2012 年 のアーカイブ

古居利康 12年9月23日放送



次男がつくった日本 ⑥五代友厚

五代友厚は、次男だった。

父は、薩摩藩士、五代直左衛門。
14歳のとき、父が一枚の世界地図を広げて見せた。
薩摩はおろか日本国は影もかたちもなかった。
けれど、同じ小さな島国である英国は載っている。

なぜ? 少年の心に芽生えた疑問は、
イギリスという国への興味に育っていった。

26歳のとき、薩摩藩の英国留学生に選ばれて、
念願の英国行きを果たす。
かの地でかれは理解した。大きな国土をもたない
英国が、なにゆえ世界に冠たる帝国を築いているか。

経済だ。経済がこの国を大きくしている。

帰国後、五代の才能を認めた薩摩藩は、
藩の経済をこの若者にまかせた。
維新後は、大阪に株式取引所や商法会議所を設立。
日本経済の重鎮となった。

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古居利康 12年9月23日放送



次男がつくった日本 ⑦前島密

坂本龍馬は、この国をまるごと洗濯しようとした。
吉田松陰は、革命の教師になった。
福沢諭吉は、新しい社会システムの構築をめざし、
五代友厚は、経済の近代化を先導した。

それぞれが、それぞれの道で、
この国の新しい時代をつくろうとした。

前島密の場合は、郵便だった。
切手を貼れば全国に手紙が届く、
英国のような国にしたいとかれは考えた。

その前島密もまた、次男だった。

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古居利康 12年9月23日放送



次男がつくった日本 ⑧三遊亭円朝

三遊亭円朝は、次男だった。

父は初代橘家圓太郎。加賀藩の武士の家に
生まれたが、生来放蕩の癖(へき)があり、
天保年間に刀を捨て噺家に転じた物好き。

ちょうどその頃生まれたのが、
のちに三遊亭円朝となる次男、次郎吉。
長男は父の放埒ぶりを嫌って出家してしまった。
その代わり、かどうかは定かでないが、
次郎吉は二代目円生の弟子にされ、
7歳のときから高座に上げられた。
10歳で二つ目に昇進。16歳で円朝を襲名、
またたくまに真打ちになってしまった。

それが、1855年、ペリー来航の翌年のこと。
円朝は坂本龍馬や土方歳三の4つ年下だった。

黒船だ、尊王攘夷だ、と、物騒な世の中をよそに、
円朝は名人の道を極めていく。

噺も巧いが、新作をこさえても右に出る者がいない。
『芝浜』『文七元結』『鰍沢』『怪談牡丹灯籠』。
いまも古典の名作とされる噺ばかり。

円朝の高座を速記した文章は、
二葉亭四迷に影響を与え、言文一致の小説の誕生に
たいそうな影響を与えたそうな。

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佐藤理人 12年9月22日放送


なお
ニューヨーク・デパートストーリーズ①
「バーニーズ・ニューヨーク」

今も昔も、男がオシャレする理由は一つしかない。

1960年代のこと。
『バーニーズ・ニューヨーク』の創業者
バーニー・プレスマンは、
スーツの売上げを伸ばすある秘策を考えた。

当時のスーパーモデル的存在だった
スチュワーデスを集めて、
店でカプチーノを売らせたのだ。

バーニーの思惑は大当たり。
美しい女性を見ながらお茶を飲もうと、
男たちは続々とバーニーズにやってきた。

帰り際、彼らは必ずスーツを買っていったという。

創業時、仕入れ代が払えずに
妻の結婚指輪を質に入れた男は、
こうして世界で最も有名なデパートを作った。

 選べ。固執するな。

バーニーズの社訓の通り、
どんなに行き詰ったときでも選択肢はきっとある。

ただ、私たちの常識がそれを見えなくしているのだ。

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佐藤理人 12年9月22日放送


Mike Strand
ニューヨーク・デパートストーリーズ②
「メイシーズ」

あきらめたらおしまいか。
それともあきらめが肝心か。

R.H.メイシーがニューヨークのマンハッタンに
小さな雑貨店を開いたのは1858年、36歳のとき。
既に5つの職を転々とし、6つの店を潰していた。

自分に商売の才能があるなんて、
これっぽっちも思わなかったに違いない。

しかし彼の7つめの店「メイシーズ」は、
今では

 世界最大のデパート

としてギネスブックに載っている。

あきらめが悪いというのは、
立派な才能だと思う。

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佐藤理人 12年9月22日放送


juliana lop’s
ニューヨーク・デパートストーリーズ③
「サックス・フィフス・アヴェニュー」

女性にとって靴はアクセサリーではない。
生き方を表現する芸術品だ。

そう思うなら一度は訪れるべき場所がある。

ニューヨークの高級デパート
『サックス・フィフス・アヴェニュー』の8階。

マンハッタン一の広さを誇るシューズフロアは、
広すぎて独立した郵便番号を持つほどだ。

10万足の高級靴が宝石のように並べられた様は、
まるで靴の美術館のよう。

それは何より創業者ホーレイス・サックスの

 美術館のような店で買い物をしたい

という願いそのものだった。

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佐藤理人 12年9月22日放送


loop_oh
ニューヨーク・デパートストーリーズ④
「ノードストローム」

全米最大の高級デパート『ノードストローム』は、
決して「ノー」と言わないことで有名だ。

その噂を確かめようとある雑誌記者が、
開店以来一度も取扱いのないタイヤを返品しにやってきた。

断られて当然の話。しかし店員は返品に応じてくれた。
記者が理由を尋ねると、店員は答えた。

お客さまの勘違いにせよ、返品に来られたら、
受け入れるのがお客さまにとって最良の対応ですので。

 常に最良の判断をせよ。

ノードストロームの規則はこの一つだけ。
社長のブレーク・ノードストロームは言う。

 親切な人を雇って販売方法を教えることはできるが、
 販売のプロを雇って親切になることはできない。

お客さまは神様じゃない。ただの人間だ。
だからこそ、親切にされると弱いのである。

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佐藤理人 12年9月22日放送


Kevin H.’s
ニューヨーク・デパートストーリーズ⑤
「ヘンリ・ベンデル」

デザイナーの卵は、
どこでヒヨコに孵るのだろう。

 世界一オシャレな人が集う場所

の異名をもつニューヨークのデパート
『ヘンリ・ベンデル』。

そこでは年2回、無名デザイナーのための
売り込みイベントが開催される。
バイヤーが気にいれば、
その場で発注が決まることもしばしばだ。

そもそも創業者ヘンリ・ベンデルは、
シャネルを初めてアメリカに紹介した人物。

オープンから100年以上経った今も、
彼の「センス」という技術は、
確かに受け継がれている。

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佐藤理人 12年9月22日放送


vpickering
ニューヨーク・デパートストーリーズ⑥
「バーグドルフ・グッドマン」

ニューヨークの超高級デパート
『バーグドルフ・グッドマン』が有名なのは、
顧客リストの豪華さだけじゃない。

クリスマスシーズンのウィンドウディスプレイ。
ゴージャスで芸術的なだけでなく、
物語まで感じさせるその表現力に、
道行く人はみな足を止めずにいられない。

14年間デザインを担当するデビッド・ホイは言う。

 ショービジネスの華やかさと
 舞台芸術の美しさ、
 そして紙芝居の要素を込めるのさ。

彼の傑作が、
今年もニューヨークの冬を盛り上げる。

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佐藤理人 12年9月22日放送



ニューヨーク・デパートストーリーズ⑦
「ロード・アンド・テイラー」

アメリカで最も古いデパートは、
初めて女性が社長になったデパートでもある。

ドロシー・シェイヴァーがニューヨークの老舗
『ロード・アンド・テイラー』の社長になったのは、
第二次大戦直後の1945年。

彼女はカジュアルでありながらエレガントな

 アメリカンルック

という流行を生み出した。

それは正にドロシーのような女性が、
社会に進出していくのにピッタリの服であった。

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