2012 年 2 月 4 日 のアーカイブ

佐藤延夫 12年2月4日放送


松平康隆さんを偲ぶ1

優しい大人が増えている。

学校の先生も、
会社の上司も、
子どもを躾ける親までも。

その優しさは、相手を向上させることではなく、
自分が良く思われたいという思いが見え隠れする。

男子バレーボールの元日本代表監督、
松平康隆さんは、語る。

  大事なことをわからせるために、
  嫌われてもいいという覚悟がなければ
  監督だろうか親だろうが、まともにつとまりゃしない

昨年の大晦日、
厳しい大人がこの世を去った。




松平康隆さんを偲ぶ2

試合を楽しみたい、とコメントするスポーツ選手がいる。

プレッシャーと向き合わない方法なのか、
本気であるが故の照れ隠しなのか、
それとも、本当に楽しむつもりなのか。

男子バレーボールの元日本代表監督、
松平康隆さんは、語る。

  エンジョイしに行くのなら、
  オリンピックとは言わず、ピクニックと言え

こんなことばかり言うから嫌われるんだ、
と松平さんは笑う。




ちづ
松平康隆さんを偲ぶ3

たかがスポーツ、と言う人がいる。

そんな相手に対して、
男子バレーボールの元日本代表監督、
松平康隆さんは本気で抗議した。
ときには作家に、そしてときには政治家にも。

  人間が最も頑張れるのは深い感動の力によって、です。

考えてみれば、
人々が熱狂し、雄叫びをあげるのは
スポーツのワンシーンであることが多い。




松平康隆さんを偲ぶ4

1964年、東京オリンピック。
男子バレーボールは銅メダルを獲得したが、
世間は相手にしなかった。
東洋の魔女、女子バレーが金メダルを取ったからだ。

これを松平康隆さんは、銅メダルの屈辱と呼ぶ。

そして8年後のミュンヘンオリンピックで、
男子バレーボールは、初の金メダルに輝いた。

ウルトラ時間差。
Aクイック。
Bクイック。

現在のバレーボールで常識になった技は、
「小さなナポレオン」と呼ばれた松平さんが開発した。
この言葉を胸に抱きながら。

  常識の延長線上に世界一は絶対にない。
  非常識の延長線上にしか、世界一はない。




松平康隆さんを偲ぶ5

男子バレーボールの元日本代表監督、
松平康隆さんには、
目の不自由なお母さんがいた。
そして人生に必要な多くのことを教わった。

  負け犬になるな
  男は語尾をはっきりしろ
  卑怯なことはするな

松平康隆さんは、サインを求められると
必ず一筆、書き添える。

  負けてたまるか

母から貰った、ありのままの言葉。
その重さを忘れてはならない。



Mike Chien
松平康隆さんを偲ぶ6

それは東京オリンピックの一年前。
男子と女子のバレーボールチームは、
ヨーロッパ遠征に旅立った。

女子は22戦全勝。
かたや男子は22戦全敗。

当時、男子バレーのコーチだった
松平康隆さんは、この屈辱をバネにした。
だからこんな言葉が残された。

  金メダルを取るために、犯罪以外は何でもやった。




松平康隆さんを偲ぶ7

  報われることを期待して、努力してはいけない

男子バレーボールの元日本代表監督、松平康隆さんは、
選手たちに必ずこう言ったという。

それは冷たい言い草のように思えるが、
世の中は、現実は、確かに甘くない。
努力すれば誰でも金メダルが取れるわけではないのだから。

松平さんが言いたかったのは、
「為せばなる」ではなく、
「為そうとする気持ちが大切」ということ。

そして指導者に対しても、自説を語る。

  指導者とは、教える人間ではありません。
  もっとも心掛けなければならないのは、
  生み出すことのできる人間に育ててやることです。

自分の役割をしっかりと心得ている指導者は、
今の日本に、何人いるだろう。

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