2011 年 10 月 2 日 のアーカイブ

三島邦彦 11年10月2日放送


ガンディーの言葉

ガンディーは熱心なヒンズー教徒だった。
しかし、イスラム教、仏教、キリスト教など、
ほかの宗教にも敬意を忘れることはなかった。
ガンディーは、その秘密をこう語っている。

 宗教とはたくさんの枝の茂った一本の樹である。
 宗教は枝と見れば数多く、樹と見ればただひとつである。

ただひとつ、真理だけが、彼にとっての神だった。




ガンディーの言葉

ガンディーは、ジャーナリストでもあった。
新聞を通じ、自らの信念を発表し続けた。
政府からの圧力で新聞が廃刊に追い込まれることもあったが、
ガンディーの筆は鈍らなかった。
当時のインドでは字が読める人は多くなかったが、
人々はガンディーの言葉を求め新聞を手に入れた。
これは、そんなガンディーがジャーナリズムについて語った言葉。

  私は、ジャーナリズムは奉仕を唯一の目標とすべきことに気がついた。
  制御のないペンは破壊にしか役立たぬものである。








ガンディーの言葉 

ガンディー22歳。
社会に飛び出した彼の職業は、弁護士だった。
しかし、イギリス留学で弁護士資格を手に入れたため、
インドの法律に詳しくないガンディーは裁判に出ても失敗ばかり。
もともと口が上手くない性格もあり、すぐに弁護士としての自信を失ってしまった。
翌年、そんなガンディーに南アフリカでの仕事の誘いが届く。
当時イギリス帝国の一部であった南アフリカでは、人種差別が激しく、
南アフリカで事業をするインド人たちは
自分たちの状況を改善するために裁判を起こしていた。
依頼人に会いにいく旅で、肌の色を理由に列車の客室を追い出されるなど、
自身もひどい差別を受けたガンディーは、この仕事に熱意を燃やした。
そして、インド人とイギリス人の間に立つこの仕事を通じて、
弁護士という仕事の本質を見い出した。

  私は、弁護士の本当の役目は引き裂かれた人たちを結び合わせることにある、
  と悟ったのである。

ガンディーはその後の20数年を弁護士として過ごした。
そして生涯を通じて、引き裂かれた人を結び合わせ、人間と、真理と愛を弁護し続けた。

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中村直史 11年10月2日放送


ガンディーとスマッツ将軍

たとえば、南アフリカのスマッツ将軍。
ガンディーが南アフリカで人種差別の撤廃を求め闘っていたころの、
その闘いの相手だった。

ガンディーは人種差別的なあらゆる法律をわざと破り、
自ら進んで投獄されることによって、
南アフリカのリーダーたちと、世界中に向けて、
いかに人種差別がおかしいことかを訴えつづけた。

1914年、ガンディーたちの運動は
「インド人救済法」の成立へとつながる。
この法律をつくったのが、白人社会のリーダーであったスマッツ将軍だった。

その後、インドに戻ることとなったガンディーは、
投獄中に自らつくったサンダルをスマッツ将軍に贈った。
スマッツ将軍は、後日こう述べている。

 わたしは、それ以来いく夏もこのサンダルをはいてすごした。
 このような偉大な人物と、おなじはきものをはく資格はないと感じながら。

いかなる暴力にも頼らないこと。質素な暮らしをすること。
その力を信じ抜いたガンディーらしい贈り物だった。




ガンディーと孫アルン

規律に厳しいことで知られたガンディー。
けれど、ユーモアにあふれる人でもあったようだ。

孫の一人アルンが旅に出るガンディーに
サッカーボールのおみやげをねだったときのこと。

おじいちゃんは忙しいからきっとおみやげを忘れるよ
というアルンに対し、ガンディーは言った。

ぜったいに忘れないよ。でももし忘れたら、
おじいちゃんの頭をサッカーボールがわりにして遊んでいいから。

結局おみやげを買ってきたかどうかの記述は残ってない。
けれど、もし忘れたとしても・・・
ガンディーのことである、約束は守ったに違いない。

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三國菜恵 11年10月2日放送


ガンディーとキリスト教徒の人

自分とまったくちがう信念の人を
友だちに持つことはできるだろうか。

ヒンドゥ教徒だったガンディーは、
キリスト教徒の人とも交流をもっていた。
彼らがすすめる本を、つぎつぎと読み、
礼拝にもいっしょに参加していた。

そんなある日、
熱心なガンディーに彼らは言った。
君もキリスト教徒になりなよ、と。

けれども、ガンディーは自分を見つめた結果、
その誘いを断ってしまった。
そのときのことを、彼はこう振り返る。

彼らがわたしの心のなかに
宗教的な探究心を目覚めさせてくれたことは、
一生の恩として忘れることができない。
わたしはつねに、彼らとの交流を思い出すだろう。



ガンディーと一冊の本

なにかどうしようもなく助けがほしいときに
「神様」の名前を呼んでしまったこと、ありませんか。

ガンディーも、神のありかについて
考えつづけたひとだった。
そして彼はあるとき、運命を変える一冊に出会う。
その本は、こんなタイトルだった。

『神の国は汝自身のうちにあり』

あなたを救うものはきっと、あなた自身のなかにある。




ガンディーと手紙

ガンディーは18歳のときイギリスに留学していた。
そこで出会ったある人に、
ガンディーはとにかくお世話になる。
日々の食事から、友だち探し、そして、女の子の紹介まで。

しかし、実はこのときガンディーには妻がいた。
「勉学にはげむ留学生に恋人がいるはずない」と思われていたので、
言い出せなかったのだ。

真面目なガンディーは
このことにたえられなくなり、
事実を明かそうと決めた。

彼がえらんだ手段は、手紙。
相手を傷つけないよう、
できるだけ誠実に伝えられるよう、
何度も、何度も書き直したという。

その手紙を受けとった人からは、こんな返事がきた。
「ウソのない手紙をもらってうれしい」

うまく伝えきれない気持ちは、
一言一句、ゆっくり、紙にしたためて伝えればいい。



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