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茂木彩海 19年4月28日放送


©️takou saito
平成よ、ありがとう。 「平成23年–2011年」

平成最大の災害として記憶に新しい、東日本大震災。

各国が被害状況をレポートするなか、
日本人の土壇場力に驚く声も数多く報道された。

指示が無くても並んで救援物資をもらう。
外食していても揺れが収まったらお金を払いに戻ってくる。
炊きだしは少な目にもらって行きわたるように遠慮する。

絆と呼ぶには少し軽く、使命と呼ぶには少し重い。
あくまで当たり前のこととして正しい行いができる日本人を
誇りに感じた。

平成には「平和の達成」が願いとして込められている。
災害こそ多かったが、日本人の心には、これからも平成が根付き続けるはずだ。

平成よ、ありがとう。
いよいよ、令和へ。

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茂木彩海 19年3月31日放送



畑のはなし 美味しい土の作り方

良い畑は、良い土から作られる。
ならばその土は、一体どこから来たんだろう?

土の始まりはそのほとんどが溶岩。
長い年月を経て風に飛ぶくらい粉々になったところに
運が良ければ微生物が住みつき、それらが死ぬと
またその上に微生物が住みつき、また死ぬ。
土はそのサイクルを繰り返し、何万年もかけてようやく出来上がる。

だから、使う土に微生物がたくさん含まれているかどうかも
良い畑を作る上で欠かせない条件の一つ。

おにぎりのように丸く握り、
軽くつつくとホロホロ崩れていくのが、良い土の証拠なんだとか。

良い土がなければ、良い畑も作れない。
良い畑がなければ、美味しい野菜とは出会えない。

春野菜を頬張りながら、母なる大地に感謝する。

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茂木彩海 19年2月24日放送


justmakeit
雪のはなし 雪をたとえる

雪のように儚い恋。
雪化粧した富士山、などなど。

雪をたとえる言葉はたくさんあるが、
イギリスの詩人、コールリッジはこんな言葉で雪をたとえている。

 忠告とは雪のようなものだ。
 穏やかに降るほど長く消えずに残り、
 心に沁み込んでいく。

たしかに、手のひらに雪を乗せてじっと見ていると
体温で輪郭が消え、徐々に水滴に変わっていき
水滴に変わった雪はいずれ肌に沁み込んでいく。

雪の降る日は、温かい家でお茶を飲みながら
いつか誰かから言われた
アドバイスを思い出してみるのも、良いかもしれない。

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茂木彩海 19年2月24日放送


KYR
雪のはなし かまくらの歴史

いまではそのほとんどが雪遊びとして作られるかまくらだが、
もともとは東北地方に伝わる五穀豊穣を祈る伝統行事。
四角い雪の家をつくり、そのなかに祭壇を用意して、
水神様をお祀りしていたのだという。

そんなかまくらが、
四角い屋根だと雪が積もった時に危険という理由から
丸い屋根になったのは昭和34年ころ。

ドイツ人の建築家ブルーノタウトは、この時はじめてかまくらを目にし
小さい子供たちがかまくらから出たり入ったりしながら遊ぶ様子を
まるで夢の国のようだと絶賛し、
それから世界中の観光客が、この不思議なかまくらを見に
日本を訪れたのだという。

湿気が多い日本の空気だからこそ作れるかまくら。

偶然と歴史が生んだ贅沢な遊びを
いまの子供たちも、楽しんでくれるだろうか。

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茂木彩海 19年1月27日放送



お茶のはなし イギリスのお茶文化

お茶文化を代表する国、イギリス。

ヴィクトリア朝時代の元首相、
ウィリアム・グラッドストンはかつて、紅茶にまつわるこんな言葉を残した。

 紅茶は、
 寒いときには、温めてくれるでしょう。

 気分が落ち込んでいる時には、元気づけてくれるでしょう。

 気分が高ぶっている時には、落ち着かせてくれるでしょう。

1日7回ものティータイムを過ごすと言われるイギリス人。

回数こそ敵わないが、
お茶が欲しくなる瞬間は、案外どこの国でも変わりないようだ。

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茂木彩海 19年1月27日放送



お茶のはなし 織田信長のお茶会政治

お茶好きで知られる武将に、織田信長がいる。
信長が特に愛したのは茶の湯、いわゆるお茶会である。

当時の褒美である土地の代わりに、茶器を与えたり、
お茶会を催す権限を特定の部下だけに与えるなど、
お茶会を政治的に利用した。

他の戦国武将たちが圧倒的な武力で政権を確立していく中で、
武力とは正反対のお茶会で天下を目指してしまうとは。

あなどるなかれ、お茶の力。

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茂木彩海 18年12月23日放送

181223-07
ryanacandee
愛のことば 熱帯に暮らす小鳥の場合

青い背中に、細いしっぽ。
まるで帽子をかぶったかのような赤い頭がかわいらしい
熱帯に暮らす鳥、オナガセアオマイコドリ。

体長10センチほどのこの小鳥は、愛の言葉をダンスで伝えるのだが
1羽のメスに対して、2羽のオスでダンスをする決まりがある。

この2羽のオス、実は厳しい師弟関係を結んでおり、
弟子入りまでに8年、
師匠になって、自分がプロポーズできるようになるまで
さらに10年もの年月がかかるという。

弟子は師匠のプロポーズを見ながら愛の言葉を学び、
弟子入り前の若いオスたちは、プロポーズの様子を見学しながら
暇さえあればダンスの練習を欠かさない。

彼らの苦労と比べれば、同じ生き物として
好きな時に好きなだけ愛の言葉をささやけるというのは
案外幸せなことなのではないだろうか。

愛のことばは、人間だけに与えられた、
謳歌すべき特権のひとつなのである。

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茂木彩海 18年12月23日放送

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Digital image courtesy of Wellcome Library London
愛のことば 愛のことばの伝え方

愛は言葉にして伝えるべきか、
言葉にしなくても伝わるのが真実の愛か。

ささやかでありながら、意見が分かれがちなこの議題。
どうやら昔から話し合われてきたテーマのようで、
中世を生きた2人の学者たちも、それぞれこんな言葉を残している。

1人目は数学・物理学の学者であるパスカル。
彼は言う。
人は恋愛を語ることによって 恋愛するようになる。

一方、
法学・古典文学の学者、ペトラルカが遺した言葉はこうである。
どんなに愛しているかを
話すことができるのは、
すこしも愛してないからである。

時代が変わっても、大切なのはその愛する気持ちが本物かどうか。

言葉にするかしないかはどちらでも。
今年はあなたらしい方法で、愛を伝えてみませんか。

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茂木彩海 18年11月25日放送

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Photo by Sailko
靴のはなし オードリー

ブランドに詳しくない人でも一度は耳にしたことがあるであろう
「サルヴァトーレ フェラガモ」。

その歴史は1927年と古く、フェラガモがわずか11歳の時に靴屋を開業。
その後24歳で自身の店舗をもつようになってからは、
解剖学を学び、足に触れただけで客の体調がわかったと言われている。

デザイン性と機能性を併せ持つフェラガモの靴は
当時の映画スターから注目を集め、
マリリン・モンローやソフィア・ローレンなど名だたる女優から支持を受けた。

なかでもオードリー・ヘップバーンは
生涯フェラガモがつくった靴しか履かなかったと言われているほどの大ファン。

そんな彼女に答えるように、フェラガモも彼女のための靴をつくっている。
靴の名前は「オードリー」。

細身のストラップが付いたフラットのバレエシューズは
動きやすくシンプルなのに、どこか上品。

ブレない芯を持ちながら、しなやかに生きる彼女の名前に
フェラガモは彼の靴づくりにおける美学を込めたのだろう。

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茂木彩海 18年11月25日放送

181125-08

靴のはなし 世界で一番古い靴

10年前、アルメニアの洞窟で
5500年前の革靴が発見された。

靴の底には断熱材と思われる草が敷き詰められ
パーツは皮ひもでしっかり縫い合わされ、
贅沢にも牛の一枚皮で作られていた。
あまりに現代的なデザインが、学者たちを驚かせた。

靴のサイズは24.5センチ。
当然、誰が履いていたのか気になるところだが、
時代背景からメソポタミア文明を築いた
シュメール人ではないかと考えられている。

ところがこのシュメール人、
高度な文明を持つものの民族系統が不明の謎の民族。

靴作りの技術をいったいいつ、どこで、どうやって学んだのか。
毎日履く靴にすら、謎は多い。

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