門田陽

伊藤健一郎 16年11月19日放送

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K.K.Chu
両さんの話(引き際)

「えええ~!ショックが大き過ぎる」
「いやだ、いやだ、寂しいよ~」

『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の連載終了が決まったとき、
終了を惜しむ声がたくさん寄せられた。

連載期間40年。そして、200巻刊行という
偉業を成し遂げようとする中、
主人公の両津勘吉は、こう叫んだ。

 こういうときだけ「最近読んでないけど好きだった」とか、
 「もっと続いてほしかった」とか言いやがって…うれしいけど。

最後の最後まで、世の中をぶった切ってみせた。
両さん、長い間、本当にお疲れさまでした。

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宮田知明 16年9月17日放送

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kaori_s
台風 台風を形容する言葉

2016年は、台風の被害が大きかった年として
記憶されそうだ。

台風を形容する言葉として、
「猛烈な」「大型の」という言葉はよく聞くが、
「弱い」「小さい」といった言葉を耳にすることはない。

それは、台風を過小評価することで、
人の心が安心してしまい、
被害につながることを防ぐためだそうだ。

もし、次に来る台風が
たとえ大きくなかったとしても、台風は台風。
万全の準備を。

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宮田知明 16年9月17日放送

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台風 車内アナウンス

聞き慣れた電車のアナウンスも、
台風が直撃するような緊急時には、
その言葉は少し変わる。

台風によって大きくダイヤが乱れ、
家まで帰れるのか分からない
と不安がる乗客たち。
とある車掌さんの発した言葉に、
乗客たちは気持ちを和まされたという。

 横浜線、この電車のみ運転致します。
 行けるところまで参ります!
 ご乗車になってお待ちください。

マニュアル化された言葉の中に、
車掌さんの気持ちが入ったとたん、
みんなを元気づける言葉に変わる。

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宮田知明 16年9月17日放送

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台風 台風の由来

英語のTyphoonの語源は、日本語の台風から来ているのではないか、
と思っている方も多いかもしれないが。

諸説あるが、起源は中国語の「大きい風」と書いて
「大風」から来ていると言われている。

日本では、昔、台風のことを「野分き」とか「野分け」と言った。
つまり、「野を分けるほどの強い風」という意味だ。

日本語から来ているのかと思って、ちょっと残念、
と思った方もいるかもしれない。

でも、日本語が起源の言葉が、うれしいことなのか、どうか。
TSUNAMIは、日本語が起源だ。

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宮田知明 16年9月17日放送

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きんちゃん
台風 台風でも会社に行く人々

 南の島の大王は、子どもの名前もハメハメハ
 学校ぎらいの子どもらで
 風がふいたら遅刻して 雨が降ったらお休みで
 ハメハメハ ハメハメハ ハメハメハメハメハ

かの有名な、「南の島のハメハメハ大王」の3番。

雨が降ったらお休みする、
は日本ではあり得ないにしても、
台風でも多くの日本サラリーマンが、会社に出勤していく。
台風が来るのを予測して、
台風が来る前に会社に着こうとしたりする。

ハメハメハ大王から見ると、
日本人は真面目に映るのか、
それとも・・・。

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伊藤健一郎 16年7月23日放送

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生涯、冒険家。(ウォルター・ローリー)

私にはシェークスピアに匹敵する分厚い本は書けない。
 しかし、私ならではの本を書くことはできる

ウォルター・ローリー。
その男は、貴族であり、政治家であり、詩人だった。
そして16世紀イギリスで、新世界への扉をひらく冒険家でもあった。

幾度となく大海原を旅したウォルターは言う。

情熱とは海だ。浅きものはつぶやき、深きものは黙す

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伊藤健一郎 16年7月23日放送

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NOAA Photo Library
生涯、冒険家。(大場満郎)

いつ死んでも不思議じゃなかった

北極海単独徒歩横断。
大場満郎は、見果てぬ夢を追いかけた。

凍傷になり足の指をすべて失った。
凍った体で遺言を書いた。

3度の失敗を重ね、大場は学んだという。
畏れ、謙虚、感謝こそ、前人未到の旅を成し遂げるカギであると。

4度目の挑戦で北極海を制覇し、
その2年後には、南極大陸の単独徒歩横断を成功させた大場。

彼は言う。

冒険家が大胆なだけだったら、それは死に直結してしまいます

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伊藤健一郎 16年7月23日放送

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Tasmanian Archive and Heritage Office
生涯、冒険家。(エドモンド・ヒラリー)

エドモンド・ヒラリー。
1953年に、世界で初めてエベレスト登頂を成し遂げた冒険家だ。

地球上で最も高い地点に立った男は、
特別なトレーニングをしていたわけではなかった。

本業としていた、養蜂業。
来る日も来る日も蜂の巣箱を運ぶ作業が、
強靭な足腰を育てたという。

積み重ねることの大切さを知るエドモンドは言う。

山はこれ以上大きくならないが、私たちはいくらでも成長できる

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伊藤健一郎 16年7月23日放送

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Martin D Stitchener PiccAddo Photography
生涯、冒険家。(ジェームズ・スティーブ・フォセット)

男は、自分の力だけで世界一周を果たした。
気球で、船で、飛行機で。乗り物をかえ、
たった一人、地球を何度もぐるりと旅した。

男の名は、ジェームズ・スティーブ・フォセット。
金融サービス業で財をなし、その後の人生は冒険家として生きた。

87もの航空世界記録を持つジェームズは言う。
目標を高く設定して、そんなことは不可能だという周囲の言葉に惑わされるな

2007年、ジェームズは、
車のスピード記録に挑戦するための実験コースを探しに
小型機で飛び立ち、帰らぬ人となった。
その生涯は、冒険の中で幕を閉じた。

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伊藤健一郎 16年7月23日放送

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Sergey Ashmarin
生涯、冒険家。(ラインホルト・メスナー)

僕は自分自身のために登る。僕自身が祖国となり、僕のハンカチが国旗となるからだ

8000メートルを越える山々、全14座を完全登頂した男。
ラインホルト・メスナー。

彼は決して、ボルトを山に打ち込まない。
酸素ボンベを持ち込まない。

ラインホルトは語る。

死の危険がなかったら、クライミングはもはやクライミングではない。
 山に登っているとき、僕は死を求めているのではなく、
 それとは正反対に、なんとか生きようとしている

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