2016 年 12 月 10 日 のアーカイブ

永久眞規 16年12月10日放送

161210-01
1702年12月14日の雪

 あら楽し 思ひは晴るる 身は捨つる
 浮き世の月に かかる雲なし


忠臣蔵で有名な大石内蔵助の辞世の句である。

ドラマや映画では雪の降る日に描かれる
吉良邸への討ち入りだが、
実際は前日までに雪は止み、
夜明けの空に月が輝いていたそうだ。

 「浮き世の月に かかる雲なし」

まさに内蔵助の晴れ晴れとした気持ちのような
空だったのだろう。

だが忠臣蔵のイメージといえば、やはり雪なのだ。
復讐の炎が似合うのは、
凍てつくような雪の降る日なのである。


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福宿桃香 16年12月10日放送

161210-02
1626年4月9日の雪

知は力なり。
この名言で知られる哲学者、フランシス・ベーコンは、
雪によって運命を狂わされてしまった一人である。

晩年、彼は冷凍技術に興味をもっていた。
そしてある雪の日。
思いつくまま外に飛び出し、
鶏のお腹に雪を詰め込むという冷凍実験を行ったところ、
なんと、身体を冷やしてしまったベーコンは
そのまま帰らぬ人となってしまったのだ。

残念な最期だが、
雪を見て胸を躍らせた彼の気持ちには、共感してしまう。


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福宿桃香 16年12月10日放送

161210-03
1860年3月3日の雪

1860年3月3日。
季節外れの大雪に見舞われたその日、
井伊直弼は、水戸浪士らによって暗殺された。

彼の護衛は五十名を超え、普段であれば負けるはずもない戦い。
ところが雪に備えた重装備であったため
すぐに刀を抜くことができず、わずか十数名の敵によって、
井伊直弼は首を落とされてしまったのである。

知らせを聞いて駆け付けた武士は、そのときの光景をこう語った。

「雪は桜の花を散らしたように血染となっていました。」

桜田門外の変ー。
もしも雪が降っていなければ、歴史は変わっていたかもしれない。


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村山覚 16年12月10日放送

161210-04
1998年1月8日の雪

その日は雪が降っていた。
1998年1月8日。全国高校サッカー決勝。

試合開始時の気温は0.8℃。湿度は94%。
一面まっ白に染まった国立競技場は
まともなプレーができる状態ではなかった。

前半終わって1-1。ハーフタイム中に
ゴール手前の雪がとりのぞかれた。
結果的に、そのことが試合の流れを変えた。

後半5分。東福岡高校の10番・本山が
ほんの少しだけ緑が見えるペナルティエリアに
ドリブルで切り込む。帝京のディフェンダーが
いなくなったスペースに9番・青柳が飛び込んで
逆転ゴール。

後に本山はこう語った。

「みんな覚えてくれている。
 雪があったおかげだと思います」


まっ白な雪は、
ドラマを色鮮やかにする舞台装置でもある。


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藤本宗将 16年12月10日放送

161210-05
1936年2月26日の雪

1936年2月26日。
雪の東京は、その日クーデターで血に染まった。
世に言う2・26事件。

作家の尾崎士郎はこの日のことを回想し、
こう書き残している。

「雨でなくてよかった。小春日和でなくてよかった。
 雨だったらどんなに陰惨な記憶を残したであろう。
 小春日和であったら私は生きることに望みをうしなったかも知れぬ。
 しかし、幸いにも雪の日であった。」


雪で覆ってしまいたいような日が、
歴史には存在する。


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