佐藤理人 12年1月21日放送

rknickme
ジェームズ・ブラウンの『少年時代』

子ども時代の貧しさをバネに、成功をつかむスターは多い。
中でもこの男ほど「たたき上げ」と呼ぶのに
ふさわしい人物はいない。

掘立小屋で生まれ、母親はすぐに家出。
父親はいつも仕事でおらず、暮らしは食べるので精一杯。
唯一の友だちは父親が買ってくれたハーモニカだけ。
孤独のあまり、父親が聴いていたブルースを吹いたのが、

 ゴッドファーザー・オブ・ソウル

後に「ソウルの帝王」と呼ばれる
ジェームズ・ブラウンが音楽に目覚めた瞬間だった。

しかし幼いジェームズにとって、
ブルースは決して好きな音楽ではなかった。
一人ぼっちで夜を過ごす子どもにブルースは、
その名の通りあまりに悲しすぎる音楽だったのだ。






ジェームズ・ブラウンの『キング牧師』

ソウルの帝王、ジェームズ・ブラウン。
60年代、彼は公民権運動を支持し、
マーティン・ルーサー・キング牧師と親交を深めた。

1968年4月4日、キング牧師が暗殺され、
全米各地で暴動が起きると、
ジェームズはすぐに自分のラジオ局から、

 平静を保つことでキング牧師の名誉を称えよう

とメッセージを流し続けた。

翌日ボストンで予定されているコンサートもあえて敢行。
その模様をテレビで生中継して、人々を外出させないようにした。

キング牧師を称え、

暴力に訴えることは彼の魂を救うことにならない

と人々に自制を求めたこのコンサートは何度も再放送され、
結果ボストンでは一度も暴動が起きなかったという。



Heinrich Klaffs
ジェームズ・ブラウンの『仕事術』

 The hardest working man in showbusiness.

ショービジネス界一の働き者といえば、
ソウルの帝王、ジェームズ・ブラウンだ。

遅刻を認めず、演奏でミスをしたら罰金をとるなど、
最高のステージをつくるためにメンバーに妥協は一切許さなかった。
その容赦なさにメンバーとは常に諍いが絶えなかったという。

1970年のそんなある日、事件は起きた。
ギャラのアップを求めてメンバー全員がストライキを始めたのだ。

ライブ当日にも関わらず要求を撤回せず、
演奏準備を始めようとしないメンバーたち。
怒ったジェームズはその場で全員をクビにしてしまった。

しかしコンサートを中止するわけにはいかない。
無名の若手バンドを急きょ自家用ジェットで呼び寄せ、
どうにかコンサートは開催された。

そんな彼らとジェームズが初めて作った曲が、
ファンクの歴史的名曲「Sex Machine」になることは、
このとき誰も想像しなかったに違いない。

転んでもただでは起きないのが、帝王の帝王たるゆえんなのである。



Erik K Veland
ジェームズ・ブラウンの『東京』

2006年3月4日、東京国際フォーラム。
そのステージにジェームズ・ブラウンは立っていた。

ソウルの帝王と呼ばれた男もすでに73歳。
一年前には前立腺癌の手術をしたばかり。
正真正銘、病み上がりの老人だった。

癌を公表したときジェームズは、

 人生で多くのことを克服してきた。
癌も同様に乗りこえてみせる。

と語った。
そしてその言葉が嘘ではないことを彼は証明してみせた。

ミラーボール1個だけのシンプルなステージに、
ピンクの衣装を着て現れたジェームズ。
それから2時間。
彼は一度も止まることなく歌い、踊り、動きつづけた。
緻密で流れるようなそのステージを掌握しているのは、
まぎれもなく生きる伝説本人だった。



Heinrich Klaffs
ジェームズ・ブラウンの『命日』

 力がなければ自由は手に入らない。
 そして、自由がなければ創れない。

そう語ったソウルの帝王、ジェームズ・ブラウン。
貧困や差別と闘い、ライバルや時代の流れとも闘いながら、
自らの才能と努力で自由を掴んだ男。

マイケル・ジャクソンやプリンスに師と崇められる一方で、
度重なる暴力事件、麻薬所持、警官とのカーチェイスなどで
有罪判決を受けたことは数知れず。

そんな彼も、病魔には勝てなかった。

2006年12月25日、
才能と狂気が服を着て歩いている男、
ジェームズ・ブラウンは心不全で
その73年の破天荒な人生に幕を閉じた。

決して信心深かったとは思えない彼だが、
その命日は偶然にもキリストが生まれた日であった。



jbspec7
クリス・バングルの『Z8』

映画「007」シリーズでジェームズ・ボンドが乗る車、
通称「ボンドカー」はどれも超高級車でありながら、
いつも無残に大破する。

中でもシリーズ第19作
「ワールドイズノットイナフ」で使われたBMWのZ8は悲惨だった。
大型チェーンソーで真っ二つにされてしまうのだ。

そのZ8をデザインしたのが、
BMWのデザイン責任者を18年間務めたクリス・バングルだ。

その奇抜なデザインは大きな物議を醸し、
バングルはBMWを潰すために
メルセデスが差し向けた刺客ではないか、
と言いだす者さえ現れた。

しかし彼のデザインは爆発的な成功を収め、 
彼自身も世界3大カーデザイナーの一人
という最高の評価を手に入れる。

多くの批判にさらされながらも、
決して意見を曲げることのなかったバングル。
彼は自らのデザイン哲学をこう述べる。

いくらよく走るBMWでもその生涯の80%は停止している。
だから車は、そのものとして美しくなければならない。

そんな彼にとって「完璧」と思えた車が、
あの真っ二つにされたZ8であったのは何とも皮肉な話だ。



Jaidn
ブライアン・メイの『レッドスペシャル』


世界的ロックバンド、クイーン。

そのサウンドの特徴である
クラシックのようなギターオーケストレーションは、
実はたった1本の手作りギターでできていた。

 レッドスペシャル

という名のそのギターは、
ギタリストのブライアン・メイが
100年以上前の暖炉の木で作ったもの。

彼はそのギターを100回以上重ねて録音し、
あの荘厳な音を生み出した。

アルバムには

 No synths

シンセサイザーは使っていない
と誇らしげに書かれている。

タグ:

«    »

topへ

コメントをどうぞ

CAPTCHA



login