2009 年 9 月 のアーカイブ
五島の防波堤でよく見られる「ハコフグ」。
箱形になった体の下面をカパッと開けて
身を取り出し、味噌、玉ねぎ、しょうがといっしょにたたき
またそれをハコフグに戻してオーブンで焼くと、
五島名物「ハコフグの味噌焼き」の完成です。
名物ですが食べた事ありません。
家庭料理ってわけじゃないからなのか、
単に僕の家庭が食べない家だったのか・・・
とにかく美味しいですよ!
・・・きっと。
PS. フグというだけあって毒があるんだそうです。
内臓ではなく「皮」にあるらしいんですけど。

ハコフグ

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今日、会社で後輩と話していて出たのは、
どうも僕には「手下感」があるんじゃないか
ということでした。
「あの人は存在感がある」
「某さんには威圧感があるよね」
人物を表現する際に出る「〇〇感」の中でも
「手下感」はトップクラスのあわれさがあります。
五島で暮らしていた頃、
僕はそんなに手下的役割ではなかったように思いますが
そう考えるとやはり、都会の中でなんとか生きていくために
身についた処世術的オーラなのでしょうか。
もし僕の両腕がもっと長かったなら
今夜は自分をぎゅっと抱きしめて眠るのに。

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もし五島を訪れる人がいたら、
ぜひこの場所にも行ってほしいのが
「堂崎天主堂」です。
五島には教会がたくさんあって
それぞれに見る価値があるものばかりなのですが、
堂崎天主堂は個人的になじみが深いため
ちょっとした思い入れがあります。
まず、まわりの景色がいい。
とっても穏やかな入り江の端っこのところに建っていて
ちょっと他では見られない風景です。
教会をはさんで入り江と反対側にも
すぐ海が開けていて、ここがまた見晴らしがいい。
海岸の石をめくるとタコがいたりします。
そして堂崎天主堂。
現在は、隠れキリシタンにまつわる資料館となっており、
観音様に似せたマリア像や祈祷文など
貴重なものが見られます。
大人になって初めてそれらをじっくり見たのですが、衝撃でした。
バカみたいな言い方になりますが
一言で言うと「信仰ってすごい」でしょうか。
建物の中につまった濃密である意味強烈な時間の流れと
建物の外に広がるあまりにのんびりした風景のギャップが、
なんかこう、五島だなあ、という感じなのです。

堂崎天主堂

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熊埜御堂由香―美しい音色の意味は?
Visionの最後には、
なにやらおしゃれなフランス語がMIXされています。
語学がさっぱりなわたしには、
「もにょもにょもにょもにょ、Vision」と聞えるけれど、
心地よいサウンドロゴみたいな、詩みたいなあの音色。
あらかじめ用意してあるひとつの素材をあてて
作っていると思ったら・・・
VieVieさんがその都度読んでいるではないですかー!!??
フレーズも数種類あって、
毎回、その場の判断で使い分けているそうです。
私の原稿にくっつく、あの「もにょもにょ」は
いま、読み上げられたあの音色、
世界にひとつしかないのかと思うとありがたさ倍増。
「もにょもにょ」は、日本語に訳しても美しい響きを持つ言葉です。
Vision du passé, (ヴィジョン・デュ・パッセ)
過去のヴィジョン
du present, (デュ・プレザン)
現在のヴィジョン
du future, (デュ・フューチュー)
未来のヴィジョン
Le future etait deja la. (ル・フュチュー・エテ・デジャ・ラ)
未来はもうそこにあった。
Vision
(つづく)

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最近気になってしょうがないんですが、
これから、昔をどれくらい「昔」として語れるだろう、
と思うんです。
訳がわからない言い方ですが、つまり、
僕が子どものころ、親から
「昔は何も食べ物がなかった」とか
「小さい頃から川に水汲みに行っていた」みたいな
昔の(そして苦労した)話を聞かされるたびに
「昔って(ほんの数十年前なのに)昔だったんだなあ」と
感じたものでした。
前回、「昔はよく河童と相撲をとったもんだ」という
話を聞いたことがあると書いたけれど、
それにしたって、もし仮に河童の存在はウソだとしても
河童という言葉が出ること自体、昔だったんだなあ、と感じます。
僕が子どもたちに、昔は・・・と言うとしたら何だろう?
と考えると、
「昔はなあ、ネットとかケータイとか、なかったんだぞ」とか
「昔はウォシュレットもなくて苦労したもんだ
みたいなことかなあ。
なんか、へぇ~!って感じがしないです。
よく、「今は時代の移り変わるスピードが速い」なんて言う人いますが、
ほんとかなあ、と思ってしまいます。
僕が生まれたときには電話もテレビも水道も
冷蔵庫も便器も車もあって、
当たり前だけど地球はすでに丸くて、
アメリカ大陸も見つかっていて、月にも行っていて、
いくら今の変化が速いと言っても、
何か劇的に「ない→ある」という変化じゃないような気がしてしまいます。
以上、今日のうだうだ、終わりです。

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同じ五島・福江島出身の妻が、
幼い頃に祖母から歌ってもらってた
子守唄がありまして、それを書き起こすと
〇〇ちゃんば ぶんぶくに やったなら
ちょっぱげも なんも ながらかし
これから なんで くんでのもか
ギーッココン バーッココン
ギーッココン バーッココン
(〇〇のところは、子どもの名前が入ります)
となります。
訳すと、
〇〇ちゃんを 水汲みにやったら
ちょっぱげも 何もかも (川に)流してしまい
これから 何で (水を)汲んでのもう?
ってとこでしょうか。
ギーッココン バーッココンは
子どもを(あやすために)揺らす動作に合わせた音だと思います。
この歌の中の「ちょっぱげ」は、
僕も聞いたことがない言葉だったので
「五島雑学辞典」で調べてみたら、載ってました。
ちょっぱげ : 瓢箪をくりぬき、容器にしたもの。
サイズの小さなものは、ひしゃくとして用いた。
ということが書かれてあります。さらに、
「五島では、ちょっぱげに赤飯を入れて河童にあげていたが、
なぜか河童はいつも河の底まで持っていくことができなかった。
そこで人々は、河童がちょっぱげを恐れていることに気付き、
泉や小川の水汲み場にちょっぱげを置くようにしたところ
それから、河童にいたずらされることがなくなった」
とありました。
「という言い伝えがある」とかじゃなく、
河童は「いる」前提なとこがすごいですが、
実際五島のじいさんばあさんの中には河童を「いる」ものとして
話す人がいます。
僕も「昔はよく河童と相撲をとった」という話を聞いたことがあります。
まあ、いるっていうんだから、いるんでしょうね。

五島雑学辞典

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熊埜御堂―憧れの所作
収録の現場でうっとりさせられる所作がありました。
ディレクターのCさんが、
ガラス越しにDJブースのVieVieさんに送るその合図。
指揮者が、演奏の幕を開けるタクトを振るように。
そっと、でも、その場を確かに操る、
手を天にかざす仕草です。
最初は、なんだろ、あれは?と思っていました。
でもだんだんと、
ああ、あの手つきを合図にVieVieさんは
原稿の読み始めを判断しているんだな
と分かってきました。
つまり、それはQ出しの合図です。
私たちコピーライターがラジオCMをつくるスタジオには
キューボタンといわれるスイッチが機材に組み込まれています。
そのボタンを押すと
防音ガラスに隔てられたナレーターさんの目の前のランプが光って
「今から原稿を読み始めて!」という合図が
送れるようになっているのです。
まさにそれと同じやりとりが
ガラス越しに向かい合うCさんとVieVieさんの間では
かざした手とまなざしの交換で行われていました。
単に習慣の違いと言えば、それまでなんですが
そのQ出しの所作が、Cさんのダンディないでたちと相まって、
なんとも言えずかっこいい!!
次、私がラジオCMを演出・収録できる機会がきたら
かざしたその手で、Q出ししてみようかなー
なんて思いました。 (つづく)

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あの人の食 元祖スイーツ男子
スィーツ男子が流行だという。
スイーツ男子というのは甘党の男性だ。
甘いもの好きと、自然に言いやすい世の中になったのだろう。
けれども、甘党の真打ちは明治の昔にいる。
お汁粉を食べ過ぎて胃潰瘍を悪化させ
大量の血を吐いてもビスケットを食べたがり
臨終の床でもアイスクリームをせがんだ夏目漱石先生だ。
それでも自分では甘党だと思っていなかったので
こんなことをぬけぬけとおっしゃっている。
あれば食うという位で、わざわざ買って食いたいというほどではない
甘党もここまでくると、ハードボイルドで男らしい。

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あの人の食 秋山豊寛
「これ本番ですか?」
世界初の宇宙飛行ジャーナリスト、秋山豊寛が、
衛星から発した第一声は有名である。
彼が地上400kmから見た
青い地球は、まさに「命の塊」だった。
そんな秋山が、宇宙の次に選んだ旅先は、農業。
現在、福島県で米や椎茸などの有機農業を実践している。
彼は言う。
「人間が生物であることと、
いちばん身近にある仕事が、農業だ」
命の塊であるこの星の、命をつなぐ食べ物をつくる。
農業ブームとは一線を画す、生きものとしての営みに
ジャーナリストの探求の旅は、果てしなく続く。
あの人の食 佐藤初女
佐藤初女さんのおむすびを食べて、
自殺をとどまった青年がいる、という。
その理由は、「おむすびがタオルにくるんであったから」
彼女は、おむすびをにぎると、
ラップではお米が呼吸できないので
赤ちゃんをおくるみで包むように、
タオルでそっとくるんでおく。
そうして、「食」という命と
向き合っている。
標高400メートル、
岩木山の麓にひっそり佇む「森のイスキア」。
初女さんが「みんなのお家」と呼ぶここには、
声もしおれ、水さえのどを通らない人が、
心の重荷を下ろしにやってくる。
夜中にチャイムが鳴るときも
初女さんは身支度をして玄関にでる。
開けていいのか、一瞬の葛藤。
意を決して開ける扉は、彼女の心の扉なのだ。
受け入れられた旅人は、
やがて、ぽつりぽつりと言葉を発し、
初女さんのおむすびを食べ、
気づけば、自分で重荷を下ろして帰っていく。
佐藤初女、87歳。何をやっている人かときけば、
「食べることを大切にしています」

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あの人の食 森鴎外の秘密
家庭の中だけの、ちょっとマニアックな食の嗜好、
ひとつやふたつ、ひとにはあるものだ。
硬派な文豪、森鴎外の場合は・・・
ご飯に饅頭を割って載せ、煎茶をかける、饅頭茶漬け。
饅頭茶漬けは門外不出の家庭の秘密だったけれど
鴎外が死んだ後、
娘が書いたエッセイで世に知れわたってしまった。
お汁粉のようでおいしい、と娘は書いているが
天国の鴎外先生はどんな顔をしているだろう。
あの人の食 父と娘の台所
幸田文(あや)は自分を「台所育ち」だと言った。
幼いころに母をなくし、
父、幸田露伴が家事全般を躾けた。
その台所仕事の手始めは、
文が7歳の頃から毎日の献立を記録する「だいどころ帖」
文が「とうふのおみよつけ」と、たどたどしく書けば、
露伴は、「味噌汁 つかみどうふ もみのり散らして」と
一言一句、きびしく直す。
露伴は文に言った。
この帳面から音が聞こえてくるようにならなくちゃね
女学校に入って台所をあずかるようになった文は、
献立に迷うと、かつてつけていた「だいどころ帖」を何度も思い返した。
父の死後、文は食を題材にした小説やエッセイを数多く残したが
そのひとつにこんな短編がある。「台所のおと」

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石橋涼子ー音楽のこと
収録中にメモしたフジ子・ヘミングの「トロイカ」を
CDショップで捜索中の石橋です。
音楽の話を私も少々。
Visionはラジオのショートプログラムであり、
ラジオCMではありません。
というわけで、使える楽曲の幅がとても広いのです。
スタジオ内には古今の名盤が山高く積まれていて、
この中のどの曲を使ってもいいのね!と思うと
興奮してワクワクそわそわモジモジします。
関係各位には言わずもがなの話ですみません。
それ以上に、一般の方にわかりにくい話ですみません!
音楽には色々と、そう、権利とか権利とか権利とかがあるんです。
保持(ホジと書いてヤスモチと読む)さんは、
CMでは使用不可能と言われるビートルズの音源を
使うためだけにジョン・レノンの原稿を書いたのだとか。
(いや、それだけじゃないと思いますけど)
私はエリック・サティの曲が好きなので、
この機会にリクエストしちゃおっかなーなんて思って
にやにやしていました。
そして思い出しました。
サティは死後50年経っているから、
音源によっては権利がフリーだ・・・
ディレクターさんが一生懸命MIXしている横で
そんなことを考えながら一人にやけたり、
がっくりしたり、気味の悪い百面相をしていました。
収録って楽しい・・・ (つづく)

タグ:見学記
カテゴリー: Vision収録見学記, from Vision, 薄組・石橋涼子 | コメント »
子どものころ言われて、
いまもなんとなくやっちゃいけないと思ってること
けっこうありませんか。
迷信だと思うのですが。
●夜に口笛を吹くとヘビが来る。
●靴下をはいて寝ると、親の死に目に会えない。
●夜にツメを切ってはいけない。
●新しいクツは夜のうちに玄関におろしておく。
●「し」という字が含まれる名前を赤い色で書いてはいけない。
●みみずにおしっこをかけるとオチンチンが腫れる。
●お盆明けの8月16日は地獄の釜のふたが開いているから海に入ってはいけない。
●家の中にいるクモを殺してはいけない。
僕が覚えているものでは、
ざっとこんなところでしょうか。
全部五島にいるころに聞いたものですが、
こういうのって、どのくらい地域差があるんですかね?

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この夏、実家から持ち帰ってきた
「五島の史話と民話」という小冊子の
第1ぺージ目に、五島の歴史年表が載っていました。
年表のいちばん最初に書かれていたのは、
695年(西暦) 深江、五社神社創立。
深江は僕の出身地である福江の昔の呼び名であり、
五社神社は僕が生まれたときからお参りしている神社です。
え!そんなに古い神社だったの?!と正直驚きました。
小さな神社です。
子どものころから、お祓いをしてもらうときにに鳴る太鼓が
なぜか可笑しくて、兄と二人わけもなく笑っていました。
不謹慎です。
そういうときは、神主さんが祈りを捧げる
祭壇(と言っていいんでしょうか)の向こうに広がる深い竹林を
見つめます。何かがいそうで怖いんです。
実際、たぶん、何かいるんでしょう。
1300年もの間、たくさんの人たちが、
いろんなことを祈ってきたと思うと気が遠くなります。

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カテゴリー: from Vision, 五島のはなし。 | 3 件のコメント »