A. Davey
つくる男/映画/三谷幸喜
三谷幸喜監督の撮影現場でのこと。
大工役に
たくさんの老人俳優をキャスティングしたところ、
どうも思うような絵が撮れない。
撮影前は元気なのに、
カメラの前に立つとパワーダウンして
話し方までゆっくりになってしまう。
思い悩むうち、三谷は気づく。
彼らは老人を演じているのだ。
ご老人役にはご老人俳優という作り手の意図。
そこに、演じるという演じ手のプロ意識が加わることで、
いかにもすぎる不自然な老人ができあがってしまうのだから、
なるほど、映画づくりはむずかしい。
三谷監督は俳優たちにこう声をかけた。
普通な感じで演じて下さい。
心配はいりません。
皆さん、普通のままでも十分お爺さんですから。
acaben
つくる男/ファッション/三宅一生
アップルの前CEOスティーブ・ジョブスのトレードマークとなった
黒いタートルネックは、三宅一生のデザイン。
すでに生産中止になった商品にもかかわらず
全く同じ色合い、肌合い、袖を捲り上げたときの感触のものを、
100枚以上つくらせて積んでおくほどの気に入りようだったという。
考えてみれば、
きれいで終わる服じゃなく
着たいと思う服を作ろう。
という三宅一生のデザイン哲学は、
どう見えるかでなく
どう機能するか。
というスティーブ・ジョブスの哲学とみごとに重なる。
シンプルな哲学でつくりあげた
シンプルなプロダクツは
人の身体にも心にもよく馴染むようだ。
hakkaku
つくる男/笑い/萩本欽一
天然ボケ。
いまでは普通に使われているその言葉を
初めてつかったのは、欽ちゃんこと萩本欽一。
当時明石家さんまの運転手をしていたジミー大西に、
「天然にボケてる人だ」と言ったことが始まりだとか。
悪意がなく、みんなを笑わせてくれるボケ役は、
周囲を和ませ、誰からも愛される。
ボケ役について欽ちゃんはこんなことも言っている。
自分の欠点を突かれてニコニコしていられる人は
いいボケができるよ。
それができたら、お笑いの世界じゃなくても、最強かもしれません。
hello_hiroki
つくる男/歌詞/松本隆
書いた曲は2000曲以上。
51曲のオリコン1位は日本一。
アイドルからロック、クラッシックまで
40年以上ヒットメーカーとして走りつづける作詞家松本隆。
現在も依頼がひっきりなしの松本は、
作詞についてこんなことを言っている。
「愛してる」と連呼されても信用できないでしょう。
どうしたら「愛してる」とか「好き」って言葉を使わずに
その気持ちを伝えられるか。
それがわかれば歌になります。
ともすれば、
イメージの広がりよりもわかりやすさがもてはやされる
現在の音楽シーン。
その中にあってなお
聴き手の想像力を信頼できるかどうかが
消費されない作詞家の条件かもしれない。
steevil
つくる男/エンターテイメント/ウォルト・ディズニー
決して忘れてはならない。
すべての始まりが一匹のネズミだったことを。
黒くて丸い耳に、大きな白い靴。
世界中で愛されているミッキーマウスの生みの親
ウォルト・ディズニーの言葉。
貧しかったウォルトは、
ガレージに古いカメラを据えてやっとの思いでつくった
アニメ『うさぎのオスワルド』の権利を配給会社に奪われてしまう。
うなだれて帰る汽車の中ふと浮かんだのが、ネズミのキャラクターだった。
「蒸気船ウィリー」でのデビュー後は、25年で100本以上
ミッキーシリーズの映画が制作され
ドナルド、プルート、グーフィーなど
多くの人気キャラクターがミッキーとの共演から巣立っていった。
ディズニーの成功は映画だけにとどまらなかった。
カルフォルニアを皮切りに世界中にディズニーランドを開園。
現実に夢の世界をつくりあげた。
夢が現実を変え、それがまた、世界に夢を与えつづける。
そのきっかけは複雑な理論でも難解な思想でもなく
たった一匹のネズミだった。

David_Reverchon
つくる男/詩/ジャン・コクトー
フランスの芸術家、ジャン・コクトー。
小説や演劇、舞踏、評論、デッサンと、その活躍は多岐にわたるが
すべての活動の根底には「詩」があり、
彼自身、「詩人」と呼ばれることを好んだ。
あるインタビューで
「あなたは死んだら、地獄と天国のどちらにいくと思いますか?」
と聞かれたコクトーは、こんな風に答えた。
どちらでも。そのどちらにも会いたい友人がいるのでね。
詩人、ジャン・コクトー。
「人生」という作品の根底にもやはり「詩」があった。
Edwin Leung
つくる/建築/アントニオ・ガウディ
サグラダファミリアにグエル公園、カサミラと、
スペインのバルセロナを歩けば目に飛び込んでくる独創的な建物の数々。
それらを手掛けたのが建築家アントニオ・ガウディ。
「鳥の翼は飛ぶためにあります」といった教師に、
「鶏の翼は走るためにありますよね」と反論した。
というエピソードからわかるように、
少年時代から鋭い観察眼で周囲をあっと言わせていたガウディは
こんなことを言っている。
人間がつくりだすものは、
すでに自然という偉大な書物に書かれている。
つくることは、見つけること。
創造の種は世界中にあふれていると
ガウディは教えてくれる。
‘渋谷三紀’ タグのついている投稿
渋谷三紀 12年1月28日放送
渋谷三紀 11年12月17日放送
幸せを運ぶ男/サンタクロース
ニューヨークの新聞社に一通の手紙が届く。
差出人は8歳の少女バージニア。
サンタクロースっているんでしょうか。
手紙に書かれた子供らしいまっすぐな問いかけに、
ある記者が新聞を通じて返事を返した。
サンタクロースを見た人がいないことは、
サンタクロースがいないことの証拠にはなりません。
愛や、思いやり、そしてサンタクロース。
目に見えないものを信じることができたら、
人生は楽しく美しいものになる。
ひとりの子どもに向けて書かれたその手紙は、
サンタクロースを信じられなくなった
すべての大人たちへの手紙でもあったのです。
幸せを運ぶ男/佐々木則夫監督
ドイツワールド杯を制し日本中を沸かせた、
なでしこジャパン。
チームを率いた佐々木則夫監督は、
大変な愛妻家として知られている。
いまから20年ほど前、
病気で倒れた妻の看病に専念するため
サッカーを辞めようとした監督をひきとめたのは、
妻だった。
私のための人生じゃなくて、
あなたの人生なんだから、
大好きなサッカーを辞めないで。
夫としても、監督としても、
ぐいぐい引っ張っていくタイプではないだろう。
自分を捨ててでも、献身的に相手を支えるその姿が
女性たちの心を掴んできたことは、想像にかたくない。
ワールド杯の優勝はもちろん、
そばにいる女性たちとその人生を輝かせたことも、
佐々木監督の偉業なのだと思う。
幸せを運ぶ男 中原淳一
可憐な少女のイラストで知られる画家、中原淳一。
女性を見つめ描きつづけた中原先生は、
若い娘たちにこんなアドバイスをおくっている。
誰が見ていなくても
美しい寝まきを着て寝てください。
それは昼間のあなたを明るく美しくしますから。
ほんとうの美しさは、しぐさや表情といった
普段の何気ない所作にこそ現れる。
美しいひとになりたいなら、
生き方が美しい人にならなければね。
中原先生からのやさしくもきびしいお言葉です。
渋谷三紀 11年10月15日放送
のびたとジャイアン
のびたの天敵、ジャイアン。
彼の傍若無人ぶりをあらわす
有名なセリフがある。
俺のものは俺のもの、お前のものも俺のもの。
しかしこのセリフ。
生まれた背景を聞くと、聞こえ方が一変する。
入学式の直前、
のびたがなくしたランドセルを
ジャイアンは一緒になって探してくれた。
俺のものは俺のもの、お前のものも俺のもの。
だから俺も探しに行くんだ。
乱暴者、だけど、情に厚い。
そんなガキ大将がいまはなつかしい。
タモリさんと鶴瓶さん
タモリさんは怒らない、というのは、芸人仲間では有名な話。
たとえば鶴瓶さんはこんな話をしていた。
タモリさんの別荘で植木がすべて切られる、という事件が起こる。
鶴瓶さんに促され、
別荘の管理人に電話で確かめるタモリさん。
もしもし、玄関の木、切っちゃったの?・・・わかった。ガチャン。
どうやらこういうことらしい。
生い茂る枝葉を剪定するという意味で、
「木を切っといて」とタモリさんは言ったのだけれど、
言葉どおりに受け取った管理人さんと植木屋さんは
木を根本からバッサリ伐ってしまったのだ。
何事もなかったような顔のタモリさんに半ば呆れながらも、
鶴瓶さんは突っ込んだ。
それじゃ、植木屋じゃなくて木こりやがな。
パパカラスと子カラス
かこさとしさんが描いた絵本
「カラスのパンやさん」。
パン屋に生まれたカラスの子たちはいつも
焦げたパンや、半焼きのパン、
商品にできないパンを食べている。
友達に
「いつもかわったパンがおやつだね」
とからかわれたって
自信満々でこう言い返す。
そうさ、これは せかいじゅうで
おとうさんしか
やけない、
めずらしい おやつパンなんだぞ。
どんなに小さくたって、
子どもはパパの、最強の味方。
ミッフィーとキティ
昨年のこと。
ミッフィーの生みの親である
ディック・ブルーナの会社が
キティの生みの親である
サンリオを訴えるという事件が起こった。
キティの友達として描かれた
うさぎのキャラクター、キャシーが
ミッフィーに似すぎているというのが理由だった。
どちらもシンプルな線で描かれたうさぎのキャラクター。
確かに似ている気もするし、
どう描いても似てしまうような気もする。
そして事件は思いもよらぬ結末を迎える。
きっかけは3月11日、東日本大震災。
両社は訴訟を取り下げ、
訴訟に使われるはずだった費用をすべて被災地におくった。
救いたい人がいる。
けんかしてる場合じゃない。
ミッフィーもキティも、そう思ったんだろう。
渋谷三紀 11年9月18日放送
ある脚本家の美学/向田邦子
脚本家、向田邦子の家では、
遠足の弁当には海苔巻き、と決まっていた。
朝になり、母が海苔巻きを切り分け始めると、
邦子は途端に落ち着きをなくす。
海苔巻きの切れ端が、大好物だったのだ。
かまぼこも、伊達巻も、羊羹も、
邦子はとにかく、切れ端が好き。
切れ端好きの理由を、
彼女はこんな言葉で語っている。
なんだか貧乏たらしくて
しんみりして、うしろめたくていい。
不ぞろいで、不恰好で、いとおしい。
切れ端も、にんげんも、
邦子の目には、そう映っていたのかもしれない。
あるキャラクターの美学/キティちゃん
右耳に赤いリボンの白いネコ。
日本を代表する人気キャラクター、
キティちゃん。
電車で、会社で、学校で、
毎日どこかしらで、
私たちはキティちゃんに出会う。
さらに旅先の土産物屋には、
マリモキティになまはげキティにシーサーキティと、
想像をこえたさまざまな全国ご当地キティ。
世界的に有名な宝石ブランドからは、
100万円以上もする高級クリスタルキティ。
お菓子メーカーの広告では、人間になったキティ。
活躍はとどまることを知らない。
しかし、どんな風に姿を変えても
キティはキティとわかるのが、強いキャラクターの証。
ブレない自分があれば、
どんな変化にも「ハロー」と言えるのかなあ、
キティちゃん。
渋谷三紀 11年7月23日放送
闘うひと~レディー・ガガ~
奇抜なファッションで注目を集め、
アメリカ「タイム」誌で
世界一影響力のあるアーティストに選ばれた、
レディー・ガガ。
まだ25歳。
若くして世界の音楽シーンの頂点に立った彼女にも、
マドンナの真似にすぎないと評された時期があった。
そんな声に傷つくガガのもとに、一通のメールが届く。
“love you GAGA.”
メールの差出人は、マドンナ。
同じ階段を駆け上がってくる
若い才能を認め、あたたかい賞賛をおくった。
マドンナを誰より尊敬していると前置きした上で、
ガガも言う。
私は、第二のマドンナになりたくない。
私がなりたいのは、レディー・ガガよ。
ライバルとはつまり、同じ高みを目指す
もっとも親密な間柄をいうのかもしれない。
闘うひと~為末大~
努力は夢中に勝てないんですよ。
というのは、ハードル走者、為末大のことば。
ほら、子どもがよく駅の名前を全部覚えたりするけど、
大人がやると十何倍も労力と時間がかかるでしょう。
とつづける。
何かに打ち込むことが
苦しみになる人間と、楽しみになる人間。
はじめから勝負は見えている。
だから子どもには
がんばろう。でなく、楽しもう。
と声をかけよう。
闘うひと~秋元康とAKB48~
プロデューサーの秋元康がAKB48のメンバーに
よく言って聞かせる言葉がある。
夢というのは、
ぐーっと手を伸ばした1ミリ先に存在している。
つまり、夢はいくら追い続けたとしても、
届くことも、触れることもできない。
そのとき、
「1ミリ先に夢はある」と信じてつづけるか、
「何も近づいてない」とあきらめるか、
そこが分かれ道になるんだ、と。
すぐ目の前の出来事を
ポジティブに見るか、ネガティブに見るか、
人生はそこから変わりはじめるのかもしれない。
渋谷三紀 11年5月28日放送
ある夫婦のおはなし「和田誠さんと平野レミさん」
一目惚れというものがあるとすれば、
一耳惚れというものがあっても、おかしくはない。
イラストレーターの和田誠さんは、
ラジオから聞こえてきた声の持ち主に、恋をした。
いちども姿も見ないうちに。
何とか約束をとり付け、初めて彼女に会いに行く途中、
「和田さん、どこに行くの?」
と聞かれ、
「僕のお嫁さんになる人に会いに行く。」
と答えたそうだ。
そのお嫁さんこそが、ご存じ料理愛好家の平野レミさん。
ちなみに和田さんは結婚して40年近くたった今でも
奥さんの絵を描いたことがない。
その理由を平野レミさんは笑ってこう答える。
「好きな人の絵は描けないんだって」
ある夫婦のおはなし「伊丹十三さんと宮本信子さん」
「一本でいから、映画を撮ってもらいたいの。」
妻で女優の宮本信子の言葉をきっかけに、
伊丹十三はメガホンをとった。
その後の伊丹映画すべてに主演した宮本。
それまでどちらかといえば脇役の女優だった彼女は、
夫の映画でその才能を大きく開花させた。
「タンポポ」では、寂れたラーメン屋の強くけなげな女主人。
「マルサの女」では、そばかすにおかっぱの憎めない女性。
スクリーンの中の愛くるしい宮本に、日本中が恋をした。
しかし伊丹の演技指導の厳しさはよくしられたところ。
妻だからといって容赦はしない。
いや妻だからこそ余計に容赦はしない。
監督としての厳しさ、夫としての愛情、
それに懸命に応えた女性の歴史は、
日本映画史に残る名作として、愛され続けていくはずだ。
ある夫婦のおはなし「まどみちおさんと奥さん」
まどみちおさんの詩「トンチンカン夫婦」。
そこに描かれているのは、
91歳のまどさん自身と84歳の妻の日常。
左右の靴下を同じ足に履く。
米を入れずに炊飯器のスイッチを入れる。
いわゆる認知症の症状も
まどさんにかかれば、こうだ。
おかげでさくばくたる老夫婦の暮らしに
笑いはたえずこれぞ天の恵みと
図にのって二人ははしゃぎ
夫婦が老いていくことを、
嘆くでもなく美化するでもなく
愛をもって受け入れてしまおうと、
その詩は語りかける。
明日はまたどんな珍しいトンチンカンを
お恵みいただけるかと胸ふくらませている
厚かましくも天まで仰ぎ見て…
ある夫婦のおはなし「谷川俊太郎さんと佐野洋子さん」
詩人 谷川俊太郎さんと画家 佐野洋子さん夫婦。
「それでも彼を愛していたのよ」
そう前置きをして佐野さんが話すのは、
こんな結婚生活のエピソード。
ある日、谷川さんがこんなことを言って来た。
「僕がキミに書いた手紙、雑誌に載せていい?」
ふたりだけの思い出を世間に公開するなんて。
さすがに佐野さんも驚く。
でもそこは、アーティストどうし。
詩人の彼には、ラブレターもひとつの作品だからと
自分に言い聞かせ、うなづいた。
「いいわよ。じゃ、もって来る。」
谷川さんはさらに言う。
「大丈夫。もうコピーとってあるから。」
あなたが凡人なら、
天才をすべて理解しようと思わないほうがいいし、
あなたがおんななら、
おとこをすべて理解しようと思わないほうがいい。
ある夫婦のおはなし「お龍と松兵衛」
幕末のヒーロー坂本竜馬
そしてその妻お龍
ふたりが夫婦として暮らしたのはわずか3年だった。
龍馬の死後、お龍は35歳で西村松兵衛と再婚し
66歳で死ぬまで松兵衛の妻だった。
松兵衛は呉服の行商人で
龍馬に較べれば当然ながら平凡な男だっただろう。
お龍は晩年酒びたりになり、
竜馬の名をつぶやきながら亡くなったと言われる。
お龍の墓は横須賀の信楽寺(しんぎょうじ)にある。
墓石には「坂本龍馬の妻」と刻まれている。
再婚しても龍馬の妻でいたかったお龍と
その世話をした松兵衛。
これも一途な夫婦のありかたかもしれない。
ある夫婦のおはなし「岡本太郎さんと敏子さん」
いつまでも恋人のような夫婦でいたい。
たとえば、岡本太郎さんと敏子さんみたいに。
ある日、太郎さんが書いた「男女」という文字を見て、
敏子さんが尋ねた。
「やっぱり男が上なのね。」
その言葉に、太郎さんはにっこり笑って答えた。
「そうだよ、いつだって女が支えてるんだ。」
たいていの恋は長く続かないというけれど、
何度も恋してしまう相手となら、
きっとずっと恋していられる。
ある夫婦のおはなし「庵野秀明さんと安野モヨ子さん」
漫画界のWアンノこと、
「エヴァンゲリオン」の庵野秀明、
「働きマン」の安野モヨ子夫婦。
妻の描いたエッセイ漫画「監督不行届」には
人気漫画家どうしのユニークな日常がつづられている。
自他共に認めるオタクの夫は、
大人になった今でも戦隊ヒーローを愛してやまない。
結婚式ではウェディングドレスの妻の横に、
仮面ライダーのコスプレで立ち、
ウルトラマンの「シュワッチ」ポーズを
所かまわずくりかえす。
戸惑いながらも、そんな夫の習性を受け入れ、
自らもオタク的生活を楽しんでしまう妻の姿は、
笑いをこえて、感動をよぶ。
そんな妻に対して、夫はこんなコメントをよせている。
「嫁さんは気丈な女性だと思われてますが
ものすごく繊細で脆い女性なんです。
だから全力で守りたいですね。この先もずっとです。」
地球を救うヒーローにはなれないかもしれないけど、
愛する妻を救うヒーローにはなれそうですね、庵野さん。
渋谷三紀 10年12月18日放送

日本人宇宙飛行士2 向井千秋
宇宙に行って感動したことはなんですか?
多くの宇宙飛行士が「宇宙から見た地球の美しさ」と答えるこの質問に
日本人初の女性宇宙飛行士、向井千秋は「地球の重力」と答える。
宇宙から戻った夜は、驚きの連続だった。
無重力に慣れたからだは、一枚の名刺にさえ重みを感じた。
上下左右のない空間では見られない
ものが落ちていく姿や描く放物線の美しさに目を奪われた。
彼女はいう。
私たちは、物が落ちること、雨が降ることを
当たり前だと思ってしまいますが、
実は地球で起こるこの現象のほうが不思議なのです。
私たちが常識と呼んでいるものの多くは、
広い宇宙に浮かぶ小さな惑星でしか通用しない
ちっぽけな常識にすぎないのかもしれない。






















