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松岡康 20年4月19日放送

sogni_hal
しゃっくりとヒトの祖先

今日はダーウィンの命日。
進化について考えたくなる日。

何故人がしゃっくりをするのか、
未だにはっきりとした理由は分かっていない。

そんなしゃっくりこそが、
人類の祖先を解くカギであるとする説がある。

オタマジャクシは、肺とエラの両方を使って呼吸を行う。
水が肺に入らないように、呼吸管を閉じ、鋭く水を吸い入れる。
いわば常にしゃっくりを起こしている状態だ。

しゃっくりをする。
この共通点が、ヒトの祖先が両生類であることを裏付けているという。

ヒック!となった時はオタマジャクシを思い出してみよう。
人類が歩んで来た歴史をその身体で感じることができるだろう。


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松岡康 20年4月19日放送

NASA
適応と進化

今日はダーウィンの命日。
進化について考えたくなる日。

外出できなくて、ふだんの生活も驚くほどに変化している今、
ダーウィンの遺した言葉が身に染みる。

 生き残る種とは、
 最も強いものではない。
 最も知的なものでもない。
 それは、変化に最もよく
 適応したものである。


今の状況に慣れて、適応する。
人類にとって、今の状況こそが進化のチャンスかもしれない。


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松岡康 20年2月15日放送

HAMACHI!
良い菌? 悪い菌?

日本の家庭に根付いた発酵食品といえば糠漬けだろう。
糠床の中にいる乳酸菌を中心とした微生物の働きによって、
美味しい糠漬けが出来上がる。

だがこの糠漬け、
そもそも何の菌で発酵しているのかよくわかっていない。

乳酸菌と並んでぬか漬け独特の風味をつくっている微生物として、
カンジダ種の酵母の働きが報告されている。

このカンジダ種の酵母は、時に感染症の原因になる。
しかし一方で、おいしい糠漬けが食べられるのは、
彼らの働きが欠かせないのだ。

菌の世界には、いいヤツ、悪いヤツなんていない。
どの菌にも役割があって、意外なところで意外な働きをしたりする。

私たち人間が糠床から学ぶことは多そうだ。


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松岡康 20年2月15日放送

Norio.NAKAYAMA
微生物に感謝

酒、醤油、漬物。
日本は微生物による発酵とうまく付き合ってきた国だ。

微生物が私たちにもたらしてくれた恩恵はおおきい。

発酵食品はもとより、医薬品、環境分野など、
現代においてもなくてはならない大切な仲間である。

そんな微生物たちを供養する場所がある。
京都曼殊院にある、その名も「菌塚」。

微生物からすれば、人の手で勝手に増やされ、
最後は死んでいく運命。
そんな微生物に感謝と供養をする場所が菌塚なのである。

微生物のことを知り、感謝をしながらうまく付き合っていく。
日本古来からあったこの考え方は、
現代においても忘れてはならないことなのだ。


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松岡康 19年12月15日放送

Kossy@FINEDAYS
お籠りと鍋

冬といえば、あたたかい鍋。

東北地方で有名な芋煮会。
河川敷に集まり皆で鍋を囲みつつき合う
心も体も温まる風習だ。

実は芋煮会、
ルーツは東北から遠く離れた愛媛県大洲市にあるという。

300 年以上前の江戸時代、
大洲市では「お籠り」という集会が定期的に行われていた。

各農家が里芋を持ち寄り、
鮎からとった出汁で炊いた鍋を食べる。

人々は籠る様にして一つの鍋を囲みながら、
稲の不作などを話しあい、
親睦を深めたという。

寒い夜に、ひとつの鍋をみんなで囲む。
鍋は、ずっと昔から変わらず、
人と人とをつなぐ、魔法の料理なのかもしれない。


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松岡康 19年12月15日放送

alluréd
諭吉の食い意地

冬といえば、あたたかい鍋。

鍋の代表格であるすき焼きが広まる後押しをしたのは、
福沢諭吉だったといわれている。

そもそも肉が公に食べられるようになってきたのは、
江戸時代末期のこと。
明治初期になると、肉食は国を上げて推進されるようになる。

この文化をより一層広めたのが、
若い頃から食欲旺盛で食に対する好奇心は人一倍強かった、
福沢諭吉だった。

そのエネルギーは尋常ではなく、
肉食の良さをアピールする本『肉食之説』を発刊するほどだった。

今や世界に誇れるものとなった和牛。

肉食の歴史が浅いにも関わらず、
世界に誇れる食文化を生み出すことができるのは、
諭吉の様な先人たちの「食い意地」のおかげなのかもしれない。


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松岡康 19年10月20日放送


武将の白髪染め

10月20日(はつか)、今日は頭髪の日。

日本ではじめて白髪染めをしたのは、
平安末期の武将、斎藤実盛だといわれている。

1183年、実盛は木曾義仲追討のため北陸に出陣するが、敗北。

味方が総崩れとなる中、実盛は老齢ながら一歩もひかずに戦ったが
ついに討ち取られた。

敵方の武将が首を切り、付近の池にて洗わせたところ、
実盛の黒い髪の毛がみるみる白髪に変わっていった。

実盛は出陣前からここを最期の地と覚悟しており、
「最後こそ若々しく戦いたい」という思いから
白髪の頭を黒く染めていたという。

いつの時代でも、戦う気持ちに年齢は関係ない。



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松岡康 19年10月20日放送


かみのけ座

10月20日(はつか)、今日は頭髪の日。

小学生のころ、星図版で「かみのけ座」があることに気づき
不気味に感じた人も多いのではないだろうか。

かみのけ座は、ペレニケという紀元前8世紀ごろの
エジプトの王妃のかみのけを星座の名前にしたもの。

ペレニケは、戦場へ赴く夫の戦勝を祈願し、
その見返りとして髪の毛を神殿に捧げることを誓った。

ペレニケの祈りが通じ、王は生還。

髪を切ってしまった妻を見た王は悲しみ、
同時にその心遣いに感動しました。

ペレニケが神殿に捧げた髪の毛が、
星座になったという。

「かみのけ座」。
不気味な名前だが、そこには純粋な愛の物語があった。



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松岡康 19年8月18日放送

郡上市観光課
終戦の日の盆おどり

日本三大盆踊りの一つ、郡上おどり。
数万人もの人が、午後8時から翌朝5時まで徹夜で踊り続ける。

太平洋戦争中、このような盆踊りも次々と規制され、
郡上おどりも例外ではなく、規模が縮小された。

8月15日、終戦の日。
この日、郡上おどりは玉音放送のため休止となっていた。

夕方、街にだんだんと人が集まり、盆踊りが始まった。
踊りの輪は次第に広がり、二百三十人ほどが
午後十一時半ごろまで踊り続けたという。

辛く、長かった戦争。
終戦の日、彼らはどの様な思いで踊ったのだろうか。


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松岡康 19年8月18日放送


花火大会のはじまり

夏のお祭りといえば花火大会。

大空という大画面に、大迫力の光の演出。
日本人は花火が大好きだ。

しかし、この花火大会、
なぜ夏に行われるのかを知っている人は
少ないのではないだろうか。

花火大会のはじまりは、
送り盆の時期に、魂の鎮魂のために打ち上げられたものだといわれている。

もともとは先祖をお送りする送り火のための花火だったのが、
いつしか夏のイベントに育っていったのだ。

花火を見ると切なくなる気がするのは、
そういった歴史があるからかもしれない。


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