2011 年 12 月 24 日 のアーカイブ

小宮由美子 11年12月24日放送


sofafort
クリスマス・イヴの出来事  FM放送のはじまり

1957年、
世界初の人工衛星スプートニック1号の打ち上げに湧いた年。

東京の鉄塔から、まあたらしい電波が発信された。

JOAK-FMX

アンテナはテレビと共用。
放送時間は2時間。
音楽と人の声に希望を託したFM放送の幕開けは、
12月24日午後7時。
クリスマス・イヴのことだった。


Bundesarchiv
クリスマス・イヴの出来事  きよしこの夜

1942年の12月24日。
第二次世界大戦の戦地・スターリングラードで
窮地に立たされていたドイツ軍の陣地に『きよしこの夜』が響いていた。
ラジオから流れるその美しい旋律は、
命を賭して戦う兵士たちにとって束の間の休息となり、
ドイツ軍を包囲していたソ連軍の兵士たちも、
この日、攻撃を仕掛けることはなかった。

同じく戦地・ドレスデンでは、クリスマス当日は休戦となり、
ドイツ軍とイギリス軍の兵士が、エルベ川を挟んだまま
ともに『きよしこの夜』を歌ったという逸話が残る。

2011年12月24日。
今夜、世界中に響き渡る『きよしこの夜』は
だれの心を癒しているだろう。


ceronne
クリスマス・イヴの出来事  ラ・ボエーム

舞台はパリのカルチエ・ラタン。
貧しい屋根裏部屋で暮らす詩人・ロドルフォとボヘミアンの仲間たちは、
未払いの家賃の催促にやってきた家主を体よく追い出し、気勢を上げる。
カフェへ繰り出そう。今夜はクリスマス・イヴなのだから
そこへ、カンテラに灯す火を借りにあらわれたお針子のミミ。
美しい彼女を見初めて、ロドルフォは語りかける。

私は詩人
何をしているかって? 書いているんです
どう生活しているのかって? 生きているんです
楽しい貧乏の中で 愛と詩と歌を
王のように惜しみなく費やします(後略)

プッチーニの歌劇『ラ・ボエーム』の恋人たちは、イヴに出会った。
だから、運命の相手を探す人よ、
心を眠らせてしまっては、つまらない。
今夜は、奇跡が起きてもおかしくはない特別な夜なのだから。


janwillemsen
クリスマス・イヴの出来事  森鴎外

飾りつけをしたツリーの蝋燭に火を灯し、
大きなテーブルにプレゼントを並べる。
子どもが詩を暗唱し、
その後、家族そろってプレゼントの交換をする。

1888年12月24日。
ベルリンに留学中だった森鴎外は、ライプチヒに暮らすフォーゲル一家の
クリスマスの晩餐に招かれ、その時の様子を
『獨逸(ドイツ)日記』の中に詳しく書き残した。

19世紀のヨーロッパの、市民の典型的なクリスマスを体験した鴎外。
今よりもずっと遠い場所だった異国の地で、温かい家族の夕べに混ざりながら
鴎外の胸をよぎったのはどんな想いだったのだろう。

晩餐の響あり。

鴎外の、その日の日記を締めくくる言葉だ。



クリスマス・イヴの出来事  父親たちの仕事

南ドイツやオーストリアでは、子どもたちにクリスマスプレゼントを
届けるのは<幼児キリスト>を意味するクリストキント。
クリストキントは、人に見られないように細心の注意を払っているため、
姿は見えない。そのかわり、おともの天使が手にベルを持っているので
クリストキントの一行が来ると、微かにベルの音がするという。

だから、クリスマス・イヴの父親たち仕事は
こんなふうに子どもに語りかけること。
おや、玄関にこんな髪の毛が落ちていたけれど、
 これは、天使の髪の毛じゃないのかな

すると、子どもたちはクリストキントが来たことを察して
ツリーの飾ってある部屋に駆け込み、プレゼントを見つける。

大人になった子どもたちは「昔は、父親が玄関から拾ってきた金髪を
本当に天使の髪の毛だと思っていた」と懐かしそうに語る。

金髪の知り合いがいない父親のために、最近では
「天使の髪の毛」というグラスファイバーの毛も売られている。


Reckon
クリスマス・イヴの出来事  三船敏郎

俳優・三船敏郎が、アメリカのホテルに滞在した時のこと。
ある朝、同行していたひとりの脚本家が三船の部屋に入ると
テーブルにはずらりと並んだウイスキーの空き瓶、散乱する煙草の吸い殻。
三船と映画製作者たちの酒宴が真夜中過ぎまで続いたらしい痕跡に
目をやりながら、隣の部屋を覗いた脚本家は、ギョッと足を止めた。

三船敏郎が流しに立ち、グラスを洗っていた。
脚本家に気づくと、睡眠不足の血走った目で照れ臭そうに見返して、
だが、手は一瞬も休むことなく、山のようなグラスを洗い続けた。

放っておけば、後始末はホテルの従業員がやってくれる。
だが、三船にはそれができない。
目に触れる汚いもの、不潔なものを彼は見過ごすことができない。

一本気で、豪放磊落(ごうほうらいらく)。数々の武勇伝を残す一方で
見せる、極端なまでの潔癖さと、生真面目さ。
胸のうちに常軌を逸した振り幅を持つのが三船であり、その繊細なバランスの上に、俳優・三船の放つ力強い輝きがあるのだと脚本家は悟った。

世界の映画史に輝き続ける俳優・三船敏郎は、
1997年12月24日にこの世を去った。



クリスマス・イヴの出来事   星新一のショートショート

クリスマス・イヴの夜遅く。
家の主は、物音で目を覚ました。そっと起き上がり
懐中電灯と猟銃を手に、暗闇に動く人影に言った。「おまえはだれだ」
サンタクロースです
赤服に赤頭巾、白ひげに長靴を履いた初老の男を、主は警察へ突き出した。

警官は言った。「名前と住所を答えろ」
サンタクロースです
真面目な顔で答えた男を、警官は病院へ送り込んだ。

精神科の医者はたずねた。「ところで、あなたはいつ頃から、
自分がサンタクロースだと思うようになったんですか」
もの心がついた時からですよ
そう答えた男に医者は言った。「これは重症のようだ」
手荒い治療をしようとした医者の目を盗み、サンタクロースは逃げ出した。
さあ、早いところ帰ろう。こんな世の中になっては、
どうしようもない。プレゼントなど、くばる気になんかなるものか

これは、小説『クリスマスイブの出来事』のあらすじ。
ショートショートの神様と呼ばれた作家・星新一によるれっきとした
フィクションなのだが、現実の世界に起こっても不思議ではないような話。
今夜、本物のサンタクロースがこんな目に合っていないといいのだが。

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