2011 年 10 月 22 日 のアーカイブ

佐藤理人 11年10月22日放送


ゴールデンラズベリー賞とハル・ベリー

最高の映画にアカデミー賞が与えられるように、
最低の映画に与えられる賞もある。それがゴールデンラズベリー賞。

2001年「チョコレート」で
アカデミー主演女優賞に輝いたハル・ベリーは、
2004年「キャットウーマン」で
ゴールデンラズベリー最低主演女優賞に選ばれた。

つまらない役を演じたスターや失敗した話題作に与えられる
この不名誉な賞のトロフィーを受取りに来る人はまずいない。

しかし彼女は違った。
授賞式では自分のアカデミー賞受賞スピーチのパロディを完璧に演じ、
さらに涙まで流してみせ観客から大喝采を浴びた。

式に来た理由を聞かれた彼女は、

 胸を張って負け犬になれない者は勝者にもなれない

と子供のときママに言われたの、と答えた。



山口百恵と三浦友和

今から約30年前のこと。
人気絶頂にして21歳の若さで芸能界から寿退職し、
日本中の話題をさらった女性がいる。

山口百恵。
13歳の時、オーディション番組で準優勝し、翌年デビュー。
普通のアイドルと違い笑顔で媚びることなく、
少女のような外見で早熟な歌をうたう彼女は、
「女性の時代」と呼ばれた時流に乗って瞬く間にトップアイドルとなった。

そんな彼女が映画の共演で知り合った俳優
三浦友和との交際を宣言したのが弱冠20歳の時。
今でこそ珍しくない芸能人の交際宣言。彼女はそのパイオニアでもあった。

二人は翌年婚約、そして結婚。
たった7年半の芸能活動にもかかわらず、彼女は人々の記憶に強烈な印象を残した。

後に自伝「蒼い時」の中で結婚の理由を彼女はこう綴った。

私は彼のためになりたかった。
外へ出ていく夫に向かって『いってらっしゃい』『おかえりなさい』
と言ってあげたかった。愛する人が安らぎを感じる場所になりたかった。

そして30年後の今。「夫婦」について夫の三浦友和はこう語る。

 よく妻や夫を空気のような存在と表現するけど、
 それはいてもいなくてもいいのではなく、
いないと死ぬという意味なんですよ。

運命の人同士を結ぶ赤い糸は、この世に確かに存在する。




奥山清行とフェラーリ

その日、カーデザイナー奥山清行は焦っていた。
フェラーリ・エンツォ。
イタリアの自動車メーカーフェラーリが
創業55周年を記念して作る車の最終プレゼンを控えていたのだ。

フェラーリにとっては21世紀最初のスーパーカーであり、
名前に創始者エンツォの名を冠したことからも窺えるように
その思い入れの強さは並大抵のものではなかった。

2年間のデザイン開発期間を経て、奥山は何度もフェラーリ社にプレゼンした。
しかし、なかなかOKは出なかった。そして、ついに最終プレゼンの日。
この日失敗すれば受注を逃すことは明らかだった。

ホンダ、GM、ポルシェと渡り歩き、
カーデザインの最高峰であるイタリアのピニンファリーナ社に
ようやく籍をおけるようになった彼にとって、
これは絶対に失敗できない正真正銘のラストチャンスであった。

しかし、無残にもプレゼンは失敗。
帰ろうとするモンテゼーモロ社長を軽食のサンドイッチで
半ば強引に15分だけ引き止めることに成功した奥山は、
その間に死に物狂いで一台のスケッチを描きあげる。
それまでの2年間、自分の中に溜まっていたものが堰を切って溢れ出てきた。

出来上がったスケッチを見て社長はこともなげにこう言った。

 やればできるじゃないか

こうして奥山清行は、イタリア人以外で初めて
フェラーリをデザインした男になった。






水野和敏と日産GT-R

2008年4月17日。
世界一過酷なサーキット、ドイツニュルブルクリンクで、
日産GT-Rは7分29秒3の市販車最速ラップを記録した。

するとポルシェがこのタイムに抗議。
市販車とは違うレース用タイヤを履いていたのではないかと言うのだ。

GT-Rの開発責任者水野和敏はこう答えた。

GT-Rはいつ誰がどんな状況で運転しても最高の性能を発揮する。

つまり市販車と違う車でテストすることは無意味だと言うのだ。
彼は言う。

 日産GT-Rというより、まさしくニッポンGT-Rなの。
 ブランドって僕はナショナリティだと思ってる。
 土地と、そこに住む人の智恵なんだよ。

GT-Rの価格はポルシェの約3分の1。
水野はポルシェを本気にさせただけでなく、
日本のものづくりの底力を全世界に示してみせた。




オードリーとジバンシー

「ローマの休日」で世界中の人気者になった
オードリー・ヘップバーン。
彼女には大きなコンプレックスがあった。

それは意外にも、外見。
子供の頃から自分の見た目に自信が持てず、
人前に出るとどうしようもなく緊張してしまったという。

彼女を変えたのが「麗しのサブリナ」の撮影で出会った
若きフランスのクチュリエ、ユベール・ド・ジバンシー。

コンプレックスである細すぎる身体を
優雅に見せてくれるこの若者を
オードリーは自分のスタイルの最良の理解者と認め、
以後二人は8本もの映画でタッグを組んだ。

ジバンシーの服についてオードリーは言う。

 彼の作った服を着ていると、守られているような気がするの。

服とは現代の鎧である。




ロバート・ダウニー・Jrとアイアンマン

アカデミー主演男優賞にノミネートされる演技力がありながら、
薬物問題で逮捕歴6回、リハビリ施設に入退院を繰返し、
拘置所から撮影所に通った逸話を持つ俳優、ロバート・ダウニー・Jr。

彼がスクリーンに還ってきたのは2003年、38歳の時のこと。
薬物とアルコールをきっぱり断ち、地道に仕事を続けた彼は、
2008年チャンスをつかむ。「アイアンマン」の主役、トニー・スタークだ。

天才科学者がテロリストに瀕死の重傷を負わされ、
自らの肉体を改造しスーパーヒーローに生まれ変わる。
そしてこんなセリフを言う。

 自分が生き残ったのには理由があるはずだ。

その姿はまるで、長年のどん底生活から見事復活を遂げた
彼自身の心の叫びのようだった。




マイケル・チミノ

映画「ディアハンター」でアカデミー賞を総なめにし、
一躍ハリウッドの寵児となった映画監督、マイケル・チミノ。

次にメガホンをとった「天国の門」は、
製作費80億、上映時間5時間半という意欲作だったが、
試写会の反応の悪さから無茶な短縮を慣行、暗いテーマも災いし、
たった一週間で打切りが決定。

史上最悪の赤字を出した映画

としてギネスブックに載ってしまった。

チミノにとって「天国の門」は、まさに地獄への入口だった。

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踊る玉子



このVisionという番組の原稿制作のために
コピーライターが集っているのは、いってみれば
事務局、厚焼玉子(旧姓 中山佐知子)さんのもとに集っているのである。

玉子さんは、その名を知らないものはいない
コピーライターであり、ラジオCMディレクターであり、
そして若手コピーライターたちの母である。

そんな母が、今日はフロアの真ん中で踊っていた。
さぞかしうれしかったのだろう。
くるくるまわりながら踊っていた。

でも、自分の母親がいきなり踊り出したらどうですか。
びっくりするでしょう。みなびっくりしてました。

さらにいきなり手をつかまれて私まで踊らされたものだから
酔いのまわっていた私は
貧血で目の前が真っ暗になり、死ぬかと思ったのです。(中村)

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