文・写真:中村直史 声・音楽:柴草玲
コピーライターの左ポケット:http://01pk.seesaa.net/
2011 年 のアーカイブ
そのあとのニース 20110620-5
マティス美術館を出たあとのわたしたちのことを
ダイジェストでお伝えします。
慣れないことをするのはたのしいです。
(ただし二人以上にかぎる、ですが)
この日はもう、帰ってすぐ寝ました。
明日9月4日の左ポケットは中村直史です

コピーライターの左ポケットとは
毎週日曜日の夜にFM栃木で放送されている番組
「柴草玲のイヌラジ」の1コーナーとして存在している。
毎回コピーライターが書いた原稿を柴草玲さんが読んでくれる。
チームVisionのメンバーもときに参加することがある。
誰が参加したか調べたいときは
コピーライターの裏ポケットが便利だ。
裏ポケットの左サイドに執筆者の名前があって
それをつらつら眺めるに女性陣の参加が目立つ。
う〜む、ポケット社は女性不足なのだろうかという詮索は
あとまわしにして
明日9月4日の執筆者は中村直史だということを書いておきたい。
そもそっちの事務局も私なので
さきほど動画をつくってアップしたのだが
なかなかこれが、なんだか直史らしいいい原稿だった(玉子)
茂木彩海 11年9月4日放送

歌のはなし 美空ひばり
昭和の時代とともに生きた、日本芸能史最大のスター、
美空ひばり。
彼女の歌の全ては、お客様のために歌われた。
コンサートでは緞帳が下りた後も、おじぎをしたまま
お客が出るまでじっと動かなかった。
そんな美空ひばりが色紙によく好んで書いていた言葉がある。
「今日の我に、明日は勝つ」
それは昭和を生き抜く日本への
メッセージだったのかもしれない。

歌のはなし やなせたかし
子供のころ、誰もが憧れたヒーロー
アンパンマンの生みの親。
やなせたかし。
彼が作詞した「アンパンマンのマーチ」の中の一節に
「愛と勇気だけが友達さ」という言葉がある。
友達はいらないってこと?と尋ねる子供も多いというが、
その中に隠されたメッセージを、彼はこう答えている。
これから闘うってときは、結局自分ひとりになるということです。
「きみも一緒に」などと言っていてはダメなんです、
最後はひとりの覚悟でなければね。
子供たちは今日も、
厳しくも愛のある教訓を、テレビの前で口ずさんでいる。

歌のはなし 忌野清志郎
KING OF ROCK、忌野清志郎。
ギターを手にした日から、自分への挑戦のように音楽にのめりこむ。
人と違う音楽をめざすことが義務となり、自らの制約に縛られていった。
そんな彼を変えた女性が、後に妻となる石井さん。
「付き合ってください」の代わりに、「結婚してください」
で始まった2人の交際は、2人の父の猛烈な反対に合う。
石井さんの父は、売れないミュージシャンとの結婚に真っ向から反対。
清志郎の家に押し掛けるなり今すぐ別れろと怒鳴り散らし、
協力してくれると思った清志郎の父までも、
「バカも休み休み言え。オマエなんかどうやって結婚して生活していくんだ」
と怒鳴り散らした。
もしも自分がスターだったら。
自己満足じゃダメだ。清志郎は売れたいと心底想った。
♪
石井さん 僕は君が好きさ
石井さん 君を忘れはしない
どんなに 忙しくても
石井さん 僕は君を見たい
石井さん 季節だけが通り過ぎていく中で
いつでも…
誰よりも正直に愛を歌った男の歌は、
今もきっと石井さんの心に響き続けているだろう。
薄景子 11年9月4日放送

歌のはなし 槇原敬之
どんなときも どんなときも
僕が僕らしくあるために
自分の人生を、絶対人のせいにはしたくない。
そんなつよい思いで、槇原敬之が、
音楽で生きていくことを宣誓した歌。
後に190万枚のヒットとなった
彼の魂の叫びは、
迷ったとき、勇気がほしいとき、
今日も誰かの
自分への応援歌となっている。
小野麻利江 11年9月4日放送

歌のはなし 井上ひさし・山元護久
1964年・初夏の九州。炭鉱が閉山になり、
稼ぐあてを失ったある家族は、一家心中を考えた。
最後の晩餐とばかりに、ごちそうをつくる母親。
そんな時テレビから、能天気な歌が流れてきた。
人形劇「ひょっこりひょうたん島」のキャラクター、
ドン・ガバチョが歌う、「未来を信ずる歌」。
今日がダメなら明日にしまちょ
明日がダメなら明後日にしまちょ
明後日がダメなら明々後日にしまちょ
どこまで行っても明日がある
次の瞬間。父親が突如、
ぽろぽろと泣きだした。
そして子どもたちに「ごめん!」と言って、
一家心中を、思いとどまった
そんな顛末が書かれた手紙を受け取って、
「ひょっこりひょうたん島」の2人の作者、
井上ひさしと山元護久(やまもともりひさ)は、大いに励まされた。
放送を開始したものの、ずっと評判が悪かった「ひょうたん島」。
でも、こういう人たちがいる限り、必死になって書くしかない。
未来を信じたくなったのは、
ガバチョよりも、九州の一家よりも、
井上と山元だったかもしれない。

歌のはなし 谷山浩子
シンガーソングライター・谷山浩子さんの初恋は、
相手の顔を知らずにはじまった。
文化祭で耳にした軽妙な受け答えに、
心ひかれたのだという。
でも驚くべきは、その後。
なんと、その初恋の人と23年ぶりにめぐりあい、
結婚してしまったのだ。
他の人には見えないものを、
感じ取れるのかもしれない。
彼女が書いた「まっくら森のうた」の歌詞も、
奇妙な出来事に、あふれている。
光の中で見えないものが、
闇の中にうかんで見える
まっくら森の闇の中では、
きのうはあした まっくらクライクライ

歌のはなし エディット・ピアフ
「きみはなぜ、悲しい歌を歌う?」
フランスの国民的シャンソン歌手、
エディット・ピアフは
恋人のマルセル・セルダンに尋ねられて、
こう答えた。
「陽気になるためよ」
ピアフの代表作「愛の讃歌」は、
この恋人に捧げた歌だった。
薄景子 11年9月4日放送

歌のはなし 谷川俊太郎
空をこえて ラララ 星のかなた
日本を代表するアニメ主題歌の作詞が
日本を代表する詩人によるものだということを
ご存じだろうか。
「鉄腕アトム」の歌、作詞、谷川俊太郎。
今年の夏、ブルーノートで行われた
彼の詩の朗読ライブ。
ピアノを演奏していた息子の賢作に
突然リクエストされ、
谷川俊太郎は観客の前で
鉄腕アトムの歌を朗々と歌った。
最初は拒絶していたけれど、
歌い出した瞬間、谷川は
アトムのように未来を向いた少年になった。
心やさしい ラララ 科学の子
ラララという歌詞にこめられた
未来へのメッセージ。
それは、大きな声で歌えば、
きっと誰もがわかるはず。
佐藤延夫 11年9月3日放送

魔性の女たち/モンテスパン夫人
朕は国家なり、と言ったのは
フランスの太陽王ルイ14世だが、
その輝きのまわりには、野心に飢えた女が集まった。
中でも、モンテスパン夫人は
美貌と鋭い知性に恵まれていた。
無邪気な笑顔を見せたかと思えば、
ときに驕慢で意地悪な振る舞いをする。
今でいう小悪魔的な存在だ。
そして国王の愛人という地位を守るために
黒ミサと呼ばれる悪魔信仰にのめり込む。
その事実を知ったルイ14世は、
恐れをなして彼女を遠ざけてしまうのだが。
行き過ぎる野心は、過ちを生む。

魔性の女たち/メアリ・スチュワート
メアリ・スチュワートは、
生後六日でスコットランド女王、
五歳でフランス王太子妃、
十六歳でフランス王妃になった。
だが夫は病気で亡くなり、
十七歳で未亡人となる。
そして再婚相手の男を愛人と一緒に殺害し、
それがもとで王位を追われ、
幽閉されたあともエリザベス女王殺害を企て、最後は処刑されてしまう。
断頭台に立つときに着ていた衣装は、豪華そのものだったという。
レース飾りのついた純白のベール、
貂(テン)の毛皮をあしらった黒ビロードの上着と黒のマント、
そして深紅のペチコート。
経歴も、散り際も、派手な女がいた。

魔性の女たち/柳原白蓮
人妻の恋愛が罪となる時代。
歌人、柳原白蓮は結婚という制度に翻弄された。
最初に嫁いだのは十六歳のとき。
なんの取り柄もなく我儘な男との生活は五年で終わる。
二十七歳のときに再婚した相手は、
九州の炭鉱王と言われた伊藤伝右衛門。
妻と妾が同居する複雑な女性関係に嫌気がさした。
三十五歳のときに運命の人、宮崎龍介と出会う。
そして、ある計画を実行する。
「私は今あなたの妻として最後の手紙を差し上げます。」
朝日新聞の朝刊には、
白蓮から伊藤伝右衛門への絶縁状が掲載された。
全国版の三行半とは、恐ろしい。

魔性の女たち/シンプソン夫人
イギリス国王エドワード八世が心を奪われたのは、
平民で二度の離婚歴があるシンプソン夫人だった。
彼女が持っていたのは、
つつましやかな物腰と美貌、
そして大いなる野心。
若いうちから空軍将校や外交官を相手に
数々の恋愛沙汰を引き起こし、
ついにはイギリス王室へまで食い込んでいく。
「どうか、わかってほしい。
私が愛する女性の助力も支えもなしに、
王位を全うすることはできないのです」
エドワード八世は、ラジオ放送でこの言葉を残し
わずか十ヶ月あまりの在位で
イギリス国民に別れを告げた。
王位を捨てさせた女と、
全てを捨ててしまった男。
その夢の果てとは。
晩年は、退屈で単調な毎日だったそうだ。

魔性の女たち/マリア・ルイザ
無類に人がよく、平和ボケした亭主のもとでは、
女は悪妻になりやすいのか。
スペイン王妃マリア・ルイザは
国王との間に十一人の子をもうけながら、
男漁りを繰り返した。
そして二十一歳の美青年、ゴドイと出会う。
凡庸な国王、カルロス四世。
その王妃、マリア・ルイス。
そして、若く野心に溢れたゴドイ。
マリアの世界には、この三人しかいなかった。
「私たちの関係は完璧そのもので、地上における三位一体なのです」
やがてフランス革命が、小さな楽園を崩していく。

魔性の女たち/阿部定
阿部定は、かの有名な猟奇事件のあとに
こんな言葉を残している。
「私のやったことは男に惚れぬいた女ならば、
世間によくあることです。ただ、しないだけです」
横浜の置屋に売られ、
娼婦となり全国を転々として
ようやく見つけたひとつの愛。
それを誰も笑うことなんてできない。

魔性の女たち/マタ・ハリ
オランダの片田舎で生まれた少女は、
黒々とした髪とエキゾチックな瞳を持っていた。
19歳で結婚しジャワ島に移り、
離婚してパリに戻ってくると
その女は妖艶なダンサーに生まれ変わる。
名前は暁の太陽を意味する、マタ・ハリ。
美しい娘の魅惑的な踊りは、すぐに話題になった。
1917年、第一次世界大戦のさ中、
イギリス海軍の諜報機関は、マタ・ハリがスパイであることをつきとめる。
コードネーム、諜報員H21。
本当にスパイ活動をしたのかどうか、その確証はない。
ただ、情事を重ねた相手が軍人ばかりだったのが
彼女を不利な立場に追いやった。
マタ・ハリが処刑されるとき、いくつかのエピソードが残っている。
あまりの美しさで、兵士が銃の引き金を引くことができなかった。
銃殺隊に投げキッスを贈った、など。
どれもこれも、美しすぎるスパイが生んだ
尾ひれのついた伝説にすぎない。
かっこいいなマティスって 20110620-4
美術館のなかは写真撮影禁止なので
観たものを、書ける範囲でお伝えしてみます。
なにがすごかったか①
作品との距離が近かった。
作品の前に
ここから先乗り出しちゃだめ
みたいな線もひいていなかったし、
気になるものは細部までじーっと寄って観ることができる。
監視員さんも
高い作品なんだから汚してくれるな、みたいな
ピリピリした感じがぜんぜん無かった。
全体的に「美術館」というよりは
マティスの「家」みたいな感じ。
(アトリエに置いてあった家具とかも展示されていた。
とにかく、ゆったりのんびり観られる。
その感じがとってもよかったです。
なにがすごかったか②
絵以外の作品がたくさんあった。
もちろんマティス=「画家」なのだけれど、
絵を描く以外のこともいっぱいやってたことがわかった。
たとえばこれ
マティスの描いた「海」なのですが、
これ以外にもシルクスクリーンで同じもの描くことにトライしてたり
布に刺しゅうすること(ハワイアンキルトみたいなこと)もやってみてたり
いろんな領域をかじっていたのが、すごいなあと。
後日、ピカソ美術館にも行く機会があったのだけれどピカソもそうで、
絵筆を持つ日もあれば、陶芸をする日もある、彫刻をする日もある。
(マティスは晩年、教会をまるまるひとつ
(手がけることまでしていたというからおどろきです。
あたらしいこと覚えるのって大変だし、
実際はじめてみるとおっくうになることもあると思うのですが、
この人たちはそうじゃなかったんだなあ。
エネルギッシュ。
思いついたことはぜんぶやる。
そんな風に見えて、
すごいなあ、かっこいいなあ
でもそういうことできてない自分は
なんかちょっとくやしいなあ
この人たちより若いのになあ
と、思ってしまいました。
ニースに行くことにした 20110620-3
特別な理由があったわけではありませんが
ニースに行くことにしました。
電車に乗れればそれでいいなあと思ったのと、
モナコにも行けるらしいけれど国境越えるのがこわかったのと、
とはいえほどよく離れているところがよかったので、ニース。
海外慣れのまったくしていない二人なので
切符を買うにもひと苦労。
でも、駅の人にはキホン英語が通じたので
なんとか改札をくぐれました。
「国鉄」と聞いていたので
なんというか、もっと、単線みたいなの想像してたんです。
でも二階建て。新幹線みたい。
カンヌは日本でいう「熱海」みたいなとこ、らしいので
これは「スーパービュー踊り子号」みたいなものなのかもなあと
言い聞かせていました。
ぶじ到着。
カンヌから30~40分ぐらいかかった・・気がする(体感時間による)
ここからどこを目指すかといえば
マティス美術館!
南仏には美術館がたくさんあるのです。
(シャガール美術館もニースにあるのだとか)
むかし教科書で読んだ気がする情報を、
まさか自分の目で体感できる日がくるとは思わなかった。








































