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厚焼玉子 17年3月18日放送

170318-01 yamada*
春の妖精 二輪草

春の妖精と呼ばれる草花がある。
英語ではspring ephemeral、春の短い命。
その名の通り、春まだ浅い野山に咲き、
初夏の日差しを浴びる前に姿を消す。

その仲間の一つ、二輪草は背丈20センチ。
ひとつの株から2本の茎を伸ばして
小さな白い花を二つ咲かせるから二輪草。

この花には一輪草という仲間もいて
北原白秋はこんな詩を書いている。

 真実さびしき花ゆえに
 一輪草とは申すなり
 一輪咲いたが一輪草、二輪咲くのが二輪草


とはいえ、早春の落葉樹の森へ行くと
一輪草も二輪草も
命の短さを知るかのように
何本も何十本も、ときには何百本も寄り添って
いたわり合って咲いている。


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厚焼玉子 17年3月18日放送

170318-02 Oryzias
春の妖精 カタクリ

春の妖精と呼ばれる草花がある。
その名の通り、春まだ浅い野山に咲き、
初夏の日差しを浴びる前に姿を消す。

その仲間で一番知られているのは
カタクリかもしれない。
日本の各地に群落があり
季節になると花の便りがニュースになる。

江戸時代の探検家松浦武四郎は
北海道の食用植物として
「山慈姑」という名前を挙げ
カタクリとルビを振っている。

花が咲くまでに8年もかかるカタクリは
その貴重なデンプンで人々を養っていた。


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厚焼玉子 17年3月18日放送

170318-03 biscorogus
春の妖精 エゾエンゴサク

春の妖精と呼ばれる草花がある。
その名の通り、春まだ浅い野山に咲き、
初夏の日差しを浴びる前に姿を消す。

エゾエンゴサクもその仲間で、
森に背の高い草が生える前に
10センチかそこらの小さな茎の先端に
2センチほどの花をつける。
その花がお天気によって
赤紫に見えたり青紫に見えたりする

エンゴサクは花も葉も根も食べられるが
環境を保護する人たちから
せめて根っこは残しておいて、というお願いを
ときどき見かける。

確かに、妖精たちが消えた春はあまりにも寂しい。


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厚焼玉子 17年3月18日放送

170318-04 bastus917
春の妖精 アズマイチゲ

春の妖精と呼ばれる草花がある。
その名の通り、春まだ浅い野山に咲き、
初夏の日差しを浴びる前に姿を消す。

 にんじんは 明日蒔けばよし 帰らむよ
 アズマイチゲの花も閉ざしぬ


アララギ派の歌人土屋文明(つちやぶんめい)の歌は
アズマイチゲの特徴を歌っている。
アズマイチゲが花を開くのは天気のいい昼間だけ。
曇りの日も雨の日も、つぼんでいるし、
日暮れにはさっさと花を閉じてしまう。

春の晴天の日しか咲かないアズマイチゲ。
そのせいか、地方によっては
花を摘むと雨が降る雨降り花と呼んで
子供が摘まないように呼びかけているそうだ。

春のはかない命に人もやさしい。


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厚焼玉子 17年3月18日放送

170318-05 titanium22
春の妖精 バイモ

春の妖精と呼ばれる草花がある。
その名の通り、春まだ浅い野山に咲き、
初夏の日差しを浴びる前に姿を消す。

母の貝と書いてバイモ。
ほっそりした茎に百合に似たうつむきかげんの花が咲く。

中国原産で、日本には江戸時代に渡来したと言われているが
平安時代の辞書「和名抄」にすでに名前が出ているから
実はもっと古いのかもしれない。

万葉集の防人の歌にも「母という花」が出てくる。

 時々の花は咲けども何すれそ 母とふ花の咲き出来ずけむ
 (ときどきの 花はさけども 何すれぞ 母とふ花の 咲きでこずけむ)


母という名の花が咲いていたら一緒に連れて行きたい。
そんな気持ちが込められた、ちょっと切ない歌。


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厚焼玉子 17年1月7日放送

170107-011 39kochi
七草その1 貝原好古

1月7日。七草の日。

七草は日本の田畑に生える野草だが
大根が「すずしろ」、はこべは「はこべら」など
みやびな名前が覚えにくい。

これを覚えやすい順番で読み上げると
芹、なづな、おぎょう、はこべら、ホトケノザ
すずな、すずしろ。
さらに五七五のリズムをつけ、
短歌として読むと、こうなる。

 芹、なづな、おぎょう、はこべら、ホトケノザ
 すずな、すずしろ、これぞ七草。


これは貝原好古が編纂した江戸時代の歳時記に
載っているそうだが、
なるほど、確かに覚えやすい。


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厚焼玉子 17年1月7日放送

170107-02
七草その2 宇多天皇

1月7日。七草の日。

いまでは漢字で七つの草と書くが
昔は七つの種類と書いて「ななくさ」だった。
そして、平安時代はキビや粟、胡麻や小豆など
もっぱら穀物が使われていた。

この七種粥を宮中に取り入れたのは
平安中期の帝、宇多天皇で、
これと同時に五月五日のチマキ、七月七日の素麺なども
宮中の行事食としてお定めになった。

7種類の穀物の七草粥。
年の初めの行事でお疲れの天皇を
おなぐさめしただろうか。


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厚焼玉子 17年1月7日放送

170107-03 Yakinik
七草その3 ナヅナ売り

1月7日。七草の日。

その1日前の1月6日、
江戸の町にはナヅナ売りの声が聞こえた。
ナヅナはぺんぺん草のことで、
そのへんに生えている野草を取って売るのだから
値段も安く、
ナヅナを売るのは老人や子供のアルバイトだった。

柳多留という江戸時代の川柳の本には
親切にもナヅナ売りの年齢を教えてくれる句が見える。

 ナヅナ売り 六十以上 十五以下


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厚焼玉子 17年1月7日放送

170107-04 コーッターター
七草その4 大平与兵衛

1月7日。七草の日。

東京なら冬でも緑のハコベを摘むことができるが、
草はおろか地面さえ見えない雪国の七草は
何を食べるのだろう。

大平与兵衛という人の「農家年中行事」には
江戸時代の越後の国の七草が記されているが、
大根、ごぼう、人参、昆布、スルメ、里芋、こんにゃく…
雪の中で保存ができる根菜類を中心にした
いかにも雪国らしい七草だ。

いまでも雪の深い地方には
干し柿や黒豆、栗などを七草にするところもあると聞く。
芹やナヅナにこだわることなく
オリジナルな七草があってもいいのかもしれない。


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厚焼玉子 17年1月7日放送

170107-05 k_haruna
七草その5 将軍さま

1月7日。七草。

江戸時代は七草の節句が公式行事だったので
将軍さまも七草粥を召し上がった。

武家の七草粥は作るのにも作法があった。
台所の係は紋付に裃をつけて
七草の前の日の夕方、
おまじないの歌を歌いながら
まな板にのせた七草をトントン叩いた。

七草粥に使われるのは田畑に生える野草だが、
胃を丈夫にしたり肝臓の機能を回復させるなどの
効能を持っている。

将軍さまがいなくなっても
七草が公式な行事でなくなっても
七草粥は健康食として愛されている。


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