人の姿があった。

そればかりか彼女は、
左手にオスカー像、
右手にラズベリー像を握りしめて
スピーチをし、
あげく涙まで流してみせた。

偉大なる女優の
すばらしい演技に
観客たちは万雷の拍手でこたえた。



05-itami

伊丹十三


男は、
51歳にして
映画監督になった。

彼は映画監督である前に、
俳優だった。
エッセイストだった。
雑誌編集者だった。
デザイナーであり
イラストレーターであり
CMプランナーでもあった。
ドキュメンタリー作家と
呼ばれたりもしていた。

だからだろうか。
伊丹十三が撮る映画は、
いつも
あちこち
普通じゃなくて
なんだかとても
おもしろかった。



06-yanagi

柳宗理

柳宗理のつくるやかんは、
やかんらしいカタチをしている。
けれどもそれはとても美しい。
やかんが美しいなんて
思ったこともなかった。
そんなことに気づかされるくらいに。

彼は言う。

 本当の美は、生まれるもので、つくり出すものではない。

柳宗理のつくるやかんは、
やかんらしいカタチをしている。
だからこそそれは
とてもとても美しい。

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五島のはなし(85)

江戸の五島藩邸(六本木にあったそうです)が
火事になったときのこと。

その消火に尽力してくれたのはカッパたちでした。
お皿の水が乾いてしまうことも顧みず、
勇敢に火に立ち向かったファイアーファイター・カッパ! 

五島の殿様はその働きぶりに心を打たれたそうで。
ちなみに五島市中心部のほど近く大円寺に
立派なカッパの銅像が立ってます。

考えてみれば、
五島で「偉人の銅像」というものを見たことがない。
あるのは「偉カッパの銅像」だけ。
いまのとこ、五島史上いちばんの英雄ってことか。

ありがとう、カッパ!

五島の英雄

五島の英雄

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五島のはなし(84)

ツイッター的に。

2010-02-16 古田彰一さんから「僕のツイッターフォローしてね」とメール。意味不明。
2010-02-17 ツイッターに登録。ユーザー名「aracab」。なぜみなハマるのか?
2010-02-18 開高健『もっと広く』ひっぱり出す。読む。すごい。泣。
2010-02-20 Tokyo Copywriter’s Street Live。
2010-02-20 ライブから2次会へ。小野田隆雄さんと二人きり。素敵な方。
2010-02-21 「昨日神田でオールした」と先輩に言うと「神田とオールが似合わねー」。
2010-02-22 平成22年2月22日。2がたくさん続く。だからなんだ。
2010-02-23 上司に案をいなされる。却下。カチンとくる。
2010-02-23 装丁家 祖父江慎さんのツイッターをフォロー。濁点の位置はいつから
     今の場所に?というつぶやきにときめく。ツイッターおもしろいかも?
2010-02-23 僕の給料はタクシー代に消えてないか?
2010-02-24 プレゼンで歌う。失笑。
2010-02-24 山本高史さん『伝える本』読。僕はプロか?
2010-02-24 岩合光昭さん『日本の猫』の五島福江の猫。バックに写る教会どこ?疑問。

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五島のはなし(83)


榊英雄監督の最新作(4/3公開)

榊英雄監督の最新作(4/3公開)



忘れられた場所で人は想像力をたくましくするのだ。
古くさかのぼれば、砂漠の民が、
夜空の星を見上げて壮大な物語をつくりあげたように。

となれば。
五島だって、想像力豊かなクリエーターを輩出するはず。
そう思っていたら、いました。

俳優、そして映画監督、榊英雄(さかき ひでお)さん。

役者としての出演歴を少しだけ紹介すると、

『この窓は君のもの』 (主演) 
『ベルリン』 
『VERSUS・ヴァーサス』 (主演) 
『突入せよ!あさま山荘事件』  
『ALIVE』 八代天周役 (主演)    
『荒神』         
『北の零年』          
『さよならCOLOR』        
『嫌われ松子の一生』      
『蟲師』   

とか、とか、とか。
映画監督としても活躍されているのですが
この榊監督の最新作が4月3日に公開です。

『誘拐ラプソディー』
監督:榊英雄
出演:高橋克典、船越英一郎、YOU、哀川翔、寺島進。そして榊さんご自身も。

http://www.yuukai.jp/

よい配役されてますね。とても期待しています。

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はじめての立ち見と当日券

10ライブf



2010年2月20日、Tokyo Copywriters’ Street ライブは
はじめての当日券と立ち見が出た。
いままでにもないことはなかったのだが
前回のJzBratは巨大な柱の背後の「売らない席」を
予備にすることができたし、
その前の曼荼羅は自由席だった。
当日、ふらっとやってきたお客もこちらが正体を知っている人で、
事情をお話してご辛抱願えた。
人数も各回おふたりづつだった。

ところが今回はどうもふたりや三人ではなかった。
チケット事務の整理が終わっていないので
全貌を把握しているわけではないのだが
ことにショートプログラムは多かった。

なにしろあまりにも素人な事務局なので
当日券など発行しては受け取るお客が迷惑だろうと思い
チケットは予約のみにしていたし、
レギュラープログラムは満席だったので
チケットそのものを持って来ていなかった。
しかし、だからといって
わざわざおいでになったお客が目の前にいるものを
まさかお断りもできず
窮屈を承知で入っていただいた。

こういうとき、やはり素人の事務局はうろたえるが
ボランティアの客入れスタッフに実にしっかりした人がおり、
おかげで本当に助かった。

ただ残念なのは、レギュラープログラム当日券の皆さまに
アートディレクター金井理明くんデザインの
たいへんかわいらしいチケットをお渡しできなかったことで
やはり満席だろうと当日券なしだろうと
予備のチケットくらい準備するべきだったのだ。

そんなわけで、
当日券といいながらチケットをお渡しできなかった皆さま、
本当にすみません。
もし、これをお読みになることがあれば
HPの投稿フォームからご連絡ください。
チケットをお送りいたします。


10ライブi


10ライブa

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坂本和加 10年02月21日放送

当麻庄司

蕎麦と当麻庄司①


重ねたセイロを「手持ち・肩持ち」で
自転車にまたがり、蕎麦を運ぶ。
昔ながらのスタイルで出前中の蕎麦屋を、
つい最近、青山で見かけたのだから、驚く。

カブの後ろに装着する
あの「出前機」が普及してからは、
こういった光景も、事故も、ずいぶん減った。
発明者は、当麻庄司。
目黒にあった蕎麦屋の主人だ。

この発明で、当麻は紫綬褒章を受章した。






ライ・クーダー

蕎麦とライ・クーダー②


江戸蕎麦の老舗といえば、のれん御三家。
更科なら白、砂場なら黄色、
藪なら緑がかった蕎麦を出す。
もちろん、汁の濃さや味も変わる。

中でも藪は、出前に適さない蕎麦だから
忙しい職人や通行人が相手だった。
もし東京で、その味や風情を楽しむなら、
「神田 やぶそば」がいい。

むかしライ・クーダーがここへきて、
「シンギング・ソバ!」と感激した蕎麦。
なぜ、シンギングなのか。
野暮は言わずに。どうぞ、お店へ。


林家彦六

蕎麦と落語家、林家彦六③


お蕎麦の「にっぱち」は、
つなぎの割合のことだと思われているが、
じつは「かけそば一杯」が、16文だったことから
「ニハチ、ジュウロク」で
「にっぱち」になったという説が、
どうやら近ごろでは有力らしい。

落語に「時そば」という
有名な演目があるが、
どうせお金を払うなら、
やっぱり、うまい蕎麦だろう。

「蕎麦は、
当たりはずれが多いから気をつけろ」と
言ったのは、今は亡き林家彦六師匠。
たしかに、扇子で蕎麦をたぐるのも芸のうちなら、
うまい蕎麦を知っていなければ。

さすがは彦六師匠…と思いきや、
本人はコーヒーやカレーなどの洋食を
好んでよく食べていたそうだ。

もとより、有名な落語家になるほど、
蕎麦を人前で食べるのを嫌がるのだそうだ。
それはじろじろ見られることよりも、
まずい蕎麦でも、うまそうに食べなきゃならないことのほうが、
ほんとうは、つらいからかもしれない。


松平治郷

蕎麦と松平治郷④


東京から遠くはなれた島根県もまた、
うまい蕎麦のみつかる土地だ。
出雲蕎麦の文化を運んできたのは、
松江7代目藩主、松平治郷。
江戸で覚えた蕎麦が、忘れられなかったのだ。
茶の世界では不昧公の名で知られるこの殿様は、
とっても風流で、オシャレに生きた。


 茶を立て、道具求めて、蕎麦を食い、
 庭を作りて、月花見ん、このほか大望なし、大笑、大笑。



夏目漱石

蕎麦と夏目漱石⑤


東京で生まれ育った文豪、
夏目漱石も、蕎麦はよく食べていたようで
多くの作品に蕎麦の描写を書き残している。

熊本から上京してきた『三四郎』は、
蕎麦屋で日本酒を飲むことを覚えたし、
かの『坊っちゃん』も、
道すがら見かけた蕎麦屋が
どうしても素通りできなくて
つい暖簾をくぐってしまうほどの蕎麦好き。

けれど、『我が輩は猫である』の登場人物、
迷亭先生はちょっと違う。
通人ぶった蕎麦講釈をのたまう、鼻つまみ役だ。
あげくに、つけすぎたワサビにむせてしまい、
迷亭先生は、作者・漱石にやり込められてしまう。

それは、蕎麦をたぐることに粋を見いだし、
知識をひけらかすスノッブたちに閉口する、
漱石なりのアンチテーゼのようにも思える。

甘党で知られる漱石にとっては、
されど蕎麦より、たかが蕎麦。
うまければそれで結構、と思っていただろうから。


宮沢賢治

蕎麦と宮沢賢治⑥


宮沢賢治もまた、蕎麦好きの文人。
「原稿料が入ったら、BUSHへいきましょう」と
うれしそうに、友人を誘った。

賢治が蕎麦屋をBUSHと呼ぶのは、
店名が「やぶ屋」だから。
そこの天ぷら蕎麦が、
賢治の大のお気に入りだったようで、
サイドメニューは酒でなく、サイダーを頼んだ。
天ぷら蕎麦、15銭。サイダー、23銭の時代に。

「やぶ屋」は、現在も
賢治の故郷、花巻市にある。
名物は、わんこそば。
天ぷら蕎麦はサイダーより、今は高い。


片倉康雄

蕎麦と片倉康雄⑦


蕎麦職人の世界で、
きっと片倉康雄を知らないひとはいない。
片倉は、蕎麦職人も通う
手打ちの名店、一茶庵の創業者。
師を持たず、まったくの
独学で蕎麦料理を完成させた。

片倉が目指したのは、
毛のように細い、蕎麦の味。
それは、片倉の幼い頃、
大好きだった母の打ってくれた、蕎麦だった。

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ライブ当日になりました。

いいお天気になりました。
皆さま、会場でお待ちしております。

無事に打ち上げができますよう
オマジナイに打ち上げチラシを載せてみました。

打ち上げのお知らせjpg

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江口順也 10年02月20日放送

01-konpo

クリスト


ときに人間は、
情けないほど鈍感で。
なにかを失って初めて、
その尊さや意味に気づく。

そんな性を、逆手に取った芸術家がいる。
包むアーティスト、クリスト。
その作風は、ひとことで言うと「梱包」。

パリのポン・ヌフ橋、
ドイツの旧国会議事堂、
マイアミの島々、
オーストラリアの海岸。

彼は、美しい大自然や巨大な建築物を
布ですっぽり覆い隠して、
ものの本質を私たちに突きつけてきた。

そんなクリストが、
いま、いちばん梱包したいもの。

きっとそれは、地球に違いない。





02-ekuni

江國香織


むかし、炊飯器の広告で、
「お米が立っている」
というコピーがあったけど。
この本の言葉たちは、
まさにジャーの中のごはんそっくりに
ぎっしり立っている。

作家の江國香織さんは、
ある新聞の書評欄に、そう書いた。

ことばは、おこめ。

ひと文字、ひと文字、
よく噛み締めて、味わえば、
新しい私が作られる。
それがきっと読書の醍醐味。

醍醐味の味(み)は、
味(あじ)という字だ。



03-nakamura

中村俊輔

芸術的なフリーキックや、
精密機械のようなパスとは別に。
中村俊輔にはもう一つ、
だれも持っていない武器がある。

15年間書き続けた、
サッカーノートだ。

自分の弱点を毎日丹念に書き付けた12冊のノートは、
戦友であり、辛口の専属コーチ。

苦しい時ほどページをめくり返し、
危機を乗り越えてきた中村は、
現在、スペインのリーグでプレイをしている。

その舞台は、今から5年も前に、
未来の目標として、
ノートに書き込まれた場所だった。



04-katsu

勝 海舟


勝海舟は、交渉の達人だった。

大奥の最大権力者である
天璋院篤姫が、プライドを傷つけられて
カンカンに怒ったある日のこと。

勝にとって彼女は、
今で言えば、社長の奥様。

その篤姫が、
怒りのあまり自害するといってきかないときに、
勝はスキを見て、こう申し出た。

あなたが亡くなれば、
私だって、ただじゃ済みませんので、
すぐさま、お隣りで切腹します。
すると大変お気の毒ですが、
私とあなたは心中とか何とか言われますよ。

篤姫は、さっきまでとは違う意味で、
顔を真っ赤にして、ふりあげた刀を下ろしたそうだ。

この勝負、勝の勝ち。



05-lee

ブルース・リー


TVのインタビューで、
達人は、こうみんなに語りかけた。

 こころを空っぽにして
 形をすてろ 水のように
 水は流れることも
 水は砕くこともできる
 友よ、水になれ


ブルース・リー。

型を繰り返し、型を重んじることで
カンフーの道を極めた男は、
型から自分を解き放つことの
たいせつさも知っていた。

それは、どんな道にも通ずる哲学。



06-matis

アンリ・マティス

むずかしい解説や論評を前に
アートにひるんでしまったことがある人には。
マティスの絵をおすすめしたい。

彼は、こんなことを言っている。

  私は人々の疲れをいやす、
  よい「肘掛けイス」のような芸術を
  目指したい。


肩の力を、ゆっくり抜いて。
ただ感じるままに眺めればいいのだ。

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五島のはなし(82)

お手本見つけました。
福岡県の北九州市が、

「北九州市のにぎわいづくり推進の一環として、
刻々と変わり行く北九州市の「いま」を、
毎号ひとつのテーマに沿って描き出す新しい季刊誌」

として発行している情報誌「雲のうえ」。

雲のうえ
いつも趣味のいい本やらなんやら紹介してくれる
後輩のM田D作くんが教えてくれました。
フリーマガジンってやつですかね。
北九州の良さを知ってもらうために、県外でも配布してるらしく
東京でも手に入ります。

何がお手本かというと、
テーマの見つけ方とか、文章の気持ちよさとか。
五島のはなしも、こんくらい気持ちのよいものにしたいなあと思わせられました。
ちなみに、雲のうえ2010年1月号のテーマは
「海よ、波よ、魚よ」。

地元の小さな魚市のこととか、
北九州高校魚部(ぎょぶ)の活動なんかを
伝えてます。

そしてなんといっても写真がよい!
「雲のうえ」の写真を撮っているのは、
同市出身のカメラマン、長野陽一さん。

長野さんの写真は何がいいかというと、
「いろんなとこにいろんな人がいろんなこと考えながら生きていてそういうのっていいぞ感」。
略して「そこに人がいる感」。

長野さんは、日本の島々を旅して
そこで会った人たちの写真集を何冊か出してます。
五島で写された写真もあります。

長野さんと一度いっしょに仕事したとき
「いろんな島にいったけど、五島はいちばんって言っていいくらい(人も場所も)良かったなあ」
と言ってました。
「お世辞?」って聞いたら
「そんなことない」とも言ってました。

お世辞でもうれしい。
五島のみなさん、ほめられてますよー。

長野さんの写真集「シマノホホエミ」

長野さんの写真集「シマノホホエミ」

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