2019 年 11 月 9 日 のアーカイブ

佐藤理人 19年11月9日放送



ツタンカーメン  最後のチャンス

1922年、イギリスの考古学者ハワード・カーターは、
崖っぷちにいた。

ツタンカーメン王の墓がどうしても見つからない。
25年間も探しているのに。

仲間の信頼も発掘資金も底を尽いた。
彼は資金提供者の元を訪ね、最後の支援を願い出た。

どこを掘るつもりか聞かれたカーターは、
王家の谷の地図を広げ、小さな一画を指差した。

資金提供者は言った。

 私はギャンブラーだ。もう一度、君に賭けよう。

カーターの最後の挑戦が始まった。

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佐藤理人 19年11月9日放送



ツタンカーメン  発見

1922年11月6日。
イギリスの考古学者ハワード・カーターが、
ツタンカーメン王の墓を発掘していると、
突然急な階段が現れた。

階段を降りると、封印された岩の扉があった。
扉に穴を開けて明かりを差し込むと、
数千年分の埃の中に何かがぼんやり浮かび上がった。

何も言わないカーターに痺れを切らし、
仲間が何か見えるか尋ねた。

だがカーターは、

 すばらしいものです

としか言えなかった。
穴の中はあたり一面、黄金が輝いていた。

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佐藤理人 19年11月9日放送



ツタンカーメン  花の色

1922年11月6日。
イギリスの考古学者ハワード・カーターが、
ツタンカーメン王の墓を見つけた。

墓にはファラオの生活がそのまま納められていた。
金や宝石に飾られた、たくさんの家具と服。
そして部屋の中央には大きな純金の棺。

蓋を開けると、宝石を散りばめた経帷子に包まれて、
ツタンカーメン王のミイラがあった。

顔は水晶をはめ込んだマスクで覆われ、
胸には様々な花で作った花輪が置かれていた。

3300年後の墓の中でも、
花はかすかな色合いを残していたという。

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佐藤理人 19年11月9日放送



ツタンカーメン  呪い

1922年11月6日。
イギリスの考古学者ハワード・カーターが、
ツタンカーメン王の墓を見つけたときのこと。

突然、一羽のタカが現れ、西の空へ飛んで行った。
タカは古代エジプトで王家の象徴。
西はあの世がある方角だと言われる。

人々は死んだファラオの魂が、
墓を汚した者に呪いをかけたのだと噂した。

5ヶ月後。発掘資金の出資者、
イギリスのカーナボン伯爵が左の頬を蚊に刺された。
傷は化膿し、伯爵は敗血症でこの世を去った。

ツタンカーメン王のミイラを調べたところ、
伯爵と同じ場所に、全く同じ傷があった。

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佐藤理人 19年11月9日放送



ツタンカーメン 

1922年11月6日、
イギリスの考古学者ハワード・カーターが、
ツタンカーメン王の墓を発掘した。

それから7年間で、発掘に関わった人々のうち
12人が次々と謎の死を遂げた。俗に言う、

ファラオの呪い

である。
しかしもっとも呪いを恐れなければならないはずの男、
ハワード・カーターはこの噂を笑い飛ばした。

カーターがこの世を去ったのは、発掘から17年後の1939年。
64歳という当時の平均寿命以上の年まで、充実した人生を送った。

死因はもちろん自然死だった。

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