厚焼玉子 12年8月18日放送



麦わら帽子 1 西条八十

西条八十 「帽子」

 母さん、僕のあの帽子どうしたでせうね?
  ええ、夏、碓氷から霧積(きりづみ)へゆくみちで、
 谿底へ落としたあの麦藁帽子ですよ。

 母さん、本当にあの帽子どうなったでせう?


 そのとき傍に咲いていた車百合の花は、
 もうとうに枯れちゃつたでせうね。


 そして、秋には、灰色の霧があの丘をこめ、


 あの帽子の下で毎晩きりぎりすが鳴いたも知れませんよ。


標高1000メートルの山道から谷底に向かって飛ぶ
西条八十の麦わら帽子。
詩人が描き出した一枚の絵は、日本人の心にいまも残る。


違いがわかる男
麦藁帽子 2 立原道造

立原道造 「麦藁帽子」

 八月の金と緑の微風(そよかぜ)のなかで
 眼に沁みる爽やかな麦藁帽子は
 黄いろな 淡い 花々のやうだ
 甘いにほひと光とに満ちて
 それらの花が 咲きそろふとき
 蝶よりも 小鳥らよりも
 もつと優しい愛の心が挨拶する

わずか7行のこの詩は
いままでに8人の作曲家によってメロディをつけられ
独唱曲や合唱曲に仕立てられている。
その歌をきくと
立原道造が愛した軽井沢の幸せな夏が浮かぶ。


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麦藁帽子 3 寺山修司

寺山修司 麦藁帽子のうた

 海を知らぬ 少女の前に麦藁帽の
  われは両手をひろげていたり」

 わが夏を あこがれのみが駆け去れり
  麦藁帽子被りて眠る

 列車にて 遠く見ている向日葵は
  少年のふる帽子のごとし

 ころがりし カンカン帽を追うごとく
  ふるさとの道駈けて帰らん

寺山修司の麦藁帽子はふるさとの匂いがする。
「もしかしたら私は憎むほど故郷を愛していたのかもしれない」と
寺山自身が書いている、そのふるさとである。



麦藁帽子 4 堀辰雄

堀辰雄 「麦藁帽子」

 お前はよそゆきの、赤いさくらんぼの飾りのついた、
 麦藁帽子をかぶっている。
 そのしなやかな帽子の縁が、私の頬をそっと撫でる。
 私はお前に気どられぬように深い呼吸をする。
 しかしお前はなんの匂いもしない。
 ただ麦藁帽子の、かすかに焦げる匂いがするきりで。
 ……私は物足りなくて、
 なんだかお前にだまかされているような気さえする。

堀辰雄の短編小説「麦藁帽子」の主人公は
15歳と13歳の少年と少女。
少女は友人の妹だった。
やがて、海辺の村で一緒に夏休みを過すことになるが
少女はまだあどけなく、少年の思いが届かない。

「麦藁帽子」に描かれた淡い恋の舞台は千葉の海岸で
中学生だった堀辰雄は数学が好きな少年だった。


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麦わら帽子 5 芥川龍之介

芥川龍之介の「麦わら帽子」

 この標準を用ひずに、
 美とか真とか善とか言ふ他の標準を求めるのは
 最も滑稽な時代錯誤であります。
 諸君は赤らんだ麦藁帽のやうに旧時代を捨てなければなりません

芥川龍之介「侏儒(しゅじゅ)の言葉」の文章である。
その内容はともかく
「赤らんだ麦藁帽のように旧時代を捨てなければ」という言葉が
印象深い。

陽に焼けて色が変わった麦藁帽は
おしゃれではないのだ。

芥川龍之介は麦藁帽子の似合う作家だった。
その最後の写真に
芥川は麦藁帽子にくわえ煙草で写っている。


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麦藁帽子 6 北原白秋

北原白秋の「麦わら帽子」

 麦藁帽子にトマトをひとつ
 抱えて歩けば 暑いよおでこ

北原白秋の童謡「トマト」は
夏の絵の具で描かれた絵本のようだ。

赤いトマトと麦わら帽子
あとの風景は
真夏の昼下がりの暑い日差しに
白くかすんでいる。


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麦わら帽子 7 中原中也

中原中也の「麦わら帽子」

 愛するものが死んだ時には、
 自殺しなけあなりません。
 愛するものが死んだ時には、

 それより他に、方法がない。

 けれどもそれでも、業が深くて、
 なほもながらふことともなつたら、

 奉仕の気持に、なることなんです。

 奉仕の気持に、なることなんです。

 テムポ正しき散歩をなして

 麦稈真田(ばっかんさなだ)を敬虔に編み――

 まぶしくなつたら、日蔭に這入り、

 そこで地面や草木を見直す。

この詩に出てくるバッカン真田とは
麦藁を平たく編んだものをいう。
麦わら帽子はバッカン真田からつくられる。
バッカン真田を編むのは、意志も想像力もない単純な仕事だ。

2歳の息子を亡くした中原中也は
自分をなくすことによって生きようとしている。

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