茂木彩海 11年8月7日放送



「夏」のはなし 山下清

「裸の大将」山下清。

3歳になる年に重い病にかかり、
言語障害・知的障害の後遺症が残った。
まわりの子どもたちよりどうしても勉強が遅れてしまう清は、
知的障害児の施設へ預けられた。
ここでのちの画家人生を支える、ちぎり絵と出会う。

驚異的な記憶力の持ち主だった清は、
日本中を放浪しながら、情景を心に焼き付け
帰宅してからその瞬間を思い出して描いたという。

そんな清がとりわけ好んで描いたのが、夏の風物詩、花火。
夜空の黒いキャンバスに、
様々な色彩を浮かびあがらせては消え去る危うさは、
記憶を瞬間でとどめる清に
もっとも適した題材だったのだろう。

あるとき、彼は花火について、こんな言葉を残した。

大人は、もう花火をそんなに好かないものだが 
子供は大好きだと聞いて、僕は、まだ子供なのかもしれないと
少し恥かしくなりました。しかし、何といわれても花火はきれいなので、
僕はこれからも夏になったら見物に行こうと思っています。

清が最期まで描きつづけた鮮やかな花火は、
少年のように純粋でありつづけた
彼の命のきらめきだったのかもしれない。



「夏」のはなし 太宰治

暑い日が暮れる頃
庭に打ち水をして行水を使い
涼やかに風の通る着物を着て縁側に座ったら
どんなに気持がいいだろう。

そんな夏の魅力に、思いがけず救われた命がある。

 死のうと思っていた。今年の正月、
 よそから着物一反もらった。
 着物の布地は麻であった。
 鼠色の細かい縞目が織り込まれていた。
 これは夏に着る着物であろう。
 夏まで生きていようと思った。

太宰治。夏に生かされた男の最期は、
結局、新しい夏を待てなかったが。

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