薄組・薄景子

小野麻利江 11年9月4日放送



歌のはなし 井上ひさし・山元護久

1964年・初夏の九州。炭鉱が閉山になり、
稼ぐあてを失ったある家族は、一家心中を考えた。

最後の晩餐とばかりに、ごちそうをつくる母親。
そんな時テレビから、能天気な歌が流れてきた。

人形劇「ひょっこりひょうたん島」のキャラクター、
ドン・ガバチョが歌う、「未来を信ずる歌」。


今日がダメなら明日にしまちょ

明日がダメなら明後日にしまちょ

明後日がダメなら明々後日にしまちょ

どこまで行っても明日がある

次の瞬間。父親が突如、
ぽろぽろと泣きだした。
そして子どもたちに「ごめん!」と言って、
一家心中を、思いとどまった

そんな顛末が書かれた手紙を受け取って、
「ひょっこりひょうたん島」の2人の作者、
井上ひさしと山元護久(やまもともりひさ)は、大いに励まされた。
放送を開始したものの、ずっと評判が悪かった「ひょうたん島」。
でも、こういう人たちがいる限り、必死になって書くしかない。

未来を信じたくなったのは、
ガバチョよりも、九州の一家よりも、
井上と山元だったかもしれない。



歌のはなし 谷山浩子

シンガーソングライター・谷山浩子さんの初恋は、
相手の顔を知らずにはじまった。
文化祭で耳にした軽妙な受け答えに、
心ひかれたのだという。

でも驚くべきは、その後。
なんと、その初恋の人と23年ぶりにめぐりあい、
結婚してしまったのだ。

他の人には見えないものを、
感じ取れるのかもしれない。
彼女が書いた「まっくら森のうた」の歌詞も、
奇妙な出来事に、あふれている。

光の中で見えないものが、
闇の中にうかんで見える
まっくら森の闇の中では、
きのうはあした まっくらクライクライ



歌のはなし エディット・ピアフ

「きみはなぜ、悲しい歌を歌う?」
フランスの国民的シャンソン歌手、
エディット・ピアフは
恋人のマルセル・セルダンに尋ねられて、
こう答えた。

「陽気になるためよ」

ピアフの代表作「愛の讃歌」は、
この恋人に捧げた歌だった。

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薄景子 11年9月4日放送



歌のはなし 谷川俊太郎

空をこえて ラララ 星のかなた

日本を代表するアニメ主題歌の作詞が
日本を代表する詩人によるものだということを
ご存じだろうか。

「鉄腕アトム」の歌、作詞、谷川俊太郎。

今年の夏、ブルーノートで行われた
彼の詩の朗読ライブ。

ピアノを演奏していた息子の賢作に
突然リクエストされ、
谷川俊太郎は観客の前で
鉄腕アトムの歌を朗々と歌った。

最初は拒絶していたけれど、
歌い出した瞬間、谷川は
アトムのように未来を向いた少年になった。

心やさしい ラララ 科学の子

ラララという歌詞にこめられた
未来へのメッセージ。
それは、大きな声で歌えば、
きっと誰もがわかるはず。

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小野麻利江 11年8月7日放送



「夏」のはなし 淀屋辰五郎

氷も電気もなかったころに
粋な涼み方を考えだした男がいる。

江戸前期の豪商であり遊び人でもあった
五代目淀屋辰五郎。
その広大な邸宅の夏座敷には
金魚が泳ぐ大きな水槽を天井にとりつけ、
それを下から眺めて、暑気払いをしたという。

それから数十年
丸い小さなガラスの器に金魚を泳がせ
風鈴のように軒先に吊るす金魚玉が
庶民の間にもひろまったのだが
ガラスの涼しさと金魚の涼しさを組み合わせるアイデアは
淀屋辰五郎のおかげといえそうだ。



「夏」のはなし 清少納言

清少納言も、かき氷を愛していた。

『枕草子』の中の、「あてなるもの」。
上品なもの・良いものを挙げるくだりで、
こんな記述がでてくる。
削り氷にあまづら入れて、
新しき金鋺(かなまり)に入れたる

金属製の器に盛られた、削り氷。
その上に、アマチャヅルの茎の汁をかけた、
平安時代のかき氷。

氷の入った金属の器を手に持つと
当時ならそれだけで汗が引くほど冷たかっただろう。

クーラーなんてなかった夏の「女子の愉しみ」は、
現代にもしっかり、受け継がれている。

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茂木彩海 11年8月7日放送



「夏」のはなし 山下清

「裸の大将」山下清。

3歳になる年に重い病にかかり、
言語障害・知的障害の後遺症が残った。
まわりの子どもたちよりどうしても勉強が遅れてしまう清は、
知的障害児の施設へ預けられた。
ここでのちの画家人生を支える、ちぎり絵と出会う。

驚異的な記憶力の持ち主だった清は、
日本中を放浪しながら、情景を心に焼き付け
帰宅してからその瞬間を思い出して描いたという。

そんな清がとりわけ好んで描いたのが、夏の風物詩、花火。
夜空の黒いキャンバスに、
様々な色彩を浮かびあがらせては消え去る危うさは、
記憶を瞬間でとどめる清に
もっとも適した題材だったのだろう。

あるとき、彼は花火について、こんな言葉を残した。

大人は、もう花火をそんなに好かないものだが 
子供は大好きだと聞いて、僕は、まだ子供なのかもしれないと
少し恥かしくなりました。しかし、何といわれても花火はきれいなので、
僕はこれからも夏になったら見物に行こうと思っています。

清が最期まで描きつづけた鮮やかな花火は、
少年のように純粋でありつづけた
彼の命のきらめきだったのかもしれない。



「夏」のはなし 太宰治

暑い日が暮れる頃
庭に打ち水をして行水を使い
涼やかに風の通る着物を着て縁側に座ったら
どんなに気持がいいだろう。

そんな夏の魅力に、思いがけず救われた命がある。

 死のうと思っていた。今年の正月、
 よそから着物一反もらった。
 着物の布地は麻であった。
 鼠色の細かい縞目が織り込まれていた。
 これは夏に着る着物であろう。
 夏まで生きていようと思った。

太宰治。夏に生かされた男の最期は、
結局、新しい夏を待てなかったが。

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熊埜御堂由香 11年8月7日放送



「夏」のはなし 風鈴職人 篠原儀治

風鈴職人、篠原儀治(よしはる)。

大正13年、東京の下町、向島の風鈴職人の家の
長男としてうまれる。
職人たちが2交替で24時間風鈴を作る大きな工房で
儀治も12歳のころから風鈴作りを学び始めた。

戦時中は資材が手に入らず儀治の親が、
ふかし芋を売って生計を立てたりしていたが、
戦争から復員した儀治は、ガラス工房の復興に乗り出した。

職人が型を使わず空中でふくらます、宙吹き(ちゅうぶき)でガラスを成形し
汚れを防ぐため絵付けは中からする。
東京の下町の風鈴を「江戸風鈴」と名づけブランドにしたのも儀治の才覚だった。
デパートに営業し、販路を広げ、風鈴の売れない冬は、
アメリカに渡りクリスマスツリーの飾りとして売った。
儀治は頑固な職人であると同時に、
柔軟なビジネスマンでもあったのだ。

彼は言う。
 作った物を売る技術を知らないとダメだよ。
 家計が苦しいのに俺の跡をやろうって誰が思います?

12歳から風鈴を作り始めた少年は、
87歳になった今も息子たちと日本の夏の伝統を
守り続けている。



「夏」のはなし 上山英一郎と妻ゆき

 あなた!倉の中で
 ヘビがとぐろまいているの!

妻は夫のもとへ飛んで来た。
そして思いついた。

 あなた、
 蚊取り線香の形状、うずまき型はどうかしら?
 燃焼時間もかせげるし、お線香みたいに倒れないし。

KINCHOの創業者である上山英一郎とその妻ゆき。
夫婦のくらしのひとこまから蚊取り線香の
あの渦巻きの形は生まれた。

渦巻きはのばせば75センチ、6時間から7時間は燃えている。
それまでの棒のような、40分しか持たない製品とは
格段の違いがあった。

渦巻きの蚊取り線香は、
MOSQUITO COILと呼ばれ、世界中で
夏の日の必需品となっている。

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薄 景子 11年8月7日放送



「夏」のはなし 糸井重里

 遊んでばかりいる「夏休みの子ども」が、
 人生の理想的な生き方のように思えます。
 その夏の終わりの悲しみの味わいも含めてね。

言葉の天才、糸井重里さんは、
たとえの天才だと思う。
ぼやぼやしていると、
人生も、夏休みのようにあっという間。
さあ、遊ばなきゃです。



「夏」のはなし 茨木のり子

茨木のり子さんの若い時代の作品に、
「くだものたち」という詩がある。

杏、葡萄、長十郎梨、蜜柑など、
季節のくだものを描いた
4行ずつのオムニバス。
中でもプラムの詩が好きだ。

 夏はプラムを沢山買う
 生きているのを確かめるため
 負けいくさの思い出のため 1個のプラムが
 ルビィより貴かった頃のかなしさのため

彼女は19歳の夏、敗戦を経験する。
その1個のプラムにこめた夏の記憶は、
たぶん本物のプラムより、
いつまでたっても、みずみずしい。

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小野麻利江 11年7月30日放送



子どもの時間 チャーリー・ブラウン

チャーリー・ブラウンは、ペパーミント・パティに言った。
安心というものは、車の後部座席で眠るようなことだ、と。
彼は続ける。

きみは何も心配しなくていい。
お母さんとお母さんは前の座席にいる。
何もかも、面倒みてくれる。

無条件に、ただただ守られている。
子どもの時間には、たしかにそんな感覚が流れていた。

でもチャーリーは、
そんな時間がいつまでも続かないことも、知っている。

突然きみは大人になる。
そしてもう二度と、後部座席に乗って
眠ることはできなくなるんだ。

小さな男の子チャーリー・ブラウン、
でも立派な哲学者だ。



子どもの時間 小室直樹

子どものころの記憶の中で、
母が父の文句を言う姿を、見たことがない。

気まぐれで、かんしゃく持ちな父。
そんな父を、はいはい、と軽くいなす母のほうが
一枚上手だなあ。
ぼんやりと、そう思っていたけれど。

最近、評論家・小室直樹の本の中で、
こんな、くだりを見つけた。

 母親が子に、亭主のぐちを
 言っちゃいけない。
 それをやったら、子育ては失敗ですよ。

幼い子供を育てる母は
自然と深い知恵を身につけるのだろうか。

ありがとう。お母さん。

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茂木彩海 11年7月30日放送



子どもの時間 手塚治虫

ベレー帽に分厚い眼鏡。
漫画の神様。手塚治虫。

子どもたちのために漫画を描き続けたその人は
きれいごとだけを並べて、
子どもを子ども扱いするようなことはしなかった。

鉄腕アトムで、愛と、後戻りできない科学への不安を。
ジャングル大帝で、自然の広大さと、人間の愚かさを。
ブラックジャックで、命の大切さと、それを操る不自然さを描いた。

そんな彼が小学生たちに言った言葉。

 人生で一番大きなショックの出来事を
 忘れないで大事に持っていてください。
 きっと役に立つ。

やさしくてやわらかい時間だけでは、子どもは大きく育たない。

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石橋涼子 11年7月30日放送



子どもの時間 いわさきちひろ

世界中の子どものために
絵を描き続けた画家、いわさきちひろ。

ちひろの描く子どもたちは、
あどけなく、のびのびと動き、好奇心いっぱいで、
その指先にまで画家の愛情がたっぷりつまっている。

しかし彼女の絵には、
現実の子どもはこんなにかわいいばかりではない
という批判が常に付きまとった。

彼女は晩年、こう答えたという。

 無償の愛で子どもをかわいがる、
 そんな聖母みたいなものじゃなくて、
 私のは、もっと、体質的なものなんですよね。

ちひろは、泥まみれでも、ケンカをしても、
やっぱり子どもがかわいいと思う。
そういう体質なのだ、と。

そう言われたら、もうどんな批判もかなわない。

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薄 景子 11年7月30日放送



子どもの時間 まど・みちお

詩人まど・みちおさんの目の上にはイボがある。
そのせいで、ものが二重に見えることを
まどさんは世界の見え方に
バリエーションがふえてうれしいという。

児童文学界のノーベル賞といわれる、
国際アンデルセン賞を日本人で初受賞。
100歳にして新たな詩集も出した
まどさんは、自身のことをこう語る。

 私は人間の大人ですが、
 この途方もない宇宙の前では
 何も知らない小さな子どもです。 

その天真爛漫な言葉は、
なんにだって不思議がれる、
まど少年の好奇心から生まれている。



子どもの時間 中川李枝子

子どものころ大好きだった「ぐりとぐら」。
くいしんぼうのぐりとぐらが
巨大なカステラをつくるページは
いま思い出してもワクワクする。

おはなしを書いたのは中川李枝子さん。
保育士の経験もあり、お母さんでもあった彼女は
子どもたちがびっくりする顔が見たくて
数々の名作絵本を生みだした。

 子どもはみんな問題児。

そう中川さんは言う。
それを個性と伸ばしてあげられるのは
むかし子どもだった大人の役目。

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