Vision

大友美有紀 17年6月4日放送

170604-08
「激情の人/ゴッホ」カラス

 どうにもならない!どうにもならない!

そうつぶやきながら、ゴッホは畑の間を歩き回っていたという。
鳥を追い払うため、と借りていたピストルで自分の腹を撃った。
その夜遅く、下宿先の夫婦は、ゴッホが脇腹から血を流して
ベッドに横たわっているのを見つける。
医師が呼ばれたが、弾丸を摘出することはできなかった。
翌日、弟のテオもかけつけた。

 泣かないでくれ、みんなのためを思ってしたことなんだ。
 
ゴッホは37年の短い生涯を終えた。
死の間際まで描いていたとされる「カラスのいる麦畑」。
何羽ものカラスが上空を舞う。
ゴッホの激情が出口を求めているかのようだ。


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佐藤延夫 17年6月3日放送

170603-01
その次の人生 今川氏真

桶狭間の戦いで敗れた今川義元の嫡男 氏真。
お家復興もままならず、
妻の実家である北条家に落ち延び、
その後、徳川家康の庇護を受ける。
ダメな二代目という評価をされがちな氏真だが、
一人の人間として見ると、かなり能力は高い。
塚原卜伝から学んだ剣術は、免許皆伝の腕前。
蹴鞠の技も確かで、織田信長の前でも披露したという。
そして和歌は1700首以上詠んだ。

 なかなかに 世をも人をも 恨むまじ 時にあはぬを 身の科(とが)にして

生まれた時代が違えば、評価が180度変わった男。


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佐藤延夫 17年6月3日放送

170603-02
その次の人生 水野勝成

徳川家康の従兄弟にあたる武将、水野勝成。
15歳で初陣を飾ると、
戦場であまたの活躍をみせる。
だが、父の家臣を斬ってしまい、
それがもとで勘当されると、
長い放浪生活にはいる。
武芸に秀でており、
傭兵のように戦国の世を渡り歩き、
行く先々で手柄をあげた。
このまま流浪の武将になるかと思いきや、
父と和解し、家督を相続した。
猪突猛進型の武将だったが、
藩主としては、知的で堅実な政治を行っている。


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佐藤延夫 17年6月3日放送

170603-03
その次の人生 木下勝俊

木下家定の嫡男、勝俊。
太閤秀吉の正室 ねねの甥にあたり、
さまざまな恩恵を受けて育てられた。
幼少から秀吉に仕えてきた勝俊だが、
彼が才能を発揮したのは、
武士よりも歌人として、だった。
関ヶ原の戦いに際し、
敵前逃亡の疑いで領地を没収されると、
彼らしい人生の幕が開く。
隠居暮らしを始め、木下長嘯子と名乗り、
思うがままに歌を詠んだ。
大名や文化人、幕府の要職につく人物たちと交流したという。

 よしあしを 人の心にまかせつつ そらうそぶきて わたるよの中

自分のやりたいことのために、生き方を変えた男。


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佐藤延夫 17年6月3日放送

170603-04
その次の人生 山中幸元

戦国時代、生涯を賭けて尼子家に尽くした山中鹿介。
お家の没落を防ぐことは叶わず、悲運の武将とも言われている。
その息子である山中幸元は、
武士という身分を捨てて酒造業をはじめた。
店の名前は、鴻池屋。
住んでいた地名から拝借した。
彼を救ったのは、運とアイデアだった。
ある日、使用人が叱られた腹いせに灰を酒樽に投げ込むと、
濁り酒が透明な酒に変わったという。
これが清酒の始まりとされている。
そして、伊丹から江戸へ、馬や船による酒の大量輸送で、
事業は飛躍的に拡大した。
のちに海運業や両替商でも成功し、
鴻池は、江戸時代最大の財閥となっていた。

挫折も、幸運も、気まぐれにやってくる。


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佐藤延夫 17年6月3日放送

170603-05 663highland
その次の人生 上田宗箇

豊臣秀吉に仕えた武将、上田宗箇。
武芸に優れ、一番槍の猛将と恐れられる一方、
千利休、古田織部の門下となり、
茶の湯や作庭にも傾倒していった。
関ヶ原の戦いで破れ出家すると、
造園の依頼が舞い込む。
徳島城表御殿の庭園や、
和歌山城西の丸庭園などは彼の手によるものだ。
その後、再び召し抱えられ、数々の武勲をあげつつ
晩年は茶の湯、作陶など悠々自適の余生を過ごしたという。

身を助けるのは、やはり一芸なのだ。


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石橋涼子 17年5月28日放送

170528-01 beaufour
ダンスのはなし フランツ中佐のタンゴ論

映画「セント・オブ・ウーマン」は
アル・パチーノ演じる気難し屋のフランツ中佐と
苦学生チャーリーの、心の交流を描いた物語だ。

劇中、フランツ中佐が
女性をダンスに誘う有名なセリフがある。

 タンゴに間違いはない。
 人生と違って。
 足が絡まっても踊り続ければいい。

自分の間違いだらけの人生を嘲笑う気分だったのだろう。
それでも躍ればいいじゃないかと思えるこの台詞は、
物語の終盤、救いの言葉としてフランツ中佐の元に戻ってくる。



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石橋涼子 17年5月28日放送

170528-02
ダンスのはなし 妖精マリ・タリオーニ

バレエの歴史は、
ダンサーでもあった太陽王ルイ14世の時代に
大いに発展したと言われる。

当時、女性ダンサーは一般的なドレスとヒールで
踊るのが一般的だった。
そこに、つま先立ちで踊る技法、ポワント・ワークで
妖精のような軽やかな表現とともに現れたのが、
マリ・タリオーニだ。

詩人ゴーチエは彼女の踊りを
いかにも詩的に賛美した。

 天上の花の上を
 花びらをたわめることなく
 バラ色の爪先で歩く幸福な魂


痩せぎすでひょろりと手足の長い彼女は、
ひとたび踊り始めると
重力をまったく感じさせない優美な動きで
人々を魅了したと言う。



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小野麻利江 17年5月28日放送

170528-03 Stefan Leijon
ダンスのはなし シルヴィ・ギエムの信条

伝説のバレリーナ、シルヴィ・ギエム。
パリ・オペラ座のエトワールの座をわずか5年で返上し、
その後はどこのバレエ団とも専属契約を結ばず
50歳で引退するまで、39年間踊り続けた。

強靭で、驚くほど柔軟な身体を活かしながら
表現の枠を広げてきたギエム。
芸術監督の言ったことにも「ノン」と断ることから
つけられたあだ名は「マドモワゼル・ノン」。
そんな態度が、非難を浴びることも少なくなかった。

しかし彼女の中には、
自分の表現を高めていくために守ってきた
確固たる信条があった。

 自分の心で感じていない動作をするのは、
 どんな時でも正しくない。


舞台美術家のボブ・ウィルソンとの仕事を通して、
ギエムはそれを学んだという。

自分の心、そして踊りに対して、
誠実であろうとしてきたギエム。
親友にもかつて、こんなお願いをしていたという。

もしも私が、伝えることが何もない
老いぼれのダンサーになっていたら、
私を殺してね



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小野麻利江 17年5月28日放送

170528-04 El señor Ubé y el señor Botijo
ダンスのはなし ピナ・バウシュの源泉

ドイツの舞踊家、ピナ・バウシュ。

伝統的な型(かた)にとらわれず
身体ひとつで人間の強さや儚さ、
感情の揺らぎを表現する踊りに、
世界中が魅了されてきた。

そんな踊りの源泉について、ピナは生前こう語っている。

 言葉にならない感情って、絶対にあると思う。
 それを表現することが、ダンスの出発点だわ。




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