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原央海 18年7月15日放送

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世界のお祭り ハルビン氷祭り

お祭りといえば夏、だけではない。
中国の「ハルビン氷祭り」。
「世界三大氷祭り」の1つである。

50万㎡を超える会場に立ち並ぶ氷の彫刻たち。
高さは40メートルにも及び、色鮮やかなライトアップ。
100年以上前から始まり、歴史も長い。

建築だけではない。
氷点下30度での寒中水泳大会や、
100メートルを超える氷のすべり台。
もう、想像の範疇を超えている。

実は日本にも「世界三大氷祭り」がある。
北海道「さっぽろ雪まつり」。
海外までは行けなくとも、
ぜひ寒くてアツイお祭りを国内で楽しんでみては?


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原央海 18年7月15日放送

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世界のお祭り メドックマラソン

フランスの「メドックマラソン」。
42.195kmを走るフルマラソンではあるが、
どこか様子がヘンである。

参加者の大半は、仮装された衣装。
コースは、ぶどう畑とワイナリーの中。
きわめつきには、給水所に置かれるワインの数々。
そう、この場所、フランスのメドックとは、
世界的に有名なワインの名産地なのだ。

ラスト5kmでは、ワインとよく合う、
チーズや生ハム、ステーキの用意まで。
完走すると渡される1本の飲み物も、もちろんワイン…。
疲れはたまるが、お酒好きにはたまらないイベントかもしれない。


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原央海 18年7月15日放送

180715-08 郡上市観光課
世界のお祭り 郡上おどり

今日の最後に、日本の祭りも。
岐阜県郡上八幡の「郡上おどり」。
7月中旬から9月下旬まで33夜にわたって続く
日本一長い盆踊りだ。

中でも有名なのは、
8月13日からの4日間で行われる徹夜踊り。
夜から朝まで、とにかく踊りつづける。

始まりは、江戸時代。
士農工商の壁を越え混じり合うために、
城の主が「盆の4日間は身分の隔てなく無礼講で踊るがよい」
と決めたことから、始まったそう。

特別な衣装も、高価な履物もいらない。
必要なのは、楽しむ心だけ。
ぜひ今年のお盆は、徹夜で踊り明かしませんか?


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原央海 18年2月11日放送

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有吉弘行 忖度

「忖度」。
そんな言葉が、2017年の流行語大賞に選ばれた。
辞書を引くと、「他人の気持ちをおしはかること」と書いてある。
なんとも日本人らしい流行語だ。

同じく2017年、テレビを点ければ見ない日はない男がいた。
「有吉弘行」。
彼の人気の理由は、まるで「忖度しない物言い」だろう。

忖度の時代に、忖度しない人気者。
彼はこう言う。

 余計な言葉を抜きにして
 ストレートに物事の核心に迫る。
 内輪で言うような言葉を外に向けることで、
 相手の心の中に飛び込めて
 人間関係がうまくいく場合もあるんです。


他人の気持ちをおしはかるだけが
コミュニケーションではないことを、彼は教えてくれる。


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原央海 18年2月11日放送

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有吉弘行 反省

有吉弘行。
彼の人気は、日本テレビ「進め!電波少年」でのヒッチハイク旅から始まった。

ピークだった頃は、まったく休み無し。
毎日何本も仕事をこなし、
移動は事務所から用意された専用の「猿岩石カー」。
あまりにもファンが駅のホームに殺到し、
新幹線を何度か止めたこともあるほどだ。

当時の自分が「どこか天狗になっていた」と彼は認める。
酒臭いまま現場に向かい、スタッフに生意気ばかり言っていた有吉は、
当時のことを振り返り、こう反省する。

 そういうときに、
 「忙しいんだから」っていう理由は成り立たないんですよね。
 「忙しいのはお前らだけじゃないよ」っていう。
 よく、「忙しいから」って理由にしがちですけど、
 そこは気を付けたほうがいいです。
 僕はそれで失敗したんで。


追い詰められた時ほど、人間は試されている。


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原央海 18年2月11日放送

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有吉弘行 給料

有吉弘行。
猿岩石フィーバーだった時代は、
給料も、文字通り「桁違い」だった。

それまで月々5万円だったのが、固定給で月100万円。
さらにはCDやCM、本の印税が重なり、
1番多く貰った時で、月2000万円は貰っていたという。

しかも当時、所属する太田プロは、
ギャラが振り込みではなく、手渡し。
相方と合わせて4000万円の分厚い札束を目前にしたという。

4000万円。どれほどの贅沢ができるのだろう。
しかし彼は意外にも、
こんなことを考えていたそうだ。

 僕は昔からいつでも「自分はこの先どうなるかわからない」
 と思いながら生きてました。
 猿岩石でアイドル並みの人気だったときにも、
 「こんな人気続くわけがない。自分たちの実力ではない。」
 って結構冷静に考えてました。
 だから「いつ人気が落ちて仕事がなくなるかわかんないから金貯めとこう。」
 って貯金していたんです。


「身の丈より一個下の生活をする」ことが大事だと彼は語る。
毒舌なイメージからは想像もつかないほど、慎重な生き方。
ただ、そのお金をもとに、
彼はその後何年にも及ぶ給料ゼロ生活をギリギリ乗り越えていく。

結局、未来の自分を救うのは、
過去の自分自身なのだ。


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原央海 18年2月11日放送

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有吉弘行 改名

有吉弘行。
「猿岩石」というコンビで名を知られた彼だが、
まったく仕事がなくなったどん底時代、
実は一度「猿岩石」を改名したことがあった。
その名も、「手裏剣トリオ」。
「2人なのに“トリオ”ってところにみんな喰いつくはず!」
そんな考えから変えてみたものの、結局やっぱり、鳴かず飛ばず…。

たまに地方局に呼ばれて「手裏剣トリオ」を名乗っても、
テレビ局の人からは、こんな風に言われる始末。

「“手裏剣トリオ”で出られても誰もわかんないんで、
 ウチの番組では“猿岩石”で出てください。」


なんとも中途半端な改名状態。
結局仕事も全然増えず、
自然にそ~っと「猿岩石」に戻したそうだ。


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原央海 18年2月11日放送

180211-05 AJ Kelman
有吉弘行 未来

有吉弘行。
彼の猿岩石人気が終わり、仕事がなくなってからは、
7、8年間は月収一桁、給料ゼロの時もあったという。
事務所の先輩からご飯を奢ってもらうことになっても、
「僕、食べなくてもいいですから、僕の分現金でください」
なんて言ってしまう始末。
とにかくお金がなかった頃、
ホームレスになることも、本気で覚悟したそうだ。

そんな低迷期を味わった彼は、
リストラや派遣切りがいつ自分の身にふりかかるか
分からない現代のサラリーマンに、こう言った。

 「自分は大丈夫だ」とか、「ウチの会社だけは安心だ」とか、
 絶対にそんなこと想っちゃいけないんです。
 10年後に会社があるかどうかなんてわからないんですから。
 10年後に家があるかどうかなんてわからないんですから。
 気が付いたらホームレスかもしれませんから。


安定が確保されているなんて、もう過去の話。
未来のことで既に決まっていることは、
「まだ何も決まっていない」ということだけかもしれない。


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原央海 18年2月11日放送

180211-06 Matthew Black
有吉弘行 転換期

有吉弘行。
彼がドン底から這い上がっていった時期、
心の中で、こう決めていたそうだ。
「女性にモテたいという気持ちは辞めて、
同世代の男、一点集中でいこう!男が面白いと思ってくれるなら何でもいいや。」

だからテレビ朝日「内村プロデュース」に出演する時も、基本は裸。
人気絶頂期には考えられない姿である。
しかし、そこから有吉の人気が復帰し始める。
街で声をかけられる時も、猿岩石時代は「感動しました!」だったのが、
男の人からの「面白いですよね!」へと変わっていく。

彼の言葉を借りるなら、こうだ。

 世の中、何がきっかけになるか分かりませんよね。
 「内村プロデュース」に出て裸になって、仕事が来るようになったっていう。
 僕自身はそれで仕事が増えるなんて考えてなかったんで。
 そう考えると、「結局世の中、“運”だよな」って思うんですよ。
 実力じゃねーな、運だけだなって。



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原央海 18年2月11日放送

180211-07
有吉弘行 キープ

有吉弘行。
どん底から抜け出した彼は、
給料も少しずつ増えていき、月収30万にも届いてきた。
給料ゼロの時代も過ごした彼は、
「30万あったら俺、無敵だ!」とも感じたそうだ。

しかし、ここで思わぬ壁にぶち当たる。
「毎月30万の給料をキープしよう」と思っていると、
給料がどんどん減っていってしまったという。
「キープ」と思った瞬間、そこから欲が出ない。
守りに入り、「この番組だけやってりゃいいや」とか、
「他に呼ばれなくてもいいや」と思ってしまう。
他の番組スタッフとも付き合わなくなり、人脈も増えなかったそうだ。

そんな苦い経験をした彼だからこそ、こんな言葉が出てきた。

 守りに入っちゃダメなんですよね。
 ちょっとぐらい欲出さないと、
 現状から落ちていくんですよ、確実に。


これは、すべてのビジネスマンにも当てはまる話かもしれない。


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