薄組・薄景子

薄景子 13年5月19日放送


山の旅人
緑のはなし 光野桃

女性の人生哲学を描くエッセイスト、光野桃。
かつての座右の銘は「努力」。
1ヵ月に30本もの締め切りを抱える日々に、
心も体も疲れ果て、
すべての仕事を捨て、何の計画もないまま
夫のいるバーレーンへ旅立った。

そんな光野の再出発は、帰国後、
母親の介護をのりこえた後のこと。

介護疲れのリハビリを兼ねて行った山で、
木々の緑や空のありのままの美しさに気づかされる。
もう成長しなくてもいい。自分は自分のままでいいのだと。

以来、著書やイベントで
読者を森へといざなうようになった光野は言う。

 人生の目的は 誰かに認められることでも
 何かを生みだすことでもなく
 今この時を愛し慈しむということ。

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0歳11カ月の育児のお話し。

10カ月の回で「熱出し過ぎ!」と書きましたが
今回は、「熱出るたびに成長し過ぎ!」という話しです。

本当にこどもは熱を出して寝込むたびに
すくすくと成長するのです。

体調が悪い間はこどもの機嫌も悪いので
親が成長に気づく余裕が無いだけだった、
ということなのかもしれませんが。

しかし事実として成長するのです。
サイヤ人並に(図参照)。

いきなり「あかんべえ」を覚えたり
ストローで吸えるようになったり
踊ったり離乳食おかわりしたり
おかあさんのパンツかぶったり…。

そして!
とある発熱の後、すーさんは「たっち」をしたのです。
二本の足で立ったんですよ!!
もう赤ちゃんじゃない!!
すごい!

その一回だけでしたが。
同じ月齢の子に比べると、だいぶのんびりしたペースですが。
それでも確実に成長しています。

この調子であっという間に立って歩いて走って母の元を飛び出して
恋して青春して盗んだバイクで走りだしてだめだなんか泣けてきた。
一瞬一瞬の成長は輝かしいんですが、
遠い未来まで想像すると、かあさん良くも悪くも泣いちゃう。
ずっと赤ちゃんでいろ!と思っちゃう。
それはそれで大変だけど。

そんなすーさんも、来月には1歳。
かあさんやっぱり泣いちゃう。

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閑話休題。育児中の母が食べたいものの話し。

営業のニシダさんは、奥さまが専業主婦をしていて、
ふたりのカワイイお子さんも主に奥さまが育てている。

ある日、ニシダさんは奥さまを慰労しようと考えた。
実家の両親に子どもたちを預け、
久しぶりにふたりで外食をすることにしたのだ。
さあ、どこへ行こう?
キミが食べたいものを思いっきり食べよう!
張り切るニシダさんに、奥さまはこうリクエストした。
「ラーメン食べたい」

そして夫婦は仲良く、アツアツのラーメンをすすったのでした。
めでたしめでたし。

ニシダさん曰く、「妻の気持ちがわからない」とのこと。
私はですね、めちゃくちゃわかりますっ!!

というかわが家もまったく同じ話しがあったのです!
仕事復帰のちょっと前に、
オットが実家の両親にすーさんを預けて外食に誘ってくれたのです。
「お寿司でも食べようよ!」って。

「…はあ?」って感じです。
「キミは本当に何もわかってない」と。

寿司なぞは赤子を抱きながらでも安全に食べられるのです。
むしろ、育児中の母親のために進化した食べ物が
寿司なのではないでしょうか。
右手でひょいとつまんで、ひとくちでぱくっと食べられる。
万が一ごはんつぶ(醤油付き)が赤子に落ちたとしても
なんの危険もありません。ひょいぱく。
それが寿司!ビバ!寿司!

その対極にあるデンジャーメニューが、
アツアツの汁モノなのです。
特に麺類!ツユが飛ぶ!!赤子に!!
超危険!!!!

だったら赤ちゃんが寝てる隙に食えよ!
とお思いの方もいらっしゃるでしょう。
そりゃそうです。

しかし赤子というものはどんなにすやすや寝ていても、
母がインスタントラーメンにお湯をそそいで
うきうきの3分が経ったタイミングで目を覚ますものなのです。
うどんに満を持して天かすを投入したタイミングで
いきなりぐずるものなのです!

うう、私のラーメン、私のうどん(天かすはカリカリのうちに食べたい)・・・。

というわけで、私が仕事復帰してまずやったことは
丸亀製麺でアツアツのうどんをはふはふすることでした。
もちろん天かすはカリカリでね!

という話しをニシダさんに熱く語ったところ
「寿司を提案しなくて命拾いした…」と感謝されました。
よかったよかった。

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0歳10カ月の育児の話し。

4月から5月にかけて
保育園生活に慣れたすーさん(美少年でぶ)。
体調も崩さず、先生にもなついて、
問題無く通えるようになりました。
そして6月。
優秀な息子に負けじと、母は仕事に復帰したのです。

以下、ぷち日記形式でどうぞ。

6月1日(金) 復帰一日目。
みなさんにご挨拶&デスクの整理。
15時半、保育園から電話。
すーさん発熱とのこと。
早退。慌てて帰る。

6月4日(月)
週末に回復したが、再び微熱。
午前半休。

6月11日(月)
保育園に連れて行こうとしたら、発熱。
有休。

6月12日(火)
体調が良さそうなので保育園に預けたら、
会社に着いた途端に園から呼び出しが。
午後半休。

6月22日(金)
一週間がんばったものの、すーさん燃え尽きた様子。
発熱。
有休。

7月6日(金)
引っ越し。
おじいちゃんおばあちゃんの近くに住むことにする。
引っ越しのバタバタで発熱。

7月9日(月)
週末に回復したと思ったら、
再び微熱。
半休。

7月8日(火)
続・微熱。
半休。

ふむふむ。
だいたい週イチで発熱をしていますね。
特に金曜と月曜に燃え尽きることが多いのは、
大人にも通じるものがあるような。

と、いま振り返れば冷静に俯瞰できますが、
当時は毎日ドキドキしっぱなしでした。
毎朝ドキドキしながら体温測って、
仕事中は保育園から電話が来るのではとドキドキドキドキ。
人間の一生涯の心拍数は決まっているという説がありますが、
あの数カ月で相当数を稼いだと思います。

というか本音を言うと、
「ちょっと熱出し過ぎじゃね?」と思ってました。
先輩ママから、
子どもは発熱をコントロールできるのだと伺いましたが、
まったくもって真実だと思う。

(今月の写真は、東京タワーのマスコットに驚くすーさんです)

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薄 景子 13年4月21日放送



出会いのはなし アルプスの少女ハイジより

「アルプスの少女ハイジ」の中で
夕焼けがなぜ美しいかをきかれたおじいさんは
こう答えた。

 人間であろうと、何であろうと、お別れする時が一番美しいんだ。
 いま、太陽がね、地球からお別れをしているから、
 こんなにも、人の心を打つんだよ。

別れの季節の美しさは、
新しい出会いを輝かせる。
この春、きっとあなたのまわりでも。

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小野麻利江 13年4月21日放送



出会いのはなし 梅原真とカツオ漁師

日本唯一の飛び地村でとれた、
「じゃばら」というみかんの果汁。
牛肉のかわりに海に豊富にあるさざえを入れた
「島じゃ常識 さざえカレー」。

日本各地で獲れたモノたちに、
まっすぐで、風圧の強いデザインを加える男がいる。
それが、デザイナーの梅原真(うめはらしん)。

そのきっかけは、
土佐のカツオの1本釣り漁師との出会い。
このままでは舟がつぶれる。
そう言う漁師の話を聞くうちに、

 カツオにデザインをかけあわせれば、
 きっと新しい価値が生まれる。

そう確信し、
商品化とパッケージを請け負った
「カツオのたたき」は、
やがて年商20億円の産業となった。

一次産業とデザインが出会えば、
日本の風景は残せる。
そう考える梅原は今日も、
日本各地に眠る資源たちとの、
出会いを重ねている。

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熊埜御堂 由香 13年4月21日放送



出会いのはなし  12代目市川團十郎と母千代

今年2月に亡くなった歌舞伎役者12代目市川團十郎。
彼の母、千代さんをモデルにした小説がある。
作家の宮尾登美子が1988年から新聞に連載した『きのね』。

「花の海老様」といわれた9代目海老蔵。
その正妻となった千代さんのあまりに地味な姿を
不思議に感じ、宮尾は小説化を思い立った。

小説では、使用人だった女性がトイレでひとり子を産みおとし
それがのちの12代目團十郎となる。
センセーショナルな内容で、
どこまでが実話なのかとつい気になるが
そんな邪推をふきとばすエピソードがある。

宮尾は、この作品を書くためにずいぶん取材をし、
12代目團十郎のへその緒を切った
当時90歳のお産婆さんにも話をきいた。
出産直後にかけつけると、千代さんは正座し、
横には座布団の上にきれいにぬぐわれた赤子がいたという。
その姿をみてこう思った。

 ああ、聖母子のようだ。

世に生をうけ、
子が母に抱かれる。
その出会いの奇跡が
未来をつくっていく。

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小野麻利江 13年4月21日放送


tomato umlaut
出会いのはなし ソニア・パークとお買い物

どうして人間って
買い物するのだろう?
スタイリストのソニア・パークは、
そう考えたことがあるそうだ。

少し考えて、彼女が出した答えはこうだ。

 そこにものがあるから。
 そして、それを買うことができるから。

みずからのショッピングフリークぶりを
「一向に治らない買い物癖」と称する
彼女ならではの答えである。

人とモノとの出会いの連続、ショッピング。
あなたはこの春、どんなものと出会いましたか?

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石橋涼子 13年4月21日放送



出会いのはなし ロダンと花子

66歳のオーギュスト・ロダンは、
マルセイユの博覧会で
花子という日本人女優に出会った。
彼女の苦しみや怒りの演技に衝撃を受け、
楽屋に押し掛けてモデルになるよう頼んだという。

一方の花子はというと、
日本で二度の結婚に失敗し、頼る家もお金もなく
34歳、単身死ぬ気で海を超えた。
必死に芝居を続けたある日、
有名な芸術家が自分を求めて現れたのだった。

多くの評論家が運命の出会いと語るこの瞬間、
彼女はこう思ったという。

 なんだか汚いじいさまだな。

思い出は見る角度によって違うけれど、
どんな出会いも限りない可能性を秘めている。

花子はモデルの依頼を引きうけ、
ロダンから家族同様に愛された。
ロダンは、毎日のように花子を招き、
58点もの作品をつくりつづけた。

この春、あなたにいい出会いがありますように。

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薄 景子 13年4月21日放送



出会いのはなし ジョンとポール

ジョン・レノンとポール・マッカートニーが
はじめて出会ったのは、10代半ばのとき。
教会のお祭りで、バンド演奏を終えたジョンのところに
ポールが近寄り、すごいテクニックでギターを弾いてみせた。

その運命的な出会いの前後、ふたりは最愛の母を亡くす。
荒れ狂うほどギターにのめりこみ、音楽の絆を深めていった。

 僕らふたりは同じような心の痛手を受け、
 それを克服しなければならなかった。

後にジョンは「マザー」で、ポールは「レット・イット・ビー」で
亡き母を歌った。

何かを乗り越える力が出会う時、奇跡は生まれる。

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