2015 年 4 月 5 日 のアーカイブ

佐藤理人 15年4月5日放送

150405-01
作家たちの副業① 「エリオット」

詩人T.S.エリオットの副業は銀行員だった。

通勤する大勢のサラリーマンを見て、

 白アリの群れ

と笑い、自分の職場について

 死ぬまでここにいると思うとゾッとする

と嘆いたが、
内心では定職があることに感謝していた。
文学仲間が独立資金の提供を申し入れたときも、
仕事がもたらす安定を選んだ。

1948年。定年を迎えた年に、
彼はノーベル文学賞を受賞する。

金のために書くのではない。

仕事柄、お金の価値を知り尽くしていたからこそ、
彼は決して自分を安売りしなかった。


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佐藤理人 15年4月5日放送

150405-02
作家たちの副業② 「メルヴィル」

作家ハーマン・メルヴィルの副業は農家だった。

広大な畑に面した書斎の窓から見える景色は、

 まるで大西洋を進む船から
 外を眺めているようだった


代表作「白鯨」はこの部屋で生まれた。

冬の夜、風のうなり声を聞きながら
畑に降り積もる雪を見ていると、
白くて巨大な何かに
世界が吸い込まれていく気がした。

それはエイハブ船長ら乗組員が、
物語の最後で鯨のモビーディックに倒され、
海に飲み込まれていく様に少し似ていた。


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佐藤理人 15年4月5日放送

150405-03
作家たちの副業③ 「アシモフ」

SF作家アイザック・アシモフの副業は
お菓子屋さんだった。

父親が経営する何軒もの店を
彼は大人になるまで手伝った。
営業時間は朝の6時から夜中の1時まで。
休みはない。

 私は今も、これからも、
 ずっとあの菓子屋にいる


幼い頃、体に刷り込まれた一生懸命働く歓びが、
作家になった後も彼を突き動かし続けた。

なぜ休むより働く方が好きなのか。
それはサイエンスでは解けない謎だった。


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佐藤理人 15年4月5日放送

150405-04
作家たちの副業④「ダーウィン」

生物学者チャールズ・ダーウィンの副業は
地質学者だった。

ヒトはサルから進化した。
そんな話が19世紀のイギリスで
受け入れられるはずがない。

学会から追放されるだけでなく、
教会から断罪されるかもしれない。

だから彼は身分を偽った。
地質学に関する本を何冊も書き、
科学界で信用を高めることに努めた。

1859年、ついに「種の起原」を出版。

 最も強い者が生き延びるのではなく、
 最も賢い者が生き延びるのでもない。
 唯一生き残るのは、変化できる者である。


「進化論」は、初めは激しく批判されたが、
次第に受け入れられ始めた。

世の中が進化するまでに、
彼は30年近く待たなければならなかった。


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佐藤理人 15年4月5日放送

150405-05
作家たちの副業⑤ 「フォークナー」

作家ウィリアム・フォークナーの副業は
発電所の管理人だった。

昼起きてから夜勤に向かうまでの数時間を、
若きフォークナーは有効に使った。
そうして生まれたのが出世作「響きと怒り」。

1949年、ノーベル文学賞をもらってからも、
彼の創作意欲はいささかも衰えることはなかった。

 私は魂に動かされたときに書く。
 そして魂は毎日、私を動かす。


書かずにはいられない。その性こそが才能。


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佐藤理人 15年4月5日放送

150405-06
作家たちの副業⑥ 「カフカ」

作家フランツ・カフカの副業は公務員だった。

仕事はラクで短く、
実家暮らしで身の回りの心配もない。
しかし彼は不満だった。

 時間は足らず、職場は不快で、
 アパートはうるさい。


貴重な執筆時間であるはずの夜も、
明日彼女から手紙が来るだろうか、
来るとしたら何時だろうか、
そんなことばかり考えていた。

不眠症のせいで常に不安だったカフカ。
職場にある大きな台車が、彼には、
自分のために作られた棺桶に思えた。

どこへも行けない。何にもなれない。

傑作「変身」は、そんな絶望が生んだ、
やぶれかぶれの願望だったのだろうか。


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佐藤理人 15年4月5日放送

150405-07
作家たちの副業⑦ 「クリスティ」

ミステリ作家アガサ・クリスティの副業は主婦だった。

いや、作家こそが副業だったと言うべきか。
書類の職業欄に彼女はいつも「主婦」と書いた。
作家としての自覚どころか、自分の机さえなかった。

だから、取材があるといつも困った。
記者は必ず机の前で写真を撮りたがるからだ。

一体いつどこで書いているのか。
それが彼女の最大のミステリ。


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佐藤理人 15年4月5日放送

150405-08
作作家たちの副業⑧ 「トロロープ」

作家アンソニー・トロロープの副業は官僚だった。

郵政省で働くかたわら、
19世紀のイギリスで最も成功した作家となった。

 執筆に適した時間は一日3時間

集中力を高めるために
15分できっかり250語書く訓練をした彼は、
自分より時間に厳しい下男が
毎朝5時半に淹れるコーヒーを飲みながら、
出勤前にその日のノルマを書き終えた。

この並外れた勤勉さは
人気作家だった母親の影響である。

彼の母、フランシス・トロロープが
小説を書きはじめたのは53歳。
6人の子供と病気の夫を養うために
お金が必要だったというのがその理由。

彼女は毎朝4時に机の前に座り、
執筆を終えてから朝食の支度をしたという。


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