八木田杏子 11年4月30日放送



スティーブ・ジョブズのフォント

人生の役に立たなそうなもの。
それでも、強く興味を惹かれるもの。

それが、未来をつくる
きっかけになることがある。

スティーブ・ジョブズが
ふと興味を惹かれた大学の授業は、
カリグラフィーだった。

そこで彼はフォントのつくり方を、学問として学んだ。

言葉を美しく見せるための書体について習い、
文字と文字のスペースを整えることを覚えた。

スティーブ・ジョブズは、その緻密さに魅せられた。

それから10年経って、
マッキントッシュ・コンピューターをつくるときまで、
フォントの知識が役立つときがくるとは思っていなかった。

Macのフォントは美しい。
それは緻密な計算から生まれている。



自閉症の作家 東田直樹

自分はどうして、人と違うのだろう。
どうしたら、分かってもらえるのだろう。

そう思うところから、
文学は生まれるのかもしれない。

自閉症の高校生、
東田直樹は作家でもある。

自閉症の人はカレンダーが好きな人が多いと
語るときに彼は、こんな言い方をする。

数字はそれ自体が、一つのことしか表しません。
見ていて安心します。

なぜ、そんなにうれしいのかが、
普通の人から見ると、
とても奇妙に思えるかもしれません。

東田直樹は、
人と違う自分を押し殺すことも、
押しつけることもせず
そっと生きている。



田坂広志

おなじ仕事をしているのに、
辛そうな人と、幸せそうな人がいる。

その違いを田坂広志は、寓話で語る。

ある町の建設現場で働く、二人の石切り職人に、
旅人が聞きました。

あなたは、何をしているのですか。

ひとりは、
石を切るために悪戦苦闘していると答えた。
もうひとりは、
素晴らしい教会を造っていると答えた。

目の前の作業を見ているか、
その先の未来を見ているか。

目線がすこし上がると、
仕事の充実感が変わると田坂は語る。

あなたは、何をしているのですか。

一週間たっぷり休んだ後に
そう聞かれたら、
いつもと違う答えが浮かぶかもしれません。



遠山正道 「Soup Stock Tokyo」

新しいアイデアは、なかなか理解されない。

きょとんとする人たちを、味方にするために。

スープ専門店「Soup Stock Tokyo」を
世に送りだした遠山正道は、緻密な企画書を書いた。

戦略や数字ではなく、
頭のなかにあるイメージをふくらませて
ショートストーリーのように綴ったのだ。

秘書室に勤める田中は、
最近駒沢通りに出来たSoup Stockの
具だくさんスープと焼き立てパンが大のお気に入りで、
午前中はどのメニューにしようかと気もそぞろだ。

誰が、どんな顔をして、どう行動が変わるのか。
遠山のイメージを細部まで丁寧に描いた
22ページの企画書には、リアリティがあった。

めざす未来がくっきりすると、
きょとんとする人にもわかりやすくなる。

1997年に遠山が綴った企画書どおりに
Soup Stock Tokyoは誕生し、
今では都内のあらゆる場所で
お店を見かけるようになった。

子どものように夢を思いつき、
大人としてイメージを緻密に描く。

楽しい妄想を膨らませると、
夢を叶える味方がふえてゆく。



山本周五郎

あの人はどうしようもないと、皆が口をそろえて言う。

そんな人間が変わるために、
必要なものはひとつだけだと、
山本周五郎は考えていた。

それを、小説「山椿」で
堕落した男を立ち直らせた主人公に、
語らせている。

信じただけだよ。

信じられるくらい
人間を力づけるものはないからね、
彼は自分で立ち直ったんだよ。

信じてくれる人がいるだけで、
人は変わることができる。

少なくとも山本周五郎は、そう信じている。



谷川俊太郎のグルメ

大人になると苦みや渋みが、美味しく感じる。

舌で感じる味覚だけでなく、
心の感覚もそんな風に変わっていくのかもしれない。

詩人の谷川俊太郎は、
「苦しみのグルメ」になることを勧めている。

苦みや渋みや刺すような辛さに
かすかな甘みがまじっている
その複雑な味を知ると、
喜びの味も深まるからね。

人生の苦みや渋みも
美味しく味わえる大人になりたい。



小川糸 「食堂かたつむり」

好きな仕事をする人は、強くなる。

小川糸の小説、
「食堂かたつむり」の主人公は、
料理をつくることで人生を変えてゆく。

恋人に裏切られたショックで、
言語障害になった彼女は、
田舎町にもどって小さな食堂をひらいた。

言葉を話せなくなった彼女にできる、唯一のこと。
生きることにうんざりしながらも、諦められないこと。

それは、自分の店を持って、料理をつくること。

お客様は、一日ひと組だけ。
その人の身体と心にしみる料理を考えて、
お皿にもりつけていく。

そして、前菜を口にするお客さまを、
おそるおそるカーテンの隙間から覗き見る。

メインディッシュを残さず食べてもらえると、
こみあげてくる幸せが涙になってこぼれないように、
こらえながらアイスクリームをつくる。

やがて彼女は、
苦手だった母親のためにも、腕をふるうようになる。

言葉にできない想いを料理にこめて、
人とつながりなおしていく。

好きなことを突きつめて、人に喜んでもらえる幸せ。
その味わいが、人を強くする。

それは、言葉を書く仕事をすることで、
小川糸が感じていることかもしれない。

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