2011 年 7 月 10 日 のアーカイブ

蛭田瑞穂 11年7月10日放送


印象的な冒頭① 太宰治

メロスは激怒した。
必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決心した。



という一文から始まる太宰治の小説『走れメロス』。

国王の悪政に逆らい、処刑を命じられたメロスは、
妹の結婚式のため、3日間の猶予を与えられる。
ただし国王は、3日以内に戻ってこられなければ、
代わりにメロスの友人を処刑する、という条件を出した。

友の命を救うため、そして自分の誇りのため、
メロスは走り続ける。

小説で描かれる青年メロスの燃えるような正義。
太宰はそれを冒頭の一行で見事に表現した。






印象的な冒頭② ヘミングウェイ

かれは年をとっていた。
メキシコ湾流に小舟を浮べ、
ひとりで魚をとって日をおくっていたが、
一匹も釣れない日が八十四日もつづいた。



という一節から始まる、ヘミングウェイの『老人と海』。
餌も残り少なくなったある日、
老人の針に想像を絶するほど巨大なカジキマグロがかかる。

4日間にわたる死闘が繰り広げられ、
ついに老人はカジキマグロを釣り上げる。

しかし、その帰路、
舟にくくりつけてあった獲物がサメに襲われ、
みるみる食いちぎられていく。

大魚と闘う老人の姿を、渇いた筆致で描いたヘミングウェイ。
全編に流れるそのハードボイルドな雰囲気は、
冒頭からすでに漂っている。




印象的な冒頭③ トルストイ

幸福な家庭はどれも似たものだが、
不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである。



という一節からはじまるトルストイの小説『アンナ・カレーニナ』。

この冒頭が生まれたのにはこんなエピソードがある。

ある日、トルストイは叔母の病室で
ページが開いたままになっている本をみつけた。

それは10歳の長男が叔母のために読んでいたプーシキンの小説。
物語は「客人たちは別荘へ集ってきていた」という冒頭で始まっていた。

余計な描写をせず、読者をいきなり物語に引き込む書き出しに、
トルストイは「小説の書き出しはこうでなくてはいけない!」と感激し、
すぐに書斎に籠って『アンナ・カレーニナ』を書き始めたという。

1875年の発表当時から高い評価を受け、
現在では世界文学の最高峰とも讃えられる『アンナ・カレーニナ』。

主人公アンナの不穏な運命をわずか一行で暗示させるその書き出しも、
文学史に残る冒頭と言っていい。




印象的な冒頭④ スコット・フィッツジェラルド

「ひとを批判したいような気持が起きた場合にはだな」と、
父は言うのである。
「この世の中の人がみんなおまえと同じように
恵まれているわけではないということを、ちょっと思い出してみるのだ」 



スコット・フィッツジェラルドの小説、
『華麗なるギャツビー』の冒頭にはこのような一節がある。

たしかに、人はとかく、自分と誰かを比べたがる。
そして羨んだり、嘆いたりする。
しかし結局のところ、人は人、自分は自分。

どんな人生だって捨てたもんじゃない。
フィッツジェラルドがそう言っているような気がする




印象的な冒頭⑤ ロンゴス

レスボスの島で狩をしていたわたしは、
ニンフの森でこれまで目にしたこともない、
世にも美しいものを見た。
それは一枚の絵に描いた、ある恋の物語であった。



という一節で始まる古代ギリシャの小説『ダフニスとクロエー』。
エーゲ海のレスボス島を舞台に、
山羊飼いの少年ダフニスと羊飼いの少女クロエーとの恋模様が綴られる。

この小説が書かれたのは2世紀の後半から3世紀の前半という遥か昔。

そのため作者のロンゴスという人物についても、いつどこで生まれ、
どのようにしてこの物語を書いたのか、詳しいことはわかっていない。

それでも、ひとつだけはっきりしていることがある。
小説の冒頭にも書かれているように、
古代ギリシャの時代から、恋は美しいということである。




印象的な冒頭⑥ 三島由紀夫

長いあいだ、私は自分が生まれたときの光景を
見たことがあると言い張っていた。
それを言い出すたびに大人たちは笑い、
しまいには自分がからかわれているのかと思って、
この蒼ざめた子供らしくない子供の顔を、
かるい憎しみの色さした目つきで眺めた。



こんな一節から始まる、三島由紀夫の『仮面の告白』。
小説の主人公である「私」の生い立ちから青年期までが
「告白」という形式で語られる。

『仮面の告白』は三島由紀夫の自伝的小説ともいわれる。
たしかに主人公の人並み外れた洞察力は、
三島由紀夫そのものという気もする。




印象的な冒頭⑦ 江戸川乱歩

「あの泥棒が羨ましい」
二人のあいだにこんな言葉がかわされるほど、
そのころは窮迫していた。



という一節から始まる、江戸川乱歩の『二銭銅貨』。
貧乏のどん底にあるふたりの青年が、
強盗が盗み隠した大金のありかを推理する話。

江戸川乱歩の処女作にして、
日本で最初の本格推理小説ともいわれる。

『二銭銅貨』の執筆当時、江戸川乱歩は失業中だった。
「あの泥棒が羨ましい」という冒頭の言葉は、
乱歩の本心が表れているのかもしれない。




印象的な冒頭⑧ 夏目漱石

こんな夢を見た。


という書き出しで、すべての短編が始まる
夏目漱石の連作小説『夢十夜』。

第一夜から第十夜まで、十篇に渡って、
さまざまな夢の話が語られる。

死んで百合の花に生まれ変わる女と
その百合を100年待ち続ける男を描いた、幻想的な「第一夜」。
自己の存在の不条理な恐怖を描いた「第三夜」。
明治文化への絶望と批判を語る「第六夜」。

夏の夜、漱石の描いた夢を一緒に見てみませんか?

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