2018 年 6 月 9 日 のアーカイブ

厚焼玉子 18年6月9日放送

180609-01
山田耕筰 声楽科

「赤とんぼ」「ペチカ」などの童謡で知られる山田耕筰は
東京音楽大学の声楽科を卒業している。

本当は作曲の道へ進みたかったのに
その当時、学校には作曲を担当できる教官がおらず
しかたなしに声楽科を選んだらしい。
「声楽なんか好きじゃなかった」という本人の言葉も
伝えられている。

その山田耕筰が、日本の歌曲の先駆者となり、
600を超える声楽の曲を作曲したのだから不思議だ。

ちなみに1908年の卒業演奏で
山田耕筰はバリトンでシューベルトの「菩提樹」を
歌った。


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厚焼玉子 18年6月9日放送

180609-02 関西学院大学
山田耕筰 校歌

駒澤大学、関西学院大学、武蔵野美術大学
これらの大学に共通するものがある。
それは、作詞北原白秋、作曲山田耕筰の校歌だ。

山田耕筰は小学校から大学まで、
全国の学校の校歌を数多く作曲した。
そのうちのおよそ100曲が北原白秋と組んだものだった。

関西学院大学では山田耕筰の直筆の楽譜を
いまも大切に保管している。


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厚焼玉子 18年6月9日放送

180609-03 Akira
山田耕筰 からたちの花

北原白秋作詞、山田耕筰作曲「からたちの花」
山田耕筰は、これをもっともむづかしい曲の一つに数え、
その歌いかたを細かく指示しているほどだ。

 「からたち」の「か」をやや抑えて漸弱(ぜんじゃく)し
  「らたち」はむしろ軽く流すようにする。
  叙事は淡々と、叙情は切実に。


からたちの花が咲いたよ
白い白い花が咲いたよ

山田耕筰の指示を読むと
この二行を歌うむづかしさがわかる。


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厚焼玉子 18年6月9日放送

180609-04 DX Broadrec
山田耕筰 甲子園

夏の甲子園。
選手の入場のときに使われる行進曲は
山田耕筰が作曲している。

この曲ができた1935年、
山田耕筰は甲子園で150人の学生ブラスバンドを率いて
自ら指揮棒を振った。

当時の新聞記事によると
山田耕筰はこのとき、
握力が余って指揮棒を曲げてしまったそうだ。

49歳の力強い指揮だったのだろう。


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厚焼玉子 18年6月9日放送

180609-05
山田耕筰 パブリックドメイン

山田耕筰といえば、「赤とんぼ」「ペチカ」などの童謡や
「からたちの花」に代表される歌曲がよく知られているが、
実は管弦楽曲も多く作曲している。

しかし残念ながら出版されていないものが多く、
自筆の楽譜は戦災で焼け、
筆写譜しか残されていないという状况では
出版も演奏もむづかしかった。

2015年、
山田耕筰の全作品は著作権の保護期間が満了した。
パブリックドメインの山田耕筰。
いまは日本人すべての知的財産として誰でも自由に
山田耕筰の作品を公開できる。

山田耕筰は1886年の今日、生まれた。


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