2009 年 のアーカイブ

番組制作奮闘記-5


自由が不自由になるとき。(八木田杏子)

細田が自由に戸惑っているころ、
私は不自由に戸惑っていました。

「コンビニ」というテーマを発見して、あんなに盛り上がったのに・・・・。
それが、窮屈な制約になってしまったのです。

最初は、地平線まで広がる砂漠のようなキャンパスに、
自由に絵を描いていました。
砂場でしか遊んだことのない子供が、
砂浜で大きな創造物に挑戦するように。
夢中になって、手探りで、砂をかいていました。

それなのに。
「コンビニ」というテーマができた途端、
砂浜が砂場になってしまったのです。

コンビニ商品を題材にして・・・・
コンビニにいる時の気持ちを描いて・・・
棚の前でこんな行動をとったりして・・・

だんだん発想が小さくなって、
どんどん細かい描写に拘るようになりました。

そんな原稿に、
J-waveの久保野さんと厚焼玉子さんから、厳しいひと言。

「商品に縛られ、自由を失っています。」

さらに、優しいひと言。

「最初の原稿のほうが、心を打ちました。」

そして、有り難いひと言。

「かき氷から、アラスカに飛んでもいいんですよ。」

コンビニは発想の起点でしかなく、
そこから世界中に飛べるし、過去や未来に行くこともできる。

自由な砂浜を、不自由な砂場にしていたのは、私自身でした。

そこから抜け出して、どこまで遠くへ行けたのか。
結局、すぐ近くで息絶えたのか。

今日の25時から、それが分かってしまいます。

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小山佳奈 09年8月16日放送

アンリ・デグランジュ


8月16日に亡くなった人 ~ アンリ・デグランジュ

歴史の始まりはたいてい
腰が抜けるほど単純なものだ。

 「自転車レースの日は新聞がよく売れる。
 だったらレースの方をつくろう。」

スポーツ紙ロトの編集者、
アンリ・デグランジュが
売上げアップのために始めたレース。

それが今では世界一有名な自転車レース
「ツール・ド・フランス」となった。

動機はあくまで
単純な方がいい。

今日、8月16日は、
アンリ・デグランジュの亡くなった日。

震洋特攻隊


8月16日に亡くなった人 ~ 震洋特攻隊

ベニヤ板を接着剤で貼り合わせただけの
おもちゃのようなモーターボートを集めて
どこかの見知らぬ大人たちが「特攻隊」と呼んだ。
乗組員は人間ひとりと、爆薬250キロ。

1945年8月16日。
戦争が終わったはずの翌日に、
初めて出撃の命令が下る。

準備中、一つの船が爆発して、
111人の若者が、こっぱみじんになった。

震洋特別攻撃隊、手結基地。
東京から遠く離れた高知の海辺の小さな村で、
誰も戦争が終わったなんて教えてくれなかった。

 「国のために死ぬ覚悟はできていた。
 しかし犬死をする覚悟なんて持っているわけがない。」

生き残った男の目には今もはっきりと
真っ赤に染まる海が見える。

人間が始めた戦争なのに
人間はそれをうまく終わらせることができない。

なのにまた世界のどこかで
今にも始めようとしたりしてる。

どうして人間はそんなにも。
どうして人間はこんなにも。

090816-elvis2


8月16日に亡くなった人 ~ エルヴィス・プレスリー

メンフィスの小さなレコーディングスタジオに
ふらりとやって来た白人の若者。
高校を卒業しトラックの運転手をしているという18歳は、
聞けば母親の誕生日に歌を贈りたいという。

黒人初の大統領が生まれるたった50年前のアメリカでは、
人種の壁ははるかに高く、
それは音楽ですら例外ではない。
黒人はブルース。
白人はカントリー。

オーナーのサム・フィリップスが
どんな歌を歌えるのかとたずねるとこう答えた。

 「僕は何でも歌えます。
僕は誰にも似ていません。」

彼の名は、
エルヴィス・プレスリー。

何かに例えようとする時点で、
それはもうロックではない。

そもそもロックなんてジャンル自体、
ロックの神様には失礼な話。

今日、8月16日は、
エルヴィス・プレスリーの
亡くなった日。

佐伯祐三


8月16日に亡くなった人 ~ 佐伯祐三

1923年。
西洋画の聖地、
パリに渡った佐伯祐三は、
狂ったように絵を描いた。

その狂気は、
画壇を鮮やかに彩るかわりに、
彼自身の心と体を黒く黒く塗りつぶしていく。

 「きっと俺はやりぬく 
 やりぬかねばおくものか
 死-病-仕事-愛-生活」

何よりも死が一番近く、
だからこそ必死で生きた。

今日、8月16日は、
佐伯祐三の亡くなった日。

ベラ・ルゴシ


8月16日に亡くなった人 ~ ベラ・ルゴシ

黒いマントと燕尾服。
オールバックに白い牙。

「魔人ドラキュラ」で一躍スターとなったベラ・ルゴシは、
その後、自ら作り上げたドラキュラ像から逃れられず、
B級俳優の烙印を押される。

彼は亡くなる直前こう言い残す。

 「埋葬するときには
 黒いマントを着せてほしい。」

最後までドラキュラでありつづけようとした彼が、
B級であるはずはない。

今日、8月16日は
ベラ・ルゴシの亡くなった日。

マーガレット・ミッチェル


8月16日に亡くなった人 ~ マーガレット・ミッチェル

自分を書くことはひどく勇気がいる。
偽善的にも偽悪的にもすぐなり下がるから。

作家、マーガレット・ミッチェルはその点、
正直すぎるほど正直に自分の人生を書いた。

「風と共に去りぬ」の主人公スカーレットは、
彼女そのもの。

結婚した男は粗暴で不埒で魅力的。
それでも昔の恋が忘れられずに傷つき別れる。

 「Tomorrow is anotherday.」

それはきっと彼女が
自分自身に言い聞かせ続けた言葉。

今日、8月16日は、
マーガレット・ミッチェルの
亡くなった日。

セルマン・ワクスマン


8月16日に亡くなった人 ~ セルマン・ワクスマン

正岡子規からショパンまで
世界中の才能を奪い続けた死の病、結核。

その特効薬を発見しノーベル賞を受賞した、
セルマン・ワクスマン。

しかし実際にこの抗生物質を発見したのは
彼の研究室にいた23歳の研究生だった。

部下の栄誉を横取りした非道な上司とみるか。
部下に資金と機会を与えた偉大な上司とみるか。

今日、8月16日は、
ワクスマンの亡くなった日。

送り火


8月16日の送り火

盆地を囲む五つの文字が
京都の空を赤く燃やす。

今夜、京都では
亡くなった人を偲ぶ、
大文字五山送り火が行われている。

今日、8月16日に亡くなった、
プレスリー、ミッチェル、佐伯祐三。

あぁ。
あなたたちの残したもののおかげで
こんなにも私たちは
泣いたり笑ったり驚いたりできます。

「人を思う」と書いて
「偲ぶ」。

さて、
あなたは今日、
誰を思いますか。

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中村直史 09年8月15日放送

0815

寺島尚彦 「さとうきび畑」

人の声は聞こえず
ただただおだやかに、
風が吹き抜ける
沖縄のさとうきび畑。

その下にはいまも
勝ち目のない地上戦を戦い、
自決していった方たちが眠っているという。

寺島尚彦は、畑を吹き抜ける風に
死んでいった者たちへの
思いを乗せて
「さとうきび畑」という曲をつくった。

風の音は66回繰り返される。
それは、終わることのない
祈りのようでもある。

hiroshima

美空ひばり 「一本の鉛筆」

その歌が初めて歌われたのは、
1974年8月のことだった。
第1回広島平和音楽祭のために
つくられた歌の名は「一本の鉛筆」。

出番を待つ美空ひばりは、
太陽が照りつけるステージのかたわらにいた。
冷房のある控室へ行くようすすめられても、
そこを動かない。

「広島の人たちはもっと暑かったはずよね」
静かにつぶやいた。


一本の鉛筆があれば 人間のいのちと 私は書く

戦争を憎み
みんなを励まし続けた
ひばりさんらしい歌だった。



hara

ビクトル・ハラ 「平和に生きる権利」

1973年.
チリのサンティアゴにあるスタジアムで、
軍事政権に反対する
多くの若者が殺されたとき、
最後まで歌を歌い続けていた
といわれる男がいる。

ビクトル・ハラ。
「歌は弾圧に対する武器になる」
そう信じていた。

事実、どんな権力者にも
彼の歌まで殺すことはできず。

何十年にもわたって、
戦争や権力に屈しない人たちの間で
歌い継がれた曲の名は
「平和に生きる権利」。

いま、 彼が殺されたスタジアムは
「ビクトル・ハラ・スタジアム」と
名前を変えている。


0815

K&J Kids 「アイアイ」

日韓ワールドカップ開催に
盛り上がっていた2002年のこと。
韓国のとある先生が
素敵な提案をした。

「いっしょに歌を歌いませんか」

韓国の子どもたちは、日本の童謡を。
日本の子どもたちは、韓国の童謡を歌うんです。

そうして集まった
子どもらは「K&J Kids」という名のもと、
ともに歌い、それはCDにもなった。

両国の小さな歌手たちはどんな気持ちで歌ったのか。
子どもらの感想をちょっとだけ紹介します。

「日本の歌も韓国語で歌うと韓国の歌のように思った」
「意味はよくわからないけれど、心温かくなる」

ね、歌っていいんですよ、やっぱり。


0815

RCサクセション 「明日なき世界」

RCサクセションが
その曲を日本に送り出したのは、
戦争が終わって43年目、
1988年の8月15日だった。

アルバム「カバーズ」に収められた
「明日なき世界」。

戦争を知らない若者たちにも、
どストレートな反戦の歌はずしりと響いた。

あれから20年がたつ。
近頃は、反戦の歌なんて時代遅れなのだろうか。
戦争こそ時代遅れだと
世界中が思う日はまだ遠いのだろうか。


peace

エルビス・コステロ 「(What’s So Funny Bout) Peace, Love & Understanding 」

ありえないシーンを
想像してみる。

世界中の国のトップが、
国連ビルの地下室につくられた
秘密のカラオケボックスで歌っている。

曲はエルビス・コステロの
(What’s So Funny Bout) Peace, Love & Understanding 
「平和と愛と理解し合うことの、何がおかしいっていうんだ?」

ネクタイやスカーフを頭に巻き
肩を組み合い熱唱する各国首脳たち。

バカみたいな想像だろうか。
でも、
平和と愛を歌い、理解し合う世界を
想像することの、
何がおかしいっていうんだ?


shirayuri

新垣勉 「白百合の花が咲く頃」

新垣勉という歌手がいる。
盲目の歌手である。

目が見えないことが理由なのかはわからないが、
彼の歌は、目には見えないものを伝えてくれる。

「白百合の花が咲く頃」という曲も、
そんな歌のひとつだ。


戦争は確かに巨大な現象です。
しかし、私たちにとって今必要なことは、
その時その場所で、泣き笑い愛し合い暮らしていた一人ひとりの人間が、
戦争について何を想い何を感じ生きていたか、
その心の内を知ること、想像することではないでしょうか。

目を閉じて
誰かの気持ちに思いをはせる。

それは、人間にできることの中で
最も大切なことのひとつだと、
彼の歌は教えてくれる。

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番組制作奮闘記-4


自由がいちばん、難しい。 (細田高広)

前回の記事にあった、南麻布の夜。
思い返して手帳をめくってみたら、
6月8日と書いてあります。
オンエアーからさかのぼること約2ヶ月ですね。

僕らは早速、翌日から原稿に取り組みました。
が、思うように筆が進みません。
「コンビニを舞台にしたオムニバスで、あーで、こーで…」
と皆で話しているときには捉えた気がした「企画の芯」。

それが、いざ原稿用紙を前にすると
蜃気楼のように儚く消えてしまうのです。

こんなとき、普通の広告制作の仕事ならば
オリエンペーパーを読み返して
「そうそうこれが問題なんだよな」
と一から再確認できるのですが。

この仕事にお題なんてあるはずありません。
純粋に、何が書きたいの?が試されている。

はて。コンビニを舞台に、
一体何を書けば面白いんだろう。

何も制約のない広大な白紙が、
まるで砂漠のように思えてきます。

悩んだ挙句、
コピーライターだし広告発想で進めてみよう、
とコンビニの中の商品に寄り添って書き始めました。

僕と八木田でなんとか揃えた原稿、およそ5本。
おそるおそるJ-WAVEの久保野さんと、
厚焼玉子さんに送ります。
すると、返事はすぐに帰ってきました。

「商品に縛られ、自由を失っています。」

不自由な言葉は、すぐにバレる。

(つづく)

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五島のはなし (番外)

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「五島のはなし」連載中の中村直史くんが
五島に帰ったきり、ちっとも記事を更新しなくなりました。

図書館のパソコンで仕事をする羽目になったという
噂もききますが、もしかしたら
鯛やヒラメと舞い踊っているのかもしれません。

折しもいま、五島の福江島は
お盆の行事「チャンココ踊り」の最中です。
写真のように腰ミノをつけて花笠を被った人たち、
(なんだか派手な浦島さんのようです)が踊ります。
直史くんも踊っているのかもしれません。
その際、鯛やヒラメや乙姫さまはご一緒なのでしょうか。
興味があります。
興味がありますが、直史くんは記事を送ってくれません。

さて、そのチャンココ踊りは長崎県の無形民族文化財です。
チャンと鉦を鳴らしてココと太鼓をたたくから
「チャンココ」だ、という説もありますが
やはりここは韓国語をひもといて
「チャンゴ」=「太鼓」であることを理解すべきと思います。
発祥は定かではありませんが、
800年ほど前から伝わっているそうです。
親から子へ伝授される踊りだそうで
観光客が飛び入りで踊れるものではありません。
(だいたい腰ミノは普通に売っていないと思います)

中村直史くんもお父さんから伝授されているのでしょうか。
腰ミノを用意すれば踊ってみせてくれるでしょうか。
帰京が待たれます(厚焼玉子)

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番組制作奮闘記-3


今は、Barよりもコンビニ(八木田杏子)

このまえは唐突に、
「CVS MIDNIGHT」の番組紹介をしてしまいました。

いつのまに創ったの?
どうやって創ったの?
なんで古田組?

そんな疑問を持たれた方もいると思います。

日曜日の25時からは「J-wave25」という、
新しい番組にトライできる時間。
今年の3月には、山本高史さんが
ロックの歌詞をコトバで紐解く「言葉ロック」を放送しました。

Visionでラジオ番組に目覚めていた古田組。
そこで何かやらない?と厚焼玉子さんが言ってくれた瞬間、飛びつきました。

そのときはまだ、「コンビニ」というテーマは見えていません。
古田組長が発案した「サウンド・プレイスメント」という考え方で、
広告では描きにくい「商品にまつわる物語」を書き始めました。
細田と八木田が、思い思いに書いた原稿は、1話完結のオムニバス。
全体を貫くテーマや構成が見えないものでした。

さすがに何か、繋がりがほしいよね。
パルプフィクションみたいに、最後に分かるとか?
登場人物を同じにする? 
場所を決める?

J-waveの久保野さん、厚焼玉子さん、古田組で
うんうん唸ること1時間。

架空のBarをつくって、マスターとお客さんを描いてみる?
いや今は、コンビニの店員とお客さんの方が面白いんじゃない?
コンビニって、いろんな人の本性が、透けて見える感じがするよね。
スポンサーも探しやそうですね。

面白いものになりそうな予感。
ビジネスになりそうな安心感。

全員の顔が、ほころびました。
六本木ヒルズから見下ろす景色が、
煌びやかな夜景に変わっていました。

そして、5人揃って西麻布へ。
いい仕事が始まりそうな夜は、お酒がすすみます。
お茶漬けを食べるころには、なぜか、
身体の柔軟性を競うために、みんなで前屈していました。
1位は厚焼玉子さん。べったり手のひらがつきます。

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番組制作奮闘記-2 (番宣)


外灯に集まる虫たちのように(細田高広)

冷気と明かりに誘われて、
深夜のコンビニには
人が吸い込まれるように集まってきます。

仕事帰りの人も。出勤前の人も。
高給取りも。フリーターも。
おじいちゃんも。少年も。
芸能人や、社長さんだって。

普段、交差するはずの無い人も、
コンビにではすれ違う。

無表情の仮面の下に、
どんな感情を隠しているのか。

もし、心の声が聞こえる特殊能力に
目覚めたとしたら、
コンビニは是非行ってみたい場所ではないか。

そんな妄想話から、ラジオ番組の企画が生まれました。

——————————–
J-WAVE25 CVS MIDNIGHT 〜熱帯夜の物語〜

8月16日 25時~26時 

ナレーター
大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/
地曳豪 http://www.gojibiki.jp/index.html
三坂知絵子 http://www.studio-2-neo.com/

スタッフ
原案 古田彰一
構成・演出 森田仁人 厚焼玉子
スクリプト 細田高広 八木田杏子
AD 吉田 香(J-WAVE)
CP 久保野永靖(J-WAVE)

———————————-

どうぞ、眠りながら聞いてください。

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番組制作奮闘記-1 (番宣)


日曜日を終わらせたくない夜に(八木田杏子)

日曜日を終わらせたくない夜は、
つい夜更かしをしてしまいます。
寝るまではずっと、日曜日。
たとえ12時を超えたって、日曜日。

そんな延長戦に入ったときのために、
ラジオ番組をつくりました。

テーマは、熱帯夜のコンビニ。

そこは、外と家の中間のような場所。
何気ない振る舞いや表情の奥に、
無防備な本音が見え隠れします。

割り切れたようにみえるコンビニという場所で、
割り切れない人の思いが聞こえてきたら・・・。
ただすれ違うだけの人も、優しく見送りたくなる番組です。

今週末の日曜日、深夜25時からJ-waveでお届けします。

放送:   8月16日  25時~26時
出演:   大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/
       地曳豪 http://www.gojibiki.jp/index.html
       三坂知絵子 http://www.studio-2-neo.com/
原案:   古田彰一
演出:   森田仁人 厚焼玉子
スクリプト:細田高広、八木田杏子
AD:   吉田 香(J-WAVE)
CP:   久保野永靖(J-WAVE)

お休みを終わらせる前に、どうぞ。

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地震 台風

今朝5時7分を皮切りに地震が11回ほどあった。
これを差別するならば、最初のが「地震」、
残りは「余震」というやつだろうか。
「余震」の最後はいまのところ震度1で
静岡県清水市あたりが多少揺れた程度らしい。

「地震」の震源地は駿河湾で、マグニチュード6.6。震度6だった。
横ズレ断層型だそうなので、
いわゆる「東海地震」ではないそうだが
なんにしろ東海地震の震源となるべきプレートに
なんらかの力が加わったことに変わりはないのだが
海の底のことなので調査も面倒と思われる。

さて、地震のおかげで影が薄くなってしまったが
台風9号も関東に接近しており、
すでにしてかなりの雨が降っている。
台風と地震がセットになるとろくなことがない。
土砂崩れも起こるし、
お盆の帰省ラッシュのときに通行止めになる道路も
あるかもしれない。

地震も台風も気象庁でニュースを見ることができる。
テレビよりも冷静に事実を伝えているので
みなさん、こちらをどうぞ。
http://www.jma.go.jp/jma/index.html

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江口順也 09年8月9日放送

0桜木


バスケットマン、桜木。
  

10代を部活に明け暮れたやつは、
夏になると、あの頃を思い出す。

部活は、家。

そこには、絆があって、居場所があって、いざこざもあって。

部活は、檻。

そこから、みな一度は脱走を企て、縛られない自由に憧れて。

部活は、幻。

そこでの、とくべつな日々はいつか終わるという覚悟の下で。

湘北高校バスケ部に入部した、桜木花道は、
夏の体育館で、シロートから天才への進化を遂げる。

その姿を、かつての部活少年、部活少女たちはみな、
ハラハラと、自分のことのように見守った。

だから、漫画「スラムダンク」は、1億冊も売れたんだろう。

みんなブーブー言いながら、部活が、大好きだったんだ。

キャプテン、赤木。


キャプテン、赤木。

夏の体育館は、
やる気なき者を追い出しにかかる。

肺がヤケドするかのような、熱の篭もった空気。

足を滑らそうと狙ってくる、汗まみれの床。

膨れ上がったボールは、本気でキャッチしないと、突き指をする。

そんな体育館を、湘北バスケ部キャプテンの赤木は、
誰よりも愛していた。

弱小チームでありながら、心はいつも全国制覇。
そのスピリッツに、僕らはいつも励まされた。

大人になった今も、ちょっと何かを怠けていると、
すぐに頭の中に聞こえてくるようだ。
あの、キャプテンの口癖が。

 「ばかもん!」

夏が来ると、部活の日々を思い出す。

青春のバスケ漫画「スラムダンク」を、思い出す。

シックスマン、木暮。


シックスマン、木暮。

多くの少年少女は、
10代の夏に、
初めての挫折を味わう。

「補欠」という現実。

部活の試合に出られない、レギュラーになれない、自分。

ある者は、悔しさをバネにする。
ある者は、悲しみにふさぎ込む。
ある者は、調子よくやり過ごし、
ある者は、不公平だと憤る。

ところが湘北バスケ部の控え選手、3年の木暮は、そのどれでもなかった。

自分を追い抜いていく後輩の成長を心から喜び、
負けじと、自らも練習に励んだ。

メガネ君と呼ばれた、その彼は、レンズの奥から、
いつもチーム全体を見ていたのだ。

木暮君が放ったシュートで、
ラスト1分、勝てば予選突破という最終試合。
湘北高校は見事に全国行きを決めた。

夏が来ると、部活の日々を思い出す。

青春のバスケ漫画「スラムダンク」を、思い出す。

090809-04


No.1ガード、宮城。

なんで、オレの敵はいつも、スゴイやつばっかなんだ。

なんで、オレより皆、10cmも背がでけーんだ。

なんで、オレはそれでも、まるで負ける気がしないんだ。

なにをして、オレはあいつらに、一泡吹かせてやろうか。

まったく・・・ アヤちゃん。

バスケ部のマネージャーだったキミに、
一目惚れなんてしたばっかりに。

こんな楽しいことになっちまった。

夏が来ると、部活の日々を思い出す。

青春のバスケ漫画「スラムダンク」の、
宮城リョータを思い出す。

天才シューター、三井。


天才シューター、三井。

かつて男はスターと呼ばれた。
バスケットボールで、かなうやつは殆どいなかった。

悲劇は突然。大怪我。長引くリハビリ。
拭えない焦りと、チームから必要とされなくなる恐怖。

そんな葛藤から、いつしかバスケを憎むようになっていた。
気がつけば、体育館に土足で殴り込んでいた。

しかし――――

  安西先生・・・ バスケが、したいです。

憧れの恩師の前で、男はウソをつけなかった。
バスケなんか嫌いだ、というウソを。

こうして、天才シューター 三井 寿 は再びコートに戻ってきた。
チームのためにすべてを捧げているうちに、
かつての自分を、とっくのとうに越えていた。

夏が来ると、部活の日々を思い出す。

青春のバスケ漫画「スラムダンク」を、思い出す。

スーパールーキー、流川。


スーパールーキー、流川。

二の腕が痛いほど、シュートを打ち込んだか。
両ヒザが笑うほど、ダッシュを繰り返したか。
目と閉じても、ゴールまでの距離が分かるか。
画面に穴が開くまで、対戦相手のビデオを見たか。
全身の筋肉と関節を、とことん苛め抜いたか。
バッシュを何足、履きつぶしたか。
勝つイメージを、何種類描いたか。

すべてにYesと答えられなければ、
湘北バスケ部のルーキー、流川と戦うには、まだ早い。
日本一の高校生を目指してるあいつのことだ、

 おめーにかまっているヒマはねぇ、

なんて言われんのが、オチさ。

夏が来ると、部活の日々を思い出す。

青春のバスケ漫画「スラムダンク」を、思い出す。

安西先生


安西先生

安西先生は、言った。

 あきらめたら、そこで試合終了だよ。

かつてスラムダンクという漫画が、
社会現象的にヒットする中で。
このコトバはいちばんの名ゼリフとして、
どんどん一人歩きしていった。

恋愛も、
犬のトイレのしつけも、
CO2削減も、

あきらめたら、そこで試合終了だよ。

そんなふうに言われたら、
あきらめるわけにいかない。

だって、試合を途中で投げるなんて、
部活少年のやることじゃないじゃないか。

井上雄彦


井上雄彦

高校のバスケ部を描いて人気絶頂だった
漫画「スラムダンク」は、
全国トーナメント第二戦という
中途半端なところで突如連載を終了した。

作者の井上雄彦は、こう言った。

 前の試合よりも、
 つまんない試合は絶対描きたくなかった。

バスケの神様マイケル・ジョーダンが、
これ以上、最高のプレイを見せることができないという理由で
引退したように。

井上の引き際は、まさにスポーツマンのそれだった。

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