薄組・薄景子

小野麻利江 12年1月8日放送



表現する男 円谷英二

映画の公開前に、
フィクションが現実になることもざらだった、
昭和30年代。

映画監督・円谷英二はそんな中で、
新しい特撮アイデアを考え続けた。

「できますか?」と聞かれたら、
とりあえず「できます」と答えちゃうんだよ。
その後で頭が痛くなるくらい考え抜けば
たいていのことは出来てしまうものなんだ。



表現する男 井上陽水

「『今日は・・・いい・・・・お天気・・・でしたね・・』
それを言うだけで、2分くらいかかってる」
落語家の立川志の輔は、
シンガーソングライター・井上陽水の
ライブでのおしゃべりを評して、こう言った。

井上陽水は、会話の中で沈黙が生まれることを、
まったく恐れていないのだという。
彼は言う。

僕は意識的にというか無意識にというか、
喋らない時間というのを
ときどき持ちたいなと思うんです。
全部言葉で埋めたくない。

「傘がない」「氷の世界」「少年時代」。
独特の感覚で歌詞を紡いでいくことにかけては
日本でおそらく右に出るもののいない、井上陽水。
彼は、言葉を発さない瞬間が、
言葉を浮かび上がらせることを、知っている。

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薄景子 11年12月18日放送



男の美学 アルド・チッコリーニ

86歳のピアニスト、アルド・チッコリーニ。

多くのピアニストが
体を揺らしながら弾く大曲を、
チッコリーニは、背を少し曲げ、
楽器とひとつになったかのように静かな表情で弾く。

作曲家を自身の神として、宗教にも属さない。
彼の演奏には、美学がある。

自分の存在を消して、聴衆には
作曲家の表現に集中してもらいたい。

そのなめらかな音色には、
一点のくもりも、エゴもない。


J€RRY
男の美学 大森一樹

映画監督、大森一樹。
映画の道を思いながら医大にすすんだのは、
漫画家であり医学博士でもあった
手塚治虫への憧れから。

のちに大森は、自らの体験をもとに
医学生を描いた映画「ヒポクラテスたち」を製作。
小児科の教授役を手塚に依頼した。

医者はかぶらないからと
手塚にベレー帽を脱いでもらったとき、
「僕からベレー帽をとったのは、大森くんだけだ」
と憧れの人は笑った。

大森は確認する。

手塚さんは、この年齢で何を描いていたのだろう。

「生命とはなにか」をテーマに据え
ヒューマニズムをモットーとして漫画を描きつづけた手塚治虫。
その手塚に近づきたいと願うことが
大森一樹の美学だったのだろう。

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茂木彩海 11年12月18日放送


chez_sugi
男の美学 夏目漱石

文豪・夏目漱石の代表作、「吾輩は猫である」。
猫の飼い主である珍野苦沙弥の家を訪れた美学者の迷亭が、
くるくる丸めて懐にしまえる不思議な帽子を自慢してみせる場面がある。
その帽子、パナマ帽。

作品に登場させるだけでは事足りないほど、
漱石はこの帽子を愛していた。

あるとき、「吾輩は猫である」の原稿料が入った漱石は
すぐに街の帽子屋へ行き、原稿料をそっくりそのまま使って
パナマ帽を買い、家の中で得意気にかぶっていた。

そこに訪ねてきた旧友がいた。
旧友は自分よりだいぶ上等なパナマを被っていた。
それを見た漱石は
「教師のかたわら1枚50銭の「猫」を書いているんだから
しかたないじゃないか」、と彼につっかかる。

パナマ帽で機嫌を損ねる漱石はまるで子供のようだ。
けれど、漱石はこんなこともいう。

愛嬌と云うのはね、
自分より強いものを倒す柔かい武器だよ。


Dr. Jaus
男の美学 土屋賢二

笑う哲学者、土屋賢二。
趣味はジャズピアノ。

40歳で初めてピアノに触れ、独学でレパートリーを増やした。

演奏する曲は『ラカンの鏡』『オッカムの髭』など。
哲学者としての美学を忘れない。

彼は言う。

ピアノの下手な弾き方など存在しない。
なぜかというと、
ほうっておいてもひとりでに実現してしまうことだからである。

鍵盤の上でも、彼はしっかり哲学をする。

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小野麻利江 11年12月18日放送


s.alt
男の美学 穂村弘

私のような性質の人間は、
女性を自分の脳内で、勝手に女神にしてしまう。
そのためのきっかけは、至るところにある。

小心者で、妄想がたくましくて、
常に世界と、ちょっとだけずれている感じ。
歌人・穂村弘のエッセイは、
そんなエピソードに事欠かない。

自身が街で見つけた「運命の女神」を
つぎつぎと紹介してくれる様子も、じつに穂村らしい。

真夏に長袖を着ているひとをみるだけで、おっと思う。
本屋で同じ本に手を伸ばしたひとに、おっ。
電車のなかで立ったまま林檎を齧っていたひとに、おっ。
足首に包帯を巻いたウエイトレスに、おっ。(中略)
世界は女神に充ちている。

矢継ぎ早に「女神」を挙げたあとに、一転。
妙に冷静な、自己分析をはじめる。

結局のところ、自分は女性とのまともな関係を
求めてはいないのかもしれない。そう思う。

恋に恋する乙女のような、
男の美学が見え隠れ。



男の美学 カレル・チャペック

チェコの作家、カレル・チャペックは、
園芸を、土いじりを、こよなく愛していた。

しかし彼は、園芸マニアである以前に、やはり作家。
思いきり楽しみながらも、視線はどこか冷静。

いったい、何のために園芸家は
背中を持っているのか?
ときどき体を起こして、
「背中が痛い!」と
ため息をつくためとしか思われない。

そんなユーモアこそがチャペックの美学。
土を掘り、球根を埋め、水を遣る…
園芸家に課せられた果てしない労働を
笑いながら楽しんでいる。


webtreats
男の美学 開高健

開高健はいう。

諸君、男のファッションの究極は、紺なんだ。
いい紺を選びたまえ。

芥川賞作家、戦場のルポライター、美食の釣り師
人並み外れた経験を持つ人のコトバは説得力がある。

開高健が、いわゆる「男のファッション」に
興味を持ちはじめたのは
57歳になってからだというが
男の美学は、時間をかけて熟成されるのかもしれない。

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茂木彩海 11年12月18日放送


銀星号
カメラ 小山薫堂

「ほら、ネコのひげまで鮮明に写る。
 ここでカメラのよしあしがわかるんだ」

仕事仲間が言ったこんな一言に感動して、
カメラにはまった。放送作家、小山薫堂。

実はカメラマンネーム「アレックス・ムートン」の名前も持つ。
ムートンはフランス語で「小山」。
アレックスは、アレックス・モールトンという自転車が好きだから。

この写真は、アレックス・ムートンだよと言って見せると、
2人に1人は「へえ、さすがだね」なんて
知ったかぶりするのが面白いという。
そんな小山の言葉。

「オレ、最近、自分に負けているな」と思うのは、
 新しいことをやっていないときです。

新しい挑戦が、新しい自分を生み出す。
それが彼の美学なのかもしれない。

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小野麻利江 11年10月16日放送



すすきの秋 飯田蛇笏

故郷・山梨の自然風土に根差した
句を詠みつづけた、飯田蛇笏。

なにげなく手折った、枯れすすき。
その意外な存在感にはっとした一瞬を、
こんな風に、切りとった。

をりとりて はらりとおもき すすきかな

いのちを終えた秋の自然にも、
豊かないのちが、つまっている。



どんぐりの秋 青木存義

明治時代の、宮城県松島。
どんぐりが実るナラの木があるお屋敷で
母親が庭の池に、どじょうを放した。
朝寝坊な男の子が、どじょうが気になって
早起きできるようにと。

その男の子は、のちの作詞家・青木存義(ながよし)。
大人になって、幼い日の思い出を
童謡の中の物語に、昇華させた。

 どんぐりころころ どんぶりこ
 お池にはまって さあ大変
 どじょうが出てきて こんにちは
 坊っちゃんいっしょに 遊びましょう

秋とノスタルジーは、
どんぐりとどじょうくらい、仲が良い。



流星の秋 松任谷由実

「女心と秋の空」とは言うけれど、
男心だって、移ろいやすいもの。

10月初旬にみられる、突発的な流星群。
松任谷由実がこれを
気まぐれな男心に重ねて唄ったのが、
名曲「ジャコビニ彗星の日」。

72年10月9日
あなたの電話が少ないことに慣れてく

「今年は流星の雨が降る」と
マスコミが騒然としていた、1972年。
女は男との別れを予感しながら、
オペラグラスで、夜空をのぞく。

淋しくなれば また来るかしら
光る尾をひく 流星群

男からの電話を期待しなくなった女が、
結局訪れなかった流星群に
期待を失わないのは、

うつくしい思い出にすれば、きっと忘れられる。
無意識のうちにそう感じていたから、だろうか。

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茂木彩海 11年10月16日放送



すず虫の秋 海野和男

秋の街を、イヤホンなしで歩いてみる。

耳を澄ませば聞こえてくる、その小さくとも確かな歌声は、
かえって都会のほうがよく目立つ。

小さな環境をみていくと、大きな世界が見えてくる。

昆虫博士、海野和男の言葉。

なるほど。
この小さな虫たちの恋のうたが聞こえなくなったころ、
きっと冬は近いのだろう。



落語の秋 三遊亭金馬

お殿さまがある日目黒にお出かけし、
庶民の魚、秋刀魚を初めて食べたからさあ大変。
なんだこの美味い魚は!
その日から、お殿さまの頭の中は寝ても覚めても秋刀魚のことばかり…。

鯛しか食べたことのないお殿さまが
秋刀魚の美味しさに取り憑かれてしまう、
古典落語、「目黒のさんま」。

この噺を得意としたのが、3代目三遊亭金馬。
とにかくわかりやすい落語で人気を博した彼は、
大の釣り好きとしても有名だった。

ところがある日の釣りの帰り道、
汽車の事故で左足を不自由にしてしまう。

体長10センチのタナゴに、気を取られていたのだった。

ぼくは、この小さなタナゴに魅せられて半年も入院したのだから、
実にあっぱれなものと自分でも思っている。

魚に魅せられ、魚で客を笑わせつづけた男。
秋刀魚の美味しい季節になると、
脂ののった金馬の落語を思い出す。



ファッションの秋 川久保玲

コム・デ・ギャルソン。
フランス語で、「少年のように」を意味するブランド。

コレクションの度に世界中を虜にしてきた
ファッションデザイナー、川久保玲。

彼女の作る服の定義は、美ではなく、メッセージ。
これから出来あがる服にどんな思いを込めるか。
そこに全ての熱が注がれる。

川久保は言う。

ファッションは着る人の人間性を包含するもの。
言いたいことは全部、洋服の中にあるのです。

着る服が、今日の心を映すなら。
この秋は、少年のように
自由な服を楽しみたい。

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薄景子 11年10月16日放送



食欲の秋 サン=テグジュペリ

星の王子様の作者であり、
パイロットでもあったサン=テグジュベリの言葉。

たくさんの星があっても、
夜明けに香り高い食事の碗を
用意してくれるのはたったひとつしかない。

さあ、食欲の秋。
料理を味わえる星に生まれた幸せを
ゆっくりかみしめたい。



コラムの秋 山本夏彦

読書の秋というと、小説が主役になりがちだが、
この季節にこそ読みたいコラムがある。

昭和から平成の日々を、ばさりと切り続けた随筆家、
山本夏彦。

馬鹿は百人集まると、百倍馬鹿になる。

痛快で、辛口で、思わずニヤリ。
本質をついた言葉は、いつ読んでも新しい。

その日まで私のすることといえば、
死ぬまでのひまつぶしである。

そう自ら語った山本のコラムには、
一寸の無駄もなく。
研ぎ澄まされた剣そのもの。

同じひまをつぶすなら。
自分のかわりに
世の中をずばずば切りさばいてくれる、
そんな言葉とともに、秋の夜長を楽しみたい。

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茂木彩海 11年9月4日放送



歌のはなし 美空ひばり

昭和の時代とともに生きた、日本芸能史最大のスター、
美空ひばり。

彼女の歌の全ては、お客様のために歌われた。
コンサートでは緞帳が下りた後も、おじぎをしたまま
お客が出るまでじっと動かなかった。

そんな美空ひばりが色紙によく好んで書いていた言葉がある。

「今日の我に、明日は勝つ」

それは昭和を生き抜く日本への
メッセージだったのかもしれない。



歌のはなし やなせたかし

子供のころ、誰もが憧れたヒーロー
アンパンマンの生みの親。
やなせたかし。

彼が作詞した「アンパンマンのマーチ」の中の一節に
「愛と勇気だけが友達さ」という言葉がある。
友達はいらないってこと?と尋ねる子供も多いというが、
その中に隠されたメッセージを、彼はこう答えている。

これから闘うってときは、結局自分ひとりになるということです。
「きみも一緒に」などと言っていてはダメなんです、
最後はひとりの覚悟でなければね。

子供たちは今日も、
厳しくも愛のある教訓を、テレビの前で口ずさんでいる。



歌のはなし 忌野清志郎

KING OF ROCK、忌野清志郎。
ギターを手にした日から、自分への挑戦のように音楽にのめりこむ。
人と違う音楽をめざすことが義務となり、自らの制約に縛られていった。
そんな彼を変えた女性が、後に妻となる石井さん。

「付き合ってください」の代わりに、「結婚してください」
で始まった2人の交際は、2人の父の猛烈な反対に合う。

石井さんの父は、売れないミュージシャンとの結婚に真っ向から反対。
清志郎の家に押し掛けるなり今すぐ別れろと怒鳴り散らし、
協力してくれると思った清志郎の父までも、
「バカも休み休み言え。オマエなんかどうやって結婚して生活していくんだ」
と怒鳴り散らした。

もしも自分がスターだったら。
自己満足じゃダメだ。清志郎は売れたいと心底想った。


石井さん 僕は君が好きさ
石井さん 君を忘れはしない
どんなに 忙しくても
石井さん 僕は君を見たい
石井さん 季節だけが通り過ぎていく中で
いつでも…

誰よりも正直に愛を歌った男の歌は、
今もきっと石井さんの心に響き続けているだろう。

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薄景子 11年9月4日放送



歌のはなし 槇原敬之

どんなときも どんなときも
僕が僕らしくあるために

自分の人生を、絶対人のせいにはしたくない。
そんなつよい思いで、槇原敬之が、
音楽で生きていくことを宣誓した歌。

後に190万枚のヒットとなった
彼の魂の叫びは、
迷ったとき、勇気がほしいとき、
今日も誰かの
自分への応援歌となっている。

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