
のりものの話 パスカルと公共バス
現代でもおなじみの移動手段のひとつ、公共バス。
その起源は、17世紀パリに遡る。
当時、馬車を所有できるのは裕福な貴族だけだった。
それを定められた路線と、定められた時間に運行することで
乗合馬車として誰でも使える移動手段にしたのだった。
アイデアを生み出したのは、あなたも知っているあの偉人。
人間は考える葦である。
という言葉で有名な哲学者のパスカルだ。
パスカルの定理やパスカルの原理も偉大な業績だが、
公共バスだって負けないくらい偉大だ。

のりものの話 パスカルと公共バス
現代でもおなじみの移動手段のひとつ、公共バス。
その起源は、17世紀パリに遡る。
当時、馬車を所有できるのは裕福な貴族だけだった。
それを定められた路線と、定められた時間に運行することで
乗合馬車として誰でも使える移動手段にしたのだった。
アイデアを生み出したのは、あなたも知っているあの偉人。
人間は考える葦である。
という言葉で有名な哲学者のパスカルだ。
パスカルの定理やパスカルの原理も偉大な業績だが、
公共バスだって負けないくらい偉大だ。

angelocesare
のりものの話 サントーリオ・サントーリオと体重計
現代人、とくに女性にとって
いちばん怖い「のりもの」。
もしかするとそれは、体重計かもしれないが、
中世イタリアの医師 サントーリオ・サントーリオは
一日中、体重計にのって生活をしたという。
食事から排泄まで。
大きなハカリ型の体重計の上ですべて行い、
結果、栄養分が身体の中で
代謝されていることを証明した。
「測るだけダイエット」が定着した現代だが、
サントーリオにあやかった「測りっぱなしダイエット」、
試した場合、効果のほどは如何ほどだろうか。

Pastel
のりものの話 松任谷由実と「かんらん車」
遊園地のランドマークとして
愛される乗り物、観覧車。
その反面、乗る人のいない観覧車は
物悲しさのメタファーとして
強い力を持っている。
中でも松任谷由実の「かんらん車」は、
失恋した主人公の気持ちを
人もまばらな遊園地の情景に託した名曲だ。
私だけ 冬空の旅人
地上に戻る頃 世界が止まる
別れの虚しささえ、美しく縁取る(ふちどる)。
観覧車の魅力は、奥深い。

お風呂のはなし ベルツ博士が愛した草津温泉
中世から湯治場として名を馳せる、
群馬県の草津温泉。
明治時代、この温泉に取りつかれた
ドイツ人がいた。
エルヴィン・フォン・ベルツ博士。
明治政府に招かれ、現在の東大医学部で医学を教えていたが、
草津を初めて訪れたわずか2年後、
現地に約6000坪の土地と温泉を購入。
温泉保養地づくりを目指すとともに、
伝統的な湯治療法「時間湯(じかんゆ)」を研究。
論文にまとめ、優れた効能を世界に紹介した。
ベルツ博士は草津温泉を、こう評している。
草津には素晴らしい温泉以外に、
日本で最上の山の空気と、
理想的な飲料水がある。
もしこんな土地がヨーロッパにあったら、
カルロヴィ・ヴァリ温泉よりも
にぎわうことだろう。

お風呂のはなし イザベラ・バードが視た湯元温泉
19世紀イギリスの冒険家、イザベラ・バード。
彼女の旅行記の中には、詳細な数値が数多く登場する。
科学的な目で見て、伝える。
それがバードの信条の一つだった。
1878年5月、日本を旅しはじめたバード。
6月には奥日光の「湯元温泉」にたどり着く。
初めて見る日本の湯治場に驚いたバードは、
その様子を、こう記している。
この湯の温度は華氏130度であるが、
湯が村まで蓋のない木の樋(とい)に沿ってゆくと、
ただの84度となる。
湯元は四千フィート以上の高さにあり、非常に寒い。
ところどころに広い板が渡してあり、
リューマチに悩む人々は、何時間もその上に横になり、
硫黄の蒸気を身体に当てる。
バードの真骨頂とも言うべき、精緻な描写。
明治初期の温泉街の活況は、
当時のイギリス人読者のみならず、
現代の私たちにとっても、貴重な資料となっている。

お風呂のはなし マリー・アントワネットの入浴習慣
18世紀のフランス王妃、マリー・アントワネットは
様々な流行を生み出したことでも有名だ。
彼女のファッションや習慣、好物などは
貴族の間で常に大流行した。
ルイ16世が民衆の飢餓対策のために
ジャガイモの栽培を広めようとした際には、
王妃がジャガイモの花飾りをつけたことで
普及に貢献したとも言われている。
ブームメイカーの王妃がもうひとつ
フランス社会に広めたものがある。
それは、清潔であること。
当時のフランスには入浴の習慣がなく、
香水は、体の臭いを隠すためのものだった。
お風呂好きのマリー・アントワネットは体臭を消す必要がなく、
爽やかで自然な香りを楽しんだという。
パリに下水道設備が整って入浴文化が定着するには
その後半世紀を必要としたが、
不衛生からくる伝染病に怯え続けた人々に
「清潔ブーム」をもたらした王妃の功績は、
意外と大きいのではないだろうか。

お風呂のはなし 貝原益軒の温泉療法
江戸時代の学者である貝原益軒が
健康にまつわる教えを書いた「養生訓」には
温泉の効果効能や正しい入り方が細かく記されている。
温泉は、諸州に多し。
入浴して宜しき症あり。あしき症あり。
よくもなく、あしくもなき症有。
と、現代の温泉療法にも通じる知識から始まる内容は、
江戸の庶民に温泉ブームをもたらしたという。
実は、夫婦そろって病弱だったという貝原夫妻。
一方で仲はとても良く、夫婦で温泉療養にでかけたりしながら
お互いに長寿を全うした。
そんなほほえましいエピソードも、
効果効能に一役買っているような気がしませんか。

お風呂のはなし 夢二と彦乃の湯桶温泉
詩人・画家の竹久夢二とその恋人、笠井彦乃。
1917年に2ヶ月以上の北陸の長旅で
金沢の湯桶温泉へ逗留した。
夢二のファンだった19歳の彦乃が、
画廊へ通ううちに心が通じた。
12歳の歳の差と、夢二の女性遍歴で
親から反対を受け、それを押切り同棲するようになった。
そんなふたりが、もっとも幸せな時間を
すごしたといわれるのが
湯桶温泉だ。
3週間、ゆっくりと湯につかりすごした。
その直後、彦乃は結核にかかり入院してしまう。
父親の反対で夢二と面会もできないうちに
息をひきとった。まだ25歳だった。
夢二はその年の誕生日にこう言った。
私は三十七歳で死んだことになっているんです。
彼女が二十五で、私が三十七で死んだのです。
その後も夢二は多くの女性と恋に落ちる。
けれど、彦乃と過ごした湯桶温泉での時間は、
夢二の心の中に、大事に、大事に、しまわれていたに違いない。

お風呂のはなし ピカソの名言
20世紀を代表する巨匠画家、ピカソ。
10代で天才的な絵画技術をマスターし、
その後、「青の時代」「ばら色の時代」「キュビズム」と
画風を一新しながら、絵画界の新境地を切り拓く。
見たこともない構図、
独特の人物描写、息をのむ色使い…。
常識も既成概念も破壊する作品の数々は
今もなお世界中でリスペクトされ続ける。
生涯で遺した作品数は約15万点。
最も多作な美術家として
『ギネスブック』に記されているピカソ。
膨大な作品とともに、彼が遺した名言をひとつ紹介する。
すべては奇跡だ。例えば、お風呂に入ったとき、
あなたがお湯に溶けてしまわないことだって。
ためしに、今夜のお風呂で
体が溶けない奇跡を味わってみる。
天才ピカソにはなれなくても、
当たり前のことを奇跡と感じるだけで、
きっと新しい世界が見えてくる。

zamojojo
お風呂のはなし 吉田修一の初恋温泉
血行を良くしたり、老廃物を出したり、
温泉には疲れを癒す様々な効果効能があるわけだが、
日常から離れるという行為そのものも、
天地効果と呼ばれ、心のリラックスに一役買っているという。
吉田修一の短編小説、「初恋温泉」。
年齢も、関係も、まったく異なる5組の男女が登場する
温泉が舞台のこの小説では、
そんな効能あってか、あらゆる名言がさく裂する。
幸せなときだけをいくらつないでも、 幸せとは限らないのよ。
冗談半分というのは、半分は冗談じゃないということなのだ。
不満なんて、ない。ただ、あなたと一緒にいたくないだけ。
などなど。
本音も温泉の力を借りれば話しやすい、ということか。
それが良いか悪いかはさておき、
この秋は大切な人と会話しに、温泉に出かけるのも良いかもしれない。
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