画像提供:東京国立博物館
浮世絵の男たち 鈴木春信
江戸の浮世絵師、鈴木春信は
可憐で華奢な美人画で人気を博した。
柳屋見立三美人という作品では、
当時の「ミス江戸」とおぼしき三人を描いている。
谷中は笠森稲荷の茶屋娘、お仙。
浅草の楊枝屋 本柳屋の看板娘、お藤。
そして中央にたたずむ美人は
歌舞伎役者の、二代目瀬川菊之丞だった。
美人画家になったあと、役者の絵はほとんど描かなかったものの
美貌の女形は別格だったようだ。
また、絵暦と呼ばれる当時のカレンダーにも
数々の美人を登場させた。
江戸のグラビアアイドルに、男性たちはさぞ夢中になっただろう。
2015 年 9 月 5 日 のアーカイブ
佐藤延夫 15年9月5日放送
佐藤延夫 15年9月5日放送
画像提供:東京国立博物館
浮世絵の男たち 喜多川歌麿
江戸の寛政年間は、
浮世絵の黄金期と言える。
多色摺の新しい技法により斬新な表現が可能になると
あまたの絵師がしのぎを削った。
中でも喜多川歌麿は、
美人画の最高峰として君臨した。
どのような人物なのか不明な点は多いが、
彼はいくつかの作品の中で
自画像を残している。
たとえば、遊女に囲まれて杯を手にする美男子。
羽織には「歌」そして「麿」という字が記されている。
今や世界的にも有名な歌麿だが、
きっと遊び心に溢れた人物だったのだろう。
佐藤延夫 15年9月5日放送
浮世絵の男たち 葛飾北斎
生涯で3万を超える作品を世に出したと言われる
江戸の代表的な浮世絵師、葛飾北斎。
「富嶽三十六景」は世界的にも有名だが、
彼の表現力や大胆さは、
当時の絵師の中でも群を抜いていた。
名古屋に滞在したときには、
寺院の庭に百二十畳もの大きさの達磨を
たった半日で、しかも即興で描いたという。
さらに、将軍の前でも動じることはなく、
かかとに朱肉をつけた鶏を紙の上に放ち、
足跡を美しい紅葉に見立てた。
生涯で93回も引越しをしたという北斎。
活動のジャンルにおいても、一ヶ所に安住することはなかった。
たしかにその絵を見比べてみると、
北斎の本当の魅力と凄みが伝わってくる。
佐藤延夫 15年9月5日放送
浮世絵の男たち 蔦屋重三郎
江戸は吉原大門の前に書店を開いた、蔦屋重三郎。
最初こそ遊郭の案内書などを販売したが、
浮世絵師との交流が盛んになると
新規事業を展開し始める。
喜多川歌麿と組み美人画で大成功を収め、
東洲斎写楽の作品は全て、独占販売とした。
しかし時代の波には逆らえない。
寛政の改革が始まると
風紀を乱すものとして摘発され、
財産の半分が没収となる。
商売の才能に優れ、面倒見がよかったという蔦屋重三郎。
どんな時代にも名プロデューサーはいるものだ。