2009 年 のアーカイブ

五島のはなし(49)

ほんとどうでもいい話なんですが。
女性の下着の「シュミーズ」。
あれを僕は長い間「清水(しみず)」という名称だと思ってました。
五島のばあちゃんがそう呼んでいたからです。
ホントにそう呼んでいたのか、
僕がそう聞き違えてたのかは、
今となっては確かめようがありませんが。

夏の暑い日は、ばあちゃんが清水姿で
うちわを扇いでいたことを思い出します。
長い間、「清水」というブランドの下着なんだろう
と(頭の片隅で)思ってました。
(でも五島の女性に似合うのはシュミーズではなく清水だと今でも思います)

こういう思い違い、けっこうあると思いませんか。
僕の上司の娘さんは中1になるまで
チンパンジーのことを「チンパン人(チンバンジン)」だと思っていたそうです。
テレビで、もしくは動物園でチンパンジーを見るたびに
「この生き物はちょっと毛深くてちょっと小さいヒトなのだ」と
(なんとなく)思っていたのでしょう。
それが実は「人じゃない」と知ったときの驚きは、
彼女の子ども時代に終わりを告げる一撃だったと思います。

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名雪祐平  09年10月11日放送

宇野千代


宇野千代

ラブレターを書こう。
とても上手に。

そんなとき、
恋に生きた作家・宇野千代の
アドバイスが助かる。

私はあなたが好きです。

こういう書き出しが、いちばん。
かんたんで、わかりやすくて、
使い慣れた飾り気のない言葉ほどよい。

恋に、文章に
生涯をかけてきたからこそ言える、
シンプルな教え。

お試しあれ。

サルバドール


サルバドール・ダリ

幼い息子が死んだ。
両親は悲しみ、その子と同じ名前を
次に生まれた弟にも名付けた。

やがて少年となった弟。
ある日、兄の墓を見て、衝撃をうける。

墓に刻まれていたのは、
まちがいなく自分の名前。

サルバドール・ダリ

 自分は生きているんだ!
 そう証明しなければ。

死への強烈な抵抗。
それが天才画家ダリの作品にほとばしる
生命力の源かもしれない。

ジョーン


ジョーン・バエズ

プロテストソングを歌い、
ボヴ・ディランがカリスマになった60年代。
女性フォークシンガーの代表は、
ジョーン・バエズ。

ベトナム戦争の底なし沼に
アメリカがどっぷりはまっていたころ、
彼女はこんな発言をした。

 私は過去3年間、
 所得税のうち40%しか払っていません。
 国家予算の60%は軍事費ですから。

歌と行動。
ただごとではない覚悟が、そこにある。

さて、プロテストソングが
あまり聴こえない近ごろは、
60年代より平和なのだろうか。

松下幸之助


松下幸之助

経営の神様、松下幸之助。

昔、彼が採用面接をしていた頃、
必ずした質問が、

 あなたの人生は、
 いままでツイていましたか?

ツイていません。と答えると不採用。
はい、ツイていました。と答えれば全員採用。

物事は自分の力だけじゃない。
ツイています、と言える人には
周りへ感謝する才能があり、
いい人材に育つのだという。

神様の質問は、やっぱり、意味深。

ガルリ


ガルリ・カスパロフ

史上最強のチェスの王者、
ガルリ・カスパロフ

彼の前に、怪物が現れる。
IBM製スーパーコンピュータ「ディープ・ブルー」

1997年、世紀の決戦は、
「人間 対 機械」という哲学の現場になった。

世界が息詰まる大接戦。
機械の、圧倒的な分析力。
冒険しないぶん、リスクもすくない。

結果は1勝2敗3分けで、人間の敗北。
それでも、人間の王者は誇らしくこう言った。

 人間に直感が備わっていてよかった。

たしかに。分析力だけなら、
機械の圧勝だったろう。
でも、冒険しないゲームなんて、ゲームじゃない。

淡谷のり子


淡谷のり子

ぜいたくは敵だ。
ドレスなど、もってのほか。

そんな戦時中にも、
ブルースの女王・淡谷のり子は
歌うためのドレスを絶対に脱がなかった。

ステージを見張る憲兵に、
もんぺをはけ!と怒鳴られても、

 ドレスは私の戦闘服よ!

と啖呵を切った。

何度も、何度も書かされた始末書。
それは、歌うことに一切妥協しない
自分への勲章でもあった。

ドヴォルザーク


ドヴォルザーク

作曲家ドヴォルザークは、
鉄道オタクでもあった。

作曲以外の時間は、
機関車の模型作りに没頭するか、
町の操車場で、
何時間も飽きずに機関車を眺めていた。

 ♪ユーモレスク〜

このユーモレスクの調べも
汽車に揺られながら思いついたとか。

無料の高速道路もいいけれど、
鉄道の旅がしたくなりました。

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バリ島見聞録(5)

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塀の向こうに見える塔はいったいなんでしょうか?
そもそもこの場所はなんなんでしょう。お寺?
こういった、街の風景が島中に見受けられます。

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実は普通の民家なんです。
塀から除く塔は、バリ・ヒンズー教の“どの民家”にも建てられている
家族のお祈りの対象となるトゥングン・カランと呼ばれる社(やしろ)です。

どんなに貧乏でもバリ人であるかぎり、この信仰の場所確保しなくては行けない。
木の枝を四隅に立てて、竹で編んだお供え置きを載せるだけでもいいらしいです。

この社の役目は、外の邪悪な力から、屋敷の中に居るものを守ることで、
その中にはカラ神というヒンズー教の神様が祭られています。
破壊を強いる神のようですが、そこにお供え物をすることで神はなだめられ、
屋敷の中に居るものを守ってくれるというのです。

バリ人の信仰っぷりは凄まじく、お金を得たバリ人たちは、
お金が入った分だけ次々とトゥングン・カランを敷地内に立てていきます。
すると、そこがお寺であるかような風情を醸し出すようになってしまうのです。

バリはもともと肥沃な土地で飢えるという心配がありません。
日本と同じく稲作が盛んですが、2期作から3期作行なっています。
木々は様々なフルーツを実らしており、外に出れば何か食べ物にありつけます。
そこに観光産業が入ってきたので、基本的にバリ人は豊かです。

土地を海外の資本家に貸し、莫大なお金を得る人達もでてきてます。
でも、彼らはお金を使う必要があまりありません。
なので、社をどんどん立ててしまうのです。

バリ人の実直さ、信仰心の厚さを表す現象と言えます。

一部の地域にはそれがありません。
つまりその地域はヒンズー教でないといえます。
特に繁華街は、外国やお隣の島、ジャワ島からの出稼ぎが多く来ており、
バリ・ヒンズー教でない人々が多く住むようになりました。

旅の恥はかきすてではないのですが、
心ない事件はバリ島以外からきた人が行なっていることが多いようです。

バリ人は信仰心が厚く、カースト制度がある村社会でもあり、
近隣の監視があるので、悪いことをしてもすぐにばれてしまいます。

バリ人が恐れているのは村八分になることです。
そしてバリ人の村八分はおそろしい。。。らしいです。

なのでなかなか悪いことしません。
しませんよ。

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小山佳奈 09年10月10日放送

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司馬さんとみどりさん 「原稿用紙」

作家、司馬遼太郎と、妻みどりさん。
二人は職場恋愛だった。

同じ新聞社の同じ部で
向かい合わせに座る二人。
かぎつけるのが仕事の記者たちの中で
ひそひそと恋を育んだ。

連絡はいつも机の隙間からするりとすべり込む
原稿用紙の切れ端。


 サントス亭で待ってます。

原稿用紙から始まる作家の恋なんて
順当すぎてつまらないけど、
司馬さんとみどりさんには
ことのほか似合っている。

1010_2

司馬さんとみどりさん 「四天王寺」

作家、司馬遼太郎と、
妻みどりさんがまだ恋人だった頃。

四天王寺をそぞろ歩きながら
司馬さんはこんなことを言った。


 僕たちは弱点で結ばれたんだから、
 壊れることはないよ。

そうして37年。
たしかに二人は歩き続ける。
一瞬も一片も壊れることなく。


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司馬さんとみどりさん 「ピーマンの皮」

作家、司馬遼太郎と、妻みどりさん。
みどりさんは料理がさっぱりできない。

晩ご飯にバナナを一房だけ買ってくる。
ピーマンの皮をむいたら
中に何も入ってないと騒ぎ出す。

そんなみどりさんに司馬さんはプロポーズする。
「そんなことはどうでもいい」。

そういえば
司馬さんの小説に出てくる女性たちも
みんな男まさりでおてんば。

司馬さんの好みは
一貫している。


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司馬さんとみどりさん 「風邪」

作家、司馬遼太郎と、妻みどりさん。
司馬さんは風邪をこの世で一番怖がった。
みどりさんは、夫が風邪を引くことを
この世で一番怖がった。

たった36度5分で
司馬さんは暴君のようになった。

そばにいれば「あっちへ行け」
あっちにいると「何してるんだ」
あげくお医者さんには
「大した風邪でもないのに
うちの家内が騒ぐもので」。

やれやれ。
新型インフルエンザなんて聞いたら
司馬さんの前にみどりさんが卒倒する。


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司馬さんとみどりさん 「結婚記念日」

作家、司馬遼太郎と、妻みどりさん。
二人は晴れがましいことが大の苦手。

結婚式は本当に内輪で済ませたし
結婚記念日なんて祝うどころか
思い出すことすらしなかった。

ただ一度、何十回目かのその前の日、
ソファに寝転がりながら司馬さんが呟いた。


そうか、明日は俺たちの日なんだ。

たった一言が
何十年分の愛。

司馬さんは、ずるい。

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司馬さんとみどりさん 「21世紀」

1996年。
夫の司馬遼太郎が亡くなっても
妻のみどりさんは泣かなかった。

蔵書を整理し記念館をつくり財団を立ち上げ、
息つく間もなく迎えた2001年のお正月。

21世紀に酔う街並を見て
みどりさんは唐突に司馬さんを思った。

この瞬間、いっしょにいたかった。
司馬さんが、愛し、憂えたこの国の21世紀を、
二人で見たかった。

みどりさんはその日、
司馬さんが亡くなってから
初めて泣いた。


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司馬さんとみどりさん 「呼び方」

作家、司馬遼太郎の妻みどりさんは、
一度も夫を「主人」と呼ばなかった。

「司馬さん」。
それがみどりさんの呼び方。

ただ司馬さんが亡くなってから
ごく近い人にごくたまに
ちがう呼び方をしてみる。

「あのひと」。

そう呼ぶと少しだけ甘い気分になれるから。
そう呼ぶと少しだけあの日に帰れる気がするから。

「あのひと」。

そう呼んだ日は
少しだけ泣きたくなる。

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バリ島見聞録(4)

初めてバリの街をしばし歩いたとき、
何が心に響いたかというと、
生茂った緑や棚段ではなく、

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石像でもなく、

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放し飼いのアヒル、鶏、犬ではなく、

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オリエンタルな服装に身をつつんだ女性でもなく、
カラフルな「お供え物」の数々でした。

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聞くところによると、お供え物は朝夕2回にそれぞれにお供えして、なんと!
各家庭で毎日30箇所から40箇所置くそうです。
それがあって女性は大忙しです。

神棚みたいなところにも置きますが、バリでは各部屋にあり、
そればかりではなく、玄関、裏口、、

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炊飯器、

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ガス代、

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スクーター、車にまで置いてあります。
とてもキレイで安らかな気持ちになります。

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神聖なものかと思うと、
一度お供えしたらそれで用がすむようで、
踏んでも構わないようです。
大地に帰ったとみなされているのかもしれません。
にわとりも踏みます(当り前)。

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どんなに資本主義が入り込んだ最先端のナイトスポットでもありました。

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バリ島ではインドネシアのほとんどがイスラム教の中、
バリ・ヒンズー教というものを信仰しています。

今後数回は、私の心をうごかしたバリ・ヒンズー教の特殊性をすこしずつ紹介出来ればと思います。

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Vision収録見学記 part2-(3)

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石橋涼子-閑話休題オヤツのはなし

ちょこっと脱線ですが。
j-waveのスタジオ内は、禁酒禁煙はモチロンのこと、飲食もNGです。
ドアのすぐ外にワゴンがあって、
そこに飲み物やお菓子が置いてあるのです。

Visionの現場のオヤツ係は、ナレーターのVieVieさんです。
誰が決めたわけでもありません。自主的オヤツ係です。

VieVieさんのオヤツセンスはステキです。
今日のオヤツは「醤油チョコ」って。
普通、買いませんでしょ。
薦められたとき、以前、韓国土産でもらった
「キムチチョコ」の悪夢がよみがえりそうでした。
あと、「名古屋コーチンパイ」の白昼夢。
(なぜかうなぎパイに唐辛子が乗っています)

が!!
これが、おいしいんです!!
醤油とチョコのハーモニー!!
そのまんまですが。
なんか、おいしいんです!!!
(・・・伝わってますか?)

さっそくコンビニで探したところ、
全く見つかりません。
確かに、私が店長だったら入荷は躊躇する・・・

というわけで「醤油チョコ」の情報を
お持ちの方がいらっしゃいましたら、
コメント欄にお寄せ頂けますと幸いです!
お待ちしております。

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細田高広  09年10月4日放送

斉藤茂吉


斉藤茂吉と鰻

歌人斉藤茂吉の好物は、うなぎだった。

皆でうなぎを食べる時、
弟子たちは気をつかって、
いちばん大きなものを茂吉の前に置く。

茂吉は真剣な眼差しで鰻の大小を比べ、
「そっちの方が大きい」とダダをこねては
何度も交換した。

鰻はあちこち移動し、結局、最初の並びに戻ったという。

 ゆふぐれし机のまへにひとり居りて、鰻を食ふは楽しかりけり。

食欲の秋は、創作の季節でもある。

梅田晴夫


梅田晴夫 料理と浮気

今、結婚する3組に1組が
離婚に至るという。

結婚の難しい時代と言われるが、
結婚を続けるのはさらに難しいようだ。

生涯に6度の結婚を経験した劇作家、梅田晴夫。
彼は離婚のプロとして、
夫婦円満の秘訣をこう説いている。

 料理のうまい女の亭主は、生涯浮気をしない。

毎日のご馳走が食べられなくなる。
そんなリスクを犯してまで、
他の女に手を出す男はいない。

なんでも美味しく感じる食欲の秋は、
夫婦円満の季節かもしれない。

コレット


コレット 料理は魔法

産地や、調理法や、歴史や。
薀蓄を知り、薀蓄を語り合うことで、
料理は一層味わい深いものになる。
私たちは料理を食べながら、知識を食べている。

その半面、度を過ぎた知ったかぶりや
知識のひけらかしには辟易してしまうもの。

もし、そんな人とレストランで
同席することになったとしたら。

グルメで知られるフランスの女流作家コレットは、
こう言ってたしなめる。

 魔法が使えないのなら、
 料理に余計な口を出すには及びませんよ。

料理は、ひとつの魔法だから。
客は黙って術にかけられればいいのだ。

料理を美味しくする秋。
魔法の季節の、到来です。

幸田露伴


幸田露伴とファストフード

幸田露伴は、生粋の食いしん坊だ。

人に会えば、挨拶代わりに
「なにかうまいものに出くわしたかね」
と聞いた。

牛タンの塩茹でを愛する美食家でありながら、
合理的な面も持っていた露伴は、
明治時代にあって、こんなことを書いている。

 清潔で、迅速で、上品で、少しの虚飾も無く
 単に食事を要領よく出す。
 こういう店を多くつくればいい。

まさに、現代のファストフードの予言である。

05-shimada


島崎藤村

しなびたりんご。
冷たくなった焼き味噌。
寂しい時雨の音を聞きながら飲む酒。

島崎藤村は、料理をまずそうに書く天才だった。

名をなして多額の印税を手に入れ、
ご馳走を食べていた彼が、何故、
まずそうなものをたくさん書いたのか。

料理の味は「いつ、どういう状況で食べるか」
に大きく左右される。
祝いの席で飲む酒はうまいが、
別れの席で飲む酒はわびしい。

藤村は、あえてまずい食を書くことで、
人の孤独や寂しさを書こうとした。

どんなご馳走だって、
ひとり思い悩んで食べたら、美味しくないもの。

さて、食欲の秋。
あなたは、誰と食べたいですか。

北大路魯山人


北大路魯山人と食器

プラスチックのパックをお皿代わりに
お惣菜や、サラダを食べる。
日本の家庭では、もう驚かない風景になりました。

 食器は料理の着物である。

と言ったのは北大路魯山人。
料理の風情を美しくあれと祈る。
それは、美人に良い衣装を着せてみたい心と同じだ、
と魯山人は説きます。

食器と料理を鑑賞するなんて、
他の国には、あまり見られない
食の楽しみ方だから。

たまには食器にも少しこだわって、
見た目から味わってみませんか。

食欲の秋も、芸術の秋も、一皿に。

タレーラン


タレーランの外交術

外交の天才、タレーラン。

40年にわたってフランス外交の中心に君臨した彼は、
今でも
「交渉の場で卓越した存在」
の代名詞になっているという。

そのタレーランが、
外交の秘訣についてこう語っている。

 外交官にとっての最高の助手とは、
 間違いなく彼の料理人である。

食欲の秋は、ビジネスチャンスだ。

サヴァラン


サヴァラン 美味礼賛

19世紀のはじめ、
料理を学問として研究した美食家、ブリア=サヴァラン。

 新しい星を発見するより、
 新しい料理を発見する方が幸せになれる。

そう信じて来る日も、来る日も、
食を考えているうちに、彼はふと気が付いた。

自分が、人間を研究しているということに。

著書、「美味礼賛」の冒頭で彼はこう言っている。

 ふだん何を食べているのか教えてごらん、
 どんな人だか当ててみせよう。

欲張りな人。品のいい人。
見栄っ張りな人。真面目な人。面倒くさがりな人。
食事には、その人の人となりが出てしまう。

食欲の秋。

鏡より、お皿を覗く方が、自分は見える。

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佐藤延夫 09年10月3日放送

1

信濃の秋/平畑静塔 杉田久女


 壺の国 信濃を霧の あふれ出づ

信濃を「壺の国」と表現したのは、
明治生まれの俳人、平畑静塔だった。

山国、信濃は盆地の中にあり、深い霧に包まれやすい。
その形をぼんやり想像すると、
たしかに、壺から煙が出ているように見える。

信濃では、こんな句も生まれている。
同じく明治生まれの俳人、杉田久女によるものだ。


 紫陽花に 秋冷(しゅうれい)いたる 信濃かな

秋になってもここでは、
紫陽花が凛として咲いている。

俳人たちも、この幻想的な土地に訪れると
いつもより筆が動くのだろう。

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甲州の秋/飯田蛇笏

甲州地方の山々を愛した、
明治生まれの俳人、飯田蛇笏。

彼の句は、
自然と対話するなかで磨かれていった。

   
 くろがねの 秋の風鈴 鳴りにけり

蛇笏はこの句を詠んだあと、
あまりに簡潔すぎるので
他者の共感が得られるか、思い悩んでいたそうだ。

静けさがなおも深まる山。
風鈴の音もしない、くろがねの秋。

十月の山梨を、覗いてみたくなる。

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大和の秋/阿波野青畝

アキノキリンソウ、
ヨシノアザミ、
ツルリンドウ。

今ごろ、
奈良県の葛城高原(かつらぎこうげん)では
秋の花が、そっと咲いている。

明治生まれの俳人、阿波野青畝が愛した
大和地方の山々。
この地に生まれた人だから、なのか。
俳句の中に、崇高な世界観が垣間見える。


 秋の谷 とうんと銃(つつ)の 谺(こだま)かな

耳を澄ませば、遠くから聞こえる猟銃の音。
そしてまた静寂が包み込む。

奈良の秋は、神々しく深まっていく。

4

鴨川の秋/鈴木真砂女

千葉県、鴨川に行けば
俳人、鈴木真砂女の句に会うことができる。


 あるときは 船より高き 卯波(うなみ)かな

真砂女の人生もまた、波乱に満ちたものだった。
22歳で恋愛結婚をするも、夫は博打に入れ込み、蒸発。
急死した姉の代わりに、旅館の女将となる。
人に勧められるまま、亡き姉の夫と再婚するも心を許せず、
30歳で、旅館にやってきた海軍士官と不倫。
全てを捨て、思うまま、身を投じた。

銀座一丁目の路地裏に小料理屋を開き、
それでも俳句を読み続けた真砂女は、
96歳まで生きて、ゆっくり目を閉じた。

   
 来てみれば 花野(はなの)の果ては 海なりし

どこに居ても心に浮かぶのは、
穏やかな鴨川の秋だったのかもしれない。


5

草城の秋/日野草城

柿食えば、鐘が鳴るなり・・・という有名な俳句があるけれど、
俳句の中に柿を登場させた数で言えば、
明治生まれの俳人、日野草城に分があるかもしれない。

   
 岡寺の 大きな柿を 買ひにけり 

   
 小包を 解くやころころころと柿

   
 食ふまでの たのしさ尽きず 寒の柿

   
 柿を 食ひをはるまで われ幸福に

いつのまにか、柿の甘さが頭の中を駆け巡っている。
そういえば草城は、こんな句も詠んでいた。

   
 秋の夜や 紅茶をくぐる 銀の匙

この人は、紅茶もお好きだったようだ。

1003

放哉の秋

結婚するはずの女性と別れる。
会社をひと月で辞める。
酒癖の悪さに、禁酒を命ぜられる。
朝鮮半島に渡る。
禁酒の戒律を破る。
サラリーマンに嫌気がさす。
妻と別れる。
いくつかの寺に世話になる。
小豆島に辿り着く。
そこが終の棲家となる。

自由律の俳人、尾崎放哉は
生き方まで自由だった。
ひとりで生きることを望み、それに苦しみ、
ただ海を見つめ、言葉を残した。

   
 菊 枯 れ 尽 し た る 海 少 し 見 ゆ

枯れ果てた菊の花と、
その向こうに見える海。

孤独を噛みしめたいときは、
冬の近づく海辺で、放哉の句を呟くといい。


7

山頭火の秋

孤独の俳人、尾崎放哉が世を去った三日後、
流転の旅に出たのが、種田山頭火。
放哉と同じ、自由律というスタイルだった。

それなのに
ふたりの生き方は、あまりにも対称的で・・・。

放哉は、海を愛し
山頭火は、山に魅せられた。

放哉は、孤独に苦しみ
山頭火は、孤独を笑い飛ばした。
だから、こんな句ができた。

   
 も り も り も り あ が る 雲 へ 歩 む

昭和十五年、十月。
彼の辞世の句には、
ひとりの寂しさなど微塵も感じられない。

孤独を楽しみたいときは、
山に向かい、山頭火の句を呟くのが良さそうだ。

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Vision見学記Part2-(2)

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石橋涼子ー現場の勢い

Visionは毎土曜日に土日放送分をまとめて録ります。

ディレクターさんは事前に原稿を読んで
音楽の間やイメージをぼんやりと描きます。
が、実際に音楽を選ぶのは、当日。
どんなに頭の中で考えても、
NAを聴いてみないとわからないから。

たとえば千利休。
和風な音をイメージしていたけれど、
この品のある感じはクラシックが似合いそうだ、と、
急遽バッハに変更してみたり。

その場でいくつも曲を聴いて
原稿の内容に、そしてVieVieさんの声に、
しっくりくるものを選んでいるのです。
「これだこれだ!」
ぴったりの曲を見つけたときの、ディレクターさんの
嬉しそうな声は
現場に勢いを与えてくれます。

そんなこんなで、迷ったり考えたり試したりしながら
選曲→録音→視聴を経てVisionはオンエアに至ります。
スピーディー。
(「納品」はありません。ここが放送局だから。うらやましい!!)

というか、あれ?本日の収録終了が18時です。
1本目はすでにオンエア済みじゃないですか!
夏休みの宿題を7月中にやるタイプだった私には
ちょっぴりスリリングなスケジュール感・・・

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バリ島見聞録(3)

バリの悪いイメージのみ語って
更新が滞って心傷めたさいとうです。

翌朝、寝付きが悪かったにも関わらず目覚めは爽快でした。
鶏がそこかしこでコケコッコーとないており、
木々のざわめきや生き物の気配のテンションの高さ(?)に
だらだらしてるんじゃねー!
と背中を押されてる感じがしました。

そしてその泊まった宿からの眺めを見て、
ようやくバリにきたのだなぁ〜と感じました。

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そこからの眺めはジャングルそのものでした。
まるで映画「地獄の黙示録」を見ているよう。。。

空気は日本と同じように湿気がありますが、
木々から吹いてくる風はさわやかそのものです。
普通のことを言ってすみません。

そこは緑の洪水。
昨日の夜と真逆の風景が広がっていました。

朝食を持ってきてくれるスタッフに
トゥリマカシー(ありがとう)と
おずおずと初めての現地の言葉を使うと
素敵な笑顔でサマサマぁ〜(どういたしましてー)
といわれ、またまた
バリに来たなぁ〜と思いました。

この日からバリ人の笑顔見たさに、
一日に20回以上はトゥリマカシーを言うようになりました。

次回からはもうちょっと内容のあるものを書きたいと思います。。。

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