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永久眞規 19年5月11日放送

afagen
温泉の話・セーチェーニ温泉

日本から遠く離れた国ハンガリーは、
ヨーロッパ有数の温泉大国だ。

その歴史は2000年以上、
ローマ帝国時代からと非常に長い。

中でも、ヨーロッパ最大とされる
セーチェーニ温泉には、
日本にはない楽しみ方がある。

それは、風呂チェス。
じつは、ハンガリーはチェスの多面打ち世界記録保持者や
歴史上最強の女性チェス選手がいるなど、
チェス大国でもあるのだ。

水着を着てぬるめの温泉に浸かりながら、
1日中おじさんたちがチェスを嗜む。

しかもそのチェス盤は、
備え付きではなく全て彼らの持参。
好きな場所で好きなことをする、
なんという贅沢だろうか。


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永久眞規 19年4月27日放送


平成よ、ありがとう。 「平成13年」

たった30年ちょっとの平成で、
めまぐるしく変化したものがある。

それは東京の改札事情だ。

自動改札が東京に導入されたのは、平成2年。
大阪からなんと約20年遅れてのことだった。

しかし、その遅れを取り戻すかのように
JR東日本で開発されたものがある。

平成13年、「Suica」の誕生である。
自動改札の導入からその間たったの10年。

人力から、自動、さらにその先へと、
JR東日本はものすごい速さで駆け抜けていった。

それから約20年。
このカードが、私たちの支払い方や暮らし方まで
変えてしまうなんて、誰が想像しただろう。

平成よ、ありがとう。
いよいよ、令和へ。


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永久眞規 19年3月9日放送


切手のはなし  世界初の切手

世界で唯一、
切手に国名を書いていない国がある。
それは、世界で初めて
切手を採用した国、イギリスだ。

その昔、郵便料金は現在よりもかなり高額で、
さらには着払い方式だった。
そのため郵便物の受け取りを拒否する人も多かったそうだ。

19世紀前半のイギリス。
税制研究家のローランド・ヒルが郵便制度を改革した。
差出人が料金を払うプリペイド方式を提唱し、
郵便物の表には小さな支払い証明書が貼り付けられた。

それこそが、世界初の切手「ペニー・ブラック」。
1840年のことである。

180年近く経った今でも、
イギリスが国名のない切手を使用しているのは、
世界初という誇りを示しているのかもしれない。


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永久眞規 19年1月26日放送

FotoMediamatic
発酵食品 シュールストレミング

世界で一番臭いと言われる
食べ物を知っているだろうか?

それは、スウェーデンの伝統食品
シュールストレミング。
ニシンの塩漬けを発酵させたものだ。

その臭さを侮るなかれ。
ノルウェーのとある夫妻が屋根裏で見つけたのは、
25年前に購入したシュールストレミングの缶。

その間ずっと自然発酵し続けていた缶は、パンパンに。
破裂したら恐ろしいことになると
パニックになった夫婦は、なんと軍に通報。

後に、無事撤去されたが
ニュースにもなる大騒動となった。

たった1缶で、
街全体を巻き込むほどの匂いを持つ食べ物は
他にあるまい。

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永久眞規 18年10月27日放送

181027-04
文字の日「絵文字」

世界最古の文字、と言ったら
何を思い浮かべるだろうか。
エジプトのヒエログリフ?メソポタミアの楔形文字?
諸説あるが、中部イラクのウルク遺跡から
発掘されたシュメール文字が特に有力だ。

シュメール文字が使われていたのは、
紀元前3500年ごろで、紙もまだない時代だ。
ウルク遺跡から発掘されたシュメール文字も、
粘土板に刻まれていた。
そこには魚や人、記号などが並んでいて、
まるで絵のような、見ていて楽しいものだった。

そして、それから5000年以上たった現代。
世界中の人々がチャットやSNSで使っているのは、
笑った顔や怒り顔など、かわいい絵文字たち。

今や国や文化を超えても共通で使われ
非常に親しまれている「絵文字」の歴史は、
思ったよりずっと長いものかもしれない。


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永久眞規 18年10月27日放送

181027-05 ©️ Christophe MOUSTIER
文字の日「点字」

指先の感覚で読む、
視覚障害者のための文字「点字」。
その起源は、思いも寄らないところにある。

1819年フランス。当時砲兵大尉だった
シャルル・バルビエ・ド・ラ・セール。
彼は、明かりがない夜でも
兵士たちに正確に命令を伝達するため
「夜間文字」という暗号を開発した。

それは、厚紙に点を浮かびあがらせ、
12の点で音節や発音、単語を表すというもの。

そして、それが後にパリの盲学校で改良され、
「点字」として広く普及していくことになる。

後世に残るような発明は、
意外と当初の目的とは少し違うところで
重宝されているのかもしれない。


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永久眞規 18年8月25日放送

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空港のはなし アイス飛行場

世界一過酷な飛行場の1つと言われている
アイス飛行場(Ice Runway)をご存じだろうか?

場所は、南極・ロス島。
アメリカの科学調査拠点である
マクマード基地の近くにあり、
名前の通り、海に浮かんだ氷でできている。

氷の状態が一番良い時期でさえ、
着陸時には飛行機の重みで
氷がたわむというこの飛行場。
海氷が最も脆くなる12月になると、
翌年の春まで閉鎖されてしまう。

遠くから飛んできた飛行機が陸地に降り立つ。
無事に着いたことに喜び、
誰もがホッとする瞬間のはずが、
ここアイス飛行場では
誰もが凍りつく瞬間になるのである。


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永久眞規 18年5月12日放送

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河野芳之助とアメリカザリガニ

きょう5月12日は「ザリガニの日」。
今から約90年前の1927年、
アメリカザリガニが日本に輸入された日だ。

持ち込んだのは、河野芳之肋(かわのよしのすけ)。
当時北米で流行っていた食用ガエルの養殖に取り組んでいた彼は、
カエルの餌としてザリガニに目をつけたのだ。

日本への船旅はザリガニにとって過酷だったようで、
もともと100匹いたのが、
到着したときには20匹になっていたという。

そんな苦労の甲斐なく食用ガエルの養殖は失敗。
不要になったザリガニも川に放たれることとなる。
そして20匹だったアメリカザリガニは、
固有種のニホンザリガニを押し退けて
あっという間に全国へ広がっていった。

いまでは問題とされる「外来種」も、
外から勝手にやって来たわけではない。
私たち人間が連れてきたという事実を忘れてはならない。


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永久眞規 18年2月17日放送

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文豪の朝食 夏目漱石

明治の文豪、夏目漱石は、
当時としては珍しい洋風の朝食を好んでいた。

ロンドン留学から帰国した後、
彼の朝食はもっぱら、紅茶とトースト。
そして、何よりも楽しみにしていたのは、苺のジャム。

大の甘党で、
羊羹を常に持ち歩くほどだったと言われる漱石は
ジャムをトーストに塗るのではなく、
瓶からスプーンですくってそのまま食べていたらしい。

代表作『吾輩は猫である』には、
猫の飼い主が、ジャムを食べすぎて妻に咎められるシーンがある。

 元来ジャムは幾缶舐めたかい?

 今月は八つ入りましたよ。
 〜あんなにジャムばかり嘗めては、胃病の治る訳がないと思います。


この言葉は、漱石が実際妻に言われたものだろうか。
それとも、糖尿病のけがあった自分への戒めの言葉だったのだろうか。


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永久眞規 17年12月16日放送

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電話のはなし 伊沢修二

世紀の大発明「電話」。
電話を通して、最初に話された言語は英語だが、
二番目の言語は日本語であった。

その声の主は、伊沢修二。
日本に近代的な学校をつくるためにアメリカに
留学していた伊沢は、電話の発明者グラハム・ベルと交流があった。

ベルがすごい機械をつくり、公開実験が行われる。
そんな噂を聞きつけた伊沢は、友人の金子堅太郎と
電話機を初めて体験した日本人となった。
その時の会話について諸説あるが、
とある短編集に載っているやりとりが中々に面白い。

電話を使い、一通り英語で会話をした伊沢と金子。
伊沢は「不思議だ、不思議だ。実によく聞こえる」と
日本語で独り言を言った。それにたいして金子はこう言った。

「伊沢、この機械は素晴らしい。日本語まで聞こえるぞ!」


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