蛭田瑞穂 12年1月7日放送


引き際の美学①江夏豊

 おれはキラキラ光る外角線が見えなくなったら現役引退するよ。

プロ野球史上屈指の左腕、江夏豊は現役時代、記者にそう語った。

左投手でありながら、江夏が得意としていたのは右打者だった。
その秘密が江夏の言う「キラキラ光る外角線」である。

不思議なことに江夏には右打者が打席に立った時にだけ、
外角のストライクゾーン際に光輝く線が見えたという。

その線を頼りに江夏はボールを投げ、
長嶋茂雄など並み居る強打者を手玉に取った。

江夏豊が現役を退いたのはプロ入り18年目の1984年。
成績は1勝2敗8セーブ。

その時の江夏の目にはもう、キラキラと光る外角線は見えなかった。





Ako
引き際の美学②山本浩二

ミスター赤ヘル、山本浩二。
現役最後の年、彼は126試合に出場。
27本のホームランを打ち、チームをリーグ優勝に導いた。

燃え尽きて灰になるか、花のあるうちに潔く散るか。
男の引き際についてはふたつの見解があるが、
山本浩二は間違いなく後者だった。

その年の日本シリーズ、
第8戦までもつれこんだ戦いは西武ライオンズが制し、
広島カープは惜しくも日本一を逃した。

すると、試合後に広島ナインが山本浩二を取り巻き、胴上げを始めた。
その体は8度宙に舞い、山本浩二は男泣きに泣いた。

それは日本シリーズ史上初めておこなわれた、
負けたチームによる胴上げだった。


引き際の美学③平松政次

「巨人キラー」と呼ばれた男、平松政次。
平松のプロ野球人生は「打倒巨人」の言葉とともにあった。

通算201勝のうち、巨人から挙げた勝ち星は51。
歴代の投手の中でその比率はずば抜けている。

その平松が引退を決意したのはプロ18年目の1984年。
巨人戦に先発した彼は7回まで1失点に抑えながら敗戦投手になった。

それまでの平松であればグラブを叩きつけて悔しがるはずだった。
しかし、その時は不思議と無念さがこみ上げてこない。

巨人に負けて冷静でいられる自分を見て、
平松は自らの引き際を決意したという。


引き際の美学④大杉勝男

東映フライヤーズとヤクルトスワローズで活躍し、
多くのファンから愛された大杉勝男。

プロ入り4年目のある試合、
1本もヒットの出ていなかった大杉を見て監督はこうアドバイスした。
「レフトスタンドに月が見えるでしょう。あの月に向かって打ちなさい」。
その言葉で打撃に開眼した大杉はその後2度のホームラン王を獲得した。

大杉が現役を退いたのは1983年、
両リーグ200本塁打という前人未到の記録まで
わずか1本というところでの引退だった。

引退試合で大杉はファンに言った。

 最後にわがままなお願いですが、
 あと1本と迫っておりました両リーグ200号本塁打、
 この1本をファンの皆さまの夢の中で打たせていただければ、
 これに優る喜びはございません。


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引き際の美学⑤村田兆治

「人生先発完投」を座右の銘に掲げた村田兆治。

プロ入り14年目に初の最多勝を獲得した村田は、
その翌年、肘の故障に見舞われた。

再起不能もささやかれる中、
当時タブーとされていた肘の腱の移植手術をおこない、
村田兆治は再びマウンドに戻ってきた。
その3年後には17勝を挙げ、カムバック賞を受賞した。

村田兆治が引退したのはプロ22年目の1990年。
史上ふたり目となる、40代での10勝という記録を
彼は自らの花道とした。

先発完投を貫いた男の見事な引き際だった。

うっち~
引き際の美学⑥王貞治

「世界のホームラン王」王貞治が引退したのは
プロ入り22年目の1980年。

その年に王は129試合に出場し、30本のホームランを打っている。
とても引退する選手の成績とは思えない。

しかし、868本のホームランを打った王にしてみると、
それはもう自分の姿ではなかった。

 王貞治としてのバッティングができなくなった。

王は最後にそう言って、静かにバットを置いた。


引き際の美学⑦長嶋茂雄

現役時代の長嶋茂雄は打席に立つと、
あえて相手投手の決め球を狙いにいった。

決め球を打つことで相手投手の自信を打ち砕く。
長嶋はそう説明した。
しかし本音はそれだけではなかった。

 決め球を打つと体がゾクゾクと震えるんです。
 それが快感なんですね。


その長嶋にもやがて引退を決意する時がくる。
1974年5月22日のことだった。

相手投手は江夏豊。互いに相手の腹は読んでいる。
長嶋は江夏のカーブを待ち、江夏は長嶋の待つカーブを投げた。
バットは空を切り、長嶋は三振に倒れた。

自らの限界を悟った長嶋はそれから5カ月後、
「巨人軍は永久に不滅です」という言葉を残し、
ユニフォームを脱いだ。

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