藤本組・藤本宗将

村山覚 16年8月13日放送

160813-03
imarsman
昆虫採集 手塚治虫

自分のペンネームに「虫」という字を入れるほど
昆虫を愛した漫画家、手塚治虫。

子どもの頃から天才的に絵が上手だった手塚少年は
山でつかまえた昆虫や、昆虫館でみた珍しい虫を、
丹念にデッサンした。チョウの翅の赤色を再現するため
指をナイフで切り、絵の具にしたことも。

中学3年の時に「昆蟲つれづれ草」という本を作った。
昆虫エッセイや昆虫イラストは大人顔負け。
その中の一篇を紹介しよう。タイトルは「小さな剣士」。

 こちらを向いてじっとしているさまは、
 まるで一寸法師が鬼に向かっているか、
 小人島の剣士が大男を向こうにまわして
 闘おうとしているか、とにかく面白い。
 よく見るとなかなか立派な服装だ。
 だんだら縞の服に黒いビロードの胸着、
 ハイカラな角帽子をちょこんと載せた頭。

これはハエの一種、メバエの観察記。
手塚が後にうみだすマンガやアニメを彷彿とさせる。

昆虫はよく宝石に例えられるが、マンガの神様にとっては
キャラクターの宝庫でもあった。彼が生涯で描いた700もの
作品のうち、180作品に昆虫が登場するというのだから。

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藤本宗将 16年8月13日放送

160813-04

昆虫採集 南方熊楠

博物学者、南方熊楠。
「歩く百科事典」とも呼ばれた彼の知識欲は、
少年時代から旺盛だった。

ただし学校の勉強はあまり熱心ではなく、
野山を歩き回っては
昆虫や植物の採集に没頭。
たとえ通学途中でも
気になる生き物を見つけると
その場で弁当を食べてしまい、
空になった弁当箱につめていたという。

海外で学者として認められたあとも
熊楠は再び故郷和歌山の野山に戻り、
多くの標本を残している。

人々が気にもとめない
ちいさな生命を見つめ続け、
あらゆる知識を「採集」しつづけた熊楠は
どのような結論に至ったのか。

それは、こんな短い言葉に込められている。

「世界に不要のものなし」

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村山覚 16年7月16日放送

160716-01

APOLLO 11 ウォルター・クロンカイト

1969年7月。
人類は「月」を見上げていた。
そこには2人の男とテレビ中継用のカメラを搭載した
月着陸船がいた。

アポロ11号。人類初の月面着陸という
かつてないミッションを遂行するためには
科学技術の発展だけではなく、大衆の支持も不可欠だった。
なぜなら、アポロ計画には莫大な国家予算が
注ぎこまれていたからだ。

アメリカの三大放送局のひとつCBSは
142台のカメラ、1000人近いスタッフを投入し、
32時間に及ぶ特別番組「MAN ON THE MOON」を制作。
名物キャスター、ウォルター・クロンカイトが
月面での一挙手一投足をリアルタイムで伝えた。

クロンカイトの座右の銘は「完璧に至る近道はない」。
関係者ひとり一人の想いの積み重ねが、
38万6200キロという距離をこえた。

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村山覚 16年7月16日放送

160716-02

APOLLO 11 ウォルター・クロンカイト

 月面着陸は、私を、興味深くも
 非常に感情的にさせた。
あの乗り物が月に着陸したとき、
 私はことばが出なかった。
本当に、私は、何も言えなかった。

CBSイブニングニュースのアンカーマン、
ウォルター・クロンカイトは
その落ち着いた語り口と
徹底的な取材に基づいた報道姿勢が評価され、
アメリカの良心、大統領よりも信頼できる男、
などと言われた大ベテランだ。

彼は宇宙を愛し、アポロ計画に賛同していた。
もちろんアポロ11号についても、
事前の入念な取材によって
数多くの言葉を準備していたはずである。

どんな時も、どんなニュースでも、
的確な言葉で流暢に話すクロンカイトが
月面着陸の直後、言葉につまった。

沈黙は、時に、なによりも雄弁だ。

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藤本宗将 16年7月16日放送

160716-03

APOLLO 11 バズ・オルドリン

1969年、アポロ11号は月面に到達した。
しかしその偉業が捏造だと主張する者もいる。

そんな陰謀論者のひとりが2002年にある事件を起こした。
アポロの乗組員だったバズ・オルドリンを待ち伏せしたのだ。

男はオルドリンに対して執拗に迫り、
挑発的な言葉をぶつけた。

 聖書に手を置いて、月に行ったことは事実だと誓ってみろ!
 行ってもいないのにインタビューや著作で報酬を得るのは
 詐欺・窃盗行為だ!

さらに男は罵声を浴びせ続ける。

 臆病者!嘘つき!盗人!

そのときだった。

当時72歳とは思えない
オルドリンの強烈なパンチが男の顎に決まったのだ。

どんなときも沈着冷静を求められる宇宙飛行士だが、
このときばかりはプライドが許さなかったのだろう。

のちにオルドリンは、こんなツイートをしている。

 もしわれわれが着陸していないのなら、
 今頃ロシアがそれを暴露しているはずさ

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藤本宗将 16年7月16日放送

160716-04

APOLLO 11 アームストロング一族

16世紀スコットランドに
ジョニー・アームストロングという領主がいた。
時の王より強力とまでいわれ、
イングランドとの戦いで国を守った英雄だった。

しかしその存在を疎ましく思った王は
彼を騙して呼び出し、捕えてしまう。
わずかな手勢のジョニーに対し、待ち伏せの兵士は1万人。
このときジョニーが切った啖呵が歌として伝承されている。

 王であり 君主の身分でありながら
 嘘をついたな 卑怯者
 生涯でおれが愛するのはただひとつ
 それは正直な心根だ

時は流れて1972年。
生きのびた末裔のひとりが、
この地の自由市民として迎えられた。

ニール・アームストロング。
アポロ11号の船長にして、はじめて月に立った人類。

そのときの式典では、
400年前に施行されたまま廃止されていない
こんな法律の条文が紹介された。

「この地で見つけたすべてのアームストロングを絞首刑にせよ」

それでも王の追手から逃れ、アメリカへ渡り、
ついには月までたどりついた。
この一族は、名前の通りタフらしい。

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福宿桃香 16年7月16日放送

160716-05

APOLLO 11 吉田和哉

 大切なのは、ワクワクすること。
 宇宙にワクワクするなら、その道に進もうと思ったんです。

アポロ11号が叶えた人類初の月面着陸は、
日本でも生中継され、多くの人たちが見守った。
当時8歳だった吉田和哉も、そのうちの一人だ。

アポロは彼の夢になった。
大学では工学部に進んだがその気持ちは変わらず、
「宇宙ロボット」というジャンルを開拓。
自分の手がけたロボットが宇宙へ行く日を目指して、情熱を注いだ。

そして今。
吉田はもう一度違う形で、
アポロ11号に出会おうとしている。
民間の月面探査チーム「HAKUTO(ハクト)」が来年、
吉田の制作したロボット探査機を月に飛ばし、
アポロ着陸の痕跡を探す予定なのだ。

47年の時を経て、憧れに間もなく、手が届く。

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上遠野茜 16年4月9日放送

160409-011
jean.
たまごの話「岸田吟香の卵かけご飯」

炊きたてのご飯の真ん中に、
新鮮な卵を割りいれ、しょうゆをひとたらし。
あぁ、たまらない。
日本人が愛してやまない究極のシンプルフード、卵かけご飯。
最初に広めたのは、明治時代の新聞記者・岸田吟香と言われる。

岸田はかなりの冒険家だった。
突然記者を辞めたかと思えば、辞書を作ったり、目薬屋を始めたり。
生涯手がけた事業の数は、なんと10を超える。
型破りな性格の大男に、ついたあだ名は「奇人吟香」。

卵料理自体がまだまだ珍しかった時代。
卵を生のままご飯にかけるという発想は、
どれだけ斬新だったのだろう。

時代の一歩先を行く奇人のセンスがなければ、
卵かけご飯はこの世に生まれなかったかもしれない。

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村山覚 16年4月9日放送

160409-02
Piero Sierra
たまごの話「ブランクーシの美しい卵」

今日も世界中の食卓に、卵料理が並んでいる。
その理由は、栄養バランスと手に取りやすい価格だろうか。
“卵は完全栄養食だ”などと言う人もいる。

ところで、卵の中身ではなく見た目に関して
完全であると言った男がいる。20世紀を代表する彫刻家、
ブランクーシだ。

装飾や無駄を削ぎ落としたミニマルな彫刻で知られる彼は
「卵以上の美しいフォルムをつくることはできない」
と言ったとか。

ブランクーシはルーマニアの農村出身。
彼の彫刻を見ると、田舎の広々とした大空や地平線、そして、
日々の生活で手にしたであろう「卵」を連想するフォルムが数多い。

この世に完全な物なんてないかもしれない。
しかし芸術家たちは今日も、
完全を目指して作品を生み出しつづける。

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藤本宗将 16年4月9日放送

160409-03
Mindful One
たまごの話「ニュートンのゆで卵」

アイデアという名のひらめきは、簡単には生まれない。
近代科学の基礎を築いた天才
アイザック・ニュートンをもってしても、
その過程は苦しいものだった。
難問に取り組むときはいつも自分の部屋にこもり、
他のすべてを忘れるほど没頭したという。

彼の異常な集中ぶりを伝えるエピソードがある。
ろくに食事もとらず研究していたニュートンのために、
家政婦が鍋と卵を運んできた。
せめてゆで卵でも、という配慮だったのだろう。
ゆで時間をはかる懐中時計と一緒にテーブルの上に置くと、
ニュートンの邪魔をしないようそっと出て行った。
しかし、しばらくして戻った家政婦は仰天する。
ニュートンは卵を握りしめ、鍋で時計をゆでていたのだ。

落ちてくるリンゴを見た人のすべてが、
引力に気付くわけではない。
大きな問いの前にすべてを捧げ、
考え抜いたものだけにアイデアの神は微笑むのだ。

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