2009 年 のアーカイブ

Vision収録見学記(2)



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石橋―前置き、またの名を脱線その1


みなさま(ほぼ)はじめまして。
薄組の石橋と申します。
今回は、麻布十番祭りも六本木ヒルズ盆踊りもスルーして
Vision収録現場をきゃぴきゃぴ見学させていただきました。
そのレポートを、まずは私から・・・

私はラジオが大好きで、聴くのも好きですが
投稿するのも応募するのも大好きです。
先日はJ-WAVEさんから生ビール1ケースが届きました。
ありがとうございます!

って、ふつうのリスナーですみません。

なので、Visionもリスナーとしてずっと聴いていました。
ステキだな楽しそうだなと思っていたので、
参加させて頂けることになって本当にうれしかったです。

とはいえ後発組ですから勉強すべきことはてんこ盛りです。
例えるならいつの間にか増えていたエグザイルの
後ろの方の人げほげほ何でもないです。
今後のためにも収録をしっかり見学させていただいて、
より良い原稿作りに活かしたいと思ったのです。

本音を言うと、
六本木ヒルズのオフィスってどんなオシャレなとこかしらドキドキ
と思ったのです。

前置きが長くて、しかも無意味ですみません。
そんなわけで、厚焼玉子事務局長にお願いして
六本木のJ-WAVEへ見学に伺わせていただいた次第です。
当日は事務局の佐藤さんが引率係としてお付き合いくださいました。
余談ですが、意外と年上だという事実にびっくり。

さて、いよいよ六本木ヒルズ森タワーオフィス棟に到着です。
(つづく)

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Vision収録見学記(1)



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Visionはコピーライターが書いた原稿を、
J-WAVEの放送局で演出、収録して放送されています。

紙原稿という素材がどんな風に、音に料理されていくのか、
はじめてVisionの原稿を書いた、
熊埜御堂&石橋が収録現場にお邪魔しました。

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五島のはなし(38)

お盆の時期には、
親戚や先祖の話になることが多く、
僕も一時期まわりに聞き込み調査をしては
勝手に家系図をつくったりしていました。

自分のルーツが知りたいというよりも、
たとえば祖父の兄弟たちがそれぞれどんな人生を送ったか
みたいな昔話には、必ずと言っていいほど、
単なる事実とはちょっと違う物語性がまとわりついてきて
それがおもしろいんです。

ガルシア・マルケスの「百年の孤独」という小説は
その事実だけど事実ではないような、
一族の神話みたいなもので埋め尽くされていて、
読むたび、五島のじいさんばあさんの話みたいだと思います。
というか、たぶん世界中のじいさんばあさんの話みたいな話なんでしょう。
そして、そういう話には否応なくのめりこんでしまう魔力があります。

そういえば。
数年前のやはりお盆の時期、母方の従兄弟が、
彼の叔父から見せられた家系図のことを話してくれました。
その家系図は、曾祖父の世代くらいまでは名前が書かれているのですが、
その先は「・・・・」と省略されて、突然「桓武天皇」になってたそうです。

こういう、「アバウトな家系図」みたいなものにも
たまらなく魅力を感じてしまいます。

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五島のはなし(37)

五島の実家に置いてあった
小学校の卒業文集を開いてみたら、
将来の夢「プログラマー」と書いてありました。
今の自分のパソコンの使えなさを考えると
正直意味がわかりません。

そのころパソコンを使っていたわけでもありません。
ただ、小学生にしてメンズクラブを愛読し、
誰よりも早くパソコンを購入した友人に影響されていたことは覚えています。

「メンズクラブ」と「パソコン」にあこがれた島の小学生は、
それが何かも知らないのに夢は「プログラマー」と語り、
高校時代は将来「NASA」で働くとほざき、
部活はずっと「バスケットボール」で、やがて
「アメリカ」に留学し、日本に帰って「コピーライター」になりました。

僕が死んだら、
墓には「もっと横文字を」と刻まれることでしょう。

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Vision収録見学記(仮)予告

まだ「ギャル」とかろうじて呼べるふたり、
熊埜御堂由香(クマ)と石橋涼子(イシバ)の収録見学記を
おとどけします。
たぶん…来週あたりから。

週末のJ-waveは怖いぞ〜
いっぺんトイレに出るともう中に入れなくなるぞ〜
と、脅されまくり
オシッコも我慢しながら頑張ったふたりは
さて、どんな体験と学習をしたのか。
お楽しみに。

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五島のはなし(36)

36回目です。
祝、僕の年齢と同じ回数。
12で割り切れる数字です。つまり丑年、年男です。
年始に見た占いに、丑年の人は今年活躍するでしょう、
特に「広告・出版」業界の人は、目覚ましい活躍をします。
と書いてありました。
いまのところ、その占い師に「うそつき!」と叫びたい状況です。

さて、今回実家に帰ったら、親が僕の大学時代の荷物
(大学卒業と同時に留学したので、まとめて島に送っていたらしい)を
整理していて、そしたら、そのころにもらった手紙が
どっさり出てきました。手紙をやりとりしてたんだなあ~としみじみ。
まだケータイ(メール)ありませんでしたからね。

その中の多くは死んだ祖母からのもので、
すべて現金書留でした。
手紙が入っていて、読み返してみたら、しめくくりはいつも
「ばあちゃんからお金をもらっことは誰にも言わないように」

そのころ祖母はうちの母にお金の管理をまかせていて、
お金を送っているとなると「甘やかすな」と咎められるので
そう書いたのでしょう。
実際、母は頻繁に小遣いをせがむ祖母に
「また何に使うつもりね?」と小言を言ってたらしいです。

この夏、そのお金が僕(やたぶん他の孫たちも)に送られていたこと、
筆不精だった祖母が一所懸命手紙を書いていたことを、
はじめて知った母は泣いたそうです。
そのせいもあってか、この夏は母の孫たちへの応対が
いつもよりやさしく、僕としては、
「ばあちゃん、グッジョブ!」という気分でした。

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五島のはなし(35)

ぼくの実家から歩いて2分くらいのところに、
「明人堂」があります。
かつて、明の国から五島にやってきて貿易なんかを
活発に行っていた「王直」という人がまつられています。

有吉佐和子は、その著書の中で五島にふれ、
種子島に鉄砲が伝わる以前に、すでに日本に鉄砲が入ってきてたんじゃないか、
それにこの王直が一枚かんでたんじゃないか、
その証拠に、王直は鉄砲に使う火薬を交易の品として運んでいた、
さらに種子島に鉄砲が伝わったとき、この王直の名前が出てくる
という説を述べています。

「鉄砲伝来、実は五島が先だった」ら。
もっと五島はメジャーだったのに!日本史の教科書でみんな必ず覚えるのに!
宇宙センターだって五島にできてたかもしれないのに!

ちなみにその王直さんのことを父に聞いたら(父は市役所で働いていた)、
「王直さんは中国の〇〇省出身で、わざわざそこに姉妹都市を結びに行ったよ~」
なんて言ってました。
先方では「へ~、そんな人いたんだあ、じゃあ、姉妹都市になりましょう!」
と歓待してくれたそうです。

明人堂

明人堂

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五島のはなし(34)

昨日、世界陸上男子マラソンで
6位に入賞した佐藤敦之(さとうあつし)選手。
北京五輪では最下位の76位で、
まさに「どん底」を味わって臨んだ大会でした。

40キロを過ぎての激走で2人を抜き、
ゴールを駆け抜けたとき
天を仰ぎ大声で何度も叫んでいました。

直後のインタビュー。
「もう陸上をやめようと思ったけれど、ある人から、
どん底からはい上がるのが会津の人間だ、と言われて・・・」

感動的でした。
と同時に「どん底からはい上がるのが会津の人間だ」にしっくりくるのは
「会津」だからだよなあとも考えました。
もし僕がどん底を味わっていて、五島の人間から、
「どん底からはい上がるのが五島の人間だ」と言われたら
思わず顔を上げて、「ほんと~?」とつっこみたくなります。

どん底の五島人に、他の五島人が、どんな郷土魂を根拠にして励ますか。
考えてみたのですが、そもそもそんな郷土魂が希薄な気がします。
あえて言うなら、
「どん底っちいうたっち、生きていかんばしょんなかろーもん」
(どん底だろうがなんだろうが、生きていくしかしょうがないでしょ)
かなあ。

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保持壮太郎+小野麻利江 09年8月23日放送

コンラート・ローレンツ


コンラート・ローレンツ

– 保持壮太郎 –

夏。
あちこちの玄関先に、
アサガオの鉢植えが並ぶ。

いままで
どれだけの小学生が
自由研究と称して
アサガオ観察をしたことだろう。
もはや研究され尽くしたと
言ってもいいはずなのに。
また、この夏も。

でも動物行動学者の
コンラート・ローレンツの
言葉を聞いてちょっと納得する。

誰もが見ていながら、
誰も気づかなかったことに気づく、
研究とはそういうものだ。

ことしも
新しい研究成果に
期待しよう。

ロバート・ソロー


ロバート・ソロー

– 保持壮太郎 –

天才たちの生きる世界を、
しばしば僕たちは想像する。

ゴッホの目から見た風景は、
きっと鮮やかな色彩に満ちている。
フェルマーだったら、
世界にいくつもの数式を見るだろう。
ラフマニノフならば、
そこに美しいメロディを感じるはずだ。

経済学者はどうだろう。
マクロ経済学の巨匠、
ロバート・ソローはこう答えた。

私は何を見てもセックスのことを連想してしまう。
極力、私の論文からはそのことを排除するようにしているが。

なるほど。

オスカー・ハマースタイン2世


オスカー・ハマースタイン2世

– 小野麻利江 –

ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」の中で、
主人公のマリア先生が
雷を怖がる子供たちのために歌う、
「My Favorite Things」。

子猫のひげや、銅の光るケトルなんかのことが歌われる
風変わりな歌詞だけど、
わたしが、オスカー・ハマースタイン2世の代わりに
歌詞を付けたとしたら、
「お気に入り」たちに、何を選ぶだろう。

柴犬のしっぽ。
良く冷えた牛乳瓶のふち。
ぎょうざの羽のパリパリ。
水たまりに浮いた虹色の油。
飛行機から見る雲。
東京タワーの明かりが、消える瞬間。

挙げるときりが無いから、もうやめておくけど、
これだけは歌詞のとおりだ、ってことが、
いま、はっきりとわかった。

 悲しい気持ちになるときは、
 私はただ 自分のお気に入りを思い出す
 そうすれば、そんなにつらい気分じゃなくなる。

ディック・ブルーナ


ディック・ブルーナ

– 小野麻利江 –

いつも正面を向いている白いウサギ、ミッフィー。
自転車に乗るときも
自転車は右に向かって進んでいるのに
ミッフィーは顔をこちらに向けている。

前を向いて歩きなさい!
お母さんにいつも叱られていた小さな女の子は
ミッフィーが不思議だった。
ウサギさんはよそ見をしてもいいの?

そんなミッフィーの生みの親は、
ディック・ブルーナ。

キャラクターはいつも、
本と向き合っている、あなたのことを見ている

歩くとき、いつもこちらを見ているミッフィーには、
そんな深い愛情のこもった意味が、あるのだという。

小さな女の子もオトナになったら
絵本作家の愛情が、きっとわかります。

メイナード・ファーガソン


メイナード・ファーガソン

– 小野麻利江 –

トランペットを手にした少年や少女が
まずぶち当たる困難な壁、
それは高い音をいかに正確に出すかということだ。

唇はやわらかく
息を早く吹き込み
横隔膜でしっかり支える。

理屈ではわかっていても肩や喉にチカラが入る。
演奏会の3週間前になってもまだ出ない音がある….

そんな悩みを経験した人にとって
メイナード・ファーガソンの高音は
この世の自由を謳歌しているように聞こえる。

どんな理屈もテクニックも
彼の高音の前に平伏する。
空気を切り裂くハイノート、ダブルC.

3年前の今日
天才トランペッター、メイナード・ファーガソンの死とともに
空へ駆け上がるあの高音が失われてしまったのが
惜しまれてならない。

キース・ムーン


キース・ムーン

– 保持壮太郎 –

楽器を壊しながら演奏する
それが、ロックバンド「ザ・フー」のスタイルだった。
なかでも過激だったのが
ドラマーのキース・ムーン。

キースの破壊力はステージだけにとどまらず
ホテルの窓からテレビを放り投げたこともあるし
プールにクルマを沈めたという噂もあった。

しかし彼のドラムは天才的で
音と音の隙間に極限まで装飾音を詰め込んだ
アドリブだらけの演奏はコピー不可能といわれた。
計算なんてどこにもなかった。

32歳という若さでキースが亡くなって
いま、「ザ・フー」のドラマーは
リンゴ・スターの息子、ザック・スターキー。

ザックは自分の父ではなく
キース・ムーンにドラムを教わっている。

アドルフ・ロース


アドルフ・ロース

– 保持壮太郎 –

装飾がないということは、
精神的な強さのしるしだ。
と、かつて
建築家アドルフ・ロースは言った。

装飾は罪であり、
装飾の多さは文化水準の低さをあらわすと主張した。

この言葉はさまざまな誤解を生んでいるけれど
本人の著書からその解釈を見出すことができる。

我々が森の中を歩いていて、
ピラミッドの形に土が盛られたものに出会ったとする。
それは我々の心の中に語りかけてくる。
「ここに誰か人が葬られている」と。
これが建築なのだ。

彼は、建築を見る人が自分の気持ちを入れることのできる
余白をつくったのだ。

クリフォード・ギアツ


クリフォード・ギアツ

– 小野麻利江 –

文化人類学者、クリフォード・ギアツは、
インドネシア・ジャワ島の文化や習慣を書き記していく中で、
ひとつの強い確信に、たどりつく。

われわれは誰かから目配せをされても、
文脈がわからなければ、
それがどういう意味か理解できない。
愛情のしるしなのかもしれないし、
密かに伝えたいことがあるのかもしれない。
あなたの話がわかったというしるしなのかもしれない。
文脈が変われば、目配せの意味も変わる。

でも、幸せな片思いをする人は言うだろう。
「あなたの文脈」を、「わたしの文脈」に勝手に置き換える。
そんなカンチガイがなかったら
恋もはじまらない。

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小野麻利江

朝はやく起きて、夜はやく眠くなります。

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