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大友美有紀 20年7月5日放送

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江戸切子の日  魚子文(ななこもん)

今日は江戸切子の日。
江戸切子の代表的な文様に
「魚子文」(ななこもん)があります。
「なな」と「こ」の語呂合わせから、
江戸切子協同組合が、
7月5日を記念日に選びました。
魚の子と書いて、ななこと読ませる文様。
魚の卵をモチーフにした魚子文は、
シンプルだけれども、
職人の技量が試される
難しい柄のひとつと言われています。
細部にまでこだわり抜く、
職人魂への思いがこもった記念日です。


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大友美有紀 20年7月5日放送


江戸切子の日  加賀屋久兵衛

今日は江戸切子の日。
その歴史は、天保5年、1834年に
大伝馬町の加賀屋久兵衛というビードロ屋が、
金剛砂(こんごうしゃ)でガラスの表面を彫刻したのが
始まりだったと伝えられています。

明治6年、1873年には品川興業社硝子製造所が開設。
明治14年にはガラスカットの指導者として、
英国人のエマニエル・ホープトマンを招き、
十数名の日本人が指導を受けました。
そして現在に伝わる江戸切子のガラス工芸技法が
確立されたのです。
その後、国内のガラス製造がさかんになり、
ふだん使いの食器として切子が作られるようになります。
美術品ではなく、日用品。
江戸切子のある暮らしは、庶民のものでした。


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大友美有紀 20年7月5日放送

Norio.NAKAYAMA
江戸切子の日  江戸切子と薩摩切子

今日は江戸切子の日。
薩摩切子は、透明なガラスの表面に厚めの色ガラスを被せ、
切り込み具合によって「ぼかし」を生み出すのが特徴。
町民文化から生まれた江戸切子と違い、
薩摩切子は藩直轄で発展しました。

1846年、薩摩藩第27代藩主、島津斉興(なりおき)の時代、
薬品を入れるガラス瓶製造のために、江戸からガラス職人を呼び寄せました。
それが江戸ガラスの創始者加賀屋久兵衛の徒弟、
四本亀次郎(しもとかめじろう)でした。
次の藩主、斉彬(なりあきら)は
薩摩の色ガラスを日本の特産品にしようと、研究を重ね、
薩摩切子を誕生させました。
ところが斉彬の急逝によって薩摩切子は衰退。
あわや幻になって消えるかと思われたそのおよそ100年後
薩摩ガラス工芸の設立によって
薩摩切子は再び世に出ました。

江戸と薩摩、歩んできた道のりは違うけれども、
切子の美しさを競い合う良きライバルです。


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大友美有紀 20年7月5日放送


江戸切子の日  西洋から江戸へ

今日は江戸切子の日。
江戸後期、オランダから長崎に
カットガラスが入ってきました。
表面に繊細な文様が彫られているガラスで
これを真似て作られたのが、切子です。

江戸切子の代表的な文様、魚子(ななこ)は、
18世紀から19世紀かけての
イギリス、アイルランドでもよく見る、
典型的なカット模様だとか。

西洋の美を取り込んで、江戸で花開いた切子。
スカイツリーのエレベーターにも使用され
海外の人の目を楽しませています。


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大友美有紀 20年7月5日放送


江戸切子の日  文様

7月5日は江戸切子の日。
江戸切子の代表的な文様、
魚子(ななこ)の語呂合わせで
定められた記念日です。

切子とは、ガラスの表面に切り込みを入れて、
文様を作り出す技法のこと。
魚子の他にも、麻の葉、菊、笹の葉など、
植物をモチーフにした文様や、
矢来、籠の目、亀甲など暮らしの中にあるものが
モチーフの文様もあります。
江戸切子は、総じてシンプルな単文様が多く、
これは江戸の人たちの好みを反映していると
いわれます。

江戸切子を手にすれば、
江戸町民の気分が味わえますね。


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大友美有紀 20年7月5日放送


江戸切子の日  協同組合

今日は江戸切子の日。
この日を記念日に選んだのは、
江戸切子協同組合です。

ホームページによると
江戸切子をはじめとするガラス加工業に携わる
事業所や職人の振興と発展をはかり、
美しさと品質を追求したガラス工芸品として、
江戸切子の伝統を長く継承し育むことを目的として
活動している協同組合とのこと。

江戸切子と名乗れるのは、
協同組合に属している組合員が作ったものだけで、
製品を作成する際にも条件が定められています。

少々、厳しいようにも思えますが、
美と伝統を守るためのルールなのでしょう。
江戸切子、というブランドはこうした努力で
作られているのです。


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大友美有紀 20年7月5日放送

Norio.NAKAYAMA
江戸切子の日  作り方

今日は江戸切子の日。
ガラスに切り込みを入れて、
美しい文様を作り出す切子。
どのように作られているのでしょう。

まず、カットの目安となる縦横の印をつけます。
次に粗削りをし、大まかなデザインを決めます。
そして三番掛け。より細かなカットを施します。
その後、石掛けで、カット面をよりなめらかし、
磨いて光沢を出し、
仕上げとしてバフ掛けをします。

削りや磨きを重ね、
美しい文様が現れる。
体験してみたいですね。


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大友美有紀 20年7月5日放送

Yasuo Kida
江戸切子の日  デザイン

今日は江戸切子の日。
シンプルな切り込み文様のグラス、
というイメージですが、
工房によって得意な文様、
個性があるそうです。

そして、新しい作品も次々と生まれています。
躍動感のある金魚モチーフにした作品、
有名キャラクターとコラボしたグラス、
江戸切子のアクセサリーなど。

江戸切子の世界、一度のぞいてみませんか。


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大友美有紀 20年6月7日放送

663highland
いつかは陶芸旅  信楽

朝のドラマの舞台となった信楽。
信楽の窯は、日本六古窯(にほんろっこよう)のひとつ。
古来の陶磁器窯のなかでも、
中世から現在まで生産が続いている
代表的な産地をこう呼びます。
他の5つは、越前、瀬戸、常滑、丹波、備前。

信楽では、毎年春、窯元めぐりが行われます。
けれど、今年は延期。
ドラマにも登場した夏の「火まつり」は、
残念ながら中止です。

いつか訪れる日のために、
インターネットで窯元の下見をしておきましょう。


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大友美有紀 20年6月7日放送


いつかは陶芸旅  萬古焼(ばんこやき)

家にいる時間が長くなると、
料理に凝りたくなる。
土鍋でご飯を炊いてみたりする。

国内生産されている土鍋の、
8から9割が萬古焼(ばんこやき)だそうです。
三重県四日市市と菰野町(こものちょう)を中心に
窯元が100以上もあります。

発祥は江戸中期。
桑名の商人沼波弄山(ろうざん)が、
今の三重郡朝日町小向(おぶけ)に
窯を築き茶器を焼いたのが始まりだとか。
変わらずに永遠に作品が残っていくように、との意味で
「萬古」「萬古不易」の印を押したのが名の由来とされています。
正式名称は「四日市萬古焼」。


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