2011 年 4 月 30 日 のアーカイブ

名雪祐平 11年5月1日放送



シャガール 1

ピカソは、こう言った。

 私は探すのではない。
 見つけるのだ。

それに対して、シャガールは言った。

 この私、私は待つのだ。

いったい、何を。
それは愛の表現だったのかもしれない。

ロシア革命に失望し、
移住したパリではナチス侵攻があり、
亡命したアメリカで最愛の妻を
亡くした、シャガール。

画家は歴史の中を生き、
その時代に描いた愛を
いま私たちは
受け取っているのかもしれない。





シャガール 2

ロシア生まれの画家、
シャガールは22歳の時、
14歳のベラに出会い、恋に堕ちる。

労働者階級出身のシャガール。
一方、裕福な宝石商の娘で、
才色兼備のベラ。

家柄の差もあり、ベラの両親をはじめ、
結婚には猛烈な反対をされてしまう。

けっきょく、出会いから6年の歳月がかかり、
二人は結ばれた。

シャガールは、二人をモデルに
いくつもの絵を描いた。

空を飛ぶ花婿花嫁。

舞い上がる絶頂の気持ちが
キャンバスからあふれそう。







シャガール 3

ロシアの貧しい事務員の息子として
生まれた、マルク・シャガール。

父と同じような職業につくこと。
それが当時の階級社会の
習わしだった。

 ママ、ぼく、画家になりたいんだ。

息子の希望に、母はこう言った。

 ママはあなたに才能があると
 信じているわ。
 でも、もしかすると、
 事務員という職業があなたには
 合っているかもしれないと
 思うのよ。

才能を認めてもなお、
母親は、平凡で幸せな人生を望んでしまう。

それでも息子はあきらめず、
母親を説得し、絵の塾に通わせてもらうことで、
事務員への運命を避けることが
できたのだった。





シャガール 4


シャガールは、
76歳の時にパリ・オペラ座の
天井絵の依頼を受けた。

納得いくまで何度もやり直したという。
うまく描けないといって、
声をあげて泣くほど鬼気せまる姿があった。

何歳になっても、大御所になっても、
既存の方法への敵意を常に持ち続けた。

“敵意”というほどの強烈なエネルギー。
だからこそ生まれた傑作の数々。

 まず感動することだ。
 感動がないなら、やめたほうがよい。

97歳で亡くなるまで、
その姿勢を貫いた天才だった。





サガン 1

その小説は、
こんな書き出しではじまる。

 ものうさと甘さがつきまとって
 離れないこの見知らぬ感情に、
 悲しみという重々しい、
 りっぱな名をつけようか、私は迷う。

作者はパリの18歳の女子大生、
フランソワーズ・サガン。
処女作『悲しみよ こんにちは』である。

1952年の初版は、わずか三千部。
それから部数を伸ばしたのは、
皮肉にも、その新しい文体に猛反対した
批評家たちのせいだった。

批評が、分別くさい大人の意見であればあるほど、
「小娘の小説」と反対すればするほど、
逆にサガンの新しさ、瑞々しさを証明することになり、
人々は興味津々になった。

それは、サガン自身が
時代の主人公になっていくという、
ストーリーの書き出しでもあった。





サガン 2

フランソワーズ・サガンの
『悲しみよ こんにちは』は、
フランスで100万部、
それから25カ国以上に翻訳され、
500万部の大ベストセラーになった。

時代の寵児となった18歳に、
大人の質問は退屈だった。
大金持ちになった感想とか、
ワンパターンにおちいった質問ばかり。

サガンはこんな言葉を返した。

 お金は持っている側だけでなく、
 持っていない人をも支配してしまいます。

お見事。





サガン 3

フランソワーズ・サガンは、
まるで自分の小説の登場人物のようだった。

22歳の時、
愛車アストン・マーチンで転落事故。
「サガン即死」というニュースが
流れるほどの瀕死の重傷を負う。

23歳の時、20歳年上の男と結婚。
ルーレットで8に賭けて
800万フランを当て、別荘を購入。

酒、麻薬、ギャンブル、クルマ、
そして男にのめり込んだ。

肉体的にも精神的にも、
過剰なものがあると休まる。

と語ったサガン。

それは深い孤独を埋めるための
過剰だったのだろうか。





サガン 4

科学的に、考えよう。
合理的に、考えよう。

でも、いつのまにか
人の心がないがしろになっていないだろうか。

フランソワーズ・サガンは警告する。

 思いやりのない頭の良さというのは
 なんとも危険な兵器よ。

合理的に考えた時の、
選ばれる何かと、
切り捨てられる何か。

その両者の間を
私たちはどれだけ思いやり、
埋めることができるだろうか。

この、不安定な時代にこそ。

文学的に、考えよう。

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八木田杏子 11年4月30日放送



スティーブ・ジョブズのフォント

人生の役に立たなそうなもの。
それでも、強く興味を惹かれるもの。

それが、未来をつくる
きっかけになることがある。

スティーブ・ジョブズが
ふと興味を惹かれた大学の授業は、
カリグラフィーだった。

そこで彼はフォントのつくり方を、学問として学んだ。

言葉を美しく見せるための書体について習い、
文字と文字のスペースを整えることを覚えた。

スティーブ・ジョブズは、その緻密さに魅せられた。

それから10年経って、
マッキントッシュ・コンピューターをつくるときまで、
フォントの知識が役立つときがくるとは思っていなかった。

Macのフォントは美しい。
それは緻密な計算から生まれている。





自閉症の作家 東田直樹

自分はどうして、人と違うのだろう。
どうしたら、分かってもらえるのだろう。

そう思うところから、
文学は生まれるのかもしれない。

自閉症の高校生、
東田直樹は作家でもある。

自閉症の人はカレンダーが好きな人が多いと
語るときに彼は、こんな言い方をする。

数字はそれ自体が、一つのことしか表しません。
見ていて安心します。

なぜ、そんなにうれしいのかが、
普通の人から見ると、
とても奇妙に思えるかもしれません。

東田直樹は、
人と違う自分を押し殺すことも、
押しつけることもせず
そっと生きている。





田坂広志

おなじ仕事をしているのに、
辛そうな人と、幸せそうな人がいる。

その違いを田坂広志は、寓話で語る。

ある町の建設現場で働く、二人の石切り職人に、
旅人が聞きました。

あなたは、何をしているのですか。

ひとりは、
石を切るために悪戦苦闘していると答えた。
もうひとりは、
素晴らしい教会を造っていると答えた。

目の前の作業を見ているか、
その先の未来を見ているか。

目線がすこし上がると、
仕事の充実感が変わると田坂は語る。

あなたは、何をしているのですか。

一週間たっぷり休んだ後に
そう聞かれたら、
いつもと違う答えが浮かぶかもしれません。







遠山正道 「Soup Stock Tokyo」

新しいアイデアは、なかなか理解されない。

きょとんとする人たちを、味方にするために。

スープ専門店「Soup Stock Tokyo」を
世に送りだした遠山正道は、緻密な企画書を書いた。

戦略や数字ではなく、
頭のなかにあるイメージをふくらませて
ショートストーリーのように綴ったのだ。

秘書室に勤める田中は、
最近駒沢通りに出来たSoup Stockの
具だくさんスープと焼き立てパンが大のお気に入りで、
午前中はどのメニューにしようかと気もそぞろだ。

誰が、どんな顔をして、どう行動が変わるのか。
遠山のイメージを細部まで丁寧に描いた
22ページの企画書には、リアリティがあった。

めざす未来がくっきりすると、
きょとんとする人にもわかりやすくなる。

1997年に遠山が綴った企画書どおりに
Soup Stock Tokyoは誕生し、
今では都内のあらゆる場所で
お店を見かけるようになった。

子どものように夢を思いつき、
大人としてイメージを緻密に描く。

楽しい妄想を膨らませると、
夢を叶える味方がふえてゆく。





山本周五郎

あの人はどうしようもないと、皆が口をそろえて言う。

そんな人間が変わるために、
必要なものはひとつだけだと、
山本周五郎は考えていた。

それを、小説「山椿」で
堕落した男を立ち直らせた主人公に、
語らせている。

信じただけだよ。

信じられるくらい
人間を力づけるものはないからね、
彼は自分で立ち直ったんだよ。

信じてくれる人がいるだけで、
人は変わることができる。

少なくとも山本周五郎は、そう信じている。





谷川俊太郎のグルメ

大人になると苦みや渋みが、美味しく感じる。

舌で感じる味覚だけでなく、
心の感覚もそんな風に変わっていくのかもしれない。

詩人の谷川俊太郎は、
「苦しみのグルメ」になることを勧めている。

苦みや渋みや刺すような辛さに
かすかな甘みがまじっている
その複雑な味を知ると、
喜びの味も深まるからね。

人生の苦みや渋みも
美味しく味わえる大人になりたい。





小川糸 「食堂かたつむり」


好きな仕事をする人は、強くなる。

小川糸の小説、
「食堂かたつむり」の主人公は、
料理をつくることで人生を変えてゆく。

恋人に裏切られたショックで、
言語障害になった彼女は、
田舎町にもどって小さな食堂をひらいた。

言葉を話せなくなった彼女にできる、唯一のこと。
生きることにうんざりしながらも、諦められないこと。

それは、自分の店を持って、料理をつくること。

お客様は、一日ひと組だけ。
その人の身体と心にしみる料理を考えて、
お皿にもりつけていく。

そして、前菜を口にするお客さまを、
おそるおそるカーテンの隙間から覗き見る。

メインディッシュを残さず食べてもらえると、
こみあげてくる幸せが涙になってこぼれないように、
こらえながらアイスクリームをつくる。

やがて彼女は、
苦手だった母親のためにも、腕をふるうようになる。

言葉にできない想いを料理にこめて、
人とつながりなおしていく。

好きなことを突きつめて、人に喜んでもらえる幸せ。
その味わいが、人を強くする。

それは、言葉を書く仕事をすることで、
小川糸が感じていることかもしれない。

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