2014 年 2 月 9 日 のアーカイブ

奥村広乃 14年2月9日放送


東京駅

いまから100年前。
東京駅の開業式典の冒頭で
ときの首相大隈重信は
招待客1,500人余りを前にこう述べた。

「物はすべて中心を欠くべからず。
あたかも太陽が八方に光を放つがごとく、
鉄道も光線のごとく四通八達せざるべからず」

東京駅を太陽に。
そしてそこから延びる線路を
太陽の光に例えたこの言葉。

100年もむかしに大隈は
いまの東京を
思い描いていたのだろうか。




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松岡康 14年2月9日放送


塔の名前

1958年。
新しい電波塔の名称を決める審査会が行われた。
日本全国から86,269通もの応募があり、
一番多い名称は「昭和塔」、続いて「日本塔」「平和塔」だった。

大もめの審査会で、
審査委員の一人、漫談家の徳川夢声は、
自信満々にこう言った。

「ピタリと表しているのは『東京タワー』を置いて他にありませんな」

コトバのプロである徳川が推したのは、
普通すぎる名前だった。
彼の推薦により、塔の名称は東京タワーに決まる。

もしも、昭和塔という名称になっていたら。
東京タワーはこんなにも愛されていただろうか。

今日もその塔は、
東京の空にまっすぐ立っている。


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澁江俊一 14年2月9日放送

glowingstar
東京の愛し方

東京は、
どんなふうに愛しても許される街。

日本を代表する写真家、荒木経惟。
花や人妻ヌードと並んで、
彼が永年撮りつづけるのが東京の風景だ。

1984年発行の、
特に愛されている写真集がある。
「東京は、秋」。
数年後に亡くなる最愛の妻、陽子と
東京を散歩するように撮った一冊だ。

妻:建物の裏側を撮るのが好きでしょ?
夫:裏側ってのはね、ディテールとか、染みとかがある。
  裏へ行くまで気づかなかったとか、そういうのがある。
  東京の裏側っていうか、それが見える。

どの写真にも
妻、陽子との何気ない会話がつけられている。
昔と今が混ざり合い、急激に変わり続ける街を、
愛する人と歩きながら、いつくしむように、
荒木はシャッターを押した。

いつかは別れる大切な人と、
こんなふうに歩いてみたくなる。
それが、東京。


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礒部建多 14年2月9日放送

Dick Thomas Johnson
日本武道館

東京都九段下にある、日本武道館。
1966年6月30日を境に
ロックの殿堂と呼ばれるようになった。

その日、
初めて武道館でライブを行ったのは、ビートルズだ。
それまで、厳粛な武道の場であったため管理側は猛反対。
しかし、ライブの企画担当だった
読売新聞の鈴木啓正(すずきひろまさ)は、
こう説得した。

 「英国女王陛下から
  勲章をもらった芸術家に
  貸してもらいたい。」


その一言が、
武道館を日本一のライブ会場に変え、
東京を日本の音楽の中心にした。

今日もたくさんのミュージシャンが、
そこで演奏する日を、夢見ている。


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