蛭田瑞穂 11年01月02日放送



新年の歌④「お正月」

明治の作曲家、滝廉太郎。

15歳で現在の東京芸術大学に入学すると、
4年後に首席で卒業。

「荒城の月」「箱根八里」など
23歳で亡くなるまでに
数々の名曲をつくった夭逝の天才作曲家。

お正月が待ち遠しい子どもの心を表現した
童謡の「お正月」も彼の手によるもの。





新年の歌⑤「美しく青きドナウ」

1866年にプロイセン王国とオーストリア帝国の間で起こった
「普墺戦争」はプロイセン王国の勝利で終結した。

敗戦したオーストリアの国民は悲しみに沈んだ。

そんな国民を励まそうと、
ウィーン男声合唱協会の指揮者ヨハン・ヘルベックは
ヨハン・シュトラウス2世に合唱曲を依頼する。

それまで合唱曲を書いたことがなかったシュトラウスは
一度はその依頼を断るが、ヘルベックの熱意に押され曲を書き上げる。

そして生まれたのがワルツ『美しく青きドナウ』。

最初は男声合唱曲だったが、
のちにシュトラウスが管弦楽曲に書きなおすと人気を博し、
「シュトラウスの最高傑作」とまで賞讃されるようになった。

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が新年に開催する
ニューイヤーコンサートではこの『美しく青きドナウ』が
アンコール曲として演奏される。

アンコールでは、曲の序奏部を演奏したあと、
拍手によって曲をいったん打ち切り、
指揮者や団員の新年の挨拶が行われることが恒例となっている。







新年の音楽⑥「クレメンス・クラウス」 

ウィーンのお正月の風物詩といえば、
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が開催する
ニューイヤーコンサート。

1939年に始まったこのコンサートの初代指揮者が
クレメンス・クラウス。

1893年、ウィーンに生まれたクラウスは
その貴族的な容姿と優雅な演奏スタイルで人気を博し、
世界的な指揮者へと登り詰めた。

1954年に亡くなるまで、
ニューイヤーコンサートの指揮者を7度も務めた
クレメンス・クラウス。

その生涯に渡る業績が讃えられ、
現在では「最後のウィーンの巨匠」と呼ばれている。





新年の歌⑦「オールド・ラング・サイン」 

『蛍の光』はスコットランドに古くから伝わる民謡。
原題は『オールド・ラング・サイン』という。

作者は不明だが、歌詞を現代に伝わる形に変えたのが、
18世紀のスコットランドの詩人ロバート・バーンズ。

旧友と再会し、思い出話を語りながら酒を酌み交わす。
その歓びが歌詞に綴られている。

その詞の内容もあり、スコットランドで
『オールド・ラング・サイン』は新年を祝う歌としてうたわれる。





新年の歌⑧「春の海」

琴演奏家、宮城道雄が作曲した『春の海』。
1930年の歌会始の勅題「海辺の巌」にちなんで作曲された。

8歳で失明した宮城道雄はこの曲を
幼い頃祖父母と暮らしていた瀬戸内の風景を
思い浮かべてつくったという。

この曲を有名にしたのが、
フランス人のヴァイオリニスト、ルネ・シュメー。

この曲の旋律に魅せられた彼は
尺八のパートをヴァイオリンに変え、
宮城道雄とアンサンブルした。

その演奏を収録したレコードは日本だけでなく、
アメリカ、フランスでも発売された。

宮城道雄の脳裏に焼きついた瀬戸内の美しい春は、
海を越えて、人々の耳に届けられることになった。


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