あの人の暮らし 佐野洋子とシズコ
絵本「100万回生きたねこ」で
知られる作家、佐野洋子は、
母親、シズコとの親子関係に悩み続けた。
高校の担任に、母は長女との関係をこう言った。
女同士ということで嫉妬、かもしれません。
洋子は自分にどこか近い父にだけ、なついた。
終戦後、シズコは未亡人になるが、
めそめそせず、いつもばっちり化粧していた。
そんな母を、下品だ、と洋子は思っていた。
シズコが80歳近くになる頃、洋子と二人で暮らし始める。
シズコには痴呆の症状がではじめていた。
自身も60代にさしかかり、苦しかった。洋子は、
結局、母を施設に預ける決意をする。
子どもの頃は、手をつなぐことさえ、嫌悪し合ったのに。
洋子は、施設でシズコの体をさすり、
1つの布団へ一緒に入り話をした。
それは母と娘の暮らしの、最後の形だった。
シズコさんは、洋子さんに、無邪気に言った。
私とあなたの間には、いることも、いらないこともあったわねぇ。
あの人の暮らし 佐野洋子
作家、佐野洋子。
今月5日、72歳で、静かに息をひきとった。
彼女は言った。
余命2年と云われたら
人生が急に充実して来た。
毎日が楽しくて仕方ない。
余命2年をゆうに超えて、
洋子さんは、暮らした。生きた。
薄組・熊埜御堂由香
熊埜御堂由香 10年11月21日放送
熊埜御堂由香 10年10月17日放送
本のはなし スヌーピーの素顔
世界中で大人気のキャラクター、スヌーピー。
もともとはアメリカの人気漫画家
チャールズ・M・シュルツが
新聞に連載していた「ピーナッツ」という漫画の登場人物だ。
漫画の中で描かれるスヌーピーは
犬小屋の屋根の上で空想にふけり、多くの名言を残している。
例えば、こんな人生訓。
羊として12年生きるより、
ライオンとして1日生きるほうがましさ。
犬だって哲学するときがある。
本のはなし 魔女の宅急便
ジブリ映画で知られる「魔女の宅急便」。
原作は角野栄子(かどのえいこ)が書いた児童文学だ。
1985年に1巻が発売。
主人公の魔女のキキは13歳で修行にでかける。
人々に世の中には不思議なことがたくさんあるのだと、
自分の魔法で教えるという役目をせおって。
角野は、キキに「ほうきで飛ぶ」という魔法をひとつだけ授けた。
キキは、ひとを驚かせたり、怖がらせたりする魔法ではなく
ほうき1本で世界の不思議を街のみんなと共有したのだ。
その後も、キキたちの物語は紡がれ続け、昨年6巻でついに完結した。
キキは、34歳。初恋のとんぼさんと結婚して
2人の子どもがいる。
少女のころに降り立った街で、
ずっとずっと暮らしてきた。
角野は言った、
魔法はたったひとつでいい。そしてそれは、
魔女でなくたってきっと誰もが必ず
ひとつは持っているものなのだと思って
書き続けてきました。
そう、魔女のキキの物語は、
わたしたちの物語でもある。
本のはなし 装丁家・鈴木成一
装丁家・鈴木成一(すずきせいいち)。
約8000冊を手掛けた彼の方法論は明確だ。
原稿を読み込み、個性をかたちにすること。
装丁は、本の第一印象。
見かけに惚れてはじまる恋があってもいい。
気になる表紙の1冊を手にとってみよう。
熊埜御堂由香 10年08月22日放送
5.夏の風物詩 花火師 高杉一美
昭和5年の春、16歳の少年がある職業に夢をかけた。
花火師、高杉一美
親方からやっと認められはじめた7年目のとき。
盧溝橋事件が勃発し、
やがて世界は太平洋戦争へ突入した。
火薬の知識が買われた高杉はダイナマイトの製造に関わるようになる。
工場にある火薬を見ると想像力が騒ぎだす。
これをつかえば大輪の花々を夜空に咲かせる尺玉がいくらでもつくれるのに・・・
ある日、火薬庫へ向かおうとしていると、
すさまじい爆発音とともに倉庫の屋根がふっとんだ。
中にいた女性の工員はみんな亡くなり
あと1歩のところで高杉は命を拾った。
花火師、高杉一美は
戦後、次々とコンクールで賞をとる花火を生み出していった。
高杉は花火にこんな願いを込めていた。
生きていることがうれしくてたまらないような、
そんな花火であってほしい。
6.夏の風物詩 衣がえ
灰皿も硝子にかへて衣更へ
日本の少女小説の祖とも言われる
吉屋信子が詠んだ句だ。
女性らしい、彼女らしい、
細やかな夏の楽しみ方が
伝わってくる。
真っ白なワンピースを着たくなる。
髪をアップにしたくなる。
方法はひとそれぞれ。
夏が終わる前に、
もっと、もっと夏を感じよう。
7.夏の風物詩 お盆を想う唄
盆だ盆だと待つのが盆よ。盆がすぎれば夢のよう。
岩手県の遠野市に伝わる一口唄だ。
村のだれが唄いはじめたのか、わからないが
こんなふうに、
日本中がお盆を楽しみにしている時代があった。
8月は日本人が故郷に帰る季節。
帰省ラッシュに文句をいいながら、
それでもやっぱり
帰りたくなる場所がある。
8.夏の風物詩 まんまる西瓜
作家、結城信一が1967年に発表したエッセイ、西瓜幻想。
結城は、電気冷蔵庫におしこまれた現代の西瓜に同情をよせ、
こう書いた。
土から生まれた西瓜にとっては、
井戸の中にいれてもらって、
ごろんごろんと
浮かびながら
ひとを待っているのが
いちばん楽しい時なのだ。
そういえば、最後に、
まんまるの大きな西瓜に、わくわくして、
包丁をざくりと入れたのはいつだったっけ。
スーパーで切って売られている赤い水瓜を手に取ると
家族の多かった子供時代を思い出す。
熊埜御堂由香 10年06月20日放送
5.おもしろい夜 忌野清志郎
やってみようじゃないか。おもしろい夜になりそうだぜ。
ロックミュージシャン・忌野清志郎は言った。
2003年、はじめての「100万人のキャンドルナイト」で、
東京タワーのライトダウンイベントに誘われ、すぐさまOKした。
NGOナマケモノ倶楽部が日本ではじめたこのイベント、そのきっかけは
あるアメリカ人から1通の「おもしろい」メールが届いたから。
件名は「ひとりひとり暗闇で手をつなごう」。
ブッシュ元大統領の石油エネルギー政策に抗議する
そのメールは世界中に転送された。
それは声高に環境保護を訴えるものではなかった。
夏至の日の夜、電気を消し、暗闇の時間を自分の感性で
楽しもうというメッセージ、だから世界に広がった。
そして今夜は8年目のキャンドルナイト。
静かな闇の中だから浮かんでくる気持ちが
誰の中にもあるはず。
清志郎も歌っていた。
暗い暗い夜はいつでも
甘い甘い夢が暖めてくれるさ。
6.父にならなかった男 ウィルヘルム・ブッシュ
父親になることは難しくないが、
父親であることは極めて難しい。
近代漫画の始祖と言われたドイツ人
ウィルヘルム・ブッシュは言った。
1865年にブッシュが発表した絵本、
「マックスとモーリッツ」は、
ふたりのいたずら小僧が主人公だ。
ブラックユーモアに満ちた内容で、
最後にはふたりは臼で潰されて、
アヒルの餌にされてしまう。
気難し屋のブッシュは生涯独身だった。
父親らしくあること、その難しさを
躊躇せずに、彼が父親になっていたら?
常識破りの面白い親父になっていたかもしれない。
7.父の存在 日本中のおとうさん
ある小学校6年生がこんな詩を書いた。
おとうさんのあとに風呂にはいった。
底にすこし砂があった。ぼくたちのために働いたからだ。
おとうさんが家族を守っている。
いつもは目に見えないその事実に、
思いがけず、気づく瞬間がある。
口に出して言ってみる。
おとうさん、ありがとう。
今日は、父の日。
8.出生の秘密 ジョン・ブルース・ドット夫人
母の日はあるのに、どうして父の日はないんだろう。
1909年、アメリカ。
ジョン・ブルース・ドット夫人という女性が、
ふと思った。
前年に母の日が設立されたばかりだった。
ドット夫人の父は、男手ひとつで6人の子どもを育てた苦労人。
ひとり娘のドット夫人は特に可愛がられた。
亡き父のため、「父親を尊敬し、称え祝う日」の設立を聖職者同盟に嘆願。
そして、7年後の1916年に「父の日」は設立された。
けれど母の日は1914年には、祝日になったのに、
父の日は、なかなか昇進できず、約60年後の
1972年にようやくアメリカで祝日になった。
ひとり娘が父を想い、
苦節の末、誕生した父の日という祝日。
母の日の2番煎じか、
なんて、へそ曲げないでね、お父さん。
熊埜御堂由香 10年05月16日放送
走る人 谷口浩美
「こけちゃいましたぁ。」
彼の笑顔に、
日本中のお茶の間が、ほんわかした。
1991年の世界陸上、金メダリスト谷口浩美。
翌年のバルセロナ五輪で、転倒する。
20人抜きを見せるが結果は8位。
くやしさも、あったはず。でも笑った。
谷口は現在も、マラソン界で、
日本人男子として、唯一の金メダリスト。
彼は言った。
踏まれても踏まれても、雑草のごとく。
ずっこけた笑顔は、谷口の強さの証にちがいない。
走る人 鬼塚喜八郎
昭和26年、夏。ひらめきは、
キュウリとタコの酢の物からもたらされた。
鬼塚喜八郎。
シューズブランド
オニツカタイガーの創始者だ。
タコの足の吸盤にヒントを得た靴底の
鬼塚式バスケットシューズを考案。
全国を営業して走り回り、ブランドを育てていった。
やがて、東京オリンピックのときには
オニヅカタイガーのスポーツシューズを履いた選手が
計46個のメダルを獲得し
オニヅカの名前はさらに高まった。
彼は言った
「持てる力を一点に集中させれば、必ず穴があく。」
突破していくひとは、迷わずに走り続けられるひと。
熊埜御堂 由香 10年05月09日放送
走る人 角田光代
彼女は、32歳で大失恋した。
切れた電球を変える気力もなくなった。
だから、髪を切るわけでもなく、
次の男を焦って探すでもなく、
ボクシングをはじめた。
強くなりたかったから。
女心の機微を描き続ける作家・角田光代。
失恋からたちなおっても、運動する習慣は残った。
角田は忙しい暮らしの合間にランニングを続ける。
いま、若い女性にマラソンが流行しているのも、
からだとこころがつながっていることを
実感しやすいスポーツだからかもしれない。
きっと、今日も、いろんな思いを抱えて、走るひとがいる。
角田光代のある小説の主人公が、こうつぶやく。
道ってのはどこまでも
続いているもんなんだねえ。
熊埜御堂由香 10年03月06日放送
道具のはなし ポールボキューズの鍋
「私の料理の秘訣がひとつしかなかったとしたら、
それはこの美しい道具だろう」
フランスのリヨンで腕をふるう
84歳の現役天才シェフ、ポールボキューズ。
彼は料理へのこだわりから、鍋までつくってしまった。
工業の街、アルザスで、
祖父の代から台所用品店を経営していた、
フランシス・ストウブ氏と開発した、分厚い鉄の鍋だ。
45年間、ミシュランの3つ星を
維持しつづける彼のそばに、
今日もこの武骨な鍋はどっしり座っている。
道具のはなし 智恵子の千代紙
こころの病に苦しんだ、高村光太郎の妻、智恵子。
光太郎は彼女に、気分転換の道具に千代紙を渡した。
智恵子はたちまち紙絵に夢中になる。
食膳がでると、皿にのる食材を紙絵でつくらないうちは
箸をとらないほどだった。
できあがると、恥ずかしそうな、うれしそうな顔で、
光太郎に差し出した。
智恵子の残した千点以上の紙絵に、光太郎は言った。
これらは、智恵子の詩であり、
生活記録であり、此世への愛の表明である。
妻の千代紙は、夫と心を交わす道具となった。
道具のはなし 恋する道具
ひとは不器用だから、
恋をするにも、道具がいります。
いまは、メール。昔は手紙。
プレイボーイの元祖、光源氏は、
先立たれた妻からの恋文に、
歌を書きつけて、泣きながら燃やしました。
大切にとってあった手紙と妻への思いが
一筋の煙になって天へ届くように。
そんな思いをこめた読まれた歌のしめくくりは、
おなじ雲居の煙とをなれ
(おなじくもゐの けぶりとをなれ)
メールは燃やすこともできないし、
下駄箱にいれることもできません。
恋する道具としては、手紙が一枚上手のようです。
熊埜御堂由香 10年01月10日放送
二十歳のころ 静かな生活
食卓で気持ちよく晩酌をしていた父に、
二十歳になったばかりの娘がこんな理想を語った。
私がお嫁に行くならね、イーヨーといっしょだから。
そこで静かな生活がしたい。
作家、大江健三郎が、自身の家族をモデルにした小説「静かな生活」は
娘のマーちゃんの視点で、
脳に障害をもって生まれた4つ年上の兄・イーヨーとの生活が語られる。
イーヨーは後年、音楽家として活躍する大江光(ひかり)。
彼は19歳のとき、
妹の誕生日に「バースデイ・ワルツ」という曲をつくり
その楽譜に赤いリボンをかけてピアノの上に置いた。
20秒ほどのメロディだったけれど
大江光がはじめてまとまった一曲を書き上げた記念になった。
結局、マーちゃんは結婚して、実家をひとり離れるけれど
兄と妹の、大人になるすこし前のおだやかな時間が
この曲には流れつづけている。
二十歳のころ 大人と子どもの境界線
しらすの心意気。
作家、川上弘美が子どもの視点を
甘く見ないという自戒をこう名づけた。
しらすがカタクチイワシの稚魚だと知り
仰天したことがきっかけだ。
小さいながらに堂々とおいしい彼らを
「しらす」という完成した種だと思っていたのだ。
たしかに人間にも、子どもと、大人、それぞれに社会がある。
そして川上弘美の小説には、子どもが急に大人びる瞬間や
大人が思わず子どもに戻ってしまう瞬間がよく描かれる。
人間をしらすとイワシに分かつひとつの境界線は二十歳。
けれど、その境界を行ったり来たり迷いながら生きていけるのは
人間の幸福なのかもしれない。
熊埜御堂由香 09年11月15日放送
センセイと乙羽さん
老人だけがでてる映画なんてウケるかしら・・・
女優、乙羽信子は、不安だった。
夫である新藤兼人監督が、
老いをいかに生きるかをテーマにシナリオに書き上げた
「午後の遺言状」
80歳の新藤監督、主演女優は89歳の杉村春子。
70歳の乙羽信子も出演する予定だった。
新藤監督もまた不安だった。
撮影がはじまる直前に、乙羽信子は、肝臓がんの手術をする。
余命は1年か、1年半か、といわれた。
病状をはっきりしらない本人を前に、
映画の製作を進めるべきか新藤監督は悩んだ。
そして、だした答え。
僕らは40年以上、映画を通じで行動を共にしてきた「同志」だ。
別れにのぞんで、何をすべきか、
彼女の女優としての最後の場をととのえるべきだ。
スタッフだけの完成試写をしてから、乙羽信子は静かになくなった。
出会ってから、別れるまで、
ふたりは、どんなときでも、お互いをこう呼び合った。
センセイ、乙羽さん。
字幕屋の妙
「君の瞳に乾杯」
映画「カサブランカ」の名台詞だ。
いや、字幕屋「高瀬鎮夫」の名字幕といったほうが正しい。
もともとは
Here’s looking at you, kid
「お嬢さん、君を見つめて乾杯」というような意味だ。
字幕は1秒につき3〜4文字。
制約が、言葉を磨き上げ、
日本中を魅了する台詞を残した。
押井守と宮崎駿
「映画を発明する」
といい、実験的なアニメに挑む、押井守。
「映画の奴隷になる」
といい、子供にも愛されるアニメを追及する宮崎駿。
日本アニメの力を世界に知らしめた、ふたり。
押井は宮崎を「宮さん」と呼び親しくしていた。
会うと、話がとまらないくせに
周りが喧嘩かと心配するほど意見があわない。
押井守が若い人に希望を伝えたいと「柄にもない」ことを言って
撮った映画がある。「スカイクロラ」
インタビューで押井は言った。
宮さんみたいに、正座してオレの話をきけって言うんじゃなく、
後ろからそっと語りかけることなら、僕にもできる気がしたんだ。
反発しあいながらも、意識する。
このふたり、似たもの同士の親父と息子みたいだ。
Vision収録見学記 Part3-(3)
熊埜御堂由香-ネタ探しは、好き探し
そんなわけで、原稿でとりあげる題材をVieVieさんも
ディレクターのCさんも、
事前にいろいろリサーチしています。
今回、くまのみどうが、取り上げた、
フェリックス・ゴンザレス=トレス。
すこしマイナー人ですが、
VieVieさんも前から好きなアーティストだったとのこと!
ディレクターのCさんも、この原稿がきっかけで、
いろいろと資料に目を通してくださったようで
「面白いひとだねー」とトレス話に花が咲きました。
先ほど紹介した、
収録版の彼に付け加えられた形容詞、
「コンセプチュアル・アートの鬼才」
コンセプチュアル・アートってなんだったっけ?
と思い調べてみると、
アイデアまたはコンセプトが重要視される、芸術行動。
文書による指示のみで作品とするのが定番とのこと。
まさに、トレスの作品、
「自分の体重とぴったり同じだけ、床にキャンディを敷き詰め
来場者がひとりひとつだけ、それを持ち帰っていい、
ということにする」という
「気休めの薬」のようなものですね。
わたしは、はじめてこの作品を見たときは、
飴もらえるのラッキー!
くらいにしか思わなかったのですが、
一緒にその作品を見ていたひとが美術通で、
その行為にこめられた、コンセプトを教えてくれたんです。
飴とか時計とか既製品に
そんな個人的な思いを注入できるのかとたまげました。
しかもそうすることで、安定して永久に
その思いを再現できることに感動しました。
(ちなみに、その作品を一緒に見たひとのことが、
ちょっと好きだったんですが、
もじもじしているうちに彼女ができてしまって、
悲しかったなぁ。)
そんな思い出があったので、
トレスのネタで原稿が書けてうれしかったです。
薄組はイレギュラーな参加で、
まだ回を重ねてないこともあって、
自分たちがもともと好きだったひとから
ネタをセレクトすることが多いです。
たとえば、石橋涼子ちゃんは、
建築学科出身で建築ネタにとっても強いです。
薄さんは、09年8月にとりあげた、
書道家、金澤翔子さん好きが高じて、
会社の書道部に入部しました。
きっと、薄組も好きリストが底をついてきます。
12月は執筆がお休みなので、
またいろいろ注入しようと思っています。
レギュラー執筆者の佐藤さんは
お休みの日に図書館に通っているそうですよ。
受験生の隣でせっせとネタを探す佐藤さん、
こうしてVision執筆者は、
世界にちらばるすてきな言葉を集めていきます。
Part3 おわり
Vision収録見学記録 part3-(2)
熊埜御堂由香-HP版と収録版
リスナーでお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、
このVision・HP版にのっている原稿と、
実際、放送されている原稿が
ちょっと違うことがあります。
書き上げた原稿を、収録現場で直すことが多々あるんです。
なので収録に立ち会うと、書いた人と、
演出する人が一緒に相談しながら原稿を直せるというメリットも。
今回はそのメリットをすっかり逃してしまいましたが・・・
たとえば、10月18日放送分の薄組の原稿だと、
(HP版)
琳派の創始者であり、
国宝「風塵雷神図」を描いた、俵屋宗達。
⇒
(収録版)
江戸時代の一大芸術、琳派の創始者であり、
国宝「風塵雷神図」を描いた、俵屋宗達。
(原稿版)
フェリックス・ゴンザレス=トレスの「気休めの薬」という作品だ。
⇒
(収録版)
13年前にエイズで他界した、コンセプチュアル・アートの鬼才、
フェリックス・ゴンザレス=トレスの「気休めの薬」という作品だ。
(原稿版)
スペインの建築家、アントニオ・ガウディ。
あのサグラダ・ファミリアの設計者。
⇒
(収録版)
スペインの天才建築家、アントニオ・ガウディ。
あの世界遺産として有名なサグラダ・ファミリアの設計者。
ずいぶん丁寧に、ネタを調べなおしていることがわかります。
VieVieさん曰く、Visionは言葉と言葉の間に、
ミックスした音楽も楽しんでほしいので、
意識的に間をとってミックスしているそう。
なので、主語を丁寧に繰り返してあげることと、
リスナーの知識はばらばらなので、
とりあげる人になるべく分かりやすい形容詞を補足することが
多いようです。
Vision収録見学記 part3-(1)
熊埜御堂由香-遅刻しました!
10月17日、薄組の原稿収録に立ち会ってきました。
ほんの一瞬ですが・・・。
15時くらいから日曜分を撮るとディレクターのCさんからお伺いしていた
のですが、ついたらほとんど撮り終えていていたんです。
でも、じつはちょっと遅刻もしたんです。
その日は東京国際映画祭のオープニングで六本木は、人人人。
レッドカーペットならぬグリーンカーペットが、けやき坂に敷かれていました。
人を、かきわけ、かきわけ、スタジオについたら、
Cさんが、もう終わっちゃうよーと笑っていました。
今日はほぼ1発撮りですいすい進んだそうです。
なので、今回は、収録記というよりはVisionよもやま話に切り替えさせて
頂いていいでしょうか?いいですよね!?
薄組・熊埜御堂由香 09年10月18日放送
せつない時計
同じテンポで時を刻んでいたふたつの時計がズレはじめ
やがて、どちらかが先に止まる。
アーティスト、フェリックス・ゴンザレス・トレスの代表作、
「パーフェクト・ラバーズ」。
どんなに完璧な恋人たちも、ずっと一緒にはいられない。
時間の残酷さを、時計は告げる。
ありきたりな掛け時計なのに
止まった時計の隣で動き続ける姿はせつなくて
恋人に先立たれたトレスの心と重なる。
旅する時間 気休めの薬
自分の体重とぴったり同じ重量のキャンディが床に
散りばめられている。
フェリックス・ゴンザレス・トレスの
「気休めの薬」という作品だ。
来場者は、ひとりひとつ、キャンディを持ち帰ることができる。
そのキャンディがポケットの中で旅する時間も、
どこかの国で、誰かの口の中でとけていく時間も、
彼の作品の一部なのだ。
常に持ち去られ補充されるキャンディは
彼の作品を継続させようとする人々の意思によって
作者の死後も、活発に活動している。
Vision収録見学記(10)
熊埜御堂由香―書く人と録る人
アイスクリームを落としただけで泣く石橋さんのお話は
Vision薄組の打ち合わせの場で飛び出した彼女の思い出話でした。
薄組は、薄景子さんを座長に、
薄さん、くまのみどう、石橋さんが原稿を持ち寄り
お互いの原稿を見ながら共通のテーマを見つけて
1日分、7~8本の原稿をまとめていきます。
打ち合わせで薄さん、石橋さんと話していたら、
わたしも小さい頃のことを思い出しました。
母親の長い、長い、お買い物が終わるまで
「ここで待ってるのよ」と言われ、手渡された
2段重ねのアイスクリームのこと。
ご褒美のはずの、それを食べきれずに
ドロドロに溶かしてひとり泣いたこと。
Visionの原稿を持ちよる、打ち合わせは
好きなひとの名前をこっそりだれかに
教えるような、なんともいえない恥ずかしさがあります。
だけど、どうでもいい話も、仕舞い込んでいた話も、
ついついしてしまう
そういう打ち合わせはたいそう盛り上がるのです。
収録の終わりにVieVieさんに言われました
「書き言葉と読み言葉で伝わることの違いをよく考えて原稿を書いてみてね。」
原稿で「哀しい」という言葉を使ったことに対する
アドバイスです。「哀しい」と「悲しい」のニュアンスの違い。
そう、原稿にした森茉莉というひとは
「哀しく、甘美で、幸せな」
人生をおくったひとですが、
「悲しい」人生を送ったひとではなかった。
そういう気持ちで書いていて、
そんな気持ちまで汲み取ってくれて収録するひとがいる。
自分が書いたものに他者のメスが入る、
おもしろさとおっかなさ。
収録から帰ってラジオをつけっぱなしにしていました。
VieVieさんの声がして、
自分が書いた言葉が、あたらしい音色で流れてきました。
(第一部 おわり)
Vision収録見学記(7)
熊埜御堂由香―美しい音色の意味は?
Visionの最後には、
なにやらおしゃれなフランス語がMIXされています。
語学がさっぱりなわたしには、
「もにょもにょもにょもにょ、Vision」と聞えるけれど、
心地よいサウンドロゴみたいな、詩みたいなあの音色。
あらかじめ用意してあるひとつの素材をあてて
作っていると思ったら・・・
VieVieさんがその都度読んでいるではないですかー!!??
フレーズも数種類あって、
毎回、その場の判断で使い分けているそうです。
私の原稿にくっつく、あの「もにょもにょ」は
いま、読み上げられたあの音色、
世界にひとつしかないのかと思うとありがたさ倍増。
「もにょもにょ」は、日本語に訳しても美しい響きを持つ言葉です。
Vision du passé, (ヴィジョン・デュ・パッセ)
過去のヴィジョン
du present, (デュ・プレザン)
現在のヴィジョン
du future, (デュ・フューチュー)
未来のヴィジョン
Le future etait deja la. (ル・フュチュー・エテ・デジャ・ラ)
未来はもうそこにあった。
Vision
(つづく)






















