薄組・薄景子

熊埜御堂由香 13年8月18日放送



山のはなし 金時娘のいる山

箱根にそびえる標高1213メートルの金時山。
その頂上にある金時茶屋には看板娘がいる。
今年80歳になる小宮山妙子さんだ。

妙子さんの父は、北アルプスの白馬岳に、
180キロの巨石をかつぎあげたことで知られる力持ち。
親子ふたり金時山で茶屋を営みながら暮らしてきた。
しかし18歳で父をなくし、
妙子さんはひとりで山に残る決意をする。
気がつけば、その明るい人柄で金時娘として、
登山客に親しまれるようになっていた。

ある日、妙子さんの名声を妬んで、
脱獄犯がナイフを片手に
押し入ってきたことがあった。
自衛のため習得した柔道で、相手を気絶させたが
心は恐怖で震えていた。

けれど、彼女は山小屋の切り盛りを続けた。
わけを尋ねると、
彼女はくしゃくしゃの笑顔で答えた。

 だって、みんなが
 喜んでくれるもん。

登山家のアイドル、金時娘は、
今日も山頂であたたかなうどんを仕込みながら
人々を待っている。

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茂木彩海 13年8月18日放送



山のはなし 梅原龍三郎

日本美術界の重鎮。梅原龍三郎。

彼が描いた富士山を見ると、
ただならぬ存在感に思わず後ずさりしそうになる。

紫の山肌、緑の空、赤い雲。
そこには愛が無ければ描けない、山の頑固さと豪快さが描かれている。

そんな彼が富士山を描く時につぶやいた言葉。

 富士はでっかいからはね返されるが、いつかねじ伏せてやる。

キャンバスに描かれているのは絵ではない。
言葉にならない、梅原と富士山との愛ある戦いなのだ。

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茂木彩海 13年8月18日放送



山のはなし 植村直己

日本人初のエベレスト登頂を果たした植村直己。
彼はこんな言葉を残している。

 あきらめないこと、どんな事態に直面してもあきらめないこと。
 結局、私のしたことは、ただそれだけだったのかもしれない。

夢という目標を決め、人生の山をひたすら進む。
生きることは、それくらいシンプルでいい。

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小野麻利江 13年8月18日放送


plindberg
山のはなし 「すべての山に登れ」

「山を登る」と言う時。
概して人は、上り道だけを
ひたすら上がっていくさまを想像する。

しかし、実際は山の中にも、
上り道と下り道。
広い道と細い道、さらには脇道と、
様々な表情が存在している。

映画「サウンド・オブ・ミュージック」の
有名な劇中歌のひとつ、
「Climb every mountain」。

すべての山に登れ。それは、
「どんな困難にも立ち向かえ」という
意味に聞こえるが、

「人生という山の中にある
あらゆる機微を、
自分の体で感じて生きていきなさい」

そんな趣きも持っていることに、
歌詞を読むと、気づかされる。

 すべての山に登り
 すべての流れを渡り
 すべての虹を追いかけよう
 夢を見つけだすまで

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1歳3カ月の育児の話し。

1歳を過ぎると、悩ましいのが「卒乳」の時期です。
いつが良いのだろう。。。

お母さんの考え方だけでなく、体調やら仕事の有無やら、
こどもの性格やら兄弟構成やら、
いろんな要素があって卒乳に至るワケですから
もちろん正解は無いのです。

周囲の友人のケースをざっと書きますと。

・5カ月:ママが体調を崩したため(疲れる頃ですから)
・6カ月:歯が生えてきて噛むようになったため(いたたた)
・8カ月:ママがお酒を飲むため(おい)
・10カ月:母子ともに体調を崩したため(大事に至らずホッ)
・1歳:誕生日を節目に(複数)
・1歳10カ月:母乳継続中(働きながらすごい)
・2歳1カ月:母乳継続中(まだ出るのがすごい)

うむ、時期も理由もそれぞれ。

私は母乳主義ではないものの、
添い乳で寝かしつけをしていたこともあり(ラクなのです)
急いで卒乳する必要性はあまり感じませんでした。

保育園のお迎えの時は平然としているすーさんですが、
家に入った途端、おっぱい出せよ!という感じで甘えてきて
満更ではないぜ、なんぞと思っていた私です。
要するに何も考えていなかった、と。

ところがですね。
1歳を過ぎたあたりからおっぱいの供給量が減ってきたのです。
離乳食もほぼ終了しており、
栄養補給という意味でも母乳の役割は終わっていました。
これは、店じまいの時期なのではなかろうか。

というか、出が悪いということは、つまり、
ちうちうされると痛いということなのです。
いたいのにがて。

・・・よし、おっぱい卒業だ!

突如、卒乳を決行。

案の定ですが、
いつも通りおっぱいちうちうしながら眠ろうと思っていた赤子は激怒です。
私が下手な子守り歌をうたって誤魔化そうとするものだから、
さらに火に油。
1歳児に胸ぐら掴んで怒られました。

一時間近く泣いて暴れて暴れて暴れて疲れて寝て・・・
と思ったらまた起きて怒って泣いて暴れて暴れて・・・
(どうでもいい感想ですが、暴れるすーさんを抱きかかえながら
マグロをつかみ取りするとこんな感じかな、と思いました)

両親は一睡もできませんでした。
当然の報いです。

ちなみに卒乳を思い立ったのは、なぜか木曜日。
翌金曜は、ふらふらで出社。
すでに息も絶え絶えのところに打ち合わせで、
「3日は寝れない」
「長い子だと一週間かかる」
「ていうか、なぜ平日にやる?」
と諸先輩方に言われ、
もともと大して硬くない私の意志は、ぽっきり。
折れました。きれいに折れました。

・・・よし、おっぱい再入学だ!

というわけでしばらく卒乳延期となったのでした。

おしまい。

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1歳2カ月の育児の話し。

1歳2カ月になり、ようやく歩き始めました。
もうハイハイは卒業です。
赤ちゃんも卒業です。
人間すーさん、始まりました。

ところで私、子育てをする以前、
1歳前後の時期というものは
毎日が記念日だと思っていました。
「たっちした記念日!」
「あんよ記念日!」
「ママって言った記念日!」
みたいな。

ちがうんですね・・・。

実際は、とてもとてもゆるやかに、
でも着実に、成長していくんですね。
毎日の中では劇的な変化って無くて、
改めてふり返ってみると確実にコイツ成長してる!という。

というわけで文字通り一歩ずつ
地味~にあんよをマスターしたすーさん。
1歳1カ月になったころから、
ふとした瞬間に2、3歩あるいたり転んだり
前にも後ろにも進まなくなったりと、
試行錯誤(?)しながら成長し、
1歳2カ月の頃にようやくよちよち歩きが
できるようになりました。

そして!
すーさんはようやく「靴」というニューアイテムを
身につけるようになりました。
もうだっこの赤ちゃんじゃない!!

出産の際にお祝いで頂いていた
ファーストシューズを履き、
大地を踏みしめたすーさんなのです。

まだまだ残暑が厳しい9月なので、
洋服はグンゼの肌着一枚でしたが・・・。

レオタードタイプの肌着(白)に、靴下に、靴(紫)。

ドラゴンボールの亀仙人が観ていた
ちょっとエッチなエアロビ番組のお姉さんみたいだな、
と思っていました。

この例え、わかる人いますかね。

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薄 景子 13年7月14日放送



海のはなし アインシュタイン

さっきまで罵倒しあっていた相手と
今、お茶しながら笑いころげている。
人間ほど説明のつかない生き物はいない。

世紀の物理学者、アインシュタインは言う。

 人は海のようなものである。
 あるときは穏やかで友好的。
 あるときはしけて、悪意に満ちている。
 ここで知っておかなければならないのは、
 人間もほとんどが水で構成されているということです。

なるほど。科学の天才は、
人間を解き明かす天才でもある

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薄 景子 13年7月14日放送



海のはなし 三好達治

言葉にならない気持ちを
かかえきれなくなったとき、
人が海に行きたくなるのはなぜだろう。

ただただ寄せては返す波のリズムは、
なぐさめの言葉なんかよりずっと大らかに、
心のくさくさを洗い流してくれる。

昭和の詩人、三好達治は言う。

 海よ、僕らの使う文字では、お前の中に母がいる。
 そして、母よ、フランス人の言葉ではあなたの中に海がある。

地球上に最初に生物が生まれたのは海。
そうか、海は人のふるさとなんだ。

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石橋涼子 13年7月14日放送


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海のはなし ミクロネシアの言葉

ミクロネシア連邦をご存知だろうか。
ギリシャ語で「小さな島々」を意味するこの国は、
文字通り、赤道沿いに浮かぶ607の小さな島で構成される。

ミクロネシアは約500年前に
欧米によって発見された。
もちろん、発見だなんて、よそ者の勝手な言い分で
それ以前から島の人々は平和に暮らしていたのだ。

以来、自然豊かなミクロネシアの島々は
多くの植民地戦争に巻き込まれ
歴史という名の嵐に翻弄され続けた。

ようやく独立を果たしたのは1986年。

ミクロネシアの人々が、
ミクロネシアの過去と未来のためにつくった
憲法の前文にはこう書かれている。

 戦争を知ったが故に、我々は平和を望む
 分割させられたが故に、我々は統一を望む
 支配されたが故に、我々は自由を求める

そして、その中の一文、

 海はわれわれを分かつのではなく一つにしてくれる。

彼らの切なる言葉は、なぜだろう、詩のように美しい。

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石橋涼子 13年7月14日放送


John-Morgan
海のはなし あるカヌー乗りの言葉

ハワイの海で伝統的なアウトリガーカヌーには、
神様がすわるシートが用意されている。
人々ははるか昔から
海の恵みも、試練も、神様とともに分かち合った。

 ある年配のカヌー乗りはこう語る。
 カヌーに一緒に乗れば、たとえ初めて会った人間でも
 その日から仲間であり家族になるんだ。

ということは、神様も家族。
苦楽を共にする存在は、それくらい近しい方がいい。
南国は、海も神様も人の心も、広々としている。

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