2012 年 7 月 7 日 のアーカイブ

蛭田瑞穂 12年7月7日放送


星を見ていた①「ガリレオ・ガリレイ」

1609年、発明されたばかりの望遠鏡を自作した
ガリレオ・ガリレイはそれを星空に向けた。
そこには人類が初めて見る宇宙の姿が映っていた。

月の表面はそれまで考えられていたような
滑らかなものではなく、山も谷もあった。
木星には4つの衛星がまわっていた。
天の川は無数の恒星の集まりであることもわかった。

翌年ガリレオは望遠鏡による観測結果を
『星界の報告』という書物にまとめた。

ガリレオが望遠鏡で宇宙を覗いてから400年余り。
天の川の輝きはいささかも褪せることはない。






星を見ていた②「ティコ・ブラーエ」

天動説の時代、月よりも遠い空間は
永久に変化のない世界と考えられていた。

しかし、16世紀の天文学者ティコ・ブラーエは
超新星と呼ばれる、恒星が一生を終える時に起こす大爆発や、
彗星の軌道の観測をおこない、
それらが月よりも遠くで起きる現象であることを発見した。
この発見が後に、天動説を覆す大きな証拠となる。

驚くことに、こうした発見をブラーエは肉眼による観測だけでおこなった。
その時代、望遠鏡はまだ発明されていなかったのである。

その功績からブラーエは現在、
「肉眼による天体観測の天才」と讃えられている。




星を見ていた③「サウル・パームルッター&ブライアン・シュミット&アダム・リース」

2011年のノーベル物理学賞を受賞したのは、
サウル・パールマター、ブライアン・シュミット、
アダム・リースの3人の物理学者。

受賞理由は「遠方の超新星爆発の観測による
宇宙の加速膨張の発見に対して」。

1929年に発表された「ハッブルの法則」によって、
宇宙が膨張を続けていることがわかった。
その膨張のスピードが加速していることが、
3人の観測によって明らかになったのである。

今、この瞬間にも宇宙は広がっている。
途方もなく速いスピードで。




星を見ていた④「カール・ジャンスキー&グロート・リーバー」

1931年、ベル研究所の技術者カール・ジャンスキーが
雷に含まれる雑音の分析をしていると、
毎日ほぼ同じ方向から来る未知の電磁波を受信した。

一年に及ぶ研究の結果、それは天の川から
発せされる電磁波であることを突き止めた。

その数年後、ジャンスキーの研究を知った
アマチュア天文学者のグロート・リーバーが
自宅の庭に巨大なパラボラ・アンテナを設置した。

世界初の電波望遠鏡となるそのアンテナをつかって
リーバーは宇宙から届くさまざまな電磁波を受信し、
電波による天の川の地図をつくりあげた。

ジャンスキーとリーバーのふたりによって、
電波天文学という新たな分野が幕を開け、
可視光では観測できない天体が観測できるようになった。



por phototop
星を見ていた⑤「アーノ・ペンジアス&ロバート・W・ウィルソン」

1964年、ベル研究所に勤めるふたりの科学者、
アーノ・ペンジアスとロバート・ウッドロウ・ウィルソンが、
衛星通信用アンテナの試験中、
宇宙から飛来する未知の電磁波を観測した。

あまりにも正体が不明だったため、
ふたりはアンテナに棲むハトが起こしたノイズとさえ考えた。

のちにそれは超高温状態の宇宙から放射された電磁波の
名残であることが判明する。

ふたりが偶然受信した電磁波は、
ビッグバン理論を裏づける世紀の大発見となった。




星を見ていた⑥「ウィリアム・ハーシェル」

18世紀の天文学者ウィリアム・ハーシェルは、
その生涯で400を超える数の望遠鏡を製作した。

ハーシェルをそこまで駆り立てたもの。
それは宇宙の構造を解明したいという欲求だった。
やがて彼は望遠鏡で見えるすべての星の位置を記録し、
天の川の地図をつくりあげた。

「ハーシェルの銀河モデル」と呼ばれるその天体図は
人類が宇宙を知る大きな道しるべとなった。




星を見ていた⑦「アイザック・アシモフ」

地球に生きるわたしたちはおよそ24時間ごとに夜が訪れることを
あたりまえのこととして知っている。

しかし、もしそれがあたりまえでなかったら?
そんな想像をしたのがSF作家のアイザック・アシモフ。

アシモフが1941年に発表した小説『夜来たる』。
舞台は6つの太陽に囲まれた、夜のない惑星ラガッシュ。
この惑星にある時、2000年に一度の日食が起こる。

突如あらわれる暗闇。初めて目にする夜空と無数の星。
惑星の住民たちは恐怖におののき、光を求めて街に火を放つ。
こうして惑星ラガッシュの文明は一夜にして崩壊する。

当時21歳の無名の作家は、この作品によって一躍人気作家になった。

地球には今夜も夜が来る。そのあたりまえの、なんと幸福なことか。

topへ


login